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ロマンスを求めて

作者: 山田裕子
掲載日:2026/10/01

インターホンを押して声をかける。


「こんにちはー。おばあちゃん、いるー?」


 祖母由紀子の声が返ってくる。


「いるよー。今、手が離せないの。鍵は開いているから上がってきて」


 在宅とはいえ、鍵をかけないなんて不用心だ。

注意しとかなきゃ。

居間に行くと、祖母は何やらスマホをいじっていた。


「ちょっと待っててね。お返事出しちゃうから」


 少し前から祖母はスマホを使うようになった。

初めのうちは、戸惑っていたけど、最近はLINEもするようになった。

かなりの進歩である。


「LINEやってるの?」


「そう。お友達と」


「老人会の?」


「失礼ねー。老人会なんて入ってないわよ。最近できたお友達」


「へぇー、どんな人?」


 そう聞くと途端にそわそわしてる。目も泳いでいる。

これは何か、隠しているな。


「どうしようかなぁ。莉々ちゃんには教えてもいいかなぁ」


「教えて、教えて。ぜひ聞きたい」


「実はね、男性なの。とっても素敵な人で、毎日LINEでお話しているの」


 LINEでのやり取りを見せてもらった。

『あなたと話していると心が安らぐ。ずっと一緒にいたい』

などと歯の浮くようなセリフが並んでいる。


 むむっ、何だか不穏な気配。これはもしかして……


「それで、その人とどうやって知り合ったの?」


 祖母がどんどん話すよう、聞き役に徹する。


「あのね、……マッチングアプリで知り合ったの」


 少し気まずそうに言う。いろいろこちらも言いたいけど、もう少し話を聞くまで我慢、我慢。


「奥様をずいぶん前に亡くされて、今は独り身なんですって。国際線のパイロットをしていて、あまり日本に帰れないので女性と知り合うチャンスがなかったんだそうよ。それでマッチングアプリに登録したって。私とはすごく話が合うから、今度会いましょうって言ってくれるの。写真見る?」


 うーん、怪しさ満載だけど、一応プロフィール画像も見ますか。

見せてもらった画像には、たいそうかっこよいおじいさまが写っていた。

ロマンスグレーというのだろうか、白髪交じりで、整った顔立ち。しゅっとした感じの素敵なご老人だ。

ものすごく嘘くさい。

 試しに画像検索してみた。……別人の画像だった。

見事なロマンス詐欺だ。祖母にもう少し話を聞こう。


「今度会うって、いつ会うの?」


「それがねぇ、ハワイで会いましょうって言うの。

社員割引きでビジネスクラスの航空運賃が安くなるし、系列のホテルのスイートを取ってくれるそうなの。素敵でしょう?

ところでパスポートってどこで申請するの?私、海外旅行って初めてなの」


 待て、待て。話がすごく危ないところまで進んでいるようだ。

浮かれている祖母に現実を突きつけるのは、心が痛むが仕方ない。


「旅費とかは、どうなっているの?旅行会社を通じてもう支払った?」


 祖母はのんびりと答える。


「それはまだなの。パスポートを取ってからにしようと思って。

旅行会社じゃなくて、信之さんが全部手配してくれるそうなの。まだ航空運賃やスイートルームの金額を聞いてないから送金していないわ」


 ふーっ、危ないところだった。危機一髪。


「あのね、おばあちゃん。言いにくいけど、たぶんこれはロマンス詐欺だと思う」


「ロマンス詐欺って?」


「おばあちゃんの恋心を利用して、お金をだまし取ろうとする詐欺」


「だって、……信之さんは、パイロットなのよ。お金に苦労しているはずはないわ」


「そのパイロットという設定が嘘なの。これを見て。プロフィール画像は、別の人の画像を使っているわ。これだけでも怪しいでしょう。今まで、ビデオ通話とかで本人の顔を見た?」


「ビデオ通話って、このスマホでもできるの?」


「もちろん、できるよ。それでビデオ通話をしようって言ってみて。きっと都合が悪いとか言って、断って来るから」


「もし断らなかったら?」


「顔を見て本人か確かめて。それでもお金は、絶対送っちゃダメ」


「ちょっとLINEで聞いてみる。孫に紹介したいから、ビデオ通話しましょうって」


 しばらく返信を待ってみたが、返ってこなかった。

いつもはすぐ返事が来るらしい。

祖母は、しょんぼりしている。かわいそうだが、現実を知った方がいい。


「もう信之さんとのLINEはやめる……」


「その方がいいね」


「マッチングアプリもやめる……」


「そうだね……」


「このことは、お父さんたちには内緒にしてくれる?」


「いいよ。でもこれからは、もっと相談してね」


 祖母は、頷いた。少し涙ぐんでいたように見える。

祖母は祖父が亡くなった後、ずっと寂しかったのだろう。

子供はみんな家を出て、祖母は一人暮らしだ。

孫は、私以外は全員男で、お年玉をもらいに来る時しか寄り付かない。

もうちょっと来てあげればよかった。



 それからしばらくして、また祖母の家を訪ねた。以前よりは訪ねる頻度も増やした。あれから少しずつ祖母も元気を取り戻している。


「こんにちはー。おばあちゃん、急に来たけど、いるー?」


 祖母が玄関に出てきた。よそ行きの格好で。


「ごめんねー、莉々ちゃん。今日はね、これから出かけるの。悪いけどまた今度来て。ごめんねー」


「うん、いいよ。近くまで来たついでに寄っただけだから。どこに行くの?」


 祖母はちょっと照れたように言う。


「今日はね、これから熟年婚活サークルに行くの。やっぱり実際に会わないとよくわからないものね。マッチングアプリはもう懲りたわ」


 そう言って祖母由紀子は、ロマンスを求めて元気に出かけてゆく。

婚活には懲りないんだね……


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