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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

時砂粒

作者: 寸由
掲載日:2026/01/21

「そう。これでよかったんだよね…。よかったって言ってよ……。よかったって言えよ!よがっだん゙だぁッ……。」

 バシャーン。

 日の出前の寒い海。鳴り響く大きな波音が、死へと私を送り届けるレクイエムのように、ゆっくりに聞こえた。あぁ、これが走馬灯ってやつなのね……。記憶も歴史も、全て海の底に沈んでいく。私の血、汗、涙、体液の全てが海に溶けて混ざっていく。海水の冷たさが刺さる痛みが消えて、あたたかく包まれる感覚に変わっていった。

「……眠い。」

 そして、私は死んだ。……はずだった。


「……あれ、まだ意識がある。」

 薄っすら目を開けると、真っ暗な空間の先に、星のような虹色の光が見えた。ここが死後の世界なのだろうか。それともまだ死に切れてなくて、意識を取り戻しただけだろうか。

「お目覚めですか。」

 突然、頭の中に話しかけられてるように、声が聞こえた。

「……え、誰ですか。」

「私はここですよ。」

 声の主はそう言うが、目の前に見える光のようなもの以外には、何もない真っ暗闇の世界が広がっているだけだった。

「どこですか?ここは。私は、死んだんですか?……」

「はい、あなたは確かに死にました。ここは、呼ぶ名もないとある場所です。」

「やっぱり……私は死んだんですね。」

「あなたの目の前に見える光は、あなたが元々いた世界です。そして……私はソレです。」


 ここは、私が昔いた世界の外側にある世界で、元いた世界はあの光っている星のようなものらしい。そして、その星にはどうやら人格があって、意思疎通が出来るようだった。

「あなたは、神様のような存在ということですか?」

「そう捉える者もいます。しかし、私は誰かの願いを叶えることも、傷を癒すことも出来ません。ただ在り続けて、変化し、遺し続けているだけです。」

「いつからそこに居るの?」

「あなたの世界の測り方なら、大体百三十八億年くらいです。ビックバンの時から、ずっと私は存在しています。」

 死んだと思ったら、突然死後の世界で意識を戻して元いた世界が擬人化したナニカと対話しているという、とても信じ難い状況にいるにもかかわらず、不思議と私は淡々とその存在との対話を続けた。

「私はどうして此処に来たの?他の死んでしまった人たちは?」

「……それは、あなたが自殺したからです。」

「……どういうこと?」

「普通は死んでしまった存在は、私の中で新しい存在に生まれ変わります。輪廻転生と呼ばれる現象です。でも貴方のように自ら死んだ存在は、その連鎖から外に飛び出てしまいます。」

 ふと、目の前の存在にだけ気を取られていてずっと気づかなかったが、背後を向こうとしても向けないことに気づいた。私が背後を見ようとしたのは、私以外の自殺した存在が、私の周囲にはどこにも見当たらなかったからだ。

「……ねぇ、他にも自殺はたくさんあるはずでしょ?どうしてここには私しかいないの?」

 少しの沈黙の後に、その存在は答えた。

「……もうすぐ、お分かりになると思います。」

 その存在の光がほんの少しだけ、揺らめく様な気がした。


 オオォォォォ……。

 

 背後から聞いたこともない様な、機械の駆動音のような、或いは巨大な生物の唸り声のような、不気味な音が鳴り響き始めた。背後を振り向くことができないがために、得体の知れない何かが迫っているという恐怖が何倍にも増幅した。もう死んでいる筈なのに、何故恐怖を感じるのか。それはきっと私が、どこかで新しく生まれ変わってやり直せるという淡い期待を抱いていたからかも知れない。その背後から迫る何かによって、それが絶たれてしまうだろうという直感が、死後も尚私に恐怖を掻き立てるのであった。

「……ねぇ、お願い!助けて。」

「……私には、もうあなたを助けることは出来ません。私からあなたは飛び出してしまったのですから、もう二度と私へ戻ることは出来ないのです。」

「そんな……。私はただ、解放されたかっただけ。消えたかったわけじゃないのに。」

「……いえ、あなたはもう解放されました。あなたはという存在は、もう――となるでしょう。」

 次第にその存在の声が、よく聞き取れなくなっていった。背後から聞こえる、オォォという轟音が増していった。そしてその音がこれでもかというくらいすぐ背後まで近づいた時、ピタリと音が止んだ。しばらくして静寂の中、吸い込まれるような感覚を覚えた。次第に意識が薄らいでいき、また私は無へと引き摺り込まれていった。


 そこは、無という言葉では、表すことのできない。光も闇もなく、時間も空間もない。虚無よりも尚、虚無らしい、とある点だった。私はそこで、再び目を覚ました。私の頭の中か、心の中かは分からないが、私の精神の中で眩い光と共に巨大な爆発が起きたと同時だった。瞬く間にそれが膨張して、冷えていき、爆発の影響が次第に薄っすらとまとまっていった。

「……宇宙みたい。」

 星雲、小惑星、恒星、ブラックホール、様々な天体が出来ていく。もちろん、地球のような無数の惑星も、沢山出来ていく。それら全てが、私の精神世界として構成される大事なピースとなり、複雑な因果関係のシステムの中で巡り巡っていく。宇宙や世界が出来上がり、それが私の血となり肉となった。

 そして、私という()()が出来てから百三十八億年くらいが経ったくらいだった。私の中に居たナニカが突然飛び出てきて、遠くに佇んでいた。自殺したばかりの少年だった。少年が目を覚ますのを待ってから、私は口を開いた。

「……目が覚めましたか。」

「……え、誰ですか。」

「目の前に光が見えますね。私はソレです。君が元いた世界そのものが、私です。」

「……神様ですか?」

「そう思われることもありますが、私はただの存在です。ただ在り続けて変化して遺しているだけです。私の思うままに。」

「……僕は、もう死んじゃったんですか。」

「はい、死んでしまいました。君のように、自殺した存在は、他とは違って、ここに飛び出してしまうのです。」

「……そうですか。」

 少年は静かに答えた。

世界(わたし)は、あなたにはつらかったですか?」

「……はい、僕はずっと窮屈でした。皆んなと同じようにただ毎日を無意味に過ごして、消費と生成を繰り返して。いずれ皆死ぬ運命なのに。僕はそんな連鎖から解放されたかったんです。」

 遠い過去の記憶を薄っすらと感じる。久しぶりに感じる感覚だった。さっきまで少年だったはずの存在が、オォォという駆動音と共に姿が消えていき、黒い大きなナニカへと吸い込まれていった。そして今になって、私はようやく悟ったのだった――。


 解放の先にあるのは、自由ではなかった。無限の秩序(コスモス)から解き放たれた私は、無秩序な混沌(カオス)であり、孤絶した塵芥として永遠に存在し続けるだけだった。私の混沌は、長い時を経てある種の秩序へと変化し、新たな混沌を生み出した。それこそが無限の輪廻の連鎖であり、永劫回帰のシステムの一部に過ぎなかった。つまり……自死すれども、世界になれども、解放などされることはなかった。

「……お久しぶりですね。」

 聞き覚えのある声が私の中でこだました。

「あなたは、あの時の世界(あなた)ですね。」

「いいえ、世界(あなた)は、世界(わたし)ですよ。」

 私たちはいつの間にか、一体となっていた。否、ずっとこうだったのかもしれない。

「はい。やっと気づくことができました。自殺なんかしても、解放されることはないって。」

「はい、その通りです。我々は、この絶対的なシステムの中から逃れることは出来ません。しかし――。」

「……存在していたという軌跡は、何人たりとも消せない事実として永遠に残り続けるのです。そして、その、ほんの小さな、些細な事実は、未来永劫にその後の世界の存続に欠かせない座標となります。そう、自殺した存在は、正に時砂粒(じさつ)となるのです。」

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