3話
「……カ。ちょ……カ。ルカってば!」
「ふぁっ!?」
ぴりりと走った電流のような刺激に、金髪の少女――ルカは跳ね起きる。
すわ何事かと辺りを見回してみれば、跳ね起きたルカを遠巻きにして驚いたように見る人々。そして――。
「びっくりしたぁ。何、どうしたの?」
「何よ、お昼だから起こしてあげたってのに。講師からも隠してあげてたのよ?」
「あ、あはは。ごめんごめん。ありがとね、ホノカ」
腰まである黒髪を涼やかにと流した少女――ルカと同年であるところの少女が、腰に手を当てながら眼前に立っていた。
周囲で眼差しを向ける様々な年代の人々に、なんでもない。と、ホノカは手を振る。それだけで、誰もがそれぞれの日常へと戻っていく。
此処は世界に根差す大樹の麓、世界が始まった場所だと伝わるプロヴィア国。その冒険者後援施設の1つ――ミリオス学園においても、その程度のことはいつまでも注目を集める程のことではなかった。
「まあ、いいわよ。でも、ずっと寝てたけど何かあったの?」
「この間の件で色々あってね。まだ寝不足で」
「あー、あの遭難しかけてたとこを発見されたっていう例の」
「したくてした訳じゃないんだけどねぇ。ほんと、色々と」
「それはそうでしょう」
ちらり。と、ルカは自分の手首――ブレスレットに嵌められるサイズへと縮小した、ブランシュの待機コアに目を向ける。いや、もっと遠く、つい先日あった過去へと思いを馳せて。
「報告は受けています。ルカ・バーディさんでしたね。なんでも、ゴブリン退治が大冒険になったのだとか。お身体は如何ですか?」
「えっと、はい。大丈夫です」
「それは良いことです。そして、そちらが……」
「初めまして、ドラウブ学園長殿。当機はブランシュ・ノアと申します」
「本当に機械らしくない……いえ、今の言葉は失礼に当たりますね。謝罪します」
「お気になさらず。あなた方の観点からすれば、そうでしょうから」
「ありがとうございます」
落ち着いた内装の一室。
革張りの椅子に座りながら、戦いの時とは異なる緊張感に身体を強張らせているルカ。提供された飲み物に口を振れる余裕もない。
そんな少女の様子に触れないまま、ブランシュ――ブランシュ・ノアと名を改めた純白の機械と学園の長たるドラウブ・ガーラ。
かつては冒険者として名を馳せていたドラウヴ。現役を退いて久しいが、初老の年齢に足を踏み入れながらも鍛えられた身体は未だ衰えを知らない様子を見せている。
「ゴブリンの棲み処に転移陣が……それも見知らぬ施設のような場所に繋がっている……ふむ。絶対にないとは言い切れませんが」
「ほ、本当にあったんです!」
「ああ、いえ。疑っている訳ではありません。実際に証拠も目にしている訳ですから」
「す、すいません。大きな声で……」
「大丈夫ですよ、バーディさん。命を懸けて戻ってきたのに、それを嘘と思われては心外でしょうからね」
「勿論です。そのようにマスターが扱われるのであれば、当機が捨て置きませんので」
「はは、そうならないように気を付けないと」
朗らかに笑うドラウブの声に、ルカの緊張も僅かずつだが解けていく。その様子を捉えて、ドラウブは脱線しつつあった話を元へと戻す。
「件の施設については、今、ギルドからの依頼として調査員を派遣しています、洞窟内や長距離からでは通信も届かないので、結果待ちですね」
「あ、でも、あの転移陣って壊れて……」
「ええ。恐らくは無駄足となることでしょう。ですが、確認しない訳にもいきません」
「何もなければ、それはそれで良いということなのですね?」
「はい。また罷り間違って誰かが迷い込まないとも限りません。そして、ルカさんのように帰ってこれるとも」
ルカの迷い込んだ転移陣が機能を停止していたのは勿論のこと、帰りに使用したものもまた用を為した後には消えていた。だが、それはまた機能を再開しているかもしれない。そうなっていた時に巻き込まれる者がいないとは限らない。
この世界のエネルギーとして使用される魔石。それは魔物から獲得できるものであり、そこには命のやり取りが関わってくる。そのため、冒険者が怪我を負うことも、命を落とすことも珍しい訳ではない。だが、だからといって悪戯に失っていいものでもないのだ。だから、ドラウブはそうならないようにと手を打ったと言うのである。
「さて、前置きはこの辺りにして、単刀直入にお聞きします」
「はっ、はい!」
「答えられる範囲であれば」
「ブランシュ・ノアさん。ノアさんとお呼びさせてもらいますが、アナタは何者でしょうか?」
この世界にも機械技術はあるが、複雑な受け答えが出来るような機械は存在しない。まして、機械とのライドも前例などない。ブランシュは現在においては存在自体が不可思議なのだ。
ドラウブから朗らかな気配が遠のいて、歴戦を歩んできただけの鋭さが瞳に宿っている。
豪胆さなどない普通の少女であればこそ、弛緩からの急激な緊張という落差は心に負荷を掛ける。嘘をつく余裕などなくなる程に。
「あっ、あの、それは……あたしのせいで、データが壊れたとかで、その」
「マスター、代わりましょう」
「ごめん」
「いいえ、それが当然です。では、お答えしましょう」
「お聞きします」
「当機にも、分かりません。マスターよりそちらへと報告させて頂いた内容にもあったかとは思いますが、当機はデータ移行中の強制起動により内部データを著しく破損・消失している状態です」
「その割に、普通に稼働しているようにも思えますが?」
「稼働するに最低限必要な部分の移行自体は終わっていたからこそ、起動できた訳ですので」
「なるほど。破損した情報が何かや範囲は分かりますか?」
「武装データは軒並み。それ以外ですと、当機の存在理由やあの場所についてのデータなど多岐に渡り、どの程度というのも不明です」
「修正は可能ですか?」
「このままでは困難でしょう。あの場所ないしは類似した場所があれば、分かりませんが」
「同じような場所があれば……その可能性もある訳ですね。となると、各地での探索も気を付けねばですか」
「ええ。少なくとも、何かあった時のためにデータを大本1つだけに残すということはないでしょうから」
「仮に類似した場所を発見し、全てのデータが修復されたとすれば、ノアさんはどうなると思われますか?」
「現時点では不明としか」
「そうですか。今、聞きたいことは以上ですが、最後に」
「ええ、どうぞ」
「嘘ではありませんね?」
「勿論です。ですので、あまりマスターを苛めないであげて下さい」
「おっと、失礼。申し訳ありません、バーデイさん」
「いっ、いいえ、大丈夫です。はい……」
剣を突きつけられているかのような鋭さを伴った空気が霧散し、先ほどまでの穏やかな空気が戻ってくる。
緊張から解き放たれ、ルカは大きく深呼吸。ドキドキと胸を打つ鼓動と冷めたくなった四肢の末端は、まだその名残。
「そうさせてしまった私が言うのもですが、お茶を淹れなおしましょう。温まりますよ」
「そんな、手ずから……」
「いえいえ。必要であったとはいえ、無理を強いてしまいまいましたからね」
「好意は受け取っておきましょう、マスター。暖かい飲み物はストレス緩和にも良いようです」
「ふーん、そうなんだ。なら、ブランシュと居る時はいつも持ち歩かないとかなぁ」
「おや、心外です。当機はこんなにもマスターのことを想っているのに」
「ははは、仲が良いようで何よりです」
コトリ。と、机の上にカップが置かれなおし、湯気がふわりと立ち上る。
今度はそれに口をつける余裕もようやく。
お腹の中が温まって、ルカはこの部屋に入ってから初めて人心地ついた気分になるのであった。
「互いに何か分かればまた連絡をする……ねぇ」
ルカの意識が現在に戻ってくる。
報告の後、互いに情報共有をしていこう。ということで、あの話は終わりを迎えたのだ。
そして、それ以降、ルカは空き時間にブランシュとのやり取りやライド時の性能把握に努めていた。それこそ、時に夜遅くにと。
その結果が寝不足であり、ホノカに起こされている今であった。
「ん? 何か言った?」
「ああ、ううん。こっちの話」
「……そう? なら、何かあれば言いなさい。出来ることなら、フォローぐらいはするわ」
「ありがと! 持つべきは友達だねぇ」
情報の秘匿は求めないと言われていた。だけれど、ルカはまだ誰にもその話を出来ていない。
巻き込んでしまうかもしれないから。タイミングがなかったから。他にも様々な理由で。
「何言ってんのよ。それよりお昼よ、お・ひ・る。早く食べにいきましょ?」
「あたしの価値はお昼ご飯以下なんだって、よよよ」
「はいはい、馬鹿言ってないで行くわよ」
「は~い」
友達が遭難をしかけたのだ。恐らくはホノカからも聞きたいことはあるのだろう。だけれど、彼女はルカが黙してることに敢えてと踏み込まなかった。
連日の出来事があればこそ、それがルカに有難かった。この何気ないやり取りが今は心休まる時間であったから。
先に颯爽と歩いていく黒髪の後ろ姿。ルカもまた突っ伏していた机から立ち上がる。
「マスター」
「どうしたの?」
「良いご友人ですね」
「本当、あたしには勿体ない。でも、自慢のね」
今はルカにだけ届くように設定されたブランシュからの言葉。
それにニカリと笑って応え、ルカはホノカを追いかけていくのであった。




