2話
「お待たせしました、マスター。機体名ノア、取り急ぎロールアウトしました」
「ノ……ア……?」
「はい、そうです」
どのような機構か。音もないのに、ふわりふわりと、自身をノアと名乗った純白の機体は浮かんでいる。
大きさだけで言えば、回収機と同程度――ルカの腰付近程度か。
円形のフォルムは、新たな敵性体の登場へ警戒するように少しばかりと距離を取りなおした機械群と似通っている。
だが、機械群と異なるのは、割れた胡桃のような盾型の装甲。その中央に抱かれた、僅かに輝くコアらしき。明らかに、異なる用途のための設計であった。
「当機が来たからにはご安心を。マスターを如何なる危機からもお守りします」
ノアに顔でもあれば、ふんす。と鼻息も荒く、自信満々な様子であったことだろう。
――機械らしくない。
そんな様子に一抹の不安がルカの胸裏を過ぎっていくが、今は頼る他にない。
悠然と浮かぶノア。じりじりと距離を測る機械群。
「標的補足。武装具現開始。纏めて撃ち抜いてあげましょう」
コアをひと際強くと輝かせ、ノアは自身の周囲に魔法陣を展開する。そして――。
「……おや、エラー?」
「???」
「う、ん?」
――何も起きず、きらきらと魔法陣が粒子を残して消えていった。
ノアが首を傾げるように機体を傾ければ、機械群も、ルカも、クエスチョンマークを浮かべて首や機体を傾ける。
なんとも言えない沈黙であった。
「ええと、では、雷撃砲は……リソース不足。ガトリングならリソースが少なくても……エラー」
「鎮圧を再開します」
「あ、もう少々お待ちください。今、セルフチェックを――」
待つ訳がない。
ノアの様子にリスクはないと判断されたのか、機械群が行動を再開する。
一斉に捕獲機の銃口がノアに向き、粘着弾がその身を絡めっていく。
流石に浮遊し続けることは出来なかったのだろう。その純白を黒に染めて、ぽとり。と、ノアが床に落ちた。
「――おや?」
「おや? じゃあないんだけど!?」
痺れは抜けたが粘着弾で動けないルカも、思わずと抗議の声を上げる。
ご安心を。とは、なんだったのだろうか。
だが、ノアは粘着弾に付属する電流を浴びてもショートした様子はなく、その頑丈さだけは褒められるところではあっただろう。
「ちょっ、ちょっと、なんとかしてくれるんじゃなかったの!?」
「――セルフチェック終了。なるほど、やはり、データ破損でしたか」
「どういうこと!?」
「データ移行を中断しての緊急ロールアウトだったため、データが破損しているようです。道理で、道理で」
「道理ででもないんだけど……!?」
「ですが、一応の忠告は申し上げていましたので契約違反では……」
「えっ、そんな、こと……?」
ルカの脳裏で思い出すのは、ノアが出てくる前のやり取り。
『――マス……デー……は……恐れ……ますが、助け……です……?』
『――マスター。データ移行中の中断は、データ破損の恐れもありますが、助けが必要ですか?』
朦朧とした意識の中で聞こえていた声が、今になって鮮明に蘇る。
「――あれかぁ!」
「はい。ですので、緊急的に対応したのですが、やはり手順通り行わないのは良くありませんでしたね」
「なら、もうあたし達はパッキングされたまま、何処かに連れて行かれるしかないってこと!?」
捕縛機の包囲が割れて、回収機がじりじりと近づいてくる。
回収された後の末路がどうなるかは分からないけれど、最悪の状況を想定してルカの顔が色をなくす。
「致し方ありません。当機だけで解決できない以上、マスターのお力を借りねばなりません。忸怩たる思いではありますが」
「まだ手があるの!?」
この世界において、人間以外の生物は魔石を核として生まれる。それは様々な属性のエネルギーを宿し、それぞれに応じたエネルギー源として人々の生活に使われている。機械の運用も、その1つ。
だが、魔石にはエネルギー源としてだけではなく、もう1つの使い道がある。それが――。
「はい。マスター……当機とのライドをお願いします」
「機械とのライドなんて聞いたことないんだけど……!」
――ライド。
魔石と契約を行うことにより、その生物の力を、特徴を、一時的にその身へと宿すことが出来るのだ。
しかし、本来であれば機械は魔石をエネルギー源として消費して動くだけで、それを宿している訳ではない。ルカの言葉の通り、ノアとのライドなど出来る筈がなかった。
それでも、それを成せ。と、ノアは言う。
「契約自体は既に結ばれています。決断はお早めに」
「もう! また、エラーだとかなんとか言わないでよ!?」
回収機のアームはもう目前で、迷っている暇などありはしなかった。
手を伸ばす。伸ばそうとする。粘着弾に絡めとられた身体で、それが満足に出来ないとしても。ここで終わりたくなどないのだから。
ノアもまた、自身を浮かび上がれずとも、少しでもルカへと近づこうとその身を這いずらせて。
「――ライド!」
「承認します」
触れ合った指先と機体。眩い光が1人と1機を包み込んだ。
回収機のアームが光に圧され、軋みを上げる。それでもと標的へと向け、それを伸ばし――。
「――っつぅ!? ……って、痛く、ない?」
アーム越しに捕獲機へ伝わる感触。何かに触れて、何かに触れられたという情報。
眩い光が静かに消えていく。
その後に残され、アームを受け止めた衝撃に翻る髪は金色ではない純白のそれ。
「身体が……変わってる! けど、これ成功なの!?」
「出力不足により本体装甲の具現がやや足りませんでしたが……成功と言えます」
身体にフィットする全身一体型のアンダースーツ。胸元には透明なコア――ノアのそれと思しきが飾られ、応答のある度に小さく明滅を繰り返す。
スーツの上から身体を防護する白を基調とした装甲の面積は水着のようでもあり、やや心許なくもある。しかし、本命はそれではない。
「浮遊盾起動」
「衝撃及びアームの破損を検知」
「抵抗は推奨されません。速やかに武装の解除を。繰り返します。抵抗は――」
「おぉ、なにそれ!」
「こちらの操作は当機が行います。マスターは御自分のことに集中を」
ライドする前のノアが持っていた、胡桃の殻のような盾型の装甲。浮遊する2枚のそれが、ルカの抑えるアームを横から吹き飛ばし、破壊する。
そのままルカの傍に戻れば、盾を中心としたエネルギー障壁により粘着弾を1つとて後ろへ通さない。
純白は純白のままに。
攻防一体の浮遊盾。それこそが本命。
「分かった! ……けど、こっちにも武器とかない!?」
「現在、これ以上の武装はありません」
「ないの!?」
「ですが、逃げるにしても、蹴散らすにしても、今の状態でも可能な計算です」
盾が様々な方角からの粘着弾をいなしながら、ルカを守り続ける。
流石に無手ではとの抗議の声にも、現状では如何ともしがたいのだろう。ノアの声はにべもない。
ならば――。
「ここを切り抜けたら、どうなってるのかちゃんと話を聞かせてよね!」
「今の当機で何処まで答えられるかは分かりませんが」
やれるというなら、やるしかない。何もしなければ、何も変わらないのだ。そして、それはこのよく分からない場所に到着してから、ずっと変わらないことだから。
足に力を込めて、一歩を踏み出す。ぐん。と加速する身体は踏み込む程に速くなる。
身体には先ほどまでの疲労や痛みなどなく、羽根のような軽さがあるだけ。
「身体が軽い! これならほんとにやれそうかも!」
「嘘は言っておりませんので」
「勘違いとかミスはあったけどね!」
捕獲機の1つに近付けば、反応しきれていなかったのか、まるでわたわたと動揺しているかのようにその銃口を振る。再び照準されるより早く――。
「ごめんね!」
「ガッ、ガガ……!!」
ナイフですら傷付かなかった捕獲機の内部機構。外殻であれば、猶のこと堅固であることは想像に難くない。だが、それすらをも今は凌駕するのだ。
ルカのサッカーボールキックが、まさしくボールのように捕獲機を蹴り飛ばす。その装甲をへしゃげさせながら。
形が丸いことも手伝ってか、その蹴り心地は悪くない。
蹴られた捕獲機はビリヤード玉のように1つ2つと僚機を巻き込んで、バチバチ。と火花を散らして沈黙する。
「敵性情報、上方修正します。危険レベル上昇に伴い、リミッター解除許可」
「カバーします。盾の後ろへ」
「ありがと!」
仲間がやられようと止まらないのは機械の性か。すかさずと捕獲機が粘着弾で、回収機が予備のアームでと隙を突こうと迫りくる。
しかし、浮遊盾の護りが許しはしない。
盾の向こうで閃光が弾け飛ぶ。当たれば先程までのように痺れる程度では済まないだろうそれを、掴むのではなく殴り飛ばす勢いのそれを耐え抜いて、健在を示すのだ。
「当機は周辺の下位機を抑え込みます。マスターは上位機を」
「任せて!」
白光に染まる視界を突き抜けて、ルカは最短最速の道を往く。
その道を塞ぐように捕獲機が転がり出てくるが、ノアは宣言の通り、それを許さない。
2枚の浮遊盾が邪魔となる捕獲機を全て、片端からその質量と頑丈さで吹き飛ばしながら、ルカに追走する。
「アーム収納。迎撃を開始」
「真っ向勝負って訳ね! ようやく話が分かりやすくなった!」
「マスター、仕上げです」
サブアームを収納して、回収機はアルマジロのように元の円形を取り戻す。引き絞られる弓矢のように、駆動音が唸りを上げ――自身を弾丸として突き進んでいく。
対するはノア。加速の乗った身体を捻り、腕を振り上げる。
速度はほぼ互角。質量は回収機が優位。そして――。
「――腕部装着完了。エネルギー充填。力場を形成。思い切り、どうぞ」
「こぉんのぉぉぉ!」
「ハード・パンチャー」
衝撃の寸前、浮遊盾がルカの腕に追加装甲の如くと纏わりつく。足りないものを補うように。胡桃の皮が、その内側を護るように。
――衝突。
空間が爆ぜたような音が響く。
砕けた装甲の破片が、室内にキラキラと舞い散っていく。
「ダメー……許容……てい、し」
衝撃に負けて弾け飛んだ回収機の装甲は原型を留めず、先んじて破壊された捕獲機と同様に内部の機構を晒しながら火花を散らすのみ。
もう、それらが動くことはない。
室内に残されたのは、純白の――。
「掃討終了。お疲れさまでした、マスター」
「……」
「マスター?」
「お、わった……本当に、終わったの?」
「はい。この場においては、動けるのはマスターのみです」
「よ……」
「よ?」
「よかったぁぁぁぁ」
へにゃりと腰の力が抜けたように座り込み、静寂を取り戻した室内に安堵が零れる。
振り返れば、ライドを行ってからの戦いは無傷。しかし、ルカは1人跳ばされてからの緊張の連続。ここに来て緊張の糸が緩んでしまったのも、致し方のないことであったのかもしれない。
溜息とはまた別種の長い吐息を吐き出して、今更ながら自覚する心臓の早鐘を落ち着かせる。
――室内に輝きが溢れ、また元の明るさに戻っていく。
ライドが解けたのだろう。そこにはルカとノアの1人と1機。互いに向き合うように。
「何はともあれ、見事な初陣でした。お疲れ様です、マスター」
「んっ、最初はどうなるかと思ったけど、ありがと。えっと……」
「機体名をノアと申します」
「ノア、ノアね。そっか、なるほど。だから胡桃っぽい形」
「なお」
「ん?」
「マスターの破壊された機体達もノアと言います。呼称の際にお間違えなきよう、ご注意下さい」
「は?」
「はい。ですので、どれも機体名をノアと申します。とお伝えさせて頂いて……」
「いや、それじゃあ、名前の意味がないんじゃない?」
「識別は可能ですが?」
「いや、可能ですが? じゃなくて……うん、分かった。あたしがアナタに名前を付けてあげる」
「はぁ、そうですか。いえ、マスターがそう望むのなら」
「はいはい、あたしが望みますよー。正直、混乱するし」
「……」
「――……そうね。ブランシュ。ブランシュでどう?」
「当機が白色だからですか? 安直では」
「形をそのまま名前にしてるのに、安直とか言われたくないんですけどぉ」
「ですが、ええ、気に入りました。名は体を表す。良いかと」
「ほんとにぃ?」
「はい。これより機体名を更新し、ノアを改め、ブランシュ・ノアとします」
ノアを改めブランシュが、チカチカとコアを明滅させる。内部情報を更新しているのだろう。
会話のお陰か。ルカの緊張に強張った身体も、今は程よくと力が抜けている。だから――。
――ピシャリ。
頬を自ら打って、気力を取り戻す。まだ、本当の意味での危機は脱していないのだから。
「マスター?」
「ブランシュは……此処からの出口とかって分かる、かな?」
聞きたいことは沢山あるけれど、まず大事なのはそれだろう。ただ、データ破損による様々な制限がブランシェにあることも承知の上。だから、ルカの言葉尻は少しだけ萎み気味にもなっていた。
「構造の全ては把握していません――」
「そっかぁ」
「――が、出口の1つであれば分かります」
「やっぱり出口は分からないよねぇ……え?」
「ですので、1つなら分かります」
「うっそ、本当に!?」
「嘘ではないので、揺らさないで頂けると」
「あ、ごめんごめん」
天から降りて来た蜘蛛の糸。千切れてしまっては、どうにもならない。
ルカはブランシェからパッと手を放して、落ち着いて。
「案内をお願い出来る?」
「勿論です。それがマスターからのオーダーであれば」
「やった!」
「では、まずはこの部屋から出ましょう。データ移行の再申請を行う余裕もなさそうですし」
「勿論! って、うん?」
最後の言葉に引っ掛かりつつ、先導を開始するブランシェを追ってルカもまた扉を抜けて――。
「鎮圧対象を発見。鎮圧対象を発見」
「……ねぇ、切り抜けたんじゃなかったの?」
「はい。ですので、この場において、と申し上げました」
「そういうのは、終わったって言わなくない!?」
そこで待ち受けていたのは、新たな捕獲機と回収機の姿。
考えてみれば当然で、室内で動かなくなっているあれらだけが防衛機構である筈もなかった。
「ら、ライド!!」
「賢明な判断です、マスター。早くも使いこなすとは」
「褒めてくれてありがとうだけど、案内も開始してくれると嬉しいかなー!!」
「では、出口までのルートを提示します」
機械群が一斉に銃口を向ける。
物理的な圧力にたじろぎながらも、ルカは純白の輝きと共に駆けていく。示された出口への道筋を信じて。
ルカが本当の意味で喜べるのは、もう少し後の話になることは間違いない。
だけれど、これが始まり。少女とその中身の多くを失った機械との、冒険の日々の始まりであった。




