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1話

 それは目覚ましのベルが鳴るように。


「うっ……んんぅ」


 重い瞼の向こうで鳴るそれを消すため、普段であれば手近にある筈の音源を探す。

 だけれど、手は一向に音源を探し当てることが出来ない。

 代わりに返ってくるのは、身体を動かしたことでの痛み。


「いっつぅ……?」


 思わずと目を開ければ、そこには赤色に照らされた無機質な天井だけ。

 身体の持ち主――金髪をポニーテールに結った年若い、人間にして14、5にも見える少女は見慣れないそれに、がばりと身を起こす。

 勢いよく身体を動かしたせいでまた痛みも走ったが、それだけで済んだのは幸か不幸か。

 ただ、ツリ目がちな赤の眼差しに思わず浮かべてしまった涙を誰かに見られなかったことは幸運であったのかもしれない。


「骨は折れてない……みたいね。身体も動くようだし」


 擦り傷、打撲はあっても、身体は動く。痛みもあると分かってさえいれば我慢できる。

 怪我の具合を確かめて、少女はようやくと自分の周囲に視線を向けた。

 よいしょ、と掛け声1つ。身体を起こし、立ち上がる。


「……ところで何処、ここ」


 散らばっていた自分の道具を拾い集めながら歩き回ってみるが、赤色灯に照らされた部屋は少女にとって相も変わらず見慣れないもの。

 埃っぽい臭いは人が長年踏み入っていない気配を感じさせる。

 壁に設置されている機械らしきも、既に動きを止めているのだろう。少女が触っても、うんともすんとも言わない。

 いつの間にか、目覚ましのベルのような音は止まっていた。


「確か、ゴブリンから逃げてて、それで……それで、どうなったんだっけ?」


 思い出されるのは魔石採取のために訪れた洞窟。

 小銭稼ぎにとゴブリンかスライム辺りの魔石を採りに来てみれば、逆に追いかけまわされることになろうとは。


「頭の良い個体が居るなんて、聞いてないよねぇ。掲示板の情報にも、そんなのなかったし」


 普通であればゴブリンは烏合の衆。しかし、今回は少しばかり知恵者が居たらしい。

 逸れた数匹だけでも狩れればと思っていたら、まさか自分が追い立てられる側に回ろうとは。

 蟻の巣のように張り巡らされた洞窟を、上へ下へと走り回り、最後にと飛び込んだ小部屋のような場所。そこで――。


「――転移? でも、洞窟からこんな明らかに違う場所って、あるのかなぁ……いや、あったから此処に居るんだろうけど」


 自分が転がっていた場所を見れば、複雑な紋様の痕。恐らくは違う場所と場所とを繋ぐ転移の魔法陣。

 街で見たことのあるそれより細緻に描かれたそれは、もう力を失っているのか。それとも、また起動させるエネルギーがあれば動くのか。


「頭の良い人だったら分かるんだろうけど、あたしだしなぁ」


 指先で触れてはみたけれど、やはりどうにもできそうにない。


「――となると、出口はどこだろ? あるといいんだけど」


 人の気配がないのは勿論、追いかけてきていたゴブリンの気配もない。

 ひとまずは命の危険もないようだが、出口が分からないというのも困りもの。食料にも限りがある。

 どうにせよ、この場所に留まり続けていても状況は変わらないことだけは少女にも分かっていた。




 コツン、コツン。と、少女の靴音と息遣いだけが廊下に響く。

 非常灯なのか。それとも、最初からそうなのか。ぽつりぽつりと人工の光が頼りない明るさで辺りを照らしている。

 そんな一本道の廊下は少女を迷わせることなく、その深奥か。はたまた、出口にへと導くかのように先へ先へと伸びていた。

 時に、少女の出て来た部屋と同じような扉が壁へ設えてあったが、中は居住区の跡らしきであったり、少女には用途の分からない機械があったり、そもそも開かなかったりと出口に繋がりそうな情報はなかった。

 所々に転がっていたり、付着している黒いゴムの塊もあったが、さて、なんであろうか。流石に、腰に提げたナイフでも触れようとは思わなかったけれど。


「ふぅ、どこまで続いてるんだろ」


 水筒からこくりと水を一口飲んで、携帯食料を齧る。そんな暫しの小休止。

 随分と歩いたような気もするし、まだそんなに時間が経っていないような気もする。同じような景色の連なりは、時間の感覚すらをも狂わせるかのよう。

 まだ残る痛みと酷使される筋肉の悲鳴。労わるように揉んで、解して、宥めすかす。

 ――大丈夫。まだ動ける。きっと道はある。

 心で自身にも、身体にも言い聞かせて、小休止も終わり。立ち止まっていても仕方がないことは、ずっと変わらない。

 そして、そんな努力が、不屈が実を結んだのか。それとも、神様でも見てくれていたのか。また少女の身体が抗議をし始めようとした頃、遂にとそれが目に入ったのだ。


「……ゴールかな? だといいなあ」


 廊下の奥、少女の正面にはまるでここから区画が変わるとでも言わんばかりの門扉。

 その奥にあるのは、果たして何であろうか。

 門扉にはノブなどなく、目の前に立ったところで自動で開く様子もない。そして、傍には円筒型の開閉装置と思しき機械。


「えー? ここに来て、パスワードを求めるとか……どうしろってのよぉ」


 パネルには9つの数字と決定のキー。

 パスワードの正解など、分かるはずもない。

 もしかすれば、来た道のどこかの部屋にでも正解のメモでもあるのかもしれないが、戻る気力はすぐには湧かない。まして、戻って探して、本当にあるのかどうかもといったところではあるのだから。


「もう! メモにでも書いて貼っていてくれたらいいのに!」


 それではパスワードの意味がない。

 そうと理解していながらも、腹いせに扉を両の拳でドンドンと叩いてみる。


「すいませーん! どなたか開けてくれませんかー!?」


 意味がないと分かっていながらのそれは、自棄でもあった。いや、意味ならあった。


「意図的な攻撃を感知。鎮圧プログラム起動」

「あ、反応が……ってか、うっそ。マジぃ?」


 機械音声の響きと共に、目覚めてすぐに見た赤色灯と同じ輝き。そして、ベルの音。遅れて、遠くで重々しく扉の開く音が反響して聞こえてくる。ゴロゴロと複数の物体が転がり、迫ってくる音を引き連れて。


「ちょ、ちょちょちょちょっ、何、この丸いの!? 八つ当たりしたの謝るから、なかったことに……ひゃあ!?」


 音の正体――膝丈より少し高い程度の大きさをした円形の機械が一定の距離まで近づいてくる。そして、口を開くようにパカリと開き、その内部機構を晒すではないか。

 そこから伸び出てきたのは、銃口であった。

 空気を裂く音と共に、トリモチのような粘性の物質が吐き出される。それは飛び退いた少女に当たらず、壁に張り付き、一瞬のスパークの後で瞬く間に黒く固まっていく。

 沈黙の時間。

 口をはくはくとさせながら、少女の視線が壁に張り付いた粘着弾と円形の機械とを行ったり来たり。

 来た道で廊下に張り付いていたのは、恐らくコレであることに間違いない。ならば、他の塊は――。


「……ゴブリンがいなかったのって、もしかして、そういう!?」

「捕縛後、速やかに回収班が参ります。抵抗せずにお待ちください」

「そういう訳には、いかなそうかなぁ!?」


 ――別の場所に跳ばされたゴブリン達であったのかもしれない。大きさも、まさしくとそれのサイズであったことを今更ながらに少女は思う。

 少女が目覚めた時に鳴っていた警報がいつの間にかと止まっていたのは、その時の鎮圧が済んだからだろう。

 そして、今度は少女の番。粘着弾で覆われ、制圧された自分の姿が脳裏を過ぎる。

 また、仮にここで少女が粘っても、機械音声の言う通りに回収班が居ると言うのなら、丸い機械の後にもナニカが居る筈だ。


「何か、何か、何か!?」


 辺りを見回しても、何もない。変わったのは、壁に黒い沁みが増えたぐらいだ。

 現実は非情である。

 充填が終わったのか。それとも、少女によるそれ以上の抵抗がないと判断したのか。少女を取り巻いていた丸い機械がまたその銃口から粘着弾を吐き出す。


「ひぇええ!?」


 せめてとばかりに、転がるようにして開閉装置を盾にする。

 開閉装置にぶつかった糸がびしゃりと付着し、一瞬のスパークと共に弾けて、固まった。


「ガッ、ガガッ……」

「えっ、扉が開いて? って、今はそれよりも!」


 スパークが原因か。それとも、固まる前のゴムが内部にでも入り込んだのか。盾にした開閉装置から立ち上る煙と共に、閉ざされていた扉が開く。

 その先に何があるかは分からないが、少なくとも、今よりはずっと良いはず。

 恐怖と緊張に震える膝を叱咤して、少女はまた転がるようにして扉の中へと飛び込んでいく。


『入場者1名。ゲートを閉めます』


 少女が扉の奥へと飛び込むと同時、再起動した開閉装置がその仕事を全うする。

 廊下に残されたのは丸い機械と戻ってきた静けさだけであった。





 閉まった扉の向こう側。ひとまずの危機を乗り越えた様子に、少女はへたり込みながら安堵に胸を撫でおろす。


「う~、今日はこんなのばっかり……!」


 踏んだり蹴ったりだよ。なんて、独り言ちてもみる。

 ドキドキと鼓動を速めていた胸を落ち着かせ、荒くなっていた息を整えて、ようやくと少女は辺りを見回せるだけの余裕を取り戻す。

 他の部屋と比べ、仄かに明るい室内。照らす灯りの源は、部屋のあちこちにあるモニターから零れだすもの。チカチカと動き続けるそれからは、部屋の奥へとケーブルが伸びている。その先に目を向けてみれば――。


「――何あれ? 箱?」


 床から立ち上がるのは何度目か。よいしょっ。の掛け声で休息を終え、少女はソレへと近づいていく。部屋のあちこちから箱へと伸びるケーブル、で躓かないように。

 近づいてみれば、それは確かに鉄性の箱。飾り気はなく、まるで棺のように静かに設置されている。


「見取り図とかじゃないかぁ。中も……んー、曇っててよく見えないなぁ」


 箱に手をついて、何処かから開けられないか。

 ガラスの部分に顔を近づけ、中が見えないか。

 耳を当ててみて、何か聞こえないか。


「――……」

「んん? 何か聞こえる?」

「……体認…完……お名前を入力して下さい」

「さっきの声とは違うみたいだけど……でも、名前? なんで?」

「……」

「だんまりだし。いや、さっきみたいに襲い掛かられるよりはいいんだけど」

「……」

「……ルカ。ルカ・バーディ。これでいいの?」

「認証。これより、ルカ様を当機のマスターとして設定します」

「マスター? 何? 話が勝手に進んでくんですけど!?」

「データ移行を開始します。申し訳ありません。暫くお待ちください」


 女性のような機械音声へ少女は――ルカ・バーディと名乗った少女は、突然の出来事に目を白黒とさせるばかり。

 そして、現実はさらにルカを置いて進行していく。

 チカチカと周囲のモニターが明滅し、箱の上部に投影されたウィンドウが幾つも幾つも浮かんでは消える。

 分からないことだらけは変わらないけれど、その光の明滅は、まるで星の光のようだ。と、ルカは不意に思った。

 ――扉の開く音がした。

 目の前の箱が開いた様子はない。ならば――。


「うぇっ!? あいつら、開けられるの!? ってか、なんか増えてるー!?」


 弾かれたようにルカは部屋の入り口を見る。そこには円形の機械だけではない。それより更に大型――ルカの腰程度の大きさとなった円形の機械。


「あ……回収班って、もしかして?」


 恐らく、ルカの推測は間違いではない。そして、上位機体であるところの回収機は、捕縛機の連絡を受けてあちらこちらに移動する関係上、扉を開ける権限を持っていたのだ。勿論、それはルカには知らぬ真実であるし、それを知ったところで出来ることなどないのであるが。


「対象を発見。鎮圧を再開します」

「そうなるよね!」


 回収機という指揮官が存在することにより、捕縛機の動きはより滑らかとなっていた。それにより、ルカは隠れることもできないまま、瞬く間に包囲される。

 銃口がまた向けられる。

 回収機は次なる工程に備えてか。丸いボディの側面からアームを伸ばし、威嚇するようにガチガチと爪を鳴らす。


「黙ってパッキングなんて、されるもんか!」


 絶体絶命には変わりない。だが、不意を打たれたゲート前に比べて、今はまだ状況への理解がある。

 蟷螂の斧、多勢に無勢かもしれないが、それでもと抵抗の意を示すためにナイフを抜き放つ。

 睨みあいは一瞬。

 銃とナイフとでは圧倒的に差があるからこそ、先手とばかりにノアが動く。

 内部から銃口を覗かせる関係上、捕獲機はその内部機構を晒している。ならば、そこにナイフを突き立てられたなら――。


「……やっぱダメかぁ!」

「攻撃を感知。自動反撃を行います」

「あ、ぐぅっ……!」


 しかし、分かりやすい弱点など、そうある筈もない。ナイフは機械の頑丈さに阻まれ、ルカの手に衝撃による痺れを伝え、折れた切っ先は飛び散っていく。

 近付いた分、近付いてしまった分、至近からの銃撃を避けられる筈もなく、ルカはその身に粘着弾を幾つか浴びてしまう。

 粘着弾の勢いに箱の近くまで吹き飛ばされる。

 その衝撃によるものか。それとも、無力化するための電流によるものか。ルカの視界がチカチカと瞬いた。

 身体は動かない。動かせない。全身ではないが粘着弾に絡めとられ、痺れさせられて。

 更なる鎮圧を遂行しようと、その後の回収をしようと、機械の群れが近づいてくる。

 ――小銭稼ぎのつもりだったのに、大変なことになったなぁ。

 なんて、どこか他人事のように、朦朧とした意識でルカは眺める。


「――マス……デー……は……恐れ……ますが、助け……です……?」


 声が、聞こえた。

 どうにも出来ない今、どんな助力であろうとも蜘蛛の糸。それを望まない訳がない。


「ほへがい!」

「了解しました」


 痺れの残る舌は上手く言葉を紡げなかったけれど、それでも声は応えてくれた。

 ぷしゅり。と、空気の抜けるような音。どこからか漏れ出した冷たい空気に、ルカの身体が反射的に震える。

 ふわりとルカの傍らで空気が動く。視線だけをそちらに向ければ、白い何かが見える。


「お待たせしました、マスター。機体名ノア、取り急ぎロールアウトしました」


 顔だけをなんとか動かして、ルカはそこに純白の機体を見た。

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