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星空短編集

赤道儀

作者: 浅葱秋星

 透は、トイレで顔を洗って、鏡に映る顔を見つめた。


――そろそろ髪を切らなきゃな。


 髪が肩にかかり始めていた。華奢で、色素が薄くて色白な透は、声も細くて、声変わりするまでは良く女の子に間違えられていた。それが嫌で、髪は常に短めにしていたが、このところ身なりにあまり気を使っていなかった。

 今も身長は165センチも無かったが、164.7センチだから、165センチでいいだろう、と、165センチと言っていた。


 目の下に隈が出来ている。このところ、ずっと夜遅くまでパソコンに向かって、3DCGの動画を作っていた。動画と言うのは、四頭身くらいの女の子のキャラクターが走ったり踊ったりする他愛のないものだったが、自分で作ったキャラクターだった。それを動画サイトに投稿したら、思いのほか人気になった。女の子の仕草が可愛い、ということらしい。

 それから毎日のように、動画をせっせと作っては投稿していた。コントのような凝った動画を時間をかけて作り上げて投稿したりしたが、それはあまり受けず、女の子が走っていて途中でコケる、というそれだけの動画の方が桁違いに見られたりしていた。


――なにやってんだろうなぁ、おれ。


 パソコンを買ったのは、本格的にCG製作とプログラミングという、情報処理関連の勉強目的のはずだったが、今では簡易な3DCG動画作製ツールを使った動画作成と、ゲームばかりしていた。


 教室に戻ると、後ろの方の席の女子が何やら彗星がどうのと言っている。


――ああ、そういえば、明るい彗星が接近しているんだっけ。


 その話をしているのは、星好きの女の子で、透も小学生の頃に、観望会で見かけたことがあった。何時も、透より背の高い女子と、毒舌な図書委員と一緒にいるところを見かける。

 クラスの女子と話をすることなんて、滅多になかったし、男同士でつるむのも、あまり好きでは無かった。ちょっとクラスでは浮いた存在だったが、いじめとかそんなこともなく、透自身特に気にすることも無く日々過ごしていた。


――彗星か。


 小学生の頃に、明るい彗星が来たことがあった。それ以来、彗星を見たことは無い。


 小学生の頃は、天文学者になろうと、半ば本気で思っていた。赤道儀付きの天体望遠鏡など買ってもらった。赤道儀というのは、地球の自転に合わせて回転する望遠鏡を載せる架台で、長時間の観測や写真撮影には便利な機材だった。透はこの望遠鏡で写真を撮影し、それが天文雑誌に載ったりもした。

 父親のパソコンで地球上からの火星の見かけの動きと、太陽系を俯瞰で見たときの火星と地球の動きが判るようなCG映像を作って、それが夏休みの自由研究の発表会で表彰されたこともある。

 中学に入ると、星を見るだけの観望会から天文学を勉強する集まりにも参加するようになったのだが、他のメンバーの中には、中学生から既に微分や積分を解いたり、星の軌道計算を行なうような者もいたりして、透は驚いた。数学は苦手ではないし、それなりに出来る方ではいたつもりだったが、ちょっとレベルが違っていた。

 それから、次第に天文の方からは足が遠のき、パソコンでCGを作る方に興味は移っていった。そのうち望遠鏡を処分したお金と小遣いなどから、自分専用のパソコンを買い、天文学の方は諦めた。高校に入ってからは、成績も並みより上くらいで、天文学者を目指そうなどと思っていたことも忘れていた。


 彗星を見る観望会。気分転換には良いかもしれない。最近自分がやりたいことが何なのか、良く分からなくなっていた透は、久しぶりに、観望会に参加してみることにした。


 市内の公園で行なわれている観望会は、子供連れが多く、賑わっていた。彗星接近はテレビやネット上でも話題になってきていて、何時もより観望会へ参加する人は多かった。

 透は望遠鏡を買ってもらってから観望会に参加することはなかったので、来るのは数年ぶりだった。

 公園に望遠鏡は数台、間隔を開けて置かれていて、それぞれに人が列を作っていた。並んでいない人は、空を見上げたり、スマートフォンを空に向けている。


――そんなもんで写るのかな。


 透が空を見上げると、ぼんやりと尾を引く彗星が、微かに空に見えている。


「あれ、内山田君?」

 不意に話しかけられて、透が声の方に振り向くと、星好きなクラスの女子が望遠鏡の側に立っていた。係員のようなことをしているらしい。


――この子の名前、なんだっけ。


 男子はともかく、女子の名前はろくに覚えていない。たしか、その子の友人は、ひろみとか言ってたっけか。そう思ったが、さすがにその名前では呼べない。

「内山田君も星に興味があるの?」

 笑顔でその子は話しかける。透はその女の子を昔、観望会で見かけて覚えていたが、向こうは忘れているらしかった。話したことも殆どなかったはずで、それはしょうがないか、と、透は思った。

「いや、明るい彗星が見えるって、聞いたんで」


――屈託のない笑顔って、こういうの言うのかな。


「赤道儀の使い方も分かるんだ。知ってる人あんまりいないのに」

 ひろみ、という子は、中学生くらいの年下の少女に、望遠鏡の操作を教えているらしかった。

「内山田君詳しいんだね。私は赤道儀持ってないから、昔、観望会で教えてもらったんだ。教えてくれた子も女の子だったよ。その後くらいから、見かけなくなっちゃったけど」


――ん? 観望会で、赤道儀の操作を?


「あ、セッティング済んだみたい。内山田君、見てみる?」

 言われて、透は、望遠鏡の接眼レンズを覗いてみた。少し黄色い彗星の頭部が、大気のゆらぎでゆらゆらと揺れながら見えている。写真や動画とは違う、生の映像は、望遠鏡を処分してから、久しく見ていなかった。

「ありがとう」

 顔を離した透は、自然にその子にそう言っていた。

「もういいの?」

「後ろも待ってるし」

 透の後ろには、もう親子連れが数名列を作っていた。透が離れると、早速親に抱きかかえられた小さな子が覗き始めた。女の子も、サポートをしつつ説明している。

 ゆっくりと、透はその場を離れた。


――赤道儀の操作を教えた女の子か。その女の子だったら、もう見かけることは無いだろうなぁ。


 透は笑いがこみあげてきた。


 面白いことが起こったからといって、急に自分の方向性が定まった、なんて事にはならなかったが、体に被さっていた、重苦しいものが、すこし剥がれたような気はしていた。

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