表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

第1話 境界の色は、群青

 目を開けたとたん、世界は群青に染まっていた。


 いや、正確には——それは、わたしだけが見ている色だったのかもしれない。

 現実の教室の窓から差し込む朝の光は、普通ならば白金色に近いはずだ。だけど、今日はその縁が、薄く滲んだインクのように揺れていた。


「おはよー、奏」

 机の前で、陸が笑う。仮想学校モードの彼は、今日は珍しく制服の色を変更しているようだ。ビビッドな水色。それだけで、この空間が現実でないという証拠になる。

 ——わたしは、視界の端に浮かぶステータスメニューを閉じた。


(今日も、ちゃんと現実を忘れられてる? ……わたし)


 2045年、学校の六割は仮想空間で運営されている。そこでは授業も、友達との会話も、恋愛だって、全部ログとデータで支えられている。

 それが当たり前になって、もう十年。

 ——けれど、ここ数日は、その「当たり前」がふとした瞬間に崩れかけるのを、わたしは感じていた。


「顔色、悪くね?」

「……そう見える?」

 陸の問いは、コードの乱れを検出するセンサーよりも正確に、わたしの動揺を拾う。


 返事を濁した瞬間——世界の群青が、濃くなった。


 黒板の文字が、一瞬だけ、崩れた。

 字が砂になったみたいに、パラパラと剥がれ落ちる感覚。

 他の誰も、それに気づいた様子はない。

 心臓が跳ねた。これは、ただのバグ? それとも——


 ——ログイン先のサーバでは、こんな現象、存在しないはず。


「……天音さん?」

 教卓の前で、担任の仮想アバターが首を傾げる。

 その声色に、本物の感情はない。ちょっとした間の取り方すら、プログラムの仕様だ。


 わたしは、無理やり笑って見せた。

「大丈夫です」


 でも、本当は全然大丈夫じゃなかった。


 *****


 放課後、みんながログアウトしても、わたしは教室に残った。

 手を伸ばして黒板に触れる。そこは、もちろん仮想の壁で——触感は再現されない。ただ、視界にだけひやりとした黒が広がる。

 そのとき。


【Error: Reality Layer/Boundary: Unstable】


 視界の右下に、見たことのない赤い警告が浮かんだ。

 心臓が、二度、跳ねる。


(……現実レイヤー? 境界が、不安定……って?)


 予定調和のように綺麗に作られた仮想学校に、不規則な“崩れ”が混じり始めている。これはバグじゃない。もっと——根本的な亀裂。


「やっぱり、君も見えてるんだね」


 背後で声がした。

 振り向くと、いつもは見かけない制服の少女が立っていた。

 髪は夜明けの光を帯びた黒、瞳は銀色。

 それだけでも、この世界の標準規格から外れていた。


「あ——あなた……誰?」

 わたしが訊くより先に、その少女は笑った。


「——ようこそ、リアリティ・ラビリンスへ」


 瞬間、教室の壁が崩れ落ち、群青の空に変わる。

 床が消え、わたしと少女は、無数の光る塔が浮かぶ迷宮の上空に立っていた。

 足元は、落ちれば終わりの透明な道。


(これ……仮想空間の仕様じゃない……!)


 その少女は、わたしの手を取った。温度が、妙にリアルだった。

 そして一言。


「現実に帰りたいなら——あなた自身を見つけて」


 その言葉を呑み込む間もなく、迷宮の影から獣じみた咆哮が響いた。 目を開けたとたん、世界は群青に染まっていた。


 いや、正確には——それは、わたしだけが見ている色だったのかもしれない。

 現実の教室の窓から差し込む朝の光は、普通ならば白金色に近いはずだ。だけど、今日はその縁が、薄く滲んだインクのように揺れていた。


「おはよー、奏」

 机の前で、陸が笑う。仮想学校モードの彼は、今日は珍しく制服の色を変更しているようだ。ビビッドな水色。それだけで、この空間が現実でないという証拠になる。

 ——わたしは、視界の端に浮かぶステータスメニューを閉じた。


(今日も、ちゃんと現実を忘れられてる? ……わたし)


 2045年、学校の六割は仮想空間で運営されている。そこでは授業も、友達との会話も、恋愛だって、全部ログとデータで支えられている。

 それが当たり前になって、もう十年。

 ——けれど、ここ数日は、その「当たり前」がふとした瞬間に崩れかけるのを、わたしは感じていた。


「顔色、悪くね?」

「……そう見える?」

 陸の問いは、コードの乱れを検出するセンサーよりも正確に、わたしの動揺を拾う。


 返事を濁した瞬間——世界の群青が、濃くなった。


 黒板の文字が、一瞬だけ、崩れた。

 字が砂になったみたいに、パラパラと剥がれ落ちる感覚。

 他の誰も、それに気づいた様子はない。

 心臓が跳ねた。これは、ただのバグ? それとも——


 ——ログイン先のサーバでは、こんな現象、存在しないはず。


「……天音さん?」

 教卓の前で、担任の仮想アバターが首を傾げる。

 その声色に、本物の感情はない。ちょっとした間の取り方すら、プログラムの仕様だ。


 わたしは、無理やり笑って見せた。

「大丈夫です」


 でも、本当は全然大丈夫じゃなかった。


 *****


 放課後、みんながログアウトしても、わたしは教室に残った。

 手を伸ばして黒板に触れる。そこは、もちろん仮想の壁で——触感は再現されない。ただ、視界にだけひやりとした黒が広がる。

 そのとき。


【Error: Reality Layer/Boundary: Unstable】


 視界の右下に、見たことのない赤い警告が浮かんだ。

 心臓が、二度、跳ねる。


(……現実レイヤー? 境界が、不安定……って?)


 予定調和のように綺麗に作られた仮想学校に、不規則な“崩れ”が混じり始めている。これはバグじゃない。もっと——根本的な亀裂。


「やっぱり、君も見えてるんだね」


 背後で声がした。

 振り向くと、いつもは見かけない制服の少女が立っていた。

 髪は夜明けの光を帯びた黒、瞳は銀色。

 それだけでも、この世界の標準規格から外れていた。


「あ——あなた……誰?」

 わたしが訊くより先に、その少女は笑った。


「——ようこそ、リアリティ・ラビリンスへ」


 瞬間、教室の壁が崩れ落ち、群青の空に変わる。

 床が消え、わたしと少女は、無数の光る塔が浮かぶ迷宮の上空に立っていた。

 足元は、落ちれば終わりの透明な道。


(これ……仮想空間の仕様じゃない……!)


 その少女は、わたしの手を取った。温度が、妙にリアルだった。

 そして一言。


「現実に帰りたいなら——あなた自身を見つけて」


 その言葉を呑み込む間もなく、迷宮の影から獣じみた咆哮が響いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ