6話「連休が取れないところが嫌だったからよ!」
遅れてしまい申し訳ないです…!
「黒川主任、何故こんな事を?」
呆れと嘲りが混じった視線を一番前に立った男が目の間にいるサングラスとマスクの女――黒川に向ける。色欲街と暴食商店街近くにあるグリム公園、その近くまで逃げたのはよかったが、追っ手が思った以上にしつこく、つい細い路地に逃げたのが間違いだった、と舌打ちする。
追い詰められて、あれよあれよと最悪な状況に陥っている。
背後に隠すようにしたフードをかぶったもう一人は黒川を心配するように見ている。せめてこの子だけでも。心臓の鼓動が、やけに煩い。大きく聞こえる。それはある意味自分の人生の選択でもあるからだ。
「――別に。それを下っ端に答える義理はないわ」
「あんたをさっさと殺して、後ろの異世界人を奪い取ってもいいんだ。この質問は、社長からの慈悲だよ――黒川主任?」
黒いスーツを着た男が、拳銃を構える――同じく背後に構えていた幾人も同じように。ああ、結局どこまでもあの男が自分を苦しめる。血が滲むほどに唇を噛みながら、それでも背後の異世界人を守ろうと、更に前に出る。どうせ死ぬなら時間を稼ぐ。それがこの場の最善だ。
それと同時に、もう一つの賭け――逃げている際に緊急で送ったアレが、届いているのならば。自分の時間稼ぎは、十分に有効な手段だ。
「そうね、答える義理はないといったけれど、しいて言うなら」
「しいていうなら?」とっくに安全装置が外された拳銃のトリガーに指がかかる。
黒川は鼻で笑いとばしながら答えた。
「連休が取れないところが嫌だったからよ!」
イヤホン型通信機から聞こえた梓の叫びは、鼓膜を破るほどではなかったが、二人の眠気を覚ますには十分だった。
南口門番所を走り抜け、グリム公園に繋がるエレベーターに乗り込んだ。そこはアングラの人間もよく使うルートのため、普通のエレベーターより早く行き来出来るようになっている。
二人が公園近くのビルから出てスマホに素早く、依頼人の居場所が表示され八百も、萬もそこに映る状況を理解する。
時間は既に午前3時半を指していて、人気がだいぶ落ち着いて明るかった街中も暗さが勝っているほどだ。とはいえそろそろ日の入りが近付いてきている――明るい時間帯になって、バレてしまうのは避けたい。
「梓、掃除課に連絡は?」
『してるっすよ!』
流石、と今褒めてやりたかったがそんな時間はない。
「萬、先に前に出てる奴ぶっ飛ばせ」
八百がそう言えば、既に跳躍を始めていた。息を吸って、吐きながら身体を調整する。
一回、
二回、
三回、
四回――と同時にギアを掛けるように走り出す。車が走っていない車道など、萬にとってはただのゴールまでの最短ルートだ。素早く通り抜けて依頼人がいるであろう路地へ入り込み、そのまま壁を蹴り上げる。忍者のように素早く、一気に最短を導き出しながら人の気配がある方へと、駆けていく。そして視界に複数の人間を捕らえた。
奥側に追い込まれている女と、背後にいる子供らしき人間。あれが依頼者だろう――そして手前側の男達、数は6,7人ほどだろうか。一番前に立っている男は拳銃を持っていて、背後にいる男達も同じようだ。
さっさと蹴り飛ばそうか、と一瞬で思考して壁を使って勢いよく高く飛び上がり、そのまま前に出ている男に向けて落ちていく――その際に、女の大きな声が耳に入った。
「連休が取れないところが嫌だったからよ!」
その切実な叫びに、不意を撃たれたように萬はつい笑ってしまった。そんな理由で、アングラに逃げ出したいなんて、とんでもなく面白い。
「それは確かに逃げて正解かもねえええ!!!!」
声に気付いて男が視線を向けるがもう遅い。落下する重力と頭めがけて降りてくる、その圧に酷く鈍い音が響いて、死体が一つ出来上がる。あまりにも急な出来事に呆気にとられた女、銃を構えていた男の部下らしい人々。ぽかん、なんて言葉が一番似合うだろう。一方男の死体を作った当人はビシッ、とポーズを決めていた。
一瞬静寂な空間が生まれ、そしてそれを壊したのは小さな鈴の音のような可愛らしい声だった。
「――仮面ライダー?」
それを聞いた萬が、その声の方を向いて嬉しそうに笑う。
「え、仮面ライダー知ってんの!?」
呆気に取られていた男たちが、はっとなったように銃を構えようとするが――その隙だらけの背後から小さな音が6回聞こえて、男たちの額に小さな穴が一つずつ出来上がって、倒れていき最後に立っているのは、サイレンサー付きのベレッタを下ろした八百だけだ。
その顔には呆れと怒りが浮かんでいる。
馬鹿だと知っていたが、一歩間違えれば依頼人共々死んでいたかもしれないというのに。
「萬……お前なぁ……!」
「あ、やべ鬼だ」
『自業自得っすよ、萬サン』
「でもヤオちゃん来る時間稼いだじゃん! 依頼人も死んでないじゃん! ね! 結果よければすべて良しでしょ!」
そう言い訳する萬に、八百はそのまま鳩尾に右ストレートを叩き込む。カエルの鳴き声のような声をあげて萬が地面にしゃがみ込むが、それらを一切無視して八百は改めて黒川とフードが取れた少女に向き合う。
耳が尖った、人とも思えないほどの美貌――異世界の種族、エルフだ。
宝石のような青色の双眸が、2人を見ている。
「改めて、どうも。依頼者の、黒川由衣さんですね」
「あなた達は……」
少しいぶかしげに見ている黒川に、危険はないと両手をあげながら八百は答える。そして、もう一人の少女を見て――背後で呻く相棒はこの際どうでもよくなった。
「ええ。貴方がダークウェブで依頼した通りに来ました――どうも。アンダーグラウンド社万屋稼業課の【ヤオヨロズ】です。俺は屑宮八百、あっちは萬幸平」
「――お二人の行先は、アンダーグラウンド社で間違いないですよね?」
次回6/9 19:00更新予定です。