5話「3億円!?」
アンダーグラウンド社まで、20分程。
漸く辿り着いたそこ、地下の中とは思えない巨大なビルが建っている――この場所こそが、八百たちが所属している地下を牛耳る会社、アンダーグラウンドの本社である。といっても皆、アングラと呼ぶ方が多いのだが。
そもそもこの地下にある都市そのものをアングラと皆呼んでいる――名前がないのは呼びづらいからだ。
深夜帯なので出入りは少ないが営業はしているようで、入り口に入れば受付用の機械や受付担当の職員などが多い。時に叫び声や話し声なども聞こえてくるだろう。ここに来たのは、梓――同じヤオヨロズのチームメンバーである与次郎梓を迎えに来たからだ。
「よじろー、どこかなー?」
萬がきょろきょろと見渡すが、彼の姿は見えない。その間に八百は少し辺りがどこか浮ついているという感じがすることに気付いた。とはいえ、その理由までは分からないが。
「ちょっとヤオちゃん、一緒に探してよ」
「子供じゃねえんだから、別に探さなくとも――」
そう言いかけた時だ。
「八百サン、萬サン!」
焦ったような少し高い声が聞こえそちらを見れば、黒い編みおろしをした170cmほどの男――与次郎梓が駆け寄ってくる。ぴょこぴょこ揺れる三つ編みが解けてしまいそうなほどに焦りながら、二人の肩を掴んだ。
「ヤオヨロズに緊急で依頼っす!」その言葉に、八百がいかにも嫌そうな表情をする。
「他の職員に頼めないのか?」
「それが、その……」
言いよどむ梓を八百が急かせば
「課長が【ヤオヨロズ】指名したんすよお……万屋稼業課エースだからって……」
あの女、と言いかけそうになったがどうにか呑み込む。折角、明日以降は休暇だと楽しみにしていたのに台無しだ。苛立ちが止まない八百を見かねて、萬が梓に聞いた。
「ちなみに依頼内容って?」このままいけば相棒が爆発しかねない。
「それによっては俺ら向きじゃないかもだし」
「……二人分の護衛、みたいっす。ここに連れてくるまでの」
「アングラに?」
それに二人が反応する。アングラまでやってくるということは、つまりワケありの人間たちということになる――それがどんな内容までかまで聞く気はないが、少し興味は湧くだろう。大概ここにいる人々は、そんな人間たちなのだから――自分たちも含めて。
「ちなみに、依頼料が3億円」
「「3億円!?」」
ここで初めて二人が驚愕の声をあげる。護衛依頼は普通であれば高くて1000万ぐらいだ――殺しはその半額、情報の引き出しや拷問は更に安い。そんな中で、いつもの30倍ほど高い金額が提示されれば、なおさらだ。
「しかも前払いっす。だから相当金詰んでる分、断りづらいんすよ」
梓も悩んだ末に受けたのだろう、とはいえ3億の依頼ということはそう言うこと―――厄介ごとも混じっている。
「どうする、八百ちゃん?」
「……萬の意見は?」八百が聞いてみれば、少し考えた後に答える。
「俺は乗ってみようかなって思う。課長にも貸しが作れて一石二鳥だし」
「梓は?」
「俺も、一応受けるべきだと思うっすね」
二人が乗るべき、というのなら自分が反対したところで民主主義に則れば負けだ。とはいえ、八百自身も課長に貸しを作るという部分には同意だし、何よりそんな依頼を出した人間に興味が湧いた。
「分かった。受けよう」
「おっけー、残業仕事と行きますかあ~」
「梓、場所は?」
「えっとグリム公園……さっきの色欲街近くっす」
「ならさっきの場所から出た方が早いな。行くぞ、萬」
「あいあいさー! よじろー、近くの監視カメラのハッキングと人払いよろしく!」
「分かってるっすよ!」
三人はアングラ社のビルをそのまま出た後に、それぞれの場所へ向かう。二人を見送りながら、梓は路面電車に乗り込みながらパッドを捜査し始めて――焦ったようにイヤホンマイク越しで叫んだ。
その画面に映っていたのは、護衛対象者が路地にて追い詰められている、監視カメラの映像だったからだ。
「緊急! 護衛対象二名、何者かに襲われてるっす!」
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