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ヤオヨロズ~桃源郷万屋への依頼~  作者: 夏月あおい
何でも屋と3億円と女2人?
5/21

4話「誰だって自分の手は汚したくないしめんどいのは押し付けたいんだよ」

 

「おう、ヤオ。コーヘイも一緒か」

 地下へ繋がるエレベーターを降りてから少し歩けば、少しぼろい門番所がある。

 アングラ社南口門番所と書かれたそこから、ひょこりと顔を出したのは2mほどの浅黒い巨体の男。黒いツーブロックアフロで、門番らしからぬ白いTシャツに、灰色のスウェットを着こなし、ぺたぺたとくたびれたサンダルを履いていた。

 笑いながら出迎えた門番に萬がへらりと返し、八百は頭を下げる。


「やっほー。今日の当番はルガディンさんー?」

「おう。イチカは二日酔いでダウンでな」そう言いながら頭を掻く。

「非番だった俺が急遽門番よ。あいつには今度高い酒でも奢らせるさ」

「あのおっさん、まーたやらかしたか。来月の査定に響きそ~」

「その方がいい。一度人間は痛い目を見ないと反省しねえからな……」


 そう言いながら八百が何かしらのカードのようなものを手渡せば、ルガディンは慣れた手つきでそれを専用の機械で読み取る。


「……登録ナンバー208番、万屋稼業課【ヤオヨロズ】、本人確認っと」

「ありがとうございます」

「おうよ。ちなみに今回の依頼は?」

「いつものだよ。異災判定喰らった奴の処分と、シャブを売りさばいてた奴の処分」

「相変わらずのもんだな……」


 呆れた顔をしながら、ルガディンは近くにあった珈琲を飲む。


「ああ、だから八百から甘い匂いすんのな」

「……匂いするか?」

「するね」

「するな」

「……梓に報告頼んどいて正解だった」


 頭を抱えながら、溜息を吐く。相変わらず苦労しているようだ、とルガディンは内心で同情する。


「甘い匂いのヤオちゃんも可愛いと思うけどねえ」

「うるせえ」


 流れる様な裏拳が見事に萬の鳩尾に入れば、うっ、と低い音と共に腹を抱えプルプルと生まれたての小鹿のように震えている。それを笑い飛ばしたルガディンは


「ま、お疲れ。今日はゆっくり休めよ。お前ら売れっ子なんだから」

「そう、だな……。それじゃルガディンさん、また」


 少し眠たげな八百に同乗の視線を向けながら、ルガディンは同じように去っていく萬を見た。


「じゃねー、ルガディン」

「おうよ。お仕事お疲れさん」


 門番所を通り過ぎれば、アンダーグラウンド社直通の地下鉄駅に着いた。深夜帯なので、人はまばらだ――地下鉄はすぐにやってきてすぐに乗り込み、ようやく椅子に座りひと息付いた。


「疲れた」八百が椅子に身体を預けながら呟く。

「ようやく寝れる……」

「お疲れヤオちゃん。今週ずーっと仕事だったもんね」

「ほぼ、処分だったり取り立てだったり、異災との戦いだけどな」

「誰だって自分の手は汚したくないしめんどいのは押し付けたいんだよ」

「違いない」やれやれと目を閉じながら答える。

「だから俺たちの仕事も絶えないわけだ」

「仕事があるってありがたいと思うけどね? それがなんであれさ」


 なんとも思っていない事なのか、ただ馬鹿にしている発言なのか、萬の言葉は今の八百にとってどうでもよかった。乗り心地のいい地下鉄の揺れに眠気がやってくる感覚。この一瞬の堕ちる、そんな感覚が何よりも気持ちが良かった。

 萬も空気を呼んだのか黙り込む――この仮眠の時間が、彼らのこれから起こる事件の前の最後の平穏な日常だった。




「今、あいつはどこだ?」


 高いビルの一角の高級な部屋の中。男が一人電話越しに何かを話している。


「グリム公園か。ならまだ手を出すな。そこだと目立つからな、なるべく人気のない路地に追い詰めろ。そうだな……テレビ塔近くのさらに奥。狭い路地が多いから目立たないだろう」

 相手が何かを言っている。


「ああ、頼んだ。女は別に殺してもいいが連れだした異世界人は、必ず生け捕りで回収しろ」


 電話を切って溜息を吐く――結局のところ唯一の異世界人を呼び出せたのはいい、まさかそれを外へ連れ出すなど何を考えているのか。これだから頭がいいだけの奴は理解が出来ない。ただ研究をして成果を出せばそれだけでよかったのに、余計な手間を増やしてくれる。男――酒々井碧(しすいみどり)は大きくまた一つ、今度はわざとらしく溜息を吐いた。それに反応するように、ずるずると誰かが歩み寄ってくる。


()が向かったほうが良かったのではないか?」

「いや、君だとかえって目立ってしまう。それに一応うちの私兵も優秀であると信じてさせてほしい――ある意味テストといえる」


 そう言いながら眼鏡を外す。くたびれた焦げ茶色の双眸には、狂気と歓喜が入り混じっていた。


「そう、テストだよ。薬だって治験も必要だろう? 人にだって面接や適応検査だってやる。それと同じさ。実用的かどうかだ」

「なら失敗したら?」

「何を言ってるんだ? 失敗だなんて、そんなの捨てるだけさ。惨めに、惨たらしく、無惨にね。その時は別料金で対応してもらうよ、フランケンシュタイン」


 そう言って視線の先――顔の半分が鉄仮面で覆われた赤い瞳の3mほどある、巨体の男――フランケンシュタインに向けて酒々井は微笑む。彼にとって、追いかけている目的も、それを追いかけている精鋭も、目の前のボディーガードも、等しく自分の駒に過ぎないのだ。

次回6/7 19:00更新予定です。

6/6はお休みさせていただきます。

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