3話「お前も救いようがねえな」
ぱしゅ。
小さな、音が一つ。
ぱしゅ。ぱしゅ。
二つ。
片手に持ったベレッタで的確に人を、人の形をした肉塊に変える。的確に一発で楽になる様に、撃ち込みながら、通信機をつついた。
『萬サン担当のターゲット、矢沢省吾、株式会社エメラルド製薬の元営業マン、という表向き。実際は異世界の、擬態型スライムです』
「それで?」
『擬態型スライムは会社に勤める程の知性があった。そこは良かったんです。でもやはり人間関係が上手くいかず会社の方で、休職するように言われてしまった。ついでにメンタルクリニックの受診も勧められたそうですけど……異世界対応の病院って少ないんすよね』
「なるほど。だから、薬に頼ったか」
『そうなるっす。まあ頼ってしまったのがメンタルケアすら嘘の、薬売りだったんですけど――薬漬けにされた彼が、人を殺して金を奪い、足りなくなったからまた殺して金を求めた。自分の病気を治してくれる、と間違いながら』
ぱしゅ。また一つ。
「……それで異災判定ね。仕方ない、か」
音もなく拳銃から弾丸が放たれ、また一人物言わぬ肉塊になる。
その場所は本来医療行為が行われる場所、だったのだろう――見た目上は。ただその中身、使っている人間たちがやっていたことは患者たちを食い物にした、悪意の温床だ。赤い粉が入ったポリ袋を手にして、写真を撮る。
この場所に似つかわしくない軽い音がした後。
『ああ。やっぱり。これはジアセチルモルヒネっすね。赤色ってことは相当純度が濃いんすよ』
「芥子その物の色だろ? なるほどな、様子がおかしくても当たり前だ」
『いやー、少なくとも被害は相当なもんでしょ。依頼料高いのも頷きっすよ』
八百はそのまま首を回し、硝煙が上がる熱くなったベレッタのリロードを行う。カラン、と薬莢が零れ落ちながら、最後に残していた、若い男を見遣る。
『んで、薬売ってたターゲット、榎田大輝は大学生――だったんすけど。所属してたサークルのOBに今回のジアセチルモルヒネの売人のバイトを受けてから、人生転落しちゃったみたいっすねえ。大学も全然いかなくなって、この有様』
本来ならそのキラキラした小麦色の髪が目立つどこにでもいる様な若者だ。
手足を撃ち抜かれ動けなくなり泣き叫びながらずっと、助けを求めている。雇っていたはずのボディーガードは八百に殺され、自分を守るものはもういない。どうしてこうなっているのか。
「なんで、なんで」
呟く呪詛のような言葉に反応するように、八百が答えた。
「お前が売ってる薬のせいで死んだ遺族たちから、依頼されただけだ」
「は? ふざけんな、ただ俺は――」
「売っただけ。関係ない。……言い訳を並べたところで無駄だ。それにお前はお前で薬を売った女たちにはレイプをして更にそこに薬を使う。そうして少なくとも10人以上壊してきたわけだ」
「それは、だって、先輩たちも、やって」
「人がやってたから、自分もやっていい。まさしく子供らしい言い訳だな」
安全装置は外され、頭に向けて拳銃が向けられる。サイレンサー付きのベレッタが榎田という男の額に当てられ、悲鳴が響く。ふと視界を下に向ければ恐怖から漏らしてしまったのか、クリーム色のズボンの股間部分が濃くなっていく。呆れた声がイヤホン越しから響くが関係ない。
「やだ、しに……たく、ない」
「それは、お前のせいで人生壊されたやつも言ってたんじゃねえの」引き金に指が添えられる。
「やだ、やだやだやだああああああああああ!!!!!」
泣き叫びながら激痛が走るであろう腕を伸ばし止めようとした、その抵抗は呆気なく、音もなく掻き消える。
「お前も救いようがねえな」
どしゃり、と汚れた床に物言わぬ死体がまた一つ増えて、やれやれと溜息をつくように、バッグの中からペットボトルの水を取り出す。
一気に飲み干した後に片手でスマホを取り出し、電話をかける。ワンコール後に電話を取る音が聞こえて、八百はそのまま答えた。
「こちら【ヤオヨロズ】。依頼完了したので掃除課連れてきてくれ」
一方的な電話をして即座に切る。人はけはしているので万が一バレることはないにしろ、さっさとこの場所から抜け出したかった――甘ったるいこの場所は、八百にとって苦しい場所でしかない。
逃げるようにビルから出てくれば、萬が待ちきれないといった様子で立っていた。
その顔に若干、めんどくさいと疲れたを混ぜ込んだような複雑な顔をして、溜息を吐く。その対応にもめげることなくぎゅう、と八百にくっつく萬に
「うざい、離れろ」
「ひっでえ。これでも頑張ったんですけどぉ?」
「はいはい偉いですね」
「棒読みにもほどがあるんですけど、ヤオちゃん!」
「疲れてんだよ。薬の匂いも正直きつかったし、暫くこういう関連の依頼は受けたくない」
「ま、それは同意かな。殺すときにも気遣うもんねえ」
「……殺しに気遣いなんてあるか?」
「いや、殺した時に血液に薬の成分があったら、そこから中毒になる可能性あるじゃん」
「…………一理ある」
「でしょ!」
「八百サン、甘いですって……」
時刻は既に終電がなくなって、皆がタクシーなどで帰っていく時間帯だ。人込みも先程よりも多くなく、ちらほら笑い声がやけに響く。
酔っ払いの喧騒、人々の笑い声、遠くで聞こえるパトカーのサイレン、通り過ぎていく車。
彼らは気付かない。
どこにでもあるビルの一部で殺しがあったことなど。
狭い路地で、人が死んでいる事など。
光り輝く世界にその事実はかき消される。そしてそんな日常の中を、仕事を得た二人組が歩いている。
「お腹すいたね」
「さっさと帰って寝るぞ」
「ええ、飯食おうよ~腹減ったよぉ~」
「一人で食ってろ」
呆れたように近くのとあるビルに入っていく八百。今日は無理だな、と萬も諦めた様に、いやちらちらと周りにある店を眺めながら一緒にその後をついていく。
「待ってよぉ」
「早く来い」
ビルの二つあるエレベーターのうち、一つに乗り込みドアを閉じる。鍵を取り出し、とある場所に差し込むと階数を示すボタンがいくつか光り出す――それを素早く、順番に押し込めば女性のアナウンスが《下に参ります》と少し錆びた音声で案内した。グオン、と素早いスピードで地下へと降りていくのを待ちながら、八百が息を付いた。
「梓。今日の依頼料の振り込みは?」
『んー、まだっすね。ちょっと時間かかるっぽい……あ、今来たっす』
「了解。報告任せていいか? 依頼料から天引きでいい」
『別に八百サンの依頼なら金取らないっすよ』
「俺の依頼なら喜んで取る癖に」
『当たり前っしょ、人選ぶに決まってるじゃないっすか』
「差別じゃん!」
『区別っすよ。明確な』
彼らの言い合いはいつものこととはいえ、今日はやけに喧嘩の声が大きく聞こえる。案外疲れが溜まっていたのか、とぼんやり考えながら、早く家に帰ってベッドに入って眠りたい――そんな小さな願いを八百は抱いた。
とはいえだ。
「金は取れ。特別扱いしなくていい」
はっきりとした八百の一言でとりあえず論争はおさまった。
「あと、煩い。喧嘩すんなら後でやれ」
少しキレている八百に二人が委縮してしまったが、そこで空気を読むようにちん、とエレベーターのチャイムが鳴り響いて、目的地に到着を告げる。
《――アンダーグラウンド社、色欲街エリアに到着しました。お疲れ様でした》
次回6/5 19:00更新予定です。