夢の中へ:第零夢(序章)
夢の中へ 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか?
―井上陽水
第零夢(序章)
僕は時々変わった夢を見る。
夢ではなぜか大抵僕か妻か友人が何かしらの岐路に立っている。そこで僕や彼らが間違った選択をし、あるいは不可抗力で不幸になったりなりかけるという少しヒネリが効いたものだ。
なのでその反対の選択肢なり少し夢からずらした方向性なりを僕は人に薦めたり自身で行動している。夢での僕は目の前で起こっていく不幸な展開に何もできず、実際には(もちろん夢の中の世界だから、夢の中の世界ですらもといった方がいいのだけれども)咥えてもいない指を咥えてその相手に降りかかる災難を見ているだけ。もしくは自身であるがままに不幸に巻き込まれていくだけ。
しかし現実世界ではその反対を選べるとしたら、僕や親しい人が不幸を回避する。こんな経験を何度も何度もしてきた。
例えば五年前。僕の父親はステージ4、末期の肺がんを患う中いきなり倒れ、翌日肺炎を併発し危篤になった。今夜が山だ、という医師の良く発する言葉をいただいた。お笑いのネタにすらなったが笑いごとではない。
一旦母親を夜の病室に残してバスで十分ほどの実家に泊まって、寝た。
眠りについた瞬間、青い闇の中にはっきりとドラゴンボールを七つ集めてもいないのにあの神龍が枕元にきた。こんな夜は気をつけなければならない。
神龍が問う。
お主の父にまだ生きていて欲しいか?
何が望みか、ではない。神龍はあの漫画のくだりからもより具体的に聞いてきた。
気をつけよう。僕は自分の心により正直に、と考え「生きていて欲しい」と答えた。
そうか分かった、といって神龍は瞬時にその場から闇に消えた。
枕元のスマホが目覚ましのごとく鳴ったのはその直後だった。眠りから瞬時に覚めた僕に母親が涙声で「今、お父さんが息を引き取った」と告げる。七十三歳だった。
もしあの時逆に「死んでくれ」と神龍にいっていれば。いや、それは関係はないというのが常識的な意見だろう。でも僕はそう思えなかった。夢とは逆の現実になるとのでは薄々思ってはいたのだが、誰の理解も得られないこの奇妙なメカニズムが確信に変わった瞬間だった。
僕の一風変わった特殊能力はこんなところだ。とはいってもそれは能力なのだろうか、自分でも分からない。そうめんのようにスッキリサッパリと消化できない、という人が大多数だろう。
逆に夢のことが正夢となりそのまま現実に起こる人もきっとどこかにはいるのだろうな、と僕は思う。
五十歳という歳が視野に入って、あらゆるところにガタがき始めているが、視力だけは衰えない。未だに裸眼でやっている。だからか夢での目の前の光景は鮮明である。
そこで一つ疑問なのは、近眼や老眼の人は裸眼だとやっぱり夢の風景もボヤけて見えるのだろうかということだった。くだらない。でも一度近眼の人かオスマン・サンコンにでも聞いてみたいと思っている。
閑話休題。これは僕にいくつか起こった不思議な夢と現実の物語である。




