7. ゲリスの街
「やっとゲリスに着きます。」
「ふぅーやっと着くのか~長かったな。」
「全然長くないですよ。」
「あれっ、門のところめっちゃ人が並んでない?」
「ほんとだ。しかも東門が閉まってますね。おかしいな。東門が閉まるのは夜の間だけって聞いてたんですけど、何かあったんですかね。」
門の前には数十人が列をなして並んでいて、その奥でゲリスを治めるベルモンド家の腕章を着けた兵士が検問を行っていた。
「こっちに立て看板があるよ。なんて書いてあるか読めないや。」
「『年明けまでジャックル族のゲリスへの出入りを禁ずる。 領主ハイザー・ベルモンド』と書いてあります。」
でもなんでジャックル族は出入り禁止なんだろう?ここはホルミン王国の中でもジョグリブ王国に近いから交易商人としてジャックル人もよく来るのに。
「ジャックル族って風の魔法を使う種族だっけ?」
「そうです。理由はわかりませんが、ジャックル族は街に入れないようです。」
「俺らが街に入れないってことはないよね?」
「兵士たちはおそらく髪色で判断すると思うので大丈夫でしょう。私たちの髪色は緑色じゃないのですぐ入れますよ。」
「そうだといいけど。」
列に並んでいた数十人もあっという間に検問を通過し街に入っていった。そして私たちの番が来た。
「次ー。ファミル族の娘か。名前はなんだ。」
「マーヤです。」
「どこから来た。」
「バークワクトです。」
名前と出身地を聞かれるんだ。明らかにジャックル族じゃないからすぐ通してくれると思ったけどそうはいかないんだよね。
「この街に来た目的は。」
それも聞かれるの!?まあ変に隠しても怪しまれるだけだし、正直に言うか。
「えっと、母の知人がゲリスにいてその人に弟子入りするために来ました。」
「そうか。特に怪しいところはないな。よし。入っていいぞ。」
よかった〜。悪いことしてないのにめっちゃドキドキした。ユウトは大丈夫かな?
「次ー。キンミ族の男か。名前は。」
「え、えっと、ゆ、ユウトです。」
人見知りが発動してる。大丈夫だよ!ユウトは何も悪いことしてないんだから。勇気持って!
「どこから来た。」
「えっと、ば、バークワクト?からです。」
「なぜ疑問形なんだ。自分の出身地もわからんのか。」
やばい。めっちゃ怪しまれてる。合ってるよ!私は兵士にばれないように、でもユウトには見えるようにうなずいた。
「わ、分かります。バークワクト。俺の出身地はバークワクトです。」
「まあいい。ではこの街に来た目的は。」
「えっと、その...」
つっかえちゃダメ!何でもいいから絞りだして!
「マーヤの付き添いで、来ました。」
「マーヤというのは、さっきのファミル族の娘か。彼女の付き人ってことか?」
「えっ、あ、まあそんな感じです。」
ユウトが私の付き人ってことにされてる!
「まあでもジャックル族じゃなさそうだし、ファミル族の娘はちゃんとしてたから大丈夫だろう。よし。入っていいぞ。」
やったー!何とか切り抜けたー!もう心臓に悪いよー。
「危なかった。陰キャにあんなの拷問だよ。」
拷問は言いすぎだと思うけど...
「でも何とか街に入れて良かったですね。」
「そうね。さっきの兵士さんが言ってたキンミ族って何?何の魔法を使える種族なの?」
「キンミ族は魔法の使えない種族です。彼らは黒髪ですからユウトがキンミ族だと思われたのでしょう。」
「まあ俺も魔法を使えないっぽいし同じようなもんかな。」
「全然違いますよ。キンミ族は沼地や川べりに住む不潔でみすぼらしい人たちです。ありがとうも言えないほど礼儀作法を知らないと聞いたことがあります。ちゃんと礼儀作法がしっかりしてて、清潔なユウトとは全然違います。」
「そうなんだ。」
ユウトのその言葉にはどこか悲し気な雰囲気があった。なんで?私はあの人たちとユウトは全く違うと説明しただけなのに。
「ではガーベラさんの家に行きますか。」
「そうだね。ガーベラさんってどんな人なんだろう?」
「私は小さいころに一回しか会ったことがないんですが...
私の顔をとても冷ややかな目で見ていたことを鮮明に覚えています。
とても怖い顔でしたから…」
「怖い人なんだ…気をつけよ。」
「でも幼いころの話ですし、今は柔らかくなってるかもしれません。」
それでも私は怖かった。会ったのはあの時だけだし、ろくに話もしなかったけど、あの記憶は脳裏に焼き付いている。優しい大人に囲まれていた幼いころの私にとって、ガーベラさんの態度は異質だった。ガーベラさんは私に話しかけるときも平坦なトーンで大人にするような質問をした。その頃の私は質問の意味が分からなかったが、答えなくてはならないと思った。何と答えたのか覚えていないが背中までびっしりと汗をかいたのは覚えている。
ただ、今考えてみれば子供嫌いの人は割といるからガーベラさんはそうかもしれない。いやそう思いたい。これから私の師匠になる人が私を嫌っているとか考えたくない。
ガーベラさんが営む薬屋は街の中心から離れたところにあった。大きな通りから一本わき道に入って、またわき道に入ったところの角にあり、かなり入り組んだところにあった。道中、たびたび迷ってしまい街の人に道を聞いて何とかたどり着いた。そのときには日が暮れそうになっていた。
ガーベラさんの薬屋はこじんまりとしていて看板がなく、ファミル族の店を表すピンクの垂れ幕が掛けてあるだけだった。知らない人から見たら薬屋だとは思わないだろう。
「失礼しま~す。」
引き戸を開けて中に入ってみるが、中は暗く誰もいなかった。
「ガーベラさんは居るのかな?もう家に帰っちゃったとか?」
「垂れ幕が掛けられていたのでまだ居ると思います。ガーベラさんが来るまで待ちましょう。」
「わかった。」
暗く静かな店を見回してみる。店の中はカウンターで仕切られていて、こちら側の壁には様々な張り紙が張ってあった。きれいな水でお手洗いをすることを推奨する張り紙や薬師に症状を聞かれたときの受け答え方など、お母さんの医院で見たものが多かった。
カウンターの奥には大きな箪笥があり無数の引き出しが付いていた。あそこに薬の原料が入っているのだろうか。名札とかないみたいだけどどこに何があるのか分かるのかな?
「ガーベラさん来ないね。」
小声でユウトが言った。
「そうですね。何かあったんでしょうか?」
そのときだった。箪笥の横にある暖簾から女性が一人顔を出した。彼女の顔を見た途端ゾッと鳥肌が立つのを感じた。見たことある顔だ…
彼女は私を冷ややかな目で見ていた。




