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6. 旅

 翌朝、目を覚ますと朝食の用意をしているお母さんの姿があった。


「おはよう。お母さん。」


「あら、マーヤ早いわね。」


「いつもこの時間だよ。朝ご飯作ってるの?私も手伝おうか?」


「大丈夫よ。そんなことより旅支度をしなさい。」


「昨日のうちにしておいたから大丈夫。じゃあ今日はお母さんが朝ご飯を作ってくれるんだね。」


「そうよ。しばらく会えなくなるだろうし、最後ぐらいお母さんっぽいことさせて。」


 十分お母さんだよ。私はそう思ったけど恥ずかしくて言えなかった。


 タンタンと人参を切る音が響く土間。静かな朝だ。こんなにゆったりとした朝はどれくらいぶりかな。いつも早い時間に起きておばあちゃんとトーヤと私の三人分のご飯を作ることから一日が始まる。ご飯を作らないだけでこんなにゆっくりできるんだ。


 あとお母さんが作る朝ご飯を食べるのもどれくらいぶりだろう。お母さんはいつも朝早くから医院に行ってしまうから朝は会えないんだよね。


 それにしても今日でこの家としばらくお別れなんだ。生まれてからずっとこの家に住んできたから実感がわかない。明日起きたら我が家だったりしないかな。


 そうだ。ユウトを起こさないと。いつも昼過ぎに起きてくるから今日はたたき起こさなきゃ起きないかも。


 そう考えていると居間の襖が開き、ユウトが起きてきた。


「えっ、あ... ユウトおはようございます。今日は早いですね。」


「今日出発するから早起きしなきゃね。」


 自堕落な人だと思っていたけど大事な時はちゃんと起きるんだね。ちょっとイメージが変わったな。


「よし。できた!」


 どうやら朝ご飯が出来たらしい。


「いいタイミングで起きてきましたね。さあ食べましょう。」


「その前に渡すものがあるわ」


そういってお母さんは私に紫の風呂敷で包んだ箱を渡した。


「これ、お弁当?」


「そうよ。今日のお昼に食べなさい。」


「うん。ありがとう。」


「ユウトくんの分もあるわ。」


「あ、ありがとうございます。」


お弁当箱を背負い鞄の中に入れる。


「じゃあ食べましょうか。」


お母さんがそう言うと、ユウトは顔の前で手を合わせてから食べ始めた。


「ずっと気になってたんですけど、食べ始める前に顔の前で手を合わせる動作はなんですか?」


「これは俺が元いた世界の習わしみたいなもので、食べる前に食材とご飯を作ってくれた人に感謝して「いただきます」と言うんだ。」


「へぇー、それは良い習わしだね。やってみたいな。教えてくれるかしら?」


「はい!では手を合わせてください。」


お母さんがパンっ!と力強く手を合わせる。私も真似て手を合わせる。


「「いただきます!」」


 小さいけどはっきりとしたユウトの声、大きくて楽し気なお母さんの声、か細くて恥ずかし気な私の声。三者三様の「いただきます」が部屋に鳴り響いた。


 今日の朝ごはんは違うな。それはお母さんがいるからか。「いただきます」をしたからなのかわからないけど、でもなんか、いいな。



「じゃあそろそろ行こうかな。」


「気を付けるのよ。なんかあったらすぐに手紙を送るのよ。なにもなくても年に何回かは手紙を送ってきてね...」


「うん。手紙を送るよ。」


「いってらっしゃい。」


「いってきます。」


 こうして私は慣れ親しんだ家を離れゲリスへと歩き出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「で、どうやってゲリスまで行くの?」


家を出て数十分。ちょうど町を出るあたりでユウトが質問してきた。


「ここからゲリスまで歩いて向かいます。だいたい1週間ぐらいで着きますよ。」


「え〜歩きなの〜。ここは馬車じゃないの~?」


「馬車なんて貴族の乗り物ですよ。そんなもの庶民がいくらお金を積んでも乗れません。ここは我慢してください。」


「はい...」


 ユウトは意気消沈しているようだけどこれしか方法がないから仕方ない。


 それにしてもユウトは謎な部分が多い。朝起きれないとことか家のことを全然手伝ってくれないところとか、たまにわがままなところとか、良いところのお坊ちゃんだったのかなと思ったけど、お坊ちゃんのような高慢な態度じゃないし、むしろ自信なさげなんだよね。ユウトは前の世界でどんな環境で生まれ育ったんだろう?


「あの~そろそろ休憩しない?」


考え事をしていたら歩くペースが速くなっていたらしく、私の後ろからユウトの声が聞こえた。


「そうですね。そろそろお昼ですし休憩しますか。」


 川を挟んだ反対がわにちょうどいい丘があったからそこに座ってお弁当を食べることにした。

 お弁当の中身は、玉子焼きにきんぴらごぼう、豆の煮もの、中央に大きな鮭の塩焼き、そして一段まるまる詰まっている白いご飯。とても豪華で真心こもる内容だ。


「おいしい!昨日の食事と言いマーヤのお母さんにはほんと良くしてくださって頭が上がらないよ。」


「そうですね。私もお弁当を作ってくれるとは思ってなかったですし、本当に感謝してます。」


青空の下、心地よい風がそよぐ草原の丘での時間はあっという間に過ぎていった。


「さあ、日没までには一つ目の宿場町に着いておかなきゃいけないですから、行きましょう。」


そう言って私は歩き出した。


「宿場町があるんだ。野宿はしないの?冒険と言ったら野宿だし...」


もう行くの?という顔で小走りであとをついてきたユウトはそう言った。


「そんな危ないことできません!この辺はあまり魔物が出ないですけど、夜になったら何が起こるか分からないですし、何せ攻撃できる手段がない状況で野宿するのは大馬鹿者です。」


「でも、マーヤは魔法使えなかったっけ?」


「私が使えるのは治癒魔法だけです。攻撃魔法は使えません。」


「え~攻撃魔法も出来るようになってもらわないと~」


なんで何もできない男にこんなこと言われなきゃいけないの!?


「私は治癒の魔法しか使えない種族なんです!」


「種族ごとに魔法が違うの?」


「そうですよ。前にも言いませんでしたっけ?」


「言ってないかもです...」


「じゃあ説明します。この世界には主に4つの種族がいて、業火の神ドゥランから生まれた火の魔法を操るドーラ族、激流の神ホルスから生まれた水の魔法を操るホルミ族、疾風の神ジョクルから生まれた風の魔法を操るジャックル族、大地の神グレイから生まれた土の魔法を操るグレー族です。」


「へぇ〜、火・水・風・土の4種類の魔法があるんだ。でもマーヤは治癒の魔法が使えるって言ったよね。」


「はい。私含め私の家族は、慈愛の女神ファミンから生まれた治癒の魔法を操るファミル族です。」


「種族を越えて魔法を使うことはできないの?」


「出来ません。魔法の力は血筋によって決まると言われていてそれぞれの種族は祖の神の血を受け継いでいます。」


「じゃあ違う種族で結婚して子供が出来たらどっちの魔法も使えて強いんじゃない?」


「まぁ...そうですね。言い伝えによると確かに両方の魔法を使えるようになるようですが、魔力量が減ってしまって、ほとんど使えないそうです。さらにその子供や孫の代になるにつれてどんどん魔力量が減りやがて魔法が一切使えなくなってしまうと言われています。そのため他種族での結婚自体が種族の血を汚すものとされ忌み嫌われています。」


「そう...だったんですね。ごめん変なこと聞いちゃって。」


「大丈夫です。知らなかったんですから仕方ないですよ。

あっ、それと種族を見分けるのは簡単なんです。」


「ほう?」


「髪の色を見ればいいんです。ほら今すれ違う人、青い髪をしていますよね。街で見た人もほとんどが青髪だったと思います。それはここがホルミ族の国、ホルミン王国だからです。」


「なるほど!水を使う種族が青髪って分かりやすいね。てことはマーヤのピンクの髪色もファミル族の証ってこと?」


「そうです!」


「へぇ〜面白いね。ほかに魔法はあるの?」


「え~と、闇の魔法を使うミルツ族がいるんですけど...」


「闇の魔法?なにそれかっこいい!」


「彼らは危険です!人の心を操って奴隷にしてしまうと聞いています。彼らはここから遠く離れたミルパネ冥大陸にいるらしいんですが、もし見つけたらすぐに離れて隠れるように、決して目を合わせてはいけないと母やおばあちゃんから言われていました。」


「心を操るとか、こわっ。その種族も外見で見分けられるの?」


「はい。紫の髪に黒い肌がミルツ族の特徴です。」


「ちょっと燃えるようなこと言わないでよ。」


「燃える?なにがですか?」


「あいや、何でもない。

じゃあそういう人を見かけたら近づかないでおくね。」


「近づかないどころか、すぐに離れてください。もし心を操られたらどうにもできないですから。」


「そんなに危ないんだ。気を付けておくね。」


 そうこうしてるうちに宿場町に着いた。私たちはこの宿場町で一番安い旅籠に泊まることになった。


「はぁ~疲れた~。」


「まだ1日目ですよ。こんなんでへばってたら一生ゲリスにたどり着けないですよ。」


「うぅ~」


 その後も全然体力がないユウトを何とか歩かせながら、街道沿いの宿場町を点々としてゲリスに向かった。


 予定より2日遅れてやっとゲリスの東門が見えてきた。しかしバークワクトからゲリスまでの旅はまだ終わっていなかった。

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