2. 目覚め
あれから3日経った。男の子が目を覚ます気配が全くない。
今日は朝から街の神社でお祭りが行われていて、おばあちゃんとトーヤはお祭りに行った。私はこの男の子を置いていけず1人留守番している。
窓を開けると神社の方に沢山の屋台と旗が見えた。今日は豊潤祭の日だ。ようやく田植えが終わったこの時期に春先にたくさん実がなるように神様へお祈りをする。
今年も参道には多くの屋台が立ち並び大賑わいだ。この街は交易が盛んなこともあり、国の内外から様々な食べ物が集まってくる。ここらでは見ない大きな魚の煮物や都で流行っているという甘いお菓子、隣国の鳥の肉など普段見ない食べ物が目白押しだ。
それを食べるのが毎年の私の楽しみだった。お祭りに行けないのは正直悲しい。でも去年母は大怪我を負った交易商人の治療で付きっきりだったため祭りに全く参加出来なかった。
「これはお医者さんになったら我慢しなきゃいけないこと。」
そう心で呟き目の前の男の子を最優先にしようと決意した。
ただ、母も男の子が起きない理由が分からないらしい。おととい母は、
「私は最初寝ているのかと思ったのよ。それくらい体が元気だったわ。でも起きないってことは心の方に問題があるかもしれないわね。」
と言っていた。
私も聞いたことがある。どこかの国の貴婦人が旦那さんに別のお相手がいた事を知ってしまい、大きなショックを受けて1週間眠り続けたらしい。無事に目を覚ますことが出来たけど、自分の身に何が起こったのか、自分が誰なのかさえ分からなくなったという。
もしかしたら彼もそうなのかもしれない。
外に広がる赤と黄に色づいた山を感じながら男の子の脇でお裁縫をしていた。
そろそろ水を汲まなきゃ。と土間に湯呑みを持っていった時...
ガタッ___
と炉端から音がして男の子が身を起こした。
ようやく男の子が目を覚まし舞い上がりそうになったが、
前母に「患者さんに対して高い熱量で接すると相手が疲れちゃうこともあるから気を付けるんだよ」と言われたことを思い出し、1回深呼吸をした。
その後注いできた水を持って彼の元に近づいた。
「おはようございます。どこか痛いところはありませんか?」
なるべく優しい口調で言ってみたが、彼はキョロキョロあたりを見回していて私の声は届いてないようだった。
無視されたことに少しイラついたが、急に知らない場所に連れてこられて驚いているのだろうと思い、彼から何か聞かれるまで待ってみた。
彼はひと通り周りを見渡したあと私を見た。
何か言う訳でもなく舐め回すように私を見つめる視線を不快に感じた。
「あの、ジロジロ見ないでもらえます?」
私がそう言うと彼はハッとして頭をかきながら喋り始めた。
「えっと、ここは時代劇のセットか何かですか?」
時代劇?セット?この人は何を言ってるんだ?
「何ですかそれ?」
私がそう言うと彼は何言ってんだこいつみたいな顔をして私を見ていた。
もしかして私バカにされた?
「それよりこの家、歴史ありますねぇ」
この家が古いって言ってる?
「まだ建って3年ですけど」
「え!新築!?新築でこの家建てたんですか?」
「前の家の床下がシロアリに食われてるのが見つかって建て替えたんです。」
「へ〜そうなんですね」
急に興味無くなるじゃん。
「目覚めたてなのによく喋りますね」
「いや〜不思議なことばっかでつい…」
「不思議なのはこっちですよ。3日間も寝込んでると思ったら、起きて早々変なこと言い出すから」
「3日間も寝てたんですか!?ずっと?」
「ずっとです。大変だったんですよ?誰かが見てなきゃいけないから今日の祭りも行けなかったし…」
あっ…あんまりこういうこと言わない方が良かったかも。怒ってないかな?
「それは…
ありがとうございます!あなたが看病してくれなかったら俺今頃死んでたと思います!」
失礼なこと言っちゃったな、でもこんなに感謝してくれるの嬉しい。
「申し遅れましたが、俺は高橋優斗!よろしく」
「たかはしゆうと、変な名前ですね。私はマーヤよろしくね」
「そんな変な名前ですかね。…マーヤの方が変な名前だと思うけど…」
「ん?なんか言いました?」
「いえ何も!」
「そういえばユウトはどっから来たんですか?」
「俺は東京生まれ東京育ち、生粋の都会人さ!」
「とうきょう?どこですかそれ?」
「え!!…東京も知らないってどういうこと?…」
なにか小声で呟いている。
「えっと……じゃあここはどこですか?」
「ここはホルミン王国の東の交易街バークワクトです。」
「ホルミン王国?バークワクト?初めて聞く名前だ。」
「えっ、そうなんですね…」
バークワクトは知らなくてもおかしくないけどホルミン王国を知らないってどういうこと?
「もしかしてミルパネ冥王国から来ました?」
「また知らない国が出てきた…なんか"冥王国"って響きかっこいいですね。ダークな感じで」
そんなこと聞いてないんだけど…
お母さんが言ってたように心の病を起こして記憶がぐちゃぐちゃになっちゃったのかもしれない。今はとりあえず休んでもらおう。
「何かのストレスで記憶が混濁してるのかも知れません。今はとりあえず体を休めて、少しずつ思い出していきましょう。」
そう言うと彼は首を傾げた様子だったが、何か小声で呟いて布団に潜った。疲れていたのか布団に入って数分で寝息をかいて寝始めた。
「これで大丈夫だったかな。」
失礼なこと言ったしあんまりうまく対応出来なかったかも。お母さんが帰ってきたらこの事を言ってみよう。
しばらく経ってトーヤとおばあちゃんとお母さんが帰ってきた。お母さんに男の子が目を覚ましたことを伝えると
「あら!あの子起きたのね!良かったじゃない。」
とお母さんは喜んでくれた。私の対応が悪かったかもと伝えると
「大丈夫。知らない人を看病するのは初めてだったし、まだ経験も少ないから間違えたって大丈夫。それよりも自分の行動を反省して次に繋げようとする姿勢がお母さん嬉しいわ。」
とお母さんは褒めてくれた。
その時は心がぽっと温かくなったが、布団に入ると、本当にあれで良かったのかな?彼…ユウトに嫌われてないかな?と不安になり中々寝れなかった。