13. 休日のひととき
ー(マーヤ視点)ー
いきなり連れて行かれたユウトを追いかけて、港の端にある小屋に辿り着き、そこで眠たそうに座っていたホルミ族の男性に事情を説明したけど、うちの従業員だから連れて帰れないの一点張りだった。
「仕方ないですね。帰りましょう。」
ガーベラさんは冷静にそう言った。そうして私たちは家に帰った。
翌日行ってみると、昼休憩の時は応接間で会っていいよと言われた。
それから私は週2でユウトに会いに行った。そこでそれぞれの近況を話す。
「え!ガーベラさんの弟子になったの!?」
「うん。」
「すごいね。あんな厳しそうなのに、それを乗り越えたの?」
「まぁ、そうですね。でもよくよく話してみると、師匠も色々思うところがあったみたいで、ただ理由もなく厳しくしてた訳じゃなかったんです。」
「そうなんだ。」
「ユウトの方はどうですか?ちゃんとお仕事出来てますか?」
「うん、まあね。先輩たちには及ばないけど、少しずつ体力もついてきたし、今だったらゲリスとバークワクトを10往復くらい出来るかも。」
「ふふっ。最初は片道でもヘトヘトでしたもんね。」
「ちょっと〜、昔のひょろひょろ時代の話はやめてよ~」
ユウトとはこうした軽口も言い合えるようになった。一緒に住んでいた頃より大分仲良くなった。何でだろう。前の方が一緒にいる時間が長かったのに。
でも私はユウトと話すと、どうしても敬語が出てきてしまう。
別に彼と距離を置きたい訳じゃないんだけど、なんか癖というか、そうしないといけないような気がして。
「明日、どうしようかな。」
「何かあるんですか?」
「いや、何も無いんだよ。明日仕事休みだからさ。」
「えっ!薬屋も明日、定休日なんです。
一緒にどっか行きませんか?」
「いいね!行こう!」
「私、患者さんから街の色んな店を知りましたから、教えてあげますよ。」
「いやいや、舐めてもらっちゃ困るな。俺も先輩から教えて貰ってるから、むしろ俺が紹介してあげるよ。」
「言いましたね!」
「望むところだ。」
ということで、明日はユウトと街の物知り対決をすることになった。
港から帰っているとき、私はソワソワしていた。
ユウトにどこの店を教えようかな。あそこは知ってるかな?先輩から教わってるって言ってたし、知ってるかも。じゃあ、あっちは知らないかも。
私は早くも明日どこへ行くか考え始めていた。
でも、この服で行くのはちょっと恥ずかしいな。もう結構長いこと着てて裾も大分よれてきてるし。柄がちょっと地味だよね。
薬屋に着いて中に入ると、ちょうど患者さんが帰るところだった。どうやら午後の再開の時間に間に合わず、ガーベラさんが対応してくれていたらしい。
「すみません。遅くなってしまって。」
「いいですよ。それよりユウトさんとは話せましたか?」
「はい!明日、一緒に街を回ることになったんです。」
「それはいいですね。」
「そうだ。師匠も一緒に来ませんか?師匠は街、長いでしょうから色んな所知ってそうですし。」
「いえ、私はやることがあるので。2人で楽しんで来てください。」
ガーベラさんは来てくれないのか…
「あと、1つ相談なんですけど、明日この服で行くのは少しみすぼらしいですよね。色と柄が地味ですし、裾もよれてきてるので。」
「そうですか?悪くないと思いますけどね。初日からマーヤはその服を着てましたから、マーヤと言えばその服という印象は私はあるんですけど、ユウトさんもそう思っているんじゃないんですか。」
「いや〜、せっかくユウトが貴重な休日を使ってくれるので、いい格好をしたいんですよ。」
「なるほど、そうですか。新しい服を買うのでしたら、紹介しますよ。若者に人気の店が表通りにあるそうですから。」
「いいんですか!」
「明日行くんですよね?」
「はい。」
「なら、この後その店に行って買いに行かないと間に合わないですね。」
「でもお店は手伝わなくていいんですか?」
「大丈夫です。午前の人数を見たところいつもより少ないですし、私ひとりで出来ます。」
「でも…弟子としての務めを果たさないと…」
「それはいつも果たしてるじゃないですか。今日明日と休んでいいくらいにはマーヤは働いていると思いますよ。」
「でも……」
「元々、私ひとりでずっと切り盛りしてきましたから、大丈夫です。」
とガーベラさんに押し切られてしまった。
私はガーベラさんに勧められた呉服店に来ていた。バークワクトでは見ない可愛い柄の服が沢山ある。
水魔法を使うホルミ族の国だからか、水色や青の服が多い。でも港町で色んな種族が来るからか緑や赤の服もちょこちょこある。
私の今の服は青に近い色だから、せっかくだしガラッと変えたいな。
店の中を歩き、いい服はないか吟味していると、あるひとつの服が目に止まった。
赤の無地の布地で、帯は白地に雪輪の文様だ。私はこれに一目惚れした。
値段も高くはなかったので速攻で買ってしまった。別に安くもなかったんだけど…
私はウキウキしながら薬屋に帰ってきた。
「おかえりなさい。早かったですね。少し嬉しそうに見えるのですが、いい服を買えましたか?」
「はい!我ながらいい買い物をしたと思います。師匠にも見てもらいたいので着替えてきてもいいですか?」
「いいですよ。」
私は師匠に礼を言い、自分の部屋へ駆け出した。師匠に見せたいし、早く自分でも着てみたい。
「どうですか?」
「いいですね。赤の服はピンクの髪によく似合いますね。」
「ですよね!このまま受付して色んな人に見てもらいたいなぁ。」
「ダメです。明日着ていくんでしょう?汚れたらどうするんですか。」
「は〜い。分かりました。」
私はまたもや自室へ行き、いつもの服に着替え直した。
私はずっとワクワクドキドキしたまま仕事をした。私の挙動不審な姿に何かあったのか聞く人が何人かいたので、明日友達と出かけるんですよ〜と話した。
そんな感じで一日が終わった。布団に入ったあともソワソワして中々寝れなかった。
翌日、私はユウトの職場へ赴いた。いつもユウトと話す応接間がある建物の前で待つつもりだったけど、私が着いてすぐユウトが出てきた。
「ごめん、待った?」
「いえ、今来た所です。」
私がそう言うと、ユウトはふふっと笑った。
「何かおかしかったですか?」
「いや、こっちの世界でもそういう決まり文句があるんだなぁって思って。」
?どういうこと?
私が首を傾げているとユウトは話題を変えた。
「じゃあまずはどこ行こうか。」
ユウトはそう言いながら歩き出す。
「お腹空いているでしょうし、朝食を食べに市場に行きましょうか。」
「いいね!」
私たちは港から歩いてすぐの市場へ足を運んだ。
そこで具が沢山入ったおにぎりが売っていたので、それを買って二人で食べた。
幸せそうにおにぎりを食べるユウトを見てるとこっちまで頬が緩んでくる。
次はユウトのオススメということで、武器屋に行った。でもユウトも先輩に勧められただけで来たのは初めてらしい。
「へぇ〜杖がいっぱいあるね。」
「そうですね。ホルミ族用の水魔法を強化する杖が多いようです。」
ユウトは私の話を聞きながら杖を1本手に持った。
「はっ!」
目を見開いて杖を前に突き出すけど、何も起きない。
「ユウトは魔法が使えないんだから無理ですよ。」
「は〜、俺の最強能力がここで発揮されるはずだったのにな……」
「なんですか。それ。」
ユウトは魔法が使えないことを残念がっているけど、私はむしろ使えない方がいいなって思った。
魔法が無くても頑張る彼がいいから。
「こっちは刀か。あんまり種類はないんだね。」
「刀は護身用ですからね。」
「相手を真っ二つに斬るとかやんないの?」
「相手に近づく前に魔法でやられてしまうじゃないですか。」
「へぇ〜そういうもんなんですね。」
「おい、そこのキンミ族!ここは遊び場じゃねぇんだ。早く帰れ!
ファミル族の姉ちゃんも武器は要らねぇだろ?商売の邪魔になるから帰った。帰った。」
店主にそう怒られてしまった。まあ買う気がないなら迷惑だよね。
でもユウトは、しょんぼりしていた。
「あの刀欲しかったな。」
「買ってどうするんですか。」
「ちょっと振り回してみたいなって。」
「危ないですよ!」
「安心しなって、誰もいないところでやるから。」
「そういう事じゃありません!キンミ族が刀振り回してたってなったら大問題になるんですから!」
「そうなの?」
「そうですよ!気をつけてください。」
「うん。わかった。」
ちょっと急に怒りすぎたかな?
少し空気が悪くなってしまったので、気分を変えるために切り出した。
「次は私のおすすめの場所ですね!ここからもう少し歩いた所にお菓子屋があります。そこでちょっと休憩しましょう。」
「いいね。お菓子。どんなのがあるんだろう?」
「ふふっ楽しみにしていてください。」
昼前だからか人が増えてきた。道行く人はホルミ族がほとんどで、たまにキンミ族がホルミ族の後ろをちょこちょことついて行っている光景を見かける。多分奴隷なんだろう。
ファミル族はほとんどいない。怪我をした人に応急処置を施している人を1回見たきりだ。ファミル族は医局に篭もりっきりなんだろう。ガーベラさんもほとんど外に出てないしね。
そのため、ファミル族とキンミ族が並んで歩いている私たちは、めっちゃ浮いてると思う。
「お菓子屋さんまだ〜?」
「っと、ごめんなさい。考え事をしてました。もうすぐ着きますよ。」
お菓子屋で早めのおやつを食べた。新作の餅にきな粉と黒蜜をかけたお菓子がとても美味しかった。
ユウトも羊羹を美味しそうに頬張っていた。
次、ユウトのおすすめの場所に向かっている途中、商店街で声をかけられた。
「あっ!マーヤちゃんじゃねえか!久しぶりだな。」
「お久しぶりです。トーキンスさん。お元気でしたか?」
トーキンスさんは初日に会った八百屋の店主だ。彼からガーベラさんの悪い噂を聞いたんだけど師匠はそんな人じゃなかったし、あの噂はなんだったんだろう。
「あぁ、そりゃあもうピンピンよ。
そういやマーヤちゃんはガーベラさんの弟子になったんだってな。」
「はい。」
「すげぇな!この前あんたから「ガーベラさんの弟子になりたいんです。」って言われたときは、可哀想にって思ったんだよ。ガーベラさんは弟子をとるようには見えないし、噂もあったしな。」
「その噂って本当だったんですか?師匠は私をこき使うなんてことは全くしませんけど。」
「俺も人から聞いた噂だから、ガセなのかもしれねぇけどよ。当時のガーベラさんはそんくらい怖かったんだ。最近はだいぶ丸くなったと思うぜ。」
「へぇ〜、昔のガーベラさんってどんな感じだったですか?」
「そりゃあ……」
私とトーキンスさんとの会話は盛り上がった。昔のガーベラさんの話から私が来る前の街の話、トーキンスさんがお店を始める時の与太話など話題は絶えなかった。私の街の人からの評判が思ったよりも良くて顔が熱くなった。
「そうそう、ゲリスにジャックル族が入れないって話は聞いたことあるか?」
「はい。街に入る時に検問を敷いていましたし……」
「その理由は知ってるかい?」
「いえ、知りません……」
「東の方に山が見えるだろ?あの山向こうは深い森に覆われてて、近寄れない場所だったんだが、ちょっと前そこに鉱山が見つかったんだ。」
「鉱山……何の鉱山ですか?」
「魔鉱石だよ。それも純度がかなり高いらしい。」
「それが、ジャックル族と何の関係があるんですか?」
「それがな、山向こうの土地は一応ホルミン王国の領土なんだが、山に隔てられた深い森だから管理が行き届いてなかったんだよ。
それを好機とみてジョグリブ王国が攻め込むかもしれないっていうきな臭い話がある。
だからうちの領主は密偵が入って来れないようにジャックル族を締め出したわけだ。」
「それは……ゲリスにはジャックル族の商人も来ていたんですよね?それを全部締め出すなんて、随分強引じゃないですか?」
「 そうだな。正直俺の店も客が減っちまったからなぁ。山向こうの事で俺らにしわ寄せが来るのはやめて欲しいもんだぜ。」
「そうですよね……」
しばし沈黙が流れる。ユウトを待たせてるし、ここで一旦区切ろう。
「ありがとうございます。トーキンスさん色んな話聞かせてもらって。お客さんがいるのに長居しちゃってすみません。」
「いいんだ。いいんだ。俺もマーヤちゃんと話せて嬉しかったからよ。また来てくれよな。」
「はい、また来ます。」
そう言って私は八百屋を離れた。
「ごめん。ユウト遅くなって……て、あれ?」
ユウトがいない。さっきはここにいたはずなのに。
慌てて八百屋に戻ってトーキンスさんに聞いてみる。
「すみません。私の近くにいたキンミ族の男性がどこに行ったか分かりますか?」
「キンミ族の男?そんなヤツいたっけな……わりぃマーヤちゃんとの話に夢中になっていたから周りをよく見てなかった。」
その後、八百屋のお客さんや道行く人に聞いてみたけど、誰もユウトの行き先を知らなかった。そんなキンミ族いたか?という人もいた。
うーん手がかりが何も無い。もーユウトは私に言わずどこに行ったの?
途方に暮れて街を歩く。
ユウトがこうやって私の前からいきなり姿を消すのは、家出の時以来か。あの時は私が原因でもあったし、言い過ぎちゃったことを後悔したんだけど、今回は何でだろう?
私はユウトが傷つくようなことは言ってないと思うし、彼も楽しんでたように見えた。彼が自らなんの理由もなくいなくなるとは思えない。
もしかしてユウトが誰かに連れてかれた!?
キンミ族は奴隷にされやすい。魔法を持たないから成人男性であっても連れていかれやすいって聞いたことがある。
不安が私を覆い尽くす。
どうしよう……ユウトが奴隷になったら……
小舟が行き交う濠を跨ぐ橋を渡っていた時、その濠の脇にポツンと座っているユウトの姿が見えた。
私は急いで彼の元へ向かう。
「ユウト!どこに行ってたんですか!」
駆け寄りながら私は言う。
「ごめんなさい。えっと…その、顔見知りに会って話してたら盛り上がっちゃって……」
「それなら私に一言声をかければいいじゃないですか。」
「ごめん。マーヤは八百屋の人と仲良く話してたから邪魔しちゃいけないなって思って……」
「邪魔なんかじゃないですよ。それより何も言わないでどっか行く方が私は嫌です。」
「ごめんなさい。」
ユウトがすごく落ち込んでる。せっかく一緒に遊んでるのに、こんな顔して欲しくないな。
「大丈夫です。そんな怒ってないですから。
さあ早くユウトのオススメの場所に連れてってください。次はどんな所に連れてってくれるのか楽しみです。」
「うん。そうだね。」
ユウトの顔が少し明るくなった。
ユウトに暗い顔をして欲しくない。何故か分からないけど私はそう思った。
その後私たちは街のいろんなところを回った。装飾品屋さんに居酒屋さん、古本屋から子供が遊ぶ空き地まで。
どこに行っても楽しかった。私が興味のない所でもユウトが楽しそうにしているのが嬉しかった。
「俺の最後のオススメスポットはここ!」
私たちがいるのは、商店街から少し離れた高台。ゲリスの中心街を一望することが出来る。
さっき通った商店街を見ると、変わらず沢山の人が往来している。
道は川を渡って港の方まで続いている。港では米粒の大きさの人々が動き回っている。港から小さな筏のような船が何艘も同じ方向へ動いている。その先には帆のついた大きな船が停まっている。
船の奥には海が広がっている。どこまでも広い海。その青は夕日に照らされてチラチラと光っていた。
「綺麗ですね……ここからの眺め。」
私はぽつんと言った。
「そうでしょ?
ここ人があんまりいないし静かだから、よく見に来るんだよね。」
得意げにユウトは語った。
私はその話にコクコク頷きつつ、目の前の光景を眺めていた。
ずっと見ていたいな。
でもユウトは門限あるし、私も師匠に心配かけたくないからこれくらいにしなきゃ。
私はこの景色を目に焼き付けて、ユウトの方へ向いた。
「さあ行きましょう。今度は私の最後の場所です。」
ユウトが微笑んだのを見て、私は歩き出した。
細い道を歩いていく。右に曲がったり左に曲がったり、人1人がやっと通れる幅の道をずんずん進んでいく。
ユウトは不安な顔をしながらも黙って着いてきてくれている。
「着きました。ここが私の最後のおすすめ場所です。」
「ここって……」
看板のない建物。さり気ないピンクの垂れ幕。
そう、ガーベラさんの薬屋だ。
「最近ユウトはここに来てませんよね。久しぶりに寄っていかないですか?」
「うんもちろん。」
ユウトは快く了解してくれた。
私はガラガラと扉を開け、中に入る。
「あれマーヤ、早かったですね。」
私が扉を開ける音が聞こえたのか師匠が奥の部屋から出てきて言った。
「今日はお客さんを連れてきたんです。」
「お客さんですか?」
扉の後ろに隠れていたユウトを引っ張ってくる。
「あっ、ユウトさん。お久しぶりです。」
「お久しぶりです。ガーベラさん。」
2人はぎこちない形で再会した。
「この前会いに来てくれた時にガーベラさんとはあんまり話せなかったですよね。」
「あの時は、マーヤとの再会の日でしたから、仕方ないですよ。」
「あと、あのとき嘘ついてすみません。」
「あのとき?」
「俺がここを出ていった時です。マーヤに言われたからって嘘ついて……」
「ああ、その事ですか。
あの時は貴方も大変でしたでしょうから、それほど咎めるものでもないですよ。」
「そうなんですか?怒ってないですか?」
「怒っていません。」
「俺には怒ってるように見えるんですが……」
「そういう顔なだけです。」
なんか2人が喋ってるのちょっと面白いかも。どっちも寡黙で何考えてるのか分かんない者同士、もしかしたらウマが合うかも。
そういえば、ユウトは昔はめっちゃ寡黙でほとんど喋らなかったのに、今は割と喋るな。仕事を始めて明るくなったのか、仲良くなって心を開いてきたのか、どっちなんだろう。
「そうだ!師匠。今日のご飯、ユウトと一緒に食べませんか?」
「いいですね。」
「ユウトはどう?」
「うん。いいよ。」
3人でご飯食べるのはいつぶりだろう。
ユウトが家出してからだから1ヶ月ぶりくらい?
この3人でご飯食べることに、あんまりいい思い出がなかったけど、今日は別だった。
主に私が今日のことを話していると、ユウトが時折補足を入れてくれて、師匠は静かに聞いていた。
今日の話が終わっても話題は尽きなかった。取るに足らない話題でも面白かった。
食卓を温かい空気が包み込む。料理もすごい美味しかったな。
「そういえば、ユウトさん。門限は大丈夫ですか?」
ふと思い出したかのように師匠は言った。
「あっやべっ。もう帰らなきゃ。」
ユウトは時計を見て慌てて帰り支度を始めた。
その背中に私が声をかける。
「送っていかなくて大丈夫ですか?」
「ううん。大丈夫。1人で帰れるよ。
こんな時間に女の子を1人で帰らせる訳には行かないでしょ?」
「うん……そうですね。気をつけてくださいね。」
ユウトは素早く帰り支度を終わらせて、出口に向かい扉に手をかけた。
「マーヤ、今日は楽しかったよ。ありがとね。」
「こちらこそありがとうございました。めっちゃ楽しかったです。」
「ガーベラさんも夕飯ご馳走様でした!美味しかったです。」
「いえいえ、また来てくださいね。」
「はい。怪我した時はここに来ます。」
「ちょっと。ケガしないように気をつけてくださいね!」
私は割り込んで言った。ユウトがここに来るために、わざとケガするとかしそうだし。
「はいはい、気をつけるね。」
ユウトは私の言葉を軽くあしらった。
心配で言ってるのに。
「じゃあまた。」
ユウトは静かに扉を閉めた。
ザッザッという草履の音が少しずつ遠のいていく。
あ〜終わっちゃったな。
楽しかっただけに喪失感がすごい。
「さぁ食器を片付けましょう。そして早めに寝ましょう。明日からまた店を開けるのですから、休めるのは今日までですよ。」
と師匠は言った。
普通の人が聞いたら、いつもと変わらない冷たい声色に聞こえるだろう。
でも1ヶ月師匠を見てきた私はそこに少し明るい声が混ざっていることに気づいた。
そうだ。明日も仕事があるんだ。それに、これでユウトと今生の別れって訳じゃない。
また遊べばいいんだ。今日みたいに。
私は頬をぴちっと叩いて気合を入れる。
よしっ明日からも頑張るぞっ!




