12. ユウト、職に就く
話は数日前に遡る。マーヤがユウトへの怒りを爆発させたあの日の夜、ユウトは眠れない夜を過ごしていた。
ー(ユウト視点)ー
俺は布団にくるまりながらも完全に目が冴えていた。
夕飯前のマーヤの言葉がズキズキと胸を締め付ける。彼女は正しい。何も間違ったことは言ってない。それに比べて俺はどうだ?守られる立場にかこつけて、彼女を追い詰めていたんじゃないか?
俺に出来ることは何だろう。考えてみるけど何も出てこない。思えば俺はこの世界に来てから何もしていない。
俺はここに居てはいけないと思った。何も誠意を見せるものがない俺がここにいる資格はない。そして俺はここを立ち去ることを決めた。
静かに1階に降りると、なんとガーベラさんがいた。まだ日も昇ってないのに、こんな時間に何してるんだろう。
気づかれないようにそーっと出ていこうとしたが、気づかれてしまった。
「どこに行くんですか」と聞かれ、咄嗟に「マーヤに頼まれたのでちょっと出掛けてきます。」と嘘をついた。嘘をつくのはやっぱりいい気分では無いな。
まだ薄暗い誰もいない街を歩いていく。
そういえば俺、この街を歩いたのは初めてかもしれない。
いや初日にガーベラさんの所に行く時に歩いたんだけど、あん時はマーヤに着いてってたからほぼノーカン。
それにしても、この街は江戸の町のように古い建物がいっぱい並んでいるなあ。
マーヤが住んでた家もこんな感じだったけど、新築って言っていたし、案外古くないのかもしれない。和風異世界に来たって事かな。どうせなら中世ヨーロッパ風の異世界が良かったなぁ。
暗くて人もいない。ここがもうどこだか分からない。俺は一人、ただ歩く。どこに行くのか俺にも分からない。
しばらく経つとあたりが少しずつ明るくなってきた。通り沿いの店で忙しなく開店の準備を始める人たちも見える。今何時なんだろう。時計がないから分からないけど、6時とか7時とかそこらへんかな。
俺はさらに歩いていく。道を歩く人の数もだんだん増えてきた。色んな建物から人が出てきて、通り沿いの店に入っていく。
でも俺は周りを見る余裕がだんだんなくなってきた。
2時間ぐらい歩きっぱなしだったから、もう足がパンパンでどこかで休憩したい。
気がつくと俺は港に来ていた。そうか、この街は港町だったっけ。港には大きな帆のついた船が何隻も並んでいた。
すっごい大きい船だ。坂本龍馬とか乗ってそう。そう思っていると、後ろからドンッと押された。「あんちゃん邪魔だよ。」大きな荷物を肩に担いだ黒髪のおじさんがそう言って去っていった。ここでも邪魔か。俺は少し傷つき、また歩き出した。
港の奥へ奥へと歩を進めていく。港の奥の方は比較的人が少なくて、居心地が良かった。ぷらぷらしていると蔵のような建物の扉が少し開いていた。そーっと入ってみると中はがらんどう。少しガッカリしたが、眠気が急に襲い、そこで寝てしまった。
起きると俺の周りには人が集まっていた。黒髪の強面おじさんたちが俺を注視していた。
「お前ここで何してる。」
1人が俺に聞く。
「すみません。ここで少し寝させてもらってて、すぐ出ていきますから!」
と足早に去ろうとすると。
「おい待て!お前盗人じゃねぇだろうな?」
「いやいやまさか、そんなことあるわけないじゃないですか〜」
「怪しいな。よしこいつの身ぐるみ剥がして、何か盗んでないか調べろ。」
「うす!」
男の号令でガタイのいい男たちが駆け寄ってきて、俺の身ぐるみを剥がしてくる。この男たちが女の子だったら最高だったんだけど、今の絵面は最悪だ。
俺はパンツ一丁の状態になっていた。
「なに?何も出てこないだと!?」
「だから言ったじゃないですか。盗賊じゃないって」
「じゃあなんでこんなとこにいるんだ。」
「それは、その、家出、しまして…」
「家出…。ああそうか、お前主人に酷いことされたんだな。可哀想に…」
いや酷いことされたわけじゃないんだけど…まあ言われたか。
「お前、行くとこあるのか?」
ボスっぽい男が言う。
「いえ、ないです。」
「そうか…じゃあ俺のとこ来ねぇか?」
「あなたの所ですか?」
「ああ、俺らは沖仲仕やってんだ。船の荷物を艀に載せて陸まで運ぶ。そしたらその荷物を蔵にしまう。逆も同じだな。単純だが結構な力仕事だ。ヒョロっちいお前にできるか?」
荷物の積み下ろし作業か。かなり大変そうだけど、今の状態ではマーヤに会わせる顔がない。1回頑張ってみよう。
「はい、やってみます!」
俺を誘ってくれた男は、ゴリウといって、この大勢いる沖仲仕組織”トロムソの杉”のリーダーらしい。少し可愛らしい名前だが、みんなラグビー部のようにガタイのいい屈強な男たちだ。
仕事はゴリウが言ってたとおり、物を運ぶだけだが、これが重い。
1番軽いとされた荷物を1個運ぶのがやっとだ。
でも他の男たちは重い荷物を3個も4個も肩に乗せて運んでいる。ここではマッチョが正義だ。俺も鍛えないとな。今更鍛えた所でこんな筋骨隆々な漢になるとは思えないけど。
俺は職場を軽く紹介されたあと、宿舎を案内された。
その宿舎はかなりボロい建物だった。1部屋に10人が住んでいて、狭い部屋には男の汗臭い匂いが充満していた。正直ここに住むのは嫌だなと思ったけど、ゴリウの厚意に甘えているのだから流石に言えなかった。
その後、俺はゴリウに連れられ、宿舎よりは綺麗な建物へ入る。
ここは管理棟で沖仲仕組織を管理する人がいるそうだ。ゴリウが組織のリーダーだとしても、その上に沖仲仕組織を管理する部署があるらしい。ゴリウはバイトリーダー的立ち位置ってことなのかな。
中では青髪で目の細い男が面倒くさそうに仕事をしていた。青髪ってホルミ族だっけ?
「お疲れ様です。シラーさん。」ゴリウは丁寧に話しかける。でもシラーと呼ばれた男は爪をいじったまま「あ〜」と軽く返事をするだけだった。
「シラーさんにご報告がありまして、俺の隣にいるこの男が今日からトロムソの杉のメンバーに加わりまして、その承認のほどをお願いしたいのですが、よろしいでしょうか。」
「あ〜うん。いいよ〜」
随分軽いな。そんな感じで人を増やしてもいいのか?
「でも、給料は変わらないからね〜」
え、どういうこと…
「それで構いません。寛大な配慮ありがとうございます。」
ゴリウはそう言って仰々しく頭を下げた。彼に目で促され俺も頭を下げる。
どうやら給料は一人一人に払われるのではなく、組織にまとめて下ろされるのだそうだ。だから人を増やせば増やすほど一人の取り分が減る。こりゃあやばい会社に入っちゃったかも。
俺たちは管理棟を後にした。帰り際にゴリウに聞く、
「何であんな舐めた態度の人にへりくだるんですか?ゴリウさんなら一発やれると思うのに」
「おい、ユウト!それ以上は言うな!」
「え、」
「俺らはキンミ族だ。奴らが気に食わないと思えば、簡単に首が飛ぶ。何の責任もないお前はいいかもしれないが、俺には背負うものがある。仲間を食わせなきゃいけない。だからあんな奴にでも下手に出なきゃいけないんだよ。」
そうか、キンミ族ってそんなに立場が下なのか。
俺は数日間、身を粉にして働いた。仕事量は他の屈強な男たちと比べると少なかったが、トロムソの杉のメンバーは温かく受け入れてくれた。
あとで聞いた話だけど、「トロムソの杉」という名前の由来は、船に渡る時に使う木の板がトロムソっていう所で切られた杉だからってことらしい。普段使ってる仕事道具が組織の名前の由来になってるなんて、ちょっとカッコいいかも。
キンミ族だからと酷いことをされることもあったけど、その時は仲間が助けてくれた。
やっぱ仲間って最高だな!と主人公っぽいことを言ってみる。
.........いやいや、俺には王道キラキラ系主人公は向いてないや。
そんなこんなで俺の日々は忙しなく過ぎていった。
そんなある日、俺に会いたい人がいるとシラーに呼ばれた。
何だ〜?このトロムソの杉のイケメンについにお声がかかったか〜?
もちろん、イケメンなんて言われてないけど、あの筋肉ムキムキな男どもより俺の方が全然モテるでしょ!
なんて思いながら管理棟へ歩く。
管理棟に着くと応接間に通された。
何の飾り気のない応接間。ただ机が置いてあり、奥には座布団が山のように積まれている。俺の向かい側に座布団を出して誰かが座っている。
そこに居たのは、ピンク髪の女性2人だった。
1人は、スラッと背が高く、凍るような目で俺を見つめている。もう1人は背が低く、心配そうな目で俺を見つめている。
そう、ガーベラさんとマーヤだった。
「え、何でマーヤとガーベラさんがここにいるんですか?」
何で俺がここで働いてるって知ってるんだ?
マーヤは俺の質問に答えようとしたが、俺が入ってきたときから涙がぽろぽろと流れていて、話せなかった。
「実は、私の友人に探してもらっていたんです。」
代わりにガーベラさんが話してくれた。俺がいなくなった朝、マーヤが探そうとしてくれたこと。ガーベラさんに止められて、代わりに人探しが得意な人に頼んだこと。その人からさっきユウトがここで働いているという情報をもらったこと。
ガーベラさんは淡々と説明してくれた。マーヤはその間もずっとガーベラさんの懐で泣いていた。話終わるとガーベラさんはマーヤの顔を見て優しくささやいた。
「マーヤ、彼に伝えたいことがあるのでしょう?」
「うん。」
マーヤは子供のようにうなずいた。こんなマーヤ見たことない。いつもしっかりしていて大人なのに。今日は年相応の少女に見えた。
鼻が赤くなり、涙の跡がついたマーヤは俺の方にちょこちょこと近づいてくる。
彼女は俺の真正面に立って、言葉を絞り出す。
「え、えっと....。あの、ユウト。」
「はい。」
「この前は、あんな酷いこと言ってごめんなさい!」
そう言って、彼女は頭を下げた。
「え、いや、あの...」
急に、頭を下げられ俺はあたふたする。
「あの時は、いっぱいいっぱいで、ユウトのこと、考える余裕もなくて、だから、あの時言った言葉は、本当じゃないっていうか、いや本当のところもあるんだけど...」
彼女はしどろもどろになりながら説明する。慌てている彼女を見ていると俺は落ち着いてきた。
「大丈夫だよ。マーヤ。あの時は傷ついたけど、でもあの言葉のおかげで今頑張れてるから、謝ることはないよ。」
「で、でも...私がユウトに酷いことを言ったってのは本当で、それに対して謝らなきゃ...」
「俺もマーヤにすごくお世話になっているのに、何もしてなかったのが悪いんだし、お互い様だよ。」
「そう...?許して...くれるの?」
「許すも何も、俺が悪かったんだから、俺が謝らないとおかしいよ。マーヤ、こっちこそごめん。マーヤのこと考えずに、ずっと怠惰に過ごしてた。」
そう言って俺も頭を下げた。
「いやいや、ユウトは謝らなくていいよ。私が悪いんだし。」
「俺は俺が悪いって思ってるんだから、これでいいんだ。これで仲直りでいいよね?」
「うん。」
彼女は嬉しそうにうなずいた。
「じゃあ握手をしよう!ほら右手出して。」
彼女はぎこちなく右手を出す。それを俺はぎゅっと掴んだ。
俺とマーヤは固い握手を交わした。いつの間にか彼女の涙は笑顔に変わっていた。
奥で静かに二人の様子を見ていたガーベラさんはゆっくりと立ち上がり言った。
「では帰りましょうか。家に。」
「はい!」
「はい!」
二人で元気な返事を返して三人で管理棟を出る。
帰り際、俺はマーヤに気になっていることを聞いた。
「そういえば、マーヤ、いつの間にか敬語が抜けてるね。」
「あっ、すみません。失念していました。」
「いやいいんだよ。俺はそっちの方が良いからさ。」
「そう...なんですか?」
「そうだよ。ほら、なんか心の距離が近づいた感じするじゃん。」
「そう...だね...」
彼女は照れくさそうに笑った。
この日、俺はやっとマーヤと「友達」になれた気がした。
と感傷に浸っていると、後ろからドカドカと誰かが近づいてくる。
「お〜いユウト!何やってんだあ!」
ゴリウがすごい勢いで走ってきた。
「ユウト!もうすぐ門限だ!早く帰らないと、怒られるぞ!」
そう言って、俺をひょいと持ち上げた。
「すまねえな。お二人さん。ユウトは俺の仲間だから勝手に出て行ったら困るんだ。」
彼は二人に頭を下げ踵を返すと、光のような速さで駆けだした。
うそ〜。今日はマーヤと一緒に帰るはずだったのに〜。
俺の嘆きは冷たい風に消えていった。




