1. 謎の男の子
「じゃあおばあちゃん、栗取ってくるね。」
「気をつけてねマーヤ。」
「うん!」
暑さも和らいで山の木々が色めき出してきたこの季節。山の幸をふんだんに使った炊き込みご飯がおいしい季節だ。
私はその具材となる栗を集めに山に向かっていた。家の裏で遊んでいた弟のトーヤが私に気づくと一目散に駆け込んできた。
「マーヤ姉ちゃんどっか行くの?」
「これから栗を集めに行くんだよ。」
「クリ!いいなぁ〜オレも行きたい。」
「トーヤはダメ。山は危ないからここで遊んでなさい。」
「はぁーい」
家のすぐ裏にある山だからといって油断しちゃいけない。1か月前にも隣の村で小さな子供が山に入ってしまい、大人たちが3日かけて探したけど見つからなかったということがあったという。トーヤはまだ3つだからそんな危ないところに連れていく訳にはいかない。
トーヤは観念したのか私のところを離れて土いじりを始めた。
私はトーヤを尻目に山を登り始めた。
狭くて険しい山道を登っていく。山を登りながら地面に落ちている栗を拾う。栗に気を取られて山道を外れないように注意しながら……。
何十回も登っている私にとっても山は危ないところだ。ひとたび道をはずれてしまえば大きな木々に囲まれて来た方向が分からなくなってしまう。目印となるのは登山者によって踏み固められた細い山道と所々にある古びた灯篭だ。
その昔この山のてっぺんには神社があったらしい。もう神様はいなくなってしまったけど当時参道を示してた灯篭は今でもこの山に入る人々の目印となっている。
「よし、これくらいでいいか。」
栗を集め終えて家に帰ろうとした時、13番目の灯篭の脇に人が横たわっているのに気づいた。
歳は私と同じくらいの男の子で上下二つに分かれた変な服を着ていた。村の外でもこんな服は見たことないし顔も知らなかった。
「あの〜大丈夫ですか?このままだと風邪引きますよ。」
声をかけてみたが反応はない。肩をポンポンとやっても反応はない。
もしかして死んでるのではないかと思ったけど息はしているみたいだ。
「でもこのままだとこの人死んじゃう。何とかして麓へ運びたいけど私一人じゃ無理だし……。」
「そうだ。村の人に助けを呼ぼう!」
そうして私は山道を下って行った。麓の家が見えてきたところで誰かが家から出てきたのが見えた。
「カイノさ〜ん!」
「おお、マーヤちゃんじゃないか。どうしたんだい?そんなに慌てて。」
カイノさんは昔から母と交流があり私が生まれた時によく子守りをしてくれたらしい。
「山に男の人が倒れてたんです!母の元へ届けたいんですけど私一人じゃ運べなくて……」
「そうか!俺でよければ手伝うぜ!」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
急いでカイノさんと一緒に山を登っていく。さっきの所に着くと男の子は変わらず横たわっていた。
「この男の人をお母さんの所に連れて行ってくれませんか?」
「ああ、もちろんいいよ。でもこの男、見たことないなあ。しかも変な服着てるし。」
「カイノさんでも知らないんですか…この人は一体誰なんでしょう。」
カイノさんは昔、表通りの商店を営んでいた。この街は王都と隣のジョクリブ王国を結ぶ街道の途中にあり、宿屋や商店などが立ち並びジャックル族などの他種族の商人も多い。そのためカイノさんは多くの人と会ってきたはずだがそんなカイノさんでも知らないって…
「まあとりあえずカーラさんとこに連れていこう。こいつの命が危ないかもしれねぇ」
「そうですね。急ぎましょう!」
カーラ。私の母は表通りの一本奥に医院を構えている。街の唯一の医院で街の人から信頼されていて私は誇らしく思っている。
「さあ着いた。カーラさん今忙しいかな?
おーい、カーラさーんいるかー!」
「はーい」
奥から聞きなれた声が聞こえてきた。
「あぁ!カイノさんじゃないですか。どうしたんですか?おやマーヤもいるじゃない。」
「えっと、この男の人が山の中腹で倒れてたの。息はしてるみたいだけど目が覚めなくて…」
「わかった。ではカイノさんその人を中に入れてもらえます?」
「おうよ。」
「マーヤもこっちおいで」
「うん。」
母の医院には診察室と4つの個室がある。母はカイノさんを診察室へ案内した。
「その男の人をこのベッドに寝かせてくれませんか?」
「よし、寝かせたぞ。」
「ありがとうございます。じゃあ診察するね。」
と言うと母は目をつぶり手のひらを男に向けて何かを呟き始めた。すると母の手から緑の光が現れ玉の形になりその場にとどまった。
これはその人に病気や怪我が無いか調べる魔法で、私たちの種族しか使えない。私も母から教えてもらったがまだ練習中で上手く使えない。
「うーん、体の異常は何も無いみたい。ただ気を失っているだけね。今日の夜には目が覚めると思うわ。」
よかった!無事みたい!
「ところでカイノさん。この子誰かしら?」
「それが俺も分からねぇんだ。マーヤちゃんも知らないって言うし。」
「うーん困ったわね…」
「どうしたの?お母さん」
「この子の面倒を見ようにも部屋が埋まっちゃってて無理なのよ。この子の知り合いも居ないみたいだし…うーん」
母は唇を噛み締め眉間に皺を寄せた。これは母が考えている時の癖だ。
「そうだ!マーヤ、家に連れて行って看病してあげなさい。」
「え!」
「カイノさん申し訳ないんだけど、この子を私の家まで担いで行ってくれないかしら?」
「もちろんだ!俺もこいつの事が心配になってきた。マーヤちゃんよろしくな!」
「え…あ……はい!」
大変なことになってしまった。私は何度か母の手伝いで風邪の看病とかをすることがあったが、どれも近所の知り合いのおじいさんおばあさんだった。今度は私と同じくらいの年代の全く知らない男の子。無事に目が覚めたとして何を話したらいいんだろう…
そんなことを考えていたら家に着いてしまった。おばあちゃんに事情を話すと押し入れから布団を取りだし炉端に敷いてくれた。
「この人だーれ?」
トーヤが無邪気に聞いてきた。
「お姉ちゃんも知らないのよ。」
「そっか、僕のお兄ちゃんになってくれるかな?」
「お兄ちゃんにはなってくれないと思うけど、遊んでくれると思うよ。」
「やったー!」
この男の子がどんな人なのか分からないが、彼の表情を見てると、快くトーヤの遊び相手になってくれそうな気がした。