3、スパダリという名の洗脳(ちから)
朝日が差し込む部屋で、束の間のうたた寝から目覚めたシャルロッテは小さく深呼吸をした。
ーー鏡に映る自分の姿は、昨日までの醜い白豚令嬢とはまるで別人だった。
痩せていながらも理想的な美しい曲線を描いた身体、輝く白金の髪、そしてーー意志の強さを感じさせる黒曜石の瞳。
シャルロッテは、秘術によって解放された魔力の影響なのか、外見だけでなく内面にも良い変化が起こっていることを感じていた。
「……これが、私の本来の姿か」
シャルロッテは呟いた。
長年、自分の容姿にコンプレックスを抱いていたシャルロッテにとって、この変化はまさに夢のようだった。
しかし、シャルロッテは浮かれてはいなかった。この変化は、単なる外見だけの変化ではない。
シャルロッテは、秘術によって膨大な魔力を制御できるようになったのだ。シャルロッテは、この力をどう使うべきか、真剣に考え始めていた。
「どうやら、私の魔力は“肉体強化”の魔法の特殊バージョンのようなものらしいな。だから、身体にこのような大きな変化が……」
その時、ノックの音が響いた。
シャルロッテが「入れ」と短く言うと、扉が開き侍女が入ってきた。
「お嬢様、お目覚めになりましたか……まあ!?」
侍女は、シャルロッテの姿を見て目を丸くした。
「お嬢様……ですよね!?まるで別人のようでございますが……!」
侍女は、驚きを隠せない様子でシャルロッテを見つめていた。
シャルロッテは、軽く微笑んで「おはよう、私も驚いたさ」と挨拶をした。
シャルロッテの声は、以前よりも力強く、そしてどこか優しくなっていた。
「うちの家系には秘密があったらしくてね……魔力の制御ができなくて私はあの白豚の姿だったらしい。まるで呪いが解けたみたいだろう?」
「いいえ……。お嬢様は昔から、強く気高くいらっしゃいました!私はあのぽっちゃり可愛らしいお嬢様の中に、この美しいお嬢様がいらっしゃると知っておりました!いつか蝶のように輝く羽を広げるのだと!!」
シャルロッテが生まれた時から見守ってくれている、姉のような侍女は涙を流して喜んでくれた。
「泣くな……お前の優しさは嬉しいが、私はお前の可愛い顔を涙で歪めたくはないんだ」
魔力を制御したシャルロッテの身長は、この国の女性の平均よりも高めに伸びていた。
腰を折って侍女の涙を拭いてやる、端正な美形のシャルロッテはまるでーー……。
「うぅ……っ!お嬢様なんて尊い!!まるで白馬の王子様でごさいますっ」
「はは。悪役白豚令嬢、よりは悪くないな」
その後の朝食でも、家族皆が大喜びのお祭り騒ぎでシャルロッテの大変身を祝福してくれた。
朝食を終えたシャルロッテは、貴族の交流の場でもある薔薇庭園を散歩しながらこれからの事を考えることにした。
庭園には、色とりどりの薔薇や花達が咲き誇り、爽やかな風が吹き抜けていた。
シャルロッテは、深呼吸をしながら、庭園をゆっくりと歩いた。
すると、庭園の隅から声が聞こえた。
「あなた、最近調子に乗っているのではなくって?」
「たかだか男爵令嬢のくせに、生意気ですわ!」
植え込みの陰からそっと様子を伺うシャルロッテ。
今の姿のシャルロッテは、こんなに細い植え込みからも身体がはみ出ないので便利である。
庭園の隅では豪奢なドレスの令嬢が二人と、少し貧相なドレスだが、美しい赤髪を輝かせた令嬢が言い争っているようだ。
「リューズ様はみんなのものですのよ!あなたなんかが、王子妃になれると思ってますの!?」
「そうよ!リューズ様には一応婚約者の白豚令嬢だっているんですのよ!」
「あなた達に関係ないんじゃないかしら?それに、リューズ様言ってたもの!白豚令嬢はリューズ様との婚約が気に入らないから、いつも細い目で睨んでくるって!王子の自分から婚約破棄はできないから、私に助けて欲しいって!それなら私が悪役になって王子妃になった方が、お二人のためでもあるでしょう!?」
どうやら、リューズの取り巻き令嬢達にマリリナが詰め寄られているらしい。
ーーマリリナがいつも絡んでくるとは思っていたが、リューズの差し金だったとは……。
シャルロッテは別にいつも彼らを睨んでいたわけではないが、細い目と口下手でそう勘違いさせていたのかもしれない。
本来の姿に戻った今なら、広いでそう思える。
「ーー私の事で争うのはやめてくれないか?せっかくの可愛い顔が台無しじゃないか」
「お姉様……!あなたは一体……」
マリリナが泣きそうな顔で振り返る。リューズ好みの化粧や強気な言動で誤魔化されているが、彼女はまだシャルロッテよりも年下の幼い少女なのだ。
「私か?見忘れたのかい?シャルロッテ・フォン・ロゼルジャンだよ」
マリリナも令嬢たちもシャルロッテの姿を見て、目を丸くしていた。
「今朝、長い呪いが解けて元の姿に戻ったところでね。お嬢様方、あんなポンコツ王子の事で喧嘩なんてしないでーー君達のように愛らしい薔薇を愛でようじゃないか……」
シャルロッテが令嬢二人の唇に指を添えると、二人はとたんに真っ赤になって目をハート型にした。
「お、お見苦しいところをお見せしましたわっ!」
「もうあんなポンコツ王子の事で喧嘩しませんわ!シャルロッテお姉様っ」
そのまま、「きゃ~っ!」という黄色い声を上げて、令嬢達は庭園から退散していく。
「大丈夫だったかい、マリリナ?」
シャルロッテとともに残されたマリリナは、いつもの強気な表情を崩し、ポロポロと涙を流している。
「……マリリナ?」
シャルロッテは、驚いた様子でマリリナの名前を呼んだ。マリリナは、シャルロッテに駆け寄り、彼女の腕を掴んだ。
「お姉様……あなたが本当に、白豚、いいえ、シャルロッテお姉様なのですか……?」
マリリナの目は、止まらない涙で潤んでいた。
シャルロッテは、マリリナの突然の態度に戸惑いながらも、優しく微笑んだ。
「ああ、私だよ。マリリナ」
シャルロッテは、マリリナを落ち着かせようと優しく頭を撫でた。
するとーーシャルロッテの手から、不思議な力がぽわっとマリリナに流れ込んだ。
それは、シャルロッテの持つ膨大な魔力が変化した他人の肉体を変化させる力ーー癒しの魔法。
マリリナはその温かく優しい力を感じ、さらにシャルロッテに縋りついた。
「お姉様……!今までごめんなさいお姉様……!」
マリリナは、シャルロッテの名前を何度も呼び、彼女の腕に抱きついた。
シャルロッテは、マリリナの頭を優しく撫でながら、彼女の変化に驚いていた。
秘術によって解放された魔力は、シャルロッテだけでなく、周囲の人間にも影響を与えているような気がする。
ーーシャルロッテは、この強大な力をどう使うべきか改めて考え始めた。
薔薇庭園での出来事は、瞬く間に貴族中に広まった。
「悪役白豚令嬢」と蔑まれていたシャルロッテが一夜にして国で一番美しい令嬢に変貌を遂げ、さらに不思議な魔力を持つようになったという噂は、貴族達の間で大きな話題となった。
シャルロッテは、この変化を好機と捉え、新たな人生を歩み始める決意をさらに固めたのだった。
シャルロッテは、自室に戻ると、侍女達にドレスではなく騎士服を用意するように指示した。
シャルロッテは、もう「悪役白豚令嬢」ではない。これからは、自らの力で運命を切り開きーーあのポンコツ王子リューズに華麗なる逆襲劇を始めるのだ。
シャルロッテの瞳には、強い意志の光が宿っていた。