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また、きみに会えたなら

作者: ブラックコーヒーを甘くしたい

私は一人、暗い部屋の中でスマホを見つめていた。


いつも通りの景色、いつも通りの時間。

いつまでも続く彼との時間がこんな形で変わってしまうなんて..

どうしようもない不安が心の中を渦巻き、その震える指が彼の連絡先を押そうとする。


だけど、その指が届く事は無く、彼女はスマホを握りしめた。


さっき別れたばかりの彼の姿が脳裏に浮かぶ


「.....会いたいよ」


小さく呟く声だけが部屋に静かに響き渡った。


**********


春の気配が少しずつ近づいてきたある日、私はいつもと変わらない日常を過ごしていた。


「おはよ」


家を出ると、向かいの家から彼が出てくる。いつものように、何も変わらない日常が続いている。


「おはよう」


私たちは並んで歩きながら、たわいもない会話をする。今日は何をするのか、昨日のテレビは面白かったか、そんな些細な話。だけど、それが心地よかった。


教室に着けば、席は隣同士。別に示し合わせたわけじゃない。昔からずっと、偶然が積み重なって、こうなっていた。


「今日の数学、絶対難しいって」


「また言ってる。でも、結局解けるでしょ?」


「解けるけど、納得できるかは別の話」


呆れたように肩をすくめる彼に、私はくすりと笑う。こういうやりとりも、ずっと続くものだと思っていた。


そんなある日の放課後。


「ねえ、ちょっと寄り道してかない?」


特に用事があるわけじゃないけど、隣を歩く彼ともう少し一緒にいたくて声をかけると、彼は少し驚いた顔をした。


「珍しいな、お前から誘うなんて」


「たまにはいいでしょ?ほら、この前言ってたカフェの期間限定スイーツ、今日からだったはず!」


「……そういえば、そんなこと言ったかも」


彼は少し考え込むように視線を上げたあと、「まぁ、いいけど」とあくまで気のない態度を装いながら、私の隣を歩き続ける。


「じゃ、決まりね!」


こうして、私たちは自然と足をカフェへ向けた。


カフェに入ると、程よい甘い香りが漂い、落ち着いた雰囲気が広がっている。


「えっと、私はこの限定スイーツにしようかな」


「じゃあ……俺はこっちで」


「一口ちょうだいね」


「……お前、毎回それ言うよな」


「だって美味しそうなんだもん!」


彼は呆れたようにため息をつきながらも、どこか楽しそうだった。そして、注文したスイーツが運ばれてくると、私たちはお互いに一口ずつ交換しながら、他愛もない会話を続けた。


「やっぱり、これにして正解だったかも」


「……俺のも美味いぞ」


「知ってる!さっき食べたから!」


彼とのこういう時間が、私は好きだった。恋人同士ではないけれど、友達よりは少しだけ特別な関係。そんな曖昧な距離感が心地よくて、ずっとこのままでいられたらいいのに——そう思っていた。


だけど。


心のどこかで、不安を感じる自分がいたことにも、気付いていた。


「ねえ、今、私すごく幸せ」


ふと口に出して笑う。


「どうしたんだ、急に?」


不思議そうな彼の言葉が、柔らかく心に響く。


「内緒っ」


そんな彼とのじゃれあいが心地良い。


——ただの友達、でもそれ以上でもなく。いつも通りの何気ない日常。でも、少しだけ特別な時間に感じるのは、きっと私だけの気のせいだと思っていた。


それでも、心の中で感じる不安を抱えながらも、私は彼との時間を楽しむことにした。


**********


「ただいま」


声をかけると、すぐにお母さんが顔を出した。いつもなら、もっと元気よく迎えてくれるはずなのに、今日は何か少し無理をしているような表情だった。


「おかえりなさい。あ、ちょっとだけ待っててね」


お母さんはそう言って、何かに気を使うように視線を横に向けた。その先には、お父さんの姿も見える。私の心が、少しだけざわついた。


「どうしたんだろう?」不安が胸の中に広がる。


少し遅れてお父さんが私に向かって顔を上げ、微笑んだが、その笑顔もいつもよりも少しだけ硬い。何かあるんだろうか。


「おかえり。ちょっと話があるんだ」お父さんの声がいつもよりも低く、少し引き締まったように響いた。


「話?」私の胸が、ぐっと締め付けられるような気がした。


その瞬間、お母さんがゆっくりと口を開いた。


「実はね……」お母さんは少しだけ間を置いてから、続けた。

「お父さんの仕事で、転勤が決まったの」


「……え?」


一瞬、言葉の意味を理解できなかった。


「それで、家族みんなで引っ越すことになったのよ」


部屋の空気が、すうっと冷たくなる。


「……そんなの、急すぎるよ!私、まだ学校もあるし、友達だって……」

私は言葉を探しながら、何度も口を開けたけれど、うまく続かなかった。


「これは急に決まったことだから、仕方ないんだ」

お父さんが説明しようとしたけれど、言葉がうまく出てこないようだった。


「いやだよ、私……ここがいい」

震える声で訴える。

でも、お父さんとお母さんの表情は変わらなかった。


「……決まったことなの」


たったそれだけの言葉で、私の世界が大きく揺らぐ。


-----


ふらりと立ち上がり、私は自分の部屋へ向かった。背後でお母さんが何か言っていたけれど、もう聞きたくなかった。

部屋に戻ると、私は深く息をついてベッドに腰を下ろした。頭の中はぐるぐると引っ越しのことばかり。整理がつかない。でも、考えてもどうしようもないことなんてわかっていた。

お母さんの「転勤が決まったから、引っ越し準備を始めないとね」その一言が、心にじわりと響いて、涙がこぼれそうになった。どうしてこんなことになっちゃったんだろう? どうして、今?


部屋の中が、急に静かになった。心の中でも、なにかが止まったような気がした。

—どうしてこんなことになっちゃったんだろう。そんなの、わかりたくないのに。


その時、ふと、彼とのことが頭をよぎった。もし会えなくなったら……どうしよう。

彼と過ごしてきた日々は、どれも大切な思い出。放課後に一緒に帰った道、朝の挨拶、そして、笑い合った瞬間。あんな普通の、当たり前のことが、どうしてこんなに胸を締め付けるんだろう。


「私、どうしよう……」

ひとりで呟いた。涙がこぼれそうになっても、声にはならない。


私は無意識にスマホを手に取って、画面を見つめる。彼と過ごした時間、あの何気ない会話が、そこにあふれている。


—その一言、彼に言いたい。


指が止まった。送るべき言葉が出てこない。会いたい、ただ、それだけなのに。

でも、まだ言えない。


「…………会いたいよ」

小さく呟くと、胸がきゅっと痛んだ。今すぐにでも会いたい。会えたら、何でも話せるような気がする。でも、私の中で何かが、言葉を止めていた。


**********


放課後、教室の窓から差し込む夕日が、教室の机の上でゆっくりと伸びていく。友達と今日の授業について話しながら、帰り支度をする彼女の周りは、いつもと変わらない日常が広がっている。


彼女は静かに鞄を持ち上げ、教室を出た。放課後の学校の廊下は、昼間の賑やかさを残しつつも、どこか寂しげだ。外に出ると、もう少しで日が暮れそうな時間。


放課後の帰り道、彼女はいつも通りの道を歩いていた。歩道を歩く人々、賑やかな商店街の音、どれも何も変わらない。そう、何も変わらないはずだった。


でも、彼女は少しだけ、心の中で考えていた。最近、彼との距離が少し縮まった気がする。毎日一緒に帰ることも多くなったし、何気ない会話も増えた。けれど、まだ言えない。彼に、どうしても言えないことがある。自分の気持ちを、彼に伝えられない。


その時、彼がちょうど角を曲がって、彼女を見つけた。

「お疲れ!」

「お疲れー」

彼は少し笑って手を振りながら、いつものように並んで歩き出した。

彼との会話はいつも、自然で心地よいものだった。学校のこと、部活のこと、時には趣味の話をしたり、昨日見た映画の話をしたり…。話が途切れることはなかった。彼女はそれを、ただただ楽しんでいた。

「ねえ、今度の休み、遊びに行かない?」

突然彼が声をかけてきた。

「うん、いいよ。」

彼女は素直に答えた。

そのやり取りが、普通のことで、何も特別ではなかった。でも今は、そんなあたりまえの日常が少しでも長く続いて欲しいと感じている自分がいた。

そのまま二人は、帰り道を並んで歩きながら、明日の計画を立てた。しばらく歩いてから、彼がぽつりと話し始めた。


「ねぇ、なんか最近…ちょっと元気ない?」


彼の言葉に、彼女は驚いて顔を上げた。


「え、そんなことないよ…ただ、ちょっと疲れてるだけ。」


彼女は無理に明るく振舞おうとした。彼が心配してくれるのは嬉しかったけれど、その心配をかけたくなくて、つい笑顔を作った。

二人はそのまま、自宅近くまで一緒に歩いて、少しだけ立ち止まった。

「じゃあ、また明日ね。」

彼は笑顔で手を振りながら、家へと帰っていった。彼女は少しだけ、その背中を見送ると、また歩き出した。

すべてが、いつもと同じ。

でも、彼女の心の奥にはずっと、伝えられない事実が重くのしかかっていた。

──言わなきゃいけない。だけど、言いたくない。


その葛藤を抱えたまま、週末がやってきた。


-----


週末がやってきて、二人は約束通りカフェへ行った。美味しいコーヒーとおしゃべりが楽しめて、気分が軽くなる。恋人割なんて聞いてないとか、彼は言っていたけれど、その言葉にくすっと笑ってしまう。それでも、彼女にはそんな彼との会話がとても愛おしくて、笑顔で会話を楽しむことができた。 このままじゃ駄目だと感じる自分に気付かない振りをして、彼女はただ彼との時間に浸ることにした。彼の言葉の端々を拾いながら、目の前の大切な時間が少しでも長く続けばいいのに、と願いつつ。けれど、そんな気持ちを言葉にすることはできなかった。彼に伝えたら、きっとまた何もかもが変わってしまう気がして、少しでもそれを感じたくないから。「なに、そんなに笑って?」と彼が笑って言う。彼女もつられて笑い返し、あたかも何もなかったかのように振舞う。でも、心の中ではどこかでその笑顔が消えてしまう未来を感じていた。


**********


――楽しかった一日が終わり、夕焼けに染まる帰り道を並んで歩いていた。


「今日は楽しかったね!」

精一杯、明るい声を作る。


「うん、久々にこんなに遊び回ったな」

彼は満足そうに笑いながら、自販機で買ったジュースの缶を開けた。


「……ね、もう少しだけ一緒にいよ?」

「ん?」

「ちょっと歩きたい気分」


本当は、この時間が終わってほしくないだけ。

もうすぐ来る"その時"を、少しでも先延ばしにしたくて。


――伝えなきゃ。

そう思いながらも、喉の奥で言葉が詰まる。

この穏やかな時間を、壊したくなかった。


けれど、それはもう避けられないこと。


「ねぇ、あのね……」


思い切って口を開いた瞬間、強い風が吹いた。

ふわりと舞った髪を耳にかけ、意を決して続ける。


「私……引っ越すんだ」


足音が止まる。


「……え?」


彼の声が、いつもより少し低く聞こえた。

その一言だけで、胸が締めつけられる。


「急に決まって……春から、遠くに行くの」

「……そっか」


短い返事。

どこか遠く感じた。

私の知らない間に、目の前の距離さえも遠ざかってしまった気がして、心が痛む。


「ごめんね、黙ってて……本当はずっと言おうと思ってたのに」

「いや……」


彼は言葉を濁しながら、じっと私を見つめた。

その視線が、胸に刺さる。


スカートの裾をぎゅっと握りしめる。


「……今日、一緒にいてくれてありがとう」

「何言ってんだよ、そんなの当たり前だろ?」

「うん……」


笑わなきゃ。

最後まで、普通でいなきゃ。


でも――だめだった。


視界がじわりと滲む。

涙がこぼれそうになって、手の甲で必死に拭った。


「おい……!」


彼が私の肩を掴んだかと思うと、ぐいっと引き寄せられた。


「……泣くなよ」

「だって……っ」


彼の胸に顔をうずめた瞬間、涙が堰を切ったように溢れた。

ずっと押し込めていた感情が、一気に流れ出す。


「……ごめんね……っ」


彼は何も言わず、そっと背中を撫でた。

その優しさが、胸を締めつける。


苦しくて、痛くて、でも、温かかった。


「……ごめん…ごめん」


震える声で、それだけを繰り返すことしかできなかった。


-----


冷たい夜風が頬をかすめる。さっきまで泣いていたせいで、目元が少しひりひりとした。


「……ごめんね」


隣を歩く彼に、小さく呟く。


「なんで謝るんだよ」


「だって……せっかく一緒に遊んでたのに、最後の最後で泣いちゃって……」


言いながら、ぎゅっとマフラーの端を握りしめる。恥ずかしい。もっと明るく伝えたかったのに、結局、泣いてしまった。


「別にいいよ。泣きたいときは泣けばいいだろ」


「……優しすぎる」


「お前が泣くからだろ」


彼は、少しだけ苦笑いしながらポケットに手を突っ込む。


「……でもさ」


「ん?」


「会えなくなるわけじゃない」


不意に、彼がそう言った。


「スマホだってあるし、何時でも連絡取れるだろ?」


「……うん」


「だから、そんなに悲しむことないだろ」


「……そう、だね」


笑って返す。でも、心の中はちっとも晴れなかった。


(違うんだよ……そういうことじゃないの)


会おうと思えば会える。話そうと思えば話せる。だけど——。

いつもの帰り道を並んで歩いて、何気ない会話をして、そうやって過ごせるこの時間は、もうすぐ終わってしまう。

それを思うと、胸がぎゅっと締めつけられるようだった。


彼が私の横を歩きながら、無造作にポケットに手を突っ込むのを見て、ふと切なくなった。


どうしても、このまま離れたくない。


迷わず、私は彼の腕に手を絡めた。


「……今日くらい、こうさせて」


彼が驚いた顔をして私を見る。


「え?」


「だって、もうこんなこともできなくなるんだから……」


それだけ言うと、彼の腕にもう少し強く腕を絡めた。


彼の反応を見ながら、心の中で少しだけ安心する。まるで、まだ二人で一緒にいられるような気がしたから。


彼がほんの少し考え込むように視線を向けた後、ぽつりと言った。


「……歩きにくいから、もう少しこっち来いよ」


その言葉が嬉しくて、私は思わず笑顔を浮かべた。


(今は、これでいい)


そう自分に言い聞かせるように、小さく息を吐く。


二人で並んで歩く、この帰り道。あと何回、こうして歩けるのかな——。


**********

(彼女視点)

引っ越しが決まった後、私はどこかで心の中に重い雲を抱えたままでいた。新しい場所に行くことになっても、彼との関係は変わらないだろうと思っていたけれど、実際に距離ができてしまうと、その想いが少しずつ不安に変わっていった。


引っ越しから数週間が経ち、初めての週末。寂しさが一層強くなる中、私はスマホを手に取った。何度も彼に連絡しようとしたけれど、なかなか送信ボタンを押せなかった。画面の前で何度も指を止め、思い切って送信することができない自分がいた。


でも、そんな私の気持ちを無視するように、彼は連絡をくれた。「元気にしてる?」と短いメッセージが画面に表示され、私は思わずその文字を見つめた。


「元気だよ」


それだけの返事を送りながらも、心の中で本当の気持ちを伝えられない自分が悔しくて、切なくて。何気ない言葉でつながっていることが、こんなにも心強いとは思わなかったけれど、同時にそれがどうしようもない虚しさも呼び起こすのだった。


「会いたいな」 思わず口に出しそうになったその言葉を、私は押し込めた。今、そんなことを言ってしまったら、また彼に不安を与えるんじゃないかと思うから。


けれど、思いがけないタイミングで、彼から電話がかかってきた。その声はいつも通りで、変わらず安心感を与えてくれたけれど、どうしても胸の奥の方が痛んだ。


『今度、久しぶりに会いたいな』


電話越しに彼の声が聞こえてきた。その言葉に私は一瞬、息を呑んだ。会いたいと言われて、嬉しい気持ちと同時に、どうしても気持ちが複雑だった。会うことはできても、会うたびに心の中の不安が増していくような気がして。


それでも、どうしても会いたかった私は、電話の向こうで小さく答えた。


「うん、会いたい…」


そして、数日後。久しぶりに彼と再会することになった。待ち合わせ場所に向かう途中、私は思った。会ってしまったら、またあの優しい笑顔に包まれて、少しでも現実を忘れられるのだろうか。だけど、それでも心の中で何かが引っかかっている気がしてならなかった。


-----


(彼視点)

引っ越してから、彼女の様子が少し変わったように感じていた。メッセージのやり取りも、最初の頃は、新生活で勉強が大変といった苦労話から天気の話など他愛のない話が、楽しく続いていたけれど、最近はどこか冷たく感じることが増えていた。まるで彼女の心が、遠くのどこかに置いてきてしまったように感じた。


「元気にしてる?」そう送ると、短く「元気だよ」と返信がくる。


その一言にどれだけの思いが込められているのか、俺は全く気づけなかった。彼女が送ってきた返信を読みながら、いつも通りに返事をしたけれど、何かが違うような気がしていた。 彼女がどうしてこんなにも遠く感じるのか、それを解決する方法が俺にはわからなかった。


でも、どうしても会いたいという気持ちが抑えられず、俺は電話をかけた。彼女の声が聞けるだけで、少し安心する気がした。


「今度、久しぶりに会いたいな」


その言葉が口から出ると、何だか自分でも驚くくらい真剣に彼女に会いたいと思っていた。普段はあまりそう思うことがなかったけれど、今はどうしても、彼女と会って、何もかもを話したくなった。


『うん、会いたい…』


彼女の答えに、少しだけ安心したけれど、その後の彼女の沈黙が気になった。それでも会いたいという気持ちを伝えるのが一番大事だと思った。


**********

(彼視点)

改札前でスマホを何度も確認する。時間はまだ約束の時間ちょうど。でも、待っている時間がやけに長く感じる。


(もうすぐ……会える)


そう思うだけで、妙に心臓が騒がしい。


そして——


「——お待たせ!」


弾むような声とともに、改札から彼女が駆け出してきた。


「……久しぶり。」


息を切らしながら、彼女は少しだけ微笑んだ。


「お、おう……久しぶり。」


実際に目の前にすると、なんだか妙に緊張する。でも、それは彼女も同じみたいで、どこか照れくさそうに髪を耳にかけた。


「ちゃんと元気だった?」


「当たり前だろ。お前は?」


「私はね……うん、元気だったよ。」


そう言いながら、彼女はふっと笑った。その顔を見て、自然と胸が温かくなる。やっぱり、こうして隣にいると実感がわく。


「とりあえず、行くか。」


「うん!」


言葉よりも、並んで歩くこの距離が嬉しくて、思わず彼女の歩幅に合わせた。


少し後ろを歩く彼女が、ふと俺の袖を軽く引く。


「ねえ……もう少し、近く歩いてもいい?」


彼女が照れくさそうに見上げる。その一言に、心臓が一瞬、跳ねた。


「……ああ。」


短く答えて、彼女の隣に寄る。自然と肩が触れるくらいの距離。いつもなら、こんな些細なことも意識してしまうのに——今日はそれが心地よかった。


俺たちは、そのまま並んで歩きながら、カフェへと向かった。


---

(彼女視点)

新幹線を降りて、改札へと向かう。心臓がドキドキして、落ち着かない。


(やっと……会える)


長かった。会おうと思えば会える距離なのに、なかなか時間が合わなくて、気づけば数ヶ月ぶりの再会になってしまった。


改札を抜けると、すぐに彼がいた。スマホを見ていたけど、私に気づくと、すぐに顔を上げた。


「——お待たせ!」


思わず駆け寄ると、彼は少し驚いた顔をしたあと、小さく笑った。


「……久しぶり。」


「うん、久しぶり!」


ちゃんと目の前にいる。声を聞くだけじゃなくて、こうして直接、顔を見られるのが嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。


「ちゃんと元気だった?」


「当たり前だろ。お前は?」


「私はね……うん、元気だったよ。」


そう言ったものの、本当はずっと寂しかった。でも、それを言ったら彼を困らせちゃう気がして、私はただ笑った。


「とりあえず、行くか。」


「うん!」


並んで歩き出す。でも、久しぶりの距離が、なんだかぎこちなくて——私はそっと、彼の袖を引いた。


「ねえ……もう少し、近く歩いてもいい?」


彼が驚いたように私を見て、一瞬の間のあと「……ああ」と頷く。


彼が少し近づいてくれて、肩が触れそうな距離になった。


(ああ……やっぱり、この距離が落ち着く)


そう思いながら、小さく息を吐く。やっと会えた。そう実感しながら、私は彼と並んで歩き出した。


——少しだけ、寂しさが和らいだ気がした。


**********


カフェに入り、席に着くと、懐かしい感覚がふっと心に広がった。まるで時が戻ったような、あの頃と変わらない空気が広がっている。


「久しぶりだし、スイーツ頼んでいい?」


「……どうせ俺のも狙ってるんだろ?」


「バレた?」


彼女はくすくすと笑う。その笑顔が、久しぶりに会えた嬉しさをさらに感じさせる。


注文したケーキが運ばれてくると、彼女はさっそくフォークを手に取り、俺のケーキを小さくすくって、少し照れた顔で差し出してきた。


「はい、あーん。」


「は?」


「ほら、一口くらい食べてもいいよ?」


「いや、俺のケーキなんだけど。」


「じゃあ、交換ね?」


彼女は俺のフォークを取ると、俺のケーキをすくい、少し笑顔を浮かべながら、俺の口元に差し出してきた。


「はい、あーん。」


「……お前、恥ずかしくないのか?」


「ふふっ、久しぶりだからね。」


彼女が照れくさそうに言うのを聞いて、少し心が温かくなる。結局、俺は観念して一口食べることになった。


(……甘い)


口の中に広がる甘さと、彼女の笑顔。久しぶりに会ったのに、こうやって自然に過ごせるのがなんだか嬉しくて、思わず笑ってしまう。


「なに?」


「いや、やっぱりお前だなって思って。」


「それ、褒めてる?」


「さあ、どうだろうな。」


照れ隠しのように、俺は彼女の頭を軽くポンと叩いた。


「もう、そういうのずるい。」


彼女が頬を膨らませるのを見て、つい笑みがこぼれる。


(やっぱり、こういう時間が好きだな——)


カフェを出ると、心地よい風が吹いていた。


「久しぶりに歩くね、この道。」

「そうだな。」


俺たちは並んで歩く。ふと、彼女が少しだけ俺の腕に近づいてきた。


「……ねえ。」


「ん?」


「腕、組んでもいい?」


「……は?」


突然の申し出に、思わず足を止める。


「久しぶりだし……いいでしょ?」


彼女がいたずらっぽく笑う。


「お前、意外と大胆だよな。」


「え、イヤなの?」


「……別にイヤとは言ってない。」


「なら、いいよね?」


そう言うと、彼女は俺の腕にそっと手を絡めた。


「……お、おい。」


「いいじゃん、別に。」


普段だったら恥ずかしくて絶対にしないのに、今日はなんだか妙に素直になってしまう。


「こうしてると、なんか懐かしいなあ。」


「……そうか?」


「うん。前みたいに、近くにいる感じがする。」


彼女の声が、どこか嬉しそうに弾んでいる。

俺はそれ以上何も言わなかった。ただ、彼女の腕の温もりを感じながら、一緒に歩く時間を大切にしたかった。

そして、公園に到着する。


「……着いたな。」


「うん。」


手を組んだまま、彼女は笑顔を向けてくる。


「やっぱり、来てよかった。」


そう言われると、なんだか胸が温かくなった。


「……そっか。」


そう呟きながら、俺は彼女の手を少しだけ強く握った。


**********

(彼視点)

夏の終わりが近づくと、俺はあることを決意した。長い間、心の中で迷っていたことがあった。それは、彼女との距離をどう縮めるか、そしてこれからどうすればいいのかということ。


彼女とのやり取りは楽しいけれど、それだけではどうしても満足できなくなっていた。この前久しぶりに彼女と会った後から、どうしても、彼女と一緒にいる時間をもっと作りたくなっていた。 そのためには、今のままではダメだと思った。


そして俺は決断した。自分が進むべき道を、彼女と再び近くで過ごすために、彼女の住む地域の大学を目指すことにしたのだ。最初は不安もあったけれど、彼女と過ごす時間を増やすことが、今の自分にとって最も大切だと思った。


その決意を胸に、俺は彼女にそのことを伝えることを決めた。


「俺、そっちの大学を目指すことにした」


彼女が驚いた顔をして、俺を見つめた。少しだけ緊張したけれど、その顔を見て、私は自分の選択に確信を持てるような気がした。


---


(彼女視点)

私が引っ越してから、どんどん彼との距離が広がるように感じていた。最初はアプリや電話で何とかつながっていたけれど、それでも会えない時間が増えると、どうしても寂しさが募っていった。たまに、電話越しに笑い合うときでも、心の中ではなんだか物足りなくて、彼との距離がどんどん遠く感じられた。


そんな時、突然、彼から伝えられたことがあった。


『俺、そっちの大学を目指すことにした』


その言葉を聞いた瞬間、胸が高鳴った。最初は驚きと喜びで言葉が出なかったけれど、すぐにその意味を理解した。彼も私との距離を縮めたかったんだ。私が引っ越してからの、遠く感じる日々の中で、彼もまたその距離を埋めようとしてくれていた。


「私もしっかりと将来を決めよう」


どこか曖昧だった私の心が、彼の言葉を聞いて固まった瞬間だった。

彼との距離を縮めたくて、再び近くで過ごしたくて、それでも行動に移せない私に対して、この距離を埋めようとしてくれている彼がいる。

そんな彼の決意を聞いて、今度は私が行動を起こす番だと思った。


だからこそ、私は真剣に将来について考えた。彼と過ごすために。彼と一緒に歩んでいくために。


**********


あれからいくつもの月日が流れた。時はあっという間に過ぎて、私たちはそれぞれ新しい道を歩んでいた。


私は、彼が進学先に決めた大学へと足を進めた。その日は、彼と再会することが決まっていた日。彼が待っているという大学の門の前で、私は少しドキドキしていた。これからどんな会話をしよう、何を話そう。久しぶりの再会で、心が躍る一方で、少しだけ緊張もしていた。


「久しぶり」


その声が、私を包み込むように聞こえた。振り返ると、彼が少し照れくさそうに立っていた。思わず、心の中でその笑顔を待っていた自分を感じる。


「久しぶりだね」


私もその笑顔を返すと、彼の表情が少し柔らかくなったように見えた。そして、何も言わずにそっと歩み寄ってきた彼が、私の目を見て微笑んだ。


再会の瞬間、すべてが戻ってきたように感じた。私たちの関係は、確かに以前と違っていたけれど、その違いは一緒に歩んでいくために必要な一歩だったと感じることができた。


そして、二人は再び歩き出した。未来に向かって、どこかで繋がり続けるために。


Fin.

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