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第1話 社畜貴族は婚約破棄される


「ダメだダメだダメだ……終わらない!! 休みをくれ!」


 アミノ・ポルシェノールは執務室の机に向かって、悪態をついていた。


 ここは元々は『ヴァンパイア・エブリスタ』というゲームの世界だった。

 そして気づいたらアミノに転生していて、俺には休みがなかった。


 自分の整理をする前に、やらなければならないことがたくさんあったからだ。


「領民の税はかなり減らした。そのお陰で今年の冬、みんなは苦しまずに越えられるはず……」

「アミノ!? 今年の税を減らしたというのはどういう了見よ!?」


 勢いよく扉を開けて入ってきたのは、俺の婚約者ことユリミアであった。


 傲慢そうな面持ちで、金髪を揺らして近寄ってくる。


 そうしてドンッ……‼ と勢いよく机を叩いた。


 思わず体が飛び上がる。


「前にも話した通り、今年は魔物による被害や不作であったことから冬を乗り切らないと領民が苦しんで来年の収穫に備えが……」

「そんなどうでも良いことは聞いてない‼ 税を減らしたことで、私の使えるお金が減ったことを怒っているのよ‼」


 自分の金。

 領民が納めている金を堂々と着服し、ユリミアは自分の私腹を肥やしている。


「税は元々ユリミア様のお金では……」


 そこまで言って、口を閉じた。

 しまった……。


 腕を組んで、ユリミアがここぞとばかりに声を荒げた。


「はぁ!? 私のお金じゃないっていうの!? じゃあ私はなに!? この領地は私を認めてないし、領民も謀反の意思があるってこと!?」

「い、いえ……そういう訳ではなくてですね……」


 バン!バン!バン!と机を叩く。


 癇癪を起して叫ぶように騒ぎ、自分が正しいという態度を取った。


 これを叱ったところでユリミアはさらに激怒し、ユリミアの実家から俺が怒られ、下手をするとさらに立場が悪くなるかもしれない。


 俺が冷静になり、我慢するしかない……。


 ユリミアは領地に全くの関心がない。

 領民がどうなろうが、興味がないんだ。


 彼女への良心へ問いかけてみても、それは変えられなかった。


「私の領地のお金を、私がどう使おうが勝手でしょ!? なんであんたが決める訳!?」

「……すみません」


 既に減税は十回ほど伝えたはずだが……下手に言い返しはしない。

 彼女にあるのは、納めた税をどう使うかのみだ。それを刺激して、嫌がらせとしてさらに領民からの税を消費されたら敵わない……。


 俺が我慢すれば、良いんだ……。


「休みが欲しいとか甘えたこと言ってないで、ちゃんと仕事をしなさいよ! だから税が足りなくなって、私が買いたい物を我慢してるんでしょう!?」


 休みを貰ったのは転生してから一日もない……。

 初日から激務だったし、ここが現実なのか夢なのかすらまだ分からない。


 いや、疲れが本物だから現実なんだけどさ……。

 ベッドに潜って一秒で寝るとか、日常茶飯事だったし。眼鏡を掛けたのびなんちゃらくんにも負けない速度だよ。


 あぁ、だんだんと現実と夢の間が分からなくなりそうだ。


 休みが欲しい……。


 本当に、少しで良いから休みたい……。


 そう思うのは、ダメなのだろうか。


 ふと虚ろな気持ちになると、机を叩かれる音で現実に引き戻される。


 バンッ‼


「甘えてんじゃないわよ!」

「はい……」

「ふんっ、やっと分かったわね」


 そうして、一枚の紙を俺に渡した。


 そこには数百万円に近い金額が記載されていた。


「今回の()()()()で使ったお金。これ、税から払っといて」

「え……」

「なに? 文句あんの!?」

「こ、こんな金額を捻出する余裕は……」


 ギロリ、とユリミアに睨まれる。

 そうして嘲笑するように、笑みを浮かべた。


「アハハ! 足りないならあんたの家、ポルシェノール家の資産から出せば良いでしょ?」

「は、はい……? うちの家は貧乏でお金なんて……」

「あぁぁもう! 本当にうっさい! お金がないなら稼いで来なさいよ!」


 それしたら、領主の仕事はどうするんだろう……。


 ユリミアが全く仕事ができない、ということで俺が手伝っていたのに、気づいたらすべて丸投げされていた。


「なんで私があんたみたいな貧乏人と婚約してんだろ……親の意向とはいえ、ほんと嫌になる」


 そして、ユリミアは何かを閃いたように口を開いた。


「……そうよ! 婚約破棄すればいいのよ!」

「……え?」

「あんたみたいな奴はもう要らない」


 心臓の鼓動が早くなる。

 その意味を理解するよりも先に、ユリミアが続ける。


「私恋人いるし、その人と結婚するから! あんたとは別れるわ!」


 *

 

 侯爵家の令嬢ユリミアが管理する、テンペランド領。


「……婚約破棄された」


 少し唖然とした面持ちで、俺は屋敷の前に追い出されて立っていた。

 

 もちろん、ユリミアに情などはない。

 転生前の自分であれば恋愛感情を抱いていたのかもしれないが、今は欠片もない。


 あのバンバンと机を叩く音が未だに忘れられない……。


 しかも、ユリミアには恋人がずっといたらしい。薄々気づいてはいたが、俺の前で言うかよ、普通……。


 よく頭がはっきりとしないまま、俺は舗道された道を歩く。


 それにしても、外に出たのは久しぶりだ。


 気づいたら転生していた!

 はい、執務室に監禁!


 みたいな流れだったことを鮮明に覚えている。


 よく分からない仕事内容を、アミノの記憶と新しく学びながら必死に取り組んだな……。

 失敗したら色んな人に迷惑がかかる、と思ったし。


 五人でやる仕事を一人でやってる気分だったよ、ハハハ。なにこの乾いた笑い声。

 

「とりあえず、馬車を借りてポルシェノール家まで帰るか……」


 まずは休みたい……。

 なんでもいいから落ち着ける場所に……。


 市井で賑やかな所に出ると、馬車乗り場で声を掛けた。


「すみません、ポルシェノール領まで行きたいんですけど」

「あぁ~……それだと個人用馬車しかねえな」


 個人用馬車。

 ふと顔を上げると、数人乗り合いの物と、個人の小さな馬車があった。

 ふむ。王都行きは大人数乗り合いで、地方は個人って感じか。


 まぁ王都への行き来は人も多いからな、それほど珍しいことではない。


「それでお願いします」

「じゃあ、個人名と金をここに」


 言われた通りに名簿に名前と着くまでの金額を渡す。


「アミノ・ポルシェノール……?」

 

 その名前を聞くと、周囲にいた人々の目つきが変わる。


「お前……ユリミア様の婚約者か」

「えぇ、まぁ......先ほど婚約破……え?」


 ゾロゾロと人が集まり始めているのに気付いた。


「噂を聞いたぞ!」

「あの華憐なユリミア様が、必死に領地を豊かにしようとしているのに、浪費ばかりしているアミノとかいう婚約者がいるってな‼」


 え……浪費?

 記憶を巡らせて、覚えがあるかどうかを確認する。


 俺に浪費があっただろうか。


 あっ……‼

 

 もしかして……書類にペンを使いすぎていたことを怒っているのか……!?

 でも、大量の書類ですぐにペンのインクが切れちゃって苦労してたし……腱鞘炎にもなったり大変だったんだ。


「俺たちの税金を無駄遣いして……‼ 夜な夜な遊びに耽っていたそうじゃないか!」

「……っ!」

 

 ここでようやく気付く。


 それ、俺じゃない。


 夜中まで仕事して、朝早く起きて仕事してたから……。

 何かがおかしい。


「挙句の果てに、税を必死に下げようとしてくれていたユリミア様を、叱って怒鳴ってイジメていたと聞いたぞ‼」

「なんだよそれ! 許せねえ……!」


 ずっと怒られてたの俺なんだけど……。


「恋人を作って浮気までして……‼ ユリミア様の苦労も知らないで……‼ 人の心はないのか‼」

「クズ野郎‼」


「あの、俺はそんなことはしてな……」


 そこでようやく、この人たちが聞く耳を持たないほど義憤に駆られていることに気づいた。

 刃物を持ったりはしていないが、これは……集団で襲われそうな空気だ。


「あの、その……」


 どうしようどうしよう……!

 この人たちと喧嘩とかしたくないし……‼


「……さようなら!」


 俺は全力疾走で去っていく。

 

「あっ‼」

「追え! 逃がすな!!」

「ユリミア様がどれだけ苦しんで俺たちの税を下げようとしてくれていたか……‼」  


 俺は走りながら、すべてを思い出した。


 アミノ・ポルシェノール。

 彼が社畜貴族としてゲーム内にいるのは、少し事情があった。

 

 アミノはとある悪事に加担したとして、ゲーム内で処刑される。

 しかし、それが実は冤罪であったことが攻略本でのちに判明し、最も幸が薄いキャラクターとしてプレイヤーたちの記憶に覚えられることとなった。


 ユリミアはどうしようもない人物であり、領地の税に手を出しては浪費し、領民を苦しめてきた。そして婚約者であるアミノの資産にも手をだし、ついには浮気までもする。


 そして、その悪評が広まり続けて苦悩したユリミアの実家はこう考えた。


『可愛いユリミアの罪を、婚約者にすべて擦り付けてしまおう』

 

 その結果として、社畜貴族アミノ・ポルシェノールが誕生した。


 その罪をアミノは死ぬまで被り続けていた。

 ひとえに、ユリミアに恋心を抱いていたからだ。


 だが、今の俺にユリミアへの恋心はない。


 ユリミアは他人に自身の悪評を着せることで、これまでの罪を洗い流そうとしている。

 せっせと真面目に働く愚か者。そうユリミアから嘲笑されても、反論ができないほどの状況であった。


「楽をしようと馬車に乗ろうとしただけなのに……!」


 怠惰な人生を歩むのとは、程遠い出来事だと内心で思った。



 それからアミノを追っていた誰かが足を止めた。

 だくだくと汗を流し、肩で大きく息をする。


「はぁ……はぁ……! は、はぇぇ! なんだよあいつ……!」

「も、もうこれ以上は追わない方がいい……ここから先は、【隻眼の硬狼】の縄張りだからな」

「はは……ざまあねえな。それなら死ぬな」

「だろうぜ……はぁ……はぁ……」

 

 アミノの逃げた森の先で、その魔物は赤く眼を光らせていた。




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