8.訓練
「脱退する」
「楽しいから脱退しないで」
「脱退する」
「楽しいから脱退しないで」
アイリアとの言い合いが始まって、早三分経っただろうか。
正直、屈しそうだ。
俺の初恋相手は某アニメの中二病キャラだった。なのに、中二病が苦手だ。
中二病を苦手になる理由はないはずなのに……
謎の中二病苦手プライドは捨てちまえ。
理由があるならまだしも、理由はないんだ。
……あ、理由はあったな。
この世界の中二病はよく戦闘に誘ってくる。
ギルドでゆったりとしていると、目に包帯を付けた人が、『私の名前は○○。いざ、尋常に』と言って強制的に戦闘が開始する。
俺は軽く剣を振って戦闘しているフリをしていたが、ある日、その剣が相手に当たってしまい、腕に怪我をさせてしまった。
それが少々トラウマになり、中二病が苦手になったのかもしれない。
理由の部分で忘れていた、というよりかは忘れようとしていたため、中二病が苦手という意識が先走っていた。
もう昔のことなんだし、苦手という意識は捨てよう。
パーティーに残ろう。
「わかった。脱退しないよ」
「なら、訓練しようか」
展開が早すぎるよ。
「訓練は明日から」
「今日」
「明日から」
「今日」
――――
「わかった、するよ」
「なら行こう」
アイリアと言い合いが始まって早一分。
すぐに俺は屈した。
「童貞さん! 冒険証返し忘れてますよ!」
童貞って誰のことだろうな。
「返してきな」
アイリアが俺の肩を二度叩いた。
童貞って俺のこと?
童貞ということは間違いないが、初対面に童貞呼びをするわけがない。
「俺のことじゃないでしょ」
「レンのことだよ。受付の人、レンに目線合わせてるよ」
確かに、受付の人は俺の方に目線がいっている。
なら俺なのか……
でも、童貞呼びは如何なものかと思う。
美人なお姉さんに言われたから嬉しい……わけではないぞ!
少々興奮するだけだ!
受付の人に冒険証を渡した。
「はい、受け取りました」
「なら、訓練に行こうか」
アイリアは俺の腕を掴み、俺を引きずるように連れて行った。
訓練は明日からでいいよ……
――――
「よし、始めようか」
広大な草原にたどり着いた。
草原には緑色でぷよぷよとしているスライムと、緑色で腹が一回り出ているゴブリンがいる。
謎にパンツも一枚落ちている。
パンツに関しては持って帰っていいですかね?
「とりあえず、スライムと戦ってみて」
もう草原に来てしまったので、仕方がないが訓練を行うことにする。
スライムに近づき、攻撃しようとした。
が、攻撃する武器が無いことを思い出した。
「何か武器をくれ」
「スライム程度に武器なんていらないでしょ」
「拳で撃破できると?」
「いけるでしょ」
拳でスライム撃破か。嫌な予感がするな。
とりあえず、挑んでみよう。
スライムに拳で一発叩いた。
拳はポヨンと反射し、俺の頬に当たった。
顔に痛みを感じたが、それと同時に懐かしさを感じた。
転生したての頃、拳でスライムに挑んだことがあった。
その時も現在と同様に、拳は俺の顔に当たった。
顔に当たったとき、拳で撃破するのは無理と悟ったので、剣を買った。
これが俺が最強になる、はじめの一歩だったな。
「撃破するの無理だから、武器くれ」
「拳で撃破してよ」
「拳じゃ無理って見たでしょ」
「諦めなければいけるよ」
諦めなかったら、一生自分の顔に傷を与えるだけなんだが。
「なら、アイリアがやってみてよ」
「なんで私?」
「そりゃ、訓練に誘ったのはアイリアだから」
「……わかったよ」
アイリアはスライムに近づき、拳で攻撃した。
拳はポヨンと反射し、アイリアの頬に当たった。
「痛いよ!」
アイリアは頬を両手で抑えた。
想像通りだ。
だから、拳でスライムを撃破するのは無理なんだよ。
「何度も拳で攻撃してたら、自分の体に傷を負わせるだけだよ。だから武器くれ」
「傷を負うのも訓練の一環だと思うんだよね」
「は?」
アイリアは何を言っているんだ。
「痛みを感じることで成長することもあるでしょ」
アイリアは真剣な眼差しで俺の方を見た。
アイリアは昭和の部活の顧問かな?
「諦めずに頑張ってスライムを撃破しようよ」
「なら、先に撃破してよ」
「私の訓練じゃなくてレンの訓練だよ。だから、私は拳でスライムを撃破する必要はないよ」
アイリアは少しずつスライムから遠ざかっている。
自分だけ逃げようとしないでくれ。
「頑張って撃破してね」
「無理だよ」
スライムと拳で語り合うのは不可能だ。