言葉に出来ない宝物を
僕はしがない旅人。チェロを担いで演奏をしながら旅を続けている。
ここはお喋りの町。その名の通り、人々はお喋り好きで人と語らう事を何よりも楽しんでいる。
正直、この町にはあまりいたくない。
自分はどうしても自分の気持ちを言葉にするのが苦手だ。
「それならそれでいいんじゃないか」
突然話しかけられた。この町ではさして珍しい事でもないが、この場合は違う。だって、この人は……
「ああ、ごめん。そうだその通り。きみの思った通りだよ。わたしは人の心が読めるんだ」
不思議なローブで全身を隠した人物はそう朗らかに言う。顔はよく見えないが、申し訳なさそうにしている事は伝わった。少しの疑念を抱きつつも、気にしてない、と心の中で呟いてみる。
「きみが寛大な人で良かった。良かったらわたしがきみの傍にいよう。ここの人たちはおしゃべり好きだが、人と人の会話に無断で入るような無粋なことはしないのさ」
正直、とても頼りになった。町ゆく人に執拗に話しかけられることもなければ、宿の手配まで代わりにしてもらった。
「ああ、わたしがこの町にいる理由かい?
人とはすべてを言葉にはしないものだ。けれど、ここの人たちは想ったことをすぐに言葉にしてしまうからね。わたしがつい心を読んで発言しても『そんなことまで言っちゃったっけ?』で済むのさ。単純なことだが、わたしにはこれが重要でね。
もしかしたら、きみには少し軽率に映るかもしれないけどね」
……自分がかすかに疑問に思った事にまで返答してくるのは、この人が実にこの町の人間らしい部分ではある。
「あはは。ごめんごめん、外の人と話すのは久しぶりでね。
きみに声をかけたのは、きみがその気持ちを無理やり言葉にしようとしていたからさ。言葉では言い表せない気持ち、というものはある。自分の奥底に仕舞っておきたい気持ちも……きみが言葉にしようとしていたのはそういう類のものだ。
それは、仕舞っておきたまえ。きみだけの宝物にするべきだ。宝物は、誰にもバレない場所に大切に隠しておかないとね。しかるべき時に、その宝物を言い表せる時がくるはずさ。
でも別に、誰にも気づかれなくても構わないだろう? だってきみはそれの素晴らしさを既に知ってるんだから。誰かに伝えるなんてもったいないし、それがその場しのぎの言葉ならなおさらさ」
こうして、実際にバレてしまっているのでは説得力ないのでは? と思わないでもない。
この人の言う気持ちとは、旅の思い出。この町に入って、外の人とわかるたびに幾度も投げかけられた質問。その返答を考えるたびに、思った。答えたくない、と。
「ふふ。そうだね、その通りだとも。でもさ、きみは言葉よりももっと、きみに相応しい表現方法を持っているんじゃないかい?」
意味深に自分の担いでるものを見てくる。この町に入ってから、確かに頼りっぱなしだ。仕方ないと内心でため息を吐きつつ、ちゃっかりと二人用の部屋を頼んでいたこの案内人のために、チェロを手に取った。