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魔王と聖女は互いに惚れた弱みを作りたい 1

 キャラメイクからの転生。

 自分が作ったキャラに転生するのかと思いきや、転生したのは別の身体だった。転生で性転換せずに済んだのは助かったけれど、問題は転生した身体が持つ称号だ。


 魔王の後継者。

 魔王の魂を持つ人間で、天敵である聖女に命を狙われるという因果を抱えている。

 しかも、その聖女こそが、俺が一切の自重なく作った最強のキャラクター。戦えば絶対に負けることが確定している。生き残る道は逃げるだけ――と思っていた。

 だけど、互いの親が親の仇であるにもかかわらず、結婚したというゼルカ夫妻の話を聞いて、あらたに生き残る方法を思い付いた。


 それは、リディアを俺に惚れさせ、惚れた弱みに付け込む――という作戦。惚れさせてしまえば、俺が魔王の後継者であるとばれても殺されない、という算段だ。


 そのためには、リディアを避けていては話にならない。

 積極的にかかわって、リディアを口説き落とす。


 そのために……と、向かいの席に視線を向ける。そこには、何やら考えに耽っているリディアの姿があった。さきほど、ゼルカの話を聞いてからまだ十秒と経っていない。

 だが、俺が視線を向けてほどなく、彼女は不意に顔を上げた。


「アルト様にお願いがあります」

「……なんでしょう?」

「さっきも言ったように、私は護身術を習っています。そのお稽古をアルト様に教えていただけないかな、と。……いかがでしょう?」

「護身術を、俺が、ですか?」

「はい。もちろん、無理にとはもうしませんが……」


 普通に考えて、自分の天敵の弱点を補う訓練をするなんて自殺行為だ。でも、これは俺が教えなければ、ゼルカ辺りから学ぶことだろう。

 なにより、リディアに積極的にかかわると決めたばかりだ。勇気を出してチャレンジしなければ、欲しい結果も手に入らない。だから、これは受けるべき提案だ。

 ただし、先に通さなくてはいけない筋がある。


「お話しは分かりましたが……よろしいのですか?」


 ゼルカさんに習う予定だったのでは? という意味を込めて視線をチラリ。それに気付いたリディアが「ゼルカ、申し訳ありませんが、訓練はキャンセルさせてください」と口にした。

「お気になさらず。お嬢様も、歳の近い彼に教えてもらう方がいいでしょう。しかし――」


 ゼルカは中庭の景色に視線を飛ばし、「ようやく、春が訪れたのでしょうかね?」と笑い、もう一度リディアへと視線を向けた。

 それはつまり、リディアが俺を意識しているのでは? というからかい文句だ。当然、リディアは否定すると思っていた。だけど――


「そんな――っ。……いえ、どうでしょう?」


 反射的に否定しようとして、だけど俺を見ると意味ありげに微笑んだ。

 ……って、え、なに、その可愛い仕草は。

 まさか、既に俺を意識してるのか? それだったら、惚れた弱みを作るチャンスだ。この期を逃す訳にはいかない――と、俺は一歩を踏み出す。


「光栄ですね」


 俺の言葉に、リディアがわずかに目を見張った。好意を寄せているという趣旨の発言に対しての答えだと思ったのだろう。

 だから、俺はなに喰わぬ顔で次の一言を付け加えた。


「護身術の先生、引き受けさせていただきます」

「……え? あ、あぁ、そういう話でしたね」

「なんの話だと思ったんですか?」


 すっとぼけてみせる。


「いえ、その……引き受けていただけると思っていなくて。でも……その、アルト様が引き受けてくださって、凄く……嬉しいです、よ?」


 顔を逸らしながらも、横目でちらりと俺を見る仕草が可愛らしい。まるで狙っているような仕草だけど、彼女にそんなことをする理由はないから無意識だろう。

 思わず見惚れて……いやいや、俺が見惚れてどうする。目的は惚れさせることであって、青春を謳歌することではない。

 しっかりしろ! と自分を叱咤していると、ゼルカが笑い声を上げて立ち上がった。


「話も纏まったようですし、お邪魔虫の私はそろそろお暇させていただきましょう」


 彼は笑って、だけど作法はしっかりと、退出の礼をして去っていく。そうして彼を見送ると、リディアが申し訳なさそうな顔をした。


「あの……アルト様、申し訳ありません。ご迷惑ですよね?」


 なにが――とは言わずに、リディアは上目遣いで問い掛けてきた。

 俺の頭の中がお花畑だったのなら、ゼルカに誤解された件――と思い込んでいただろう。あるいは、リディアが誤解じゃないと否定するところまで期待したかもしれない。

 だけど、俺は誤解しない。

 リディアの言葉は、俺に護身術の先生を頼んだことへの質問だ。

 だから――


「迷惑だなんてそんな、嬉しいですよ」


 素知らぬ顔で微笑めば、リディアの頬が朱に染まった。その反応を見た瞬間は、あれ? もしかして、本当に誤解された方の件だった? なんて思った。

 だけど――


「こちらこそ嬉しいです。それでは、いまから護身術の稽古をしていただけませんか?」


 リディアはふわりと微笑んだ。

 やはり稽古の方であっていたらしい。というか、気のせいかな? なんか、男心を弄ぼうとするような、小悪魔的な雰囲気を感じるんだけど……


     2


 とにもかくにも、リディアの護身術の先生をすることになった。互いに準備をするために一度解散し、俺は着替えるために貸し与えられた部屋に戻る。


 旅人だった俺が持っている服はあまり多くない。それでも、動きやすく、かつ、リディアの目を惹きそうな服を選んで身に付けた。


 待ち合わせ場所である、ホーリーローズ伯爵家の敷地内にある訓練所へ足を運ぶ。屋根付きの野外、小石が取り除かれた土が敷かれた稽古場に着くがリディアはまだいない。

 さすがに、着替えるのは俺の方が早かったようだ。


「せっかくだ。どうやって護身術を教えるか考えておくか」


 リディアが習得可能なスキルに近接系はなかった。

 なのに護身術を学びたいという。パッシブスキルは習得しているので、身体能力は高いはずだけど……新たなスキルを獲得できるのか気になるところだ。

 ひとまず、様子を見た方がいいだろう。


「お待たせしました、アルト様」


 思いのほか近くからリディアの声が聞こえた。来たか――と顔を上げた俺は、エリスを引き連れてきたリディアを見て目を見張った。


 サラサラの髪は後ろでシンプルに纏めている。その点だけは、運動に適していると言えるだろう。でも、上半身は身体のラインを浮き出させるようなデザインのブラウスで、下半身に至ってはホットパンツ。その下にニーハイのストッキングを穿いている。

 どう見ても、運動着には見えない。


「……リディアさん。その服装は一体?」

「似合っていますか?」

「え、いや、似合ってはいますが……その、いまから護身術の稽古ですよね?」

「はい。ですが……ほら、私は伯爵令嬢ですから、襲撃されるようなときは、大抵、動きにくい服を着ているんですよ。だから、これくらいがちょうどいいんです」

「なる、ほど……?」


 そういうものだろうか? 違う気がするけど、本人が断言しているのだからそうなのだろう。それに――と、リディアの姿を盗み見る。

 俺がデザインした愛らしい容姿に、これまた可愛らしい服を身に着けている。


 運動に適しているとは言い難いけど、もしもこれが俺を惚れさせるための服だったとしたならば、たしかに効果的な戦闘服だと言えるだろう。

 まあ、相手にそのつもりはないはずだけど。


 いや、落ち着け。重要なのは、俺がリディアを惚れさせて、惚れた弱みに付け込んで殺されないようにすることだ。リディアが好意的な分には問題がない。

 だから、まずは真面目に訓練をしよう。


「それでは、さっそく稽古を始めましょう。リディアさん、準備はよろしいですか?」

「はい。……いいえ」

「え?」

「いえ、その。始める前に一つお願いがあります」

「……なんでしょう?」


 なんだ? なにを言い出すんだ?

 これまでちらつかせていた行為はすべて俺を油断させるための罠で、『ここで死んでください!』と、いきなり襲いかかってくる……なんてことはないよな?

 ちょっとドキドキしていると、リディアは胸のまえで指を合わせて俺を見上げた。


「その……よろしければ、敬語を使わずに話していただけませんか?」

「え、ですが……」

「お願いします。その方が親しみを感じられるので」


 ――ぐっ。いまの言葉は結構グッときた。その方が親しみを感じられる――なんて、もっと親しみを感じたいという意味にしか聞こえない。

 俺が彼女を口説き落とそうとしているのに、俺が彼女に口説き落とされそうになるというあべこべ。これは由々しき問題だ。

 恋は戦争なんてことばや、先に惚れた方が負けなんて言葉もある。目的が惚れた弱みに付け込むことである以上、主導権を失うような事態は避けなくてはいけない。

 だから、ここは逃げずに立ち向かうところだ。


「じゃあ、これでいいか? リディアさん」

「さんも必要ありませんわ」

「分かった、リディア。でも、それなら、リディアも同じように話してくれよ」

「え、それは……」


 リディアは戸惑い半分、期待半分と言った感じで俺に上目遣いを向ける――っていうか、背中が痒い。普段の自分が言わないようなセリフを言うのがむちゃくちゃ恥ずかしい。

 でも、ここで負ける訳にはいかない――と、更に踏み込んだ。


「その方が、親しくなれるだろ?」


 リディアの頬がさっきよりも赤くなる。

 効いてる、むちゃくちゃ効いてる! まあ、いまのセリフを言った俺も恥ずかしくて死にそうだけど、とにかく効果はあった。俺の捨て身の攻撃に、リディアはこくりと頷いた。


「じゃあ、その……アルトさん。よろしくね」


 リディアの纏っていたお嬢様然とした雰囲気が剥がれ落ち、その下から普通の女の子らしさが顔を覗かせた。雰囲気が柔らかくなったというか、その表情が等身大で可愛らしい。

 可愛いなぁ……いや、可愛いな、じゃなくて!

 しっかりしろ! いくら外見が服装込みで完璧に好みで、声や仕草が愛らしくて、性格まで可愛いからといって、惚れる――要素しか見当たらねぇ!

 いや、だから、相手は聖女。俺の天敵だ。

 ここで負けたら死ぬんだぞ!


 死という言葉が、俺を冷静にさせた。そうだ、ここで負ける訳にはいかない。死亡フラグを叩き折るためにも、リディアには俺に惚れてもらう。


「それじゃさっそく稽古を始めるけど、ある程度は習ってるんだよな? 参考までに知っておきたいんだけど、スキルは習得できてるのか?」

「うん、レベルはまだ低いけどね」

「……なるほど」


 平然を装って相槌を打つけれど、内心では結構びっくりした。キャラメイキングのときは選択できなかったのに、後から習得することは出来るんだ。そんなことを考えながら、ダメ元で鑑定を使ってみるけど……ダメだな。こっちは予想通りに弾かれた。


 まあ、ここでそんな嘘を吐く理由はないだろう。もちろん、習得できる可能性も考えていたけど……うん。まぁ、あれだな。

 リディアに戦闘力で上回ってなんとかするという考えは捨てよう。


「うぅん、それじゃまずは。軽く手合わせをしてみようか」

「え、本気で手合わせをするの!?」

「いや、軽くだ、本気じゃない! 護身術がどれくらい使えるか確認するだけだから」

「そ、そっか。そうだよね! あ~、びっくりした~~~」


 びっくりしたのは俺の方である。

 リディアは俺がキャラメイクした、正真正銘のチートキャラだ。

 いくら近接戦闘が苦手でも、パッシブ系のスキルがあるので、素の身体能力はとんでもなく高い。そんな彼女と本気で手合わせしたら俺が死んでしまう。

 惚れた弱みを作るまえに殺されないように気を付けないと。


「じゃあ、さっそく始めよう」

「うん、よろしくお願いします!」


     3


 ホーリーローズ伯爵家の訓練所。屋根付きの野外に敷かれた土の稽古場で、俺とリディアが体術のみで手合わせをしていた。


 俺の体術スキルや、身体能力が上がるパッシブスキルはすべて6。

 対して、リディアのパッシブスキルはすべて10だ。体術スキルがいくつか分からないけれど、体術のみに限ればそこそこ勝負をすると予想していた。


 だけど、結果は俺が圧倒している。

 体術が未熟なのは想定通りとしても、思ったよりリディアの反応速度が遅い。いや、同世代の令嬢と比べれば天才と言えるレベルだし、俺と比べても遜色はない。

 だけど、俺がキャラメイクした彼女は伝説の英雄レベルの能力を持っている。本来であれば、反応速度が俺と同程度であるはずがないのだ。


 ……もしかして、実力を隠してるのか?

 あり得るな。そういえば、周囲の者達は、俺がリディアの恩人だと口にしていた。本当ならあの程度の敵、リディア一人で瞬殺できるはずなのに、である。


 聖女であることも隠しているようだし……なにか訳ありか?

 あるいは……俺が見落としただけで、なにか制約があった? ……うぅん、分からない。もしかしたら、説明に色々と書いてあったのかなぁ。

 やっぱり、説明をちゃんと読まなかったことが悔やまれる。

 過去の俺に言ってやりたい。

 ゲームを始めるならちゃんと、説明書は読んでプレイしろ! って。


 でも、悔やんでも仕方ない。それに、二兎を追う者は一兎をも得ずだ。戦闘力で上回る件は諦め、リディアに惚れた弱みを作って殺されないようにすると決めている。


 だから――と考えながら戦っていたのがいけなかったのだろう。俺の攻撃を前に、リディアが無反応なことに気付くのが遅れた。


「リディア!?」

「――っ」


 リディアが慌てて仰け反り、俺も拳の軌道をずらす。だが、互いに無理な体勢を取ったことで、俺の踏み込んだ足が下がろうとしたリディアの足に引っかかった。


「うおっ!?」

「ひゃっ!?」


 互いの足がもつれ、リディアを押し倒すように倒れる。

 やば――と思った瞬間、俺はとっさにリディアを引き寄せて身体を捻った。リディアと俺の身体の位置が入れ替わり、次の瞬間には背中から地面に叩き付けられる。


「あいたた……え?」

「あれ、思ったより痛く……え?」


 気が付けば、リディアの整った顔が目の前にあった。彼女のアメシストのような神秘的な瞳の中に、俺の瞳が映り込んでいる。それくらいの至近距離。


「あ、その、悪い」

「いえ、こちらこそ、ごめんなさい」


 リディアの息が掛かってくすぐったい。そしてそれはリディアも同じだったのだろう。彼女は恥ずかしそうに身を起こそうとして、だけどすぐに断念する。

 体制を入れ替えるとき、彼女を抱きしめて、いまもそのままだったから。それに気付いた俺はとっさに放そうとして、だけど寸前で思いとどまった。

 いまこそ攻め時だと思ったからだ。

 だから、俺は気付かないフリをして、リディアの瞳を覗き込んだ。


「リディア、怪我はなかったか?」

「え、あ、その……はい。アルトさんが庇ってくれたから大丈夫だよ」


 恥ずかしそうに大丈夫と微笑むリディアがむちゃくちゃ可愛らしい。というか、距離が近すぎてドキドキしてきた。それに、リディアのドキドキも伝わってくる。


「あの……アルトさん、腕を、その……」


 消え入りそうな声でリディアが訴えた。

 ヤバイ、リディアが可愛い。なんかいい匂いがするし、温もりも伝わってきて、頭がクラクラしてきた。このままじゃ俺の方がどうにかなってしまいそうだ。


「あ、その、気付かなくてごめん」


 今回はここが引き時だろうと、腕を放そうとする。

 だけど――


「いえ、その、もう少しこのままでも……いいですよ」

「……え?」


 そ、それってどういう意味だ? そう意識した瞬間、顔が真っ赤になるのを自覚する。同時に、リディアの顔も真っ赤に染まっていた。


 押し付けられた胸からリディアの鼓動が伝わってくる。

 互いの胸がうるさいくらいに高鳴っていて、もはやどっちの鼓動か分からない。無言で見つめ合っていると、おもむろにリディアが瞳を閉じた。

 彼女の長いまつげがわずかに震えている。

 その姿が愛おしいと思った瞬間、俺もまた目を閉じていた。

 そして――


「――こほん」


 エリスの咳払いが聞こえた。訓練所の端っこにエリスが控えていたことを思い出す。

 次の瞬間、俺がリディアの背中に回していた腕を放すのと同時、リディアは横に転がって身体を縮め、すくっと立ち上がった。それと同時、俺も後転して跳ね起きる。

 その間わずか一秒足らず。

 リディアは何食わぬ顔でエリスへと視線を向けた。


「……エリス、いま何時かしら」

「二時を回っています。そろそろ上がらないと、次のお稽古に間に合いませんね」

「あぁ、もうそんな時間だったのね。ごめんなさい、すぐ行くわ」


 まだ火照った顔で、だけど貴族令嬢然として応じる。


「それじゃ、アルトさん。今日はありがとう。また今度よろしくね」

「あ、ああ。また今度」


 かろうじてそう答えると、踵を返したリディアは毅然とした態度で去っていった。その歩みが早足でなければ、彼女はまったく気にしていないと誤解していただろう。


「アルト様、お嬢様が失礼いたしました」

「あ、いや、俺の方こそ悪かった」

「いえ、時と場所を選んでいただければ、気にする必要はありません」

「は? それって……」

「では、失礼いたします」


 エリスは俺の質問を遮って、リディアの後を追い掛けていった。そうして二人が居なくなるのを確認した俺は、思わずその場にへたり込んだ。


「あ、あぶねぇ……思わず、こっちが惚れるところだった」


 口元を抑えて気持ちを落ち着かせようとするけど出来ない。まだ、胸はドキドキしているし、腕の中にはリディアの温もりが残っている。

 それに……なんだよ、あのいい匂い。声や容姿は設定したけど、匂いなんて設定していない。なのに、あんな匂いを纏ってるなんて反則だ。


 さっきまでの俺は心の何処かで、リディアは俺が創り出したただのキャラクターだと思っていた。でも、直に触れて、そうじゃないんだって思い知った。


「っていうか、リディアに反撃されるなんて誤算過ぎる」


 あんな風に可愛い反応が返ってくると思ってなかった。このままじゃ、リディアを俺に惚れさせるまえに、俺がリディアに惚れてしまう。

 なんとか、対策を考えないと……


     4


 訓練で掻いた汗を流すため、私は浴場へと足を運んだ。身に付けていた服を乱暴に脱ぎ捨て、頭から魔導具によって放たれる冷水のシャワーを浴びる。

 そうでもしなければ、胸のドキドキが収まってくれそうになかったから。


「あ、危なかったよぅ……」


 いくらアルトさんを私に惚れさせるためとはいえ、目をつぶったのはやり過ぎだった。あのままエリスが来なければ、いまごろどうなっていたか分からない。

 というか……意識して瞑ったんじゃないんだよね。


 それまでの行動は意識的だった。

 ――と言っても、転んだ後の話だけど。そのハプニングを利用して、アルトさんを私に惚れさせようと思って、あざといセリフを口にしたのだ。でも、それでドキドキしたのは私の方だった。その場の雰囲気に流されて、無意識に目をつぶってしまうほどに。

 誤算なのは、アルトさんをドキドキさせようとしたら、自分がドキドキしてしまうことだ。


 誤算も誤算、大誤算。でも考えてみれば当然だ。

 だって――


「仕方ないじゃない。見た目や声が完璧に私の好みなんだよ? なのに、とっさに私を庇って気遣ってくれる優しさまで持ってるなんて……反則だよ」


 アルトさんの腕の中で感じた温もりはシャワーの冷水に流されてしまったけれど、彼に抱きしめられた感覚は明確に残っている。

 目を瞑れば、いまも抱きしめられているような錯覚に陥る。


「~~~っ」


 その場にペタンとへたり込んだ。

 悔しいけど、恋愛的な意味でも相手の方が強い。このままじゃアルトさんに惚れた弱みを作るどころか、私が惚れた弱味を抱えることになる。

 なんとか対策を立てないと……と、冷水を浴びていた私は、自分は極力ドキドキせず、アルトさんをドキドキさせる名案を思い付いた。


「エリス、エリス!」

「はい、どうなさいました――って、お嬢様!?」


 びしょ濡れ、しかも裸で浴室から飛び出した私を見たエリスが目を丸くする。


「あのね、お願いがあるの」

「それはかまいませんがまずは服を着てください!」

「シャワーの途中だから。それより、お願いを聞いて」

「……はあ。いいですけど、そんなに慌てて、なにをすればいいんですか?」

「うん。あのね――」


 計画に必要な下準備をエリスにお願いして、私は自分の唇にそっと指を這わした。




 翌日、私は比較的シンプルなワンピースに着替えてエントランスホールへと足を運んだ。そこには、私の護衛として同行することが決まっているアルトさんが待っている。


「アルトさん、急に護衛を頼んでごめんね」

「いや、かまわないけど……他の護衛は?」

「もちろん、他の護衛も同行してくれるよ。ただ、堅苦しくならないように、他の人達は少し離れたところで護衛をしてくれてるの。だから、近くで護衛をするのはアルトさんだけ」

「そういうことか。なら俺は側でリディアを護らせてもらうよ」

「う、うん。ありがとう、アルトさん」


 側で護るなんて言われて思わずドキッとしてしまった。

 精一杯の笑顔で応じるけれど、ここで反撃するのは自重する。だって、ここで真正面からぶつかったら、また前回の二の舞になってしまう。

 覚悟しておいてよね――と、そんな想いを胸に秘めて馬車に乗り込んだ。


「それで、どこへ向かっているんだ?」

「服飾店だよ。春服を買おうと思って」


 そんなふうに答えながら、向かいの席に座るアルトさんを盗み見る。


 アルトさんの外見は完璧に私の好みを反映している。

 私が微細に渡って作った容姿だから当然だ。でも、そんな容姿にも、私の手が加わっていない部分がある。それは、アルトさんが身に付けている服のデザインだ。


 アルトさんの着る服は基本的に、旅人が身に着けることを前提にしているようだ。

 もちろん、それが必要なことだったのは分かる。でも結果的に、彼の身に着ける服は、彼自身の容姿の持ち味を生かしきれていない。


 もしも彼が私好みの服を身に着けていたら話は変わっていた。でも、そうじゃない。だから、アルトさんの唯一のウィークポイントともいえる服装で勝負する。


 客観的に見て、私の容姿は悪くない。

 アルトさんも私の容姿は嫌いじゃない、と思う。


 だから、私はその武器を磨くことにした。具体的には、アルトさんに服選んでもらって、アルトさん好みの女の子になるのが目的だ。そうすれば、私はドキドキすることなく、アルトさんをドキドキさせられるはず。

 それこそが、私の立てた今回の作戦である。



 ――という訳で、私は馴染みの服飾店のまえにたどり着いた。

 アルトさんは護衛だけど、表向きは友人という体をとっている。彼はエリスから心得を聞いたのだろう。私が馬車のタラップに足を掛けると、さっと手を差し出してくれた。

 外見ばかりか、エスコートまで出来るなんて、ますます格好よくなってしまう。私は胸が高鳴るのを自覚しながらも、平然を装って降り立った。


 正直、この戦いは私に不利だ。

 でも、惚れた弱みを作るしか、私が生き残る道はない。だったら、惚れるまえに惚れさせる。そのために――と、私は気合いを入れ直して服飾店に足を踏み入れた。

 店内では、整列した従業員達が出迎えてくれる。


「お待ちしておりました。リディアお嬢様。今日はホーリーローズ伯爵家の貸し切りとなっております。どうか、当店自慢の服をごゆっくりご覧ください」


 マダムが頭を下げると、従業員達もそれに続く。


「ありがとう、マダム。今日は色々な方向性の服を見せていただくわ」

「はい。ジャンルごとに分け、それぞれ自慢のデザインを用意させていただきました。どちらからご覧になりますか?」

「そうね……。アルトさん、私にはどんな服が似合うと思う?」


 伯爵令嬢として振る舞う場でありながら、普通の女の子のような振る舞いでアルトさんに問い掛けた。アルトさんの意見が重要であると、周囲に示すためだ。

 マダムはすぐに気付いたようで、アルトさんに意見を聞くために話しかけた。


「ご挨拶が遅れました。わたくし、店長のイザベラと申します。アルト様とお呼びしても?」

「あぁ……はい、かまいません」

「かしこまりました。では、アルト様はどのような服がお嬢様に似合うとお思いですか?」

「えっと……それは……」


 アルトさんは私を見て少し困った顔をする。

 好みの服を選ぶだけなのに、どうして困っているのかな? ……あぁ、もしかして、私の好みに合わせなきゃいけないとか、そういうことを考えているのかな?


「アルトさん。今日はいつもと違うファッションを試してみようと思っているの。だから、私の趣味は考慮せず、アルト様の好みを聞かせてね」

「それは、えっと……うぅん」


 やっぱり歯切れが悪い。嫌がっているようには見えない。けど、凄く困っているようには見える。なんだろう、この複雑そうな反応は。


「アルトさん、私の服を選ぶのは嫌かな?」

「嫌ではないんだけど、困るというか、なんというか……」

「……困る?」

「いや、その。……ええっと、ほら。リディアは既に十分可愛いんだから、これ以上可愛くなろうとしなくてもいいんじゃないか、と」

「~~~っ」


 特大カウンターが私にクリティカルヒットした。

 頬が一瞬で赤らむのを自覚する。

 周囲からも「あらあら、まあまあ」なんて声が聞こえてきそうな雰囲気だ。


 まさか、こんなところで攻撃されるなんて思わなかった。反撃するのが正解? それとも、あくまで服を選んで欲しいことを前面に出すのが正解だろうか?

 混乱する私を見かねたのか、マダムが口を開く。


「アルト様、女性はいつだって、より可愛く、綺麗になりたいものなのです。ですからどうか、リディア様の望みを叶え、アルト様のご意見を差し上げてください」

「……分かり、ました」


     5


 魔王の後継者である俺が、天敵である大聖女に殺されないようにするには、リディアに惚れた弱みを作り、それを理由に見逃してもらうしかないと思っている。

 だから、リディアの護衛として街に同行するのは望むところだった。

 さり気ない気遣いで、リディアの好意も得られたと思う。


 だけど、お出かけの目的地は服飾店だった。

 その時点で、凄く嫌な予感がしていたのだ。


 なぜなら、俺が微細に渡って設定したリディアの容姿は完璧なまでに俺の好みだ。それに加え、伯爵令嬢として振る舞いながら、俺には素の姿を見せる内面まで可愛らしい。

 だけど、リディアのファッションセンスは、俺の好みから少しズレている。


 これはリディアの服のセンスが――という問題ではなく、彼女が伯爵令嬢であることに起因する。俺はドレスではなく、お嬢様風のファッションが好みなのだ。


 本物のお嬢様ではなく、お嬢様風。

 このポイントは意外と大きい。だからこそ、俺はリディアの可愛らしい言動にも堪えられているのだ。なのに、俺がリディアの服を選ぶという運びになった。

 リディアが俺好みの服を着る。

 そんなの、見惚れちゃうに決まってるだろ――っ!


 とまぁ、そういう訳だ。正直、見たい。凄く見たい! でも、そんな姿を見せられ、優しく微笑みかけられて、惚れない自信がない。


 でも、恋は戦争だ。

 駆け引きだ。

 先に惚れた方が負ける運命だ。


 そもそも、自分を殺す天敵に惚れるとか、どう考えても敗北フラグだ。そしてこの場合の敗北は、魔王の後継者である俺が大聖女に殺される結末だ。

 だから、リディアの服を選ぶなんて言語道断だ。

 絶対にあり得ない。そんな自殺行為を出来るはずがない。


 だから、本当なら拒絶するべきだった。なのに……あぁ。俺はリディアが俺好みの服を着るという誘惑に抗うことが出来なかった。


「……分かり、ました」


 マダムの押しに屈した――というか、自分の欲望に負けた俺は、あらためて服飾店に並んでいる洋服の数々に視線を向けた。


 ――そう。洋服だ。

 キャラメイキングを見たときからゲームっぽいと思っていた。実際には現実世界だった訳だけど、ゲーム的な要素がある世界なのだろう。

 この服飾店には、世界観に反したファッションが存在する。


 具体的に言うと、量産型とか、地雷系とか。その他お嬢様風のファッションとか、なぜか何処かの学生服っぽいデザインまである。


 こんなの困る……っ。と思いつつも、たぶん俺の顔はにやけている気がする。俺は両手で頬を揉みほぐして誤魔化し、リディアに似合いそうな自分好みのコーディネートを考える。


 ……なんて、考えるまでもないな。

 俺の好きなファッションの特徴を挙げるなら、肩出し、コルセット風、ティアードスカートのミニ、ガーターベルト&黒のストッキング。とまぁこの辺りだ。


 具体的にいうと、肩出しのブラウスは、チェーンで吊っているタイプだ。

 だけど、胸の谷間が見えるような大胆さはなく、あくまでお嬢様風のデザイン。ウェストのところは編み上げになっていて、ウェストからヒップのラインが綺麗に出る作り。

 ティアードスカートはプリーツの折り目がピシッとして、腰からウェストのラインに沿って広がっているのが好きだ。そして、その下から見えるガーターベルト&黒のストッキング。

 靴は編み上げのブーツだと完璧だと思う。


 このお店には、そんな俺好みの服が揃っている。キャラメイキングのときに出来なかった、自分好みの服を着せるチャンスが巡ってきたのだ。せっかくだから好きに選ばせてもらおうと、俺は自分の欲望のままにコーディネートを作っていく。

 正直、ノリノリだったと思う。


 ……いや、違うんだ。これが自殺行為だと分かってる。だけど、自分の好みを体現した女の子に、自分好みの服を着せるなんて、夢のようなイベントに抗うなんて出来るか?

 出来る訳がない!


 ……後で悔やみそうだけど。

 それでも、俺は自分好みの服を着たリディアが見たい!

 という訳で、


「こんな感じでどうだ?」


 リディアに俺が選んだコーディネートを見せる。


「どれどれ? わぁ、アルトさんはこっち系のファッションが好きなんですね」

「自分の好みなのは否定しない」


 とはいえ、現実でこういうファッションが好きな女の子って滅多にいないと思う。どっちかというと、ゲームやマンガのキャラクターが着てそうなイメージだ。

 でも、リディアの好みからはそう外れていないという予感があった。昨日の訓練に着てきた服の方向性が、俺の好きなファッションに通じるものがあったからだ。

 そして――


「どうですか、アルトさん」


 リディアがブラウスとスカートを自分の身体に押し当てた。彼女が俺の選んだ服を着ている姿がありありとイメージできて、それだけで胸がドクンとなった。


「に、似合ってると思う」

「本当ですか?」

「ああ、本当だ。むちゃくちゃ可愛いと思う」

「ふふっ、凄く嬉しいです。それじゃ試着してきますね」


 無邪気な笑みを残して去っていった。

 俺は思わず言葉を失った。

 ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ! リディアの笑顔の破壊力が三割増しになってる! 服を身体に沿わしただけでこれなら、着替えた彼女に微笑まれたらどうなっちゃうんだ!?


 必死に考えるも対策は思い付かない。逃げなきゃいけないと分かっているのに、足が地面に張り付いたように動かない。俺は着替えたリディアを見たいと思ってしまっている。

 そして――


「どう、ですか?」


 妖艶な天使が姿を現した。

 ブロンドの髪に、アメシストの瞳。全体的には愛嬌のある丸顔で、だけど目元など、キリッとした部分も少なくない。可愛さと綺麗さを内包した顔立ち。

 身長は低めだけど、すらっとしたスタイルはその身長を高く見せている。

 そんな彼女が身に付けるのは、チェーンで吊った肩出しのブラウス。胸の谷間が見えるような大胆なデザインではないけれど、ほどよい膨らみを感じさせるデザイン。

 コルセット風のティアードスカートは短めで、その下にちらりと見えるガーターベルト&黒のストッキングは気品と妖艶さを兼ね揃えているし、足元は編み上げブーツで隙がない。

 端的に言って、全てにおいて俺の好みを体現した女の子だった。


「う、ぁ……」


 あまりの衝撃に言葉が出ない。

 でも、リディアが可愛いと、全身で叫んでいる自信がある。というか、絶対顔が真っ赤になっている。一目惚れをした人がいたら、きっといまの俺みたいな表情をしているだろう。

 なのに――


「アルトさん、感想は?」


 リディアはイタズラっぽい顔で、分かりきっている答えを聞いてくる。


「その、すごく、似合ってる」

「えへっ。アルトさん、ありがとう」


 ふわりと微笑んだ。お嬢様風のコーディネートによるイメージが、その無邪気さを引き立てる。その破壊力は、魔王だって殺せるだろう。


 し、しっかりしろ、俺! 惚れるんじゃなくて惚れさせるんだぞ! 少なくとも、俺が惚れるより先に! じゃないと、ろくな結末にならないから!


 死の恐怖が、かろうじて意識を現実に留めてくれた。俺は必死に平常心を保って、「役に立ててよかったよ」と笑い返した。


「……うん。アルトさんの好み、私も好きかも。マダム。アルトさんが選んだコーディネートはすべて購入するわ。それに、今後は似たような系統を増やしておいて」

「かしこまりました」


 こうして、俺はリディアというチートキャラに、最強の武器を与えてしまった。自業自得とはいえ、リディアに対抗できる自信がない。

 一体どうすれば――と思い悩む俺を他所に、エリスがリディアに声を掛ける。


「ん、なに? どうかしたの?」

「アルト様はあまりお洋服を持っていないご様子。お洋服を選んでいただいたお礼に、リディア様がお洋服を選んで差し上げたらいかがですか?」

「――ゑ?」


 なぜか、リディアが素っ頓狂な声を上げた。


     6


 上手くいっていたはずだった。うぅん。実際に上手くいってた。アルトさんは、彼自身が選んだ服を着る、私の姿に釘付けになっていたから。


 この調子なら、アルトさんの選んだ服を着ているだけでドキドキさせられる。私がアルトさんにドキドキしなくても、アルトさんは私にドキドキする。

 そんな望むべき状態が手に入る――はずだった。


「アルト様はあまりお洋服を持っていないご様子。お洋服を選んでいただいたお礼に、リディア様がお洋服を選んで差し上げたらいかがですか?」


 エリスにこんな提案をされるまでは。

 そのあまりの衝撃に、思わず変な声を零してしまった。

 でも、私の思惑を知っている人なら分かってくれると思う。私は、アルトさんをドキドキさせ、自分はドキドキしなくて済むように、あれこれと手を回したのだ。

 なのに、なのに、アルトさんに自分好みの服を着せるなんて。


 ――すっごく楽しそうなんだけど!

 ――私の作戦が台無しだよ!


 相反する二つの思いが爆発する。


 だってアルトさんは、私の好みを体現した男の子だ。オッドアイの瞳の色はもちろん、頬のラインや、二重まぶたの形に至るまで、私好みに設定してある。

 そんなアルトさんを自分好みにコーディネートする。ゲームでだって、課金して楽しむようなシチュエーション。それを現実世界で楽しむことが出来る。

 女の子にとって、これほど嬉しいイベントは他にないと思う。


 だけど――アルトさんは魔王の名を継ぎし者。

 聖女である私の天敵だ。

 彼に惚れたらきっと悲しい結末になる。


 だから、私がアルトさんに惚れる訳にはいかない。目的はあくまで、私に惚れた弱みをアルトさんに作って、私を殺せないようにすることだ。

 だからこそ、アルトさんにだけドキドキさせる方法を考えた。なのに、アルトさんに私好みの服を着せたら、側にいるだけで私までドキドキしてしまう。

 本末転倒もいいところである。


 だから、断るべき。いや、お世話になったのは事実だから、服をプレゼントするのはいい。でも、私が自分好みの服を選ぶのは絶対ダメ!

 エリスに頼むか、アルトさんに自分で選んでもらおう。


「そうだね。アルトさんも好きな服を選んで。今日のお礼にプレゼントするよ」


 これで最悪の事態は免れた。


「その……リディア。よかったら、選んでくれないか?」

「――ゑ?」


 はずだったが、アルトさんの一言で私の目論見は崩れ去った。


「自分の服を選ぶのってあんまり得意じゃないんだ。だから、リディアが俺に似合いそうな服を選んでくれたら……嬉しいかな、なんて」


 ~~~っ。

 超絶私好みのアルトさんが、少し照れた感じで『リディアが俺に似合いそうな服を選んでくれたら……嬉しいかな、なんて』って……なに!? なんなの!?

 アルトさん、私のことを惚れさせようとでも思ってるの!?

 いや、そんなはずないのは知ってるけどさ!


 いいよ、そこまで言うなら選んであげる。アルトさんに似合いそうな服を、私が完璧にコーディネートしてあげようじゃない! 正直、選びたかったし!


 ――という訳で、私は紳士服を見せてもらい、アルトさんに似合いそうな服を選ぶ。

 ファンタジー世界だけど、服のデザインはずいぶんと近代的なんだよね。と、そう感じるのは、前世――と呼んでいいのか分からないけれど、転生まえの知識があるからだと思う。


 リディアとして過ごした記憶はある。だけど、私はあくまで、リディアに転生したという感覚だ。なのに、『私』の記憶は、キャラメイキングをするところから始まっている。

 それまでなにをしていたのか、自分がどこの誰だったのかは思い出せない。そういったエピソード記憶がすっぽりと喪失してしまっているんだよね。


 でも、意味記憶は失っていない。ゲームの知識なんかは持っているし、目の前に並んでいる服が近代的だと言うことも分かる。

 どうしてこんなことになったのかは……考えても無駄かなぁ?


 もしかしたら、キャラメイキングのときにあった説明の何処かに書いてあったのかな。ちゃんと読まなかったことが悔やまれる。もしも過去の自分に会うことがあれば、説明書はちゃんと読んでプレイしなさい! って叫ぶところだ。


 でも、悔やんでもどうしようもないことも事実だ。

 いまは、自分に出来ることを……って、アルトさんの服を選ぶのは、いま出来ることと言うよりも、自分の首を絞めることな気がするけど……

 とにかく、私はコーディネートに意識を集中する。


 選ぶのは、胸元が少しだけ開いたデザインのブラウス。カジュアルなジャケット。スタイリッシュなデザインのスラックス。


 具体的に言うと、ブラウスの胸元は第二ボタンくらいまで開いているデザインを選んだ。わずかに色気を出しつつも、清潔感が損なわれないように注意する。

 続けて、ジャケットはカジュアルなイメージを前面に押し出し、襟には金のボタンを付けてアクセントを付けた。それから、スラックスは足のシルエットが出るデザインで、持ち前の足の長さを強調する。最後は歩きやすそうなスニーカーを合わせて完成だ。


「アルトさん、こんな感じでどうかな?」

「お、よさそうだ。それじゃさっそく、試着させてもらうな」


 アルトさんは私の手渡した一式を持って試着室へと消えていく。

 私の好みを体現したアルトさんが、私の好みに合わせた服を着る。一体どうなっちゃうんだろうと、期待半分、不安半分に待っていると、ほどなくして彼は戻ってきた。

 その姿に私は言葉を失った。


 アルトさんはサラサラな黒髪で、その黒髪に縁取られる顔は整っている。身体の線も細く、女装をしたらさぞ綺麗なお姉さんになるだろうという印象を受ける。

 と言うか、私がそんな風に設定した。

 そんな彼の瞳はオッドアイだ。

 右目が水色で、左目は金色という中二っぽい外見をしている。


 私の理想を体現したアルトさんが身に付けるのは私が選んだ服。

 ブラウスは清涼感を持ちながらも、少しだけ開いた胸元からはわずかに覗く鎖骨。カジュアルで親しみを感じさせるジャケットには、金のボタンでアクセントを付けた。

 そして一番の決め手はスタイリッシュなスラックスだ。スタイリッシュなデザインのスラックス&スニーカーは、アルトさんの長い足をこれでもかと強調している。

 とにかく格好いい。

 そんな風に見惚れていると、アルトさんが先に口を開いた。


「……どう、かな?」

「~~~っ」


 格好いいお兄さんが、少し照れくさそうに笑う仕草が尊い。あまりの破壊力に、私の意識は持っていかれそうになった。物理的に殺されるまえに、精神的に殺されるかも。

 こんな人を相手に、自分は惚れず、相手にだけ惚れさせるなんて……出来るかなぁ?


     7


 服飾店へのお出かけから数日が経った。

 俺は魔王の後継者で、リディアはその天敵である大聖女。しかも、たんなる設定というだけじゃない。リディアは幼少期、魔王を崇拝する教団に攫われている。

 彼女は事無きを得たと言っているけれど、それが本当かどうか分からない。少なくとも、体面的には苦労しているはずなので、魔王という存在を怨むのは当然だ。


 俺が殺されないようにするには、リディアを俺に惚れさせ、惚れた弱みを作るしかない。けれど、俺が先に惚れたらそういう画策が出来なくなるかもしれない。

 そもそも、俺がリディアに惚れても悲しい結末しか想像できない。ゆえに、俺が彼女を意識しないようにする必要があるのだけど……先日はヤバかった。

 リディアが、俺の好みの服を着ると言い出したからだ。


 いや、俺の好みを体現した女の子が、俺の選んだ服を着るのは嬉しい。凄く嬉しいんだけど、それで俺がリディアに惚れたらバッドエンドが見える、という状況。

 もはや一種の拷問である。


「しかも、リディアの奴。あれから俺の好みの服ばっかり着てるんだよなぁ……」


 昨日なんて、護身術の稽古のまえにあの服で現れて「アルトさんに選んでもらったのが嬉しくて、思わず稽古着に着替えずに来てしまいました」って、はにかむんだぜ?

 なんなの? 俺を惚れさせようとでもしてる訳?

 いや、そんなことはあり得ないって分かってるんだけどさ。


 とにかく、俺も負けてはいられない。

 客観的に見て、この身体の容姿は格好いい部類に入ると思う。少なくとも、リディアはそう思っているように思う。そこに加え、リディアに服を選んでもらうことが出来た。

 俺好みの服を着るリディアにドキドキさせられているように、俺がリディア好みの服を着れば、リディアをドキドキさせることが出来るのでは、と思ったのだ。


 その効果は試着室から出てきたときから顕著だった。

 あのときの俺を見るリディアは、まるで恋する乙女だった。もちろん、見惚れていたからと言って、惚れたと思うほど甘いことは考えていないけど、確実に効果はあった。

 だから、俺はプレゼントされた服と同じ方向性で服を買い揃えた。最近まで旅人で、剣客になったばかりの俺には痛い出費だけど……これも生き残るために必要な経費だ。


 そうして、リディアと会うときは、出来るだけリディアの好みに合わせた服を身に着けている。その効果は……やっぱり抜群のように思う。

 リディアを惚れさせることが出来るかはまだ分からない。けど、ドキドキはさせられていると思う。ただ、リディアも俺の好みに近付いているため、俺もドキドキさせられている。


 自分はドキドキせず、リディアだけをドキドキさせるのが本来の目的。策を弄した搦め手で責める予定だったのに、いまやっているのはまるで真正面からの殴り合いだ。


 このままじゃダメだ。

 そう思った俺は次の一手を打つことにした。


 それは――パーソナルスペースを使った攻略だ。

 まずは、パーソナルスペースについて軽く説明しよう。

 それは、いわゆる自分の意識的な占有領域のこと。知らない人間に入ってこられると嫌悪感を抱くし、好意的に感じている相手が入ってくると意識することになる。


 物理的にたとえるなら、自宅のようなものだ。他人が土足で上がり込んできたり、好意を持つ相手が訪ねてきたときのことを想像すると分かりやすいだろう。


 つまり、リディアのパーソナルスペースに上手く入り込むことが出来れば、リディアに俺を強く意識させることが出来る、という訳だ。


 もちろん、これはリディアが俺に好意を抱いていることが前提である。だけど、俺に服をプレゼントするくらいだし、少なくとも好意はあると思う。なので、リディアのパーソナルスペースに入るようにすれば、リディアは少しずつ俺を意識するようになるはずだ。


 ――と、ここまで聞いた人はこう思ったかもしれない。それ、お前も意識することになるんじゃないか? と。たしかにその通りだ。でも、対策は考えてある。


 ここからがパーソナルスペースの面白いところで、その領域の広さは個人差がある。それだけでなく、男女で一般的な領域の形に違いがあるのだ。


 これは人類の成り立ちに起因する。

 かつての人類は男が狩猟をし、女は家を護るというふうに役割が分担されていた。その役割に基づき、男は前方に意識を向け、女は周囲をまんべんなく意識する。

 これが、現代でもパーソナルスペースの形として残っている、と言われているのだ。


 念のために言っておくが、だから男女で役割を分けるべきだ――みたいなことを言うつもりは一切ない。やりたいことをやりたい人がやればいい、というのが俺の心情だ。

 もっともその信条は、この世界の貴族社会では異端に扱われそうだけどな。


 閑話休題(それはともかく)。重要なのは、男性は前方に広い卵形で、女性は自分を中心とした円形。それが一般的なパーソナルスペースの形だと言うことだ。

 ……どうだ? ここまで言えば気付いた人もいるんじゃないか? 立ち位置によっては、男性と女性、どちらか片方だけがパーソナルスペースに入ることがある、ということに。


 もう少し具体的に言おう。

 男女が向き合えば、男性だけが相手を自分のパーソナルスペースに入れることとなる。対して横に並べば、女性だけが相手を自分のパーソナルスペースに入れることになる。


 ――つまり、リディアの横に並ぶようにすれば、俺はリディアを意識することなく、リディアに俺を意識させることが出来る、ということ。

 これが、服装の件で危機感を抱いた俺がひねり出した、起死回生の一手。


 とはいえ、これはあくまで自然にやらないと意味がない。自然に相手のパーソナルスペースに入り込んでこそ、相手に好意的な意識をさせることが出来るのだ。

 親しき仲にも礼儀あり。相手の家に土足で踏み込むような真似をすれば、いくら好意を抱いている相手だったとしても、抱かせるのは好意ではなく、警戒心や不快感となってしまう。


 じゃあどうしたらいいのか?

 それはもちろん、自然とそうなるシチュエーションを考えるしかない。


 カフェで窓際の席に並んで座る――なんていうのも効果的だろう。

 とはいえ、俺とリディアが街へ出掛けることは滅多にない。あったとしても、二人で並んでカフェに入る――なんて可能性はないに等しい。


 ゆえに、俺が考えたのは護身術の授業に座学を取り入れる――というものである。俺はそれをリディアに提案し、リディアも快く受け入れてくれた。

 そして――


「つまり、護衛にもっとも重要なのは、護衛対象を危険な場所に近付けさせないことだ。だから護身で一番重要なのも、危険な場所に近付かないことになるな」

「それは……屋敷から出るな、ということ?」

「安全だけを考えるなら、な。でも、リディアは籠の鳥じゃない。貴族令嬢として、外せない用事だって多々あるだろう。だから、それぞれのケースを想定して話そう」


 前置きを一つ。俺は参考書を広げながら、様々なケースでの身の守り方を説明していく。そのうちのいくつかは、俺が実際に護衛の仕事を受けたときの体験談だ。

 ときに厳しく、ときに場を和ますように、リディアの耳元で語り続ける。


 ――そう。

 ここはホーリーローズ伯爵家にあるリディアの勉強部屋。

 俺とリディアは机に向かって並んで座っている。自然な形で、リディアのパーソナルスペースに入り込んだ形だ。しかも目論見通り、俺のパーソナルスペースには入られていない。

 これなら、リディアにだけ、一方的にドキドキさせることが出来るはずだ。

 いや、実際、リディアに意識させることには成功したと思う。俺が説明するたびに、リディアはちらちらと俺を見ては恥ずかしそうにしていたから。

 だけど――


「ねえアルトさん、ここについてもう少し詳しく教えてくれる?」


 頬を朱に染めたリディアが、肩口に零れ落ちた髪を指で払いながら俺に視線を向ける。その横顔が……むちゃくちゃ可愛かったりする。

 しかも……ふわりと払った髪から凄くいい匂いがしてくる。

 シャンプーの匂い、なのかな? キャラメイキングに匂いなんて項目はなかったけれど、もし設定することが出来たのなら、きっとこんな匂いに設定していた。

 なんというか、リディアが女の子であることを強く意識してしまう。


 それに――と、俺が選んだブラウスに視線を向ける。

 俺が選んだのは、肩出しのブラウスだ。決して胸元が開いているようなデザインではない。正面から見れば、胸元の開き具合は普通のブラウスと変わらない。

 でも、俺がいるのは彼女の真横。

 しかも俺の方が背が高いから、リディアを少し見下ろす形になっている。


 だから、なんというか……胸元が見えてしまいそうなのだ。

 もちろん、実際には見えない。ブラウスと胸元のあいだに隙間なんてないし、もし隙間があったとしても、胸が見えるようなデザインではない。

 それでも、見えてしまいそう――という意識を消すことが出来ない。それに胸元は見えなくても、胸の膨らみはありありと分かってしまう。

 自分の好みを体現した女の子を相手に、意識するなと言うのは無理な注文だ。


 もちろん、出来るだけ見ないようにはしている。

 でも、リディアの胸元は、参考書と顔のあいだにある。視線を行き来するたびに、視界にリディアの胸元が映り込み、そのたびにリディアが女の子であることを意識してしまう。


 っていうか、なんなんだよ、この甘ったるい空間は!

 いいか、俺は真剣なんだ。これはラブコメじゃない。リディアを俺に惚れさせ、惚れた弱みで俺を殺せないように誘導する。命を懸けた戦いなんだ!

 なのに、なんで……なんで、俺の方がドキドキさせられてるんだよ!?


 そもそも、いままではドレスを中心に身に着けていたのに、なんで急に俺好みの服ばっかり着るようになってるんだよ? なんなの? 俺を惚れさせようとでもしてる訳?


 いや、分かってる。自意識過剰だ。そんなはずないって分かってる。でも、そういうふうに見える。それだけで、もう、もしかしたら……って意識させられている。


 だいたい、リディアは最初、俺のことを警戒していた。いまのところ、俺が魔王の後継者だと気付いた素振りはないけれど、俺を口説く理由も存在しない。


 いや、動揺を誘って、俺の正体を暴こうとしている、とか? 全部演技という可能性はありそうな気がする。少なくとも、リディアはそれが出来るくらいにはハイスペックだ。


 とにかく、絶対に俺が惚れる訳にはいかない。いかないんだけど……俺好みの子が、俺の好みの服を着て、隣ではにかんでる。なのに惚れたらバッドエンドとか地獄なんだけど!


 っていうか、強すぎだろ!

 パーソナルスペースには入られていないのに、リディアに意識させられるとは思わなかった。言うなれば、有利な状況で挑んでいるのに、強烈なカウンターを喰らった気分だ。


 だいたい、リディアは俺が魔王の後継者だということを知らないはずなんだ。

 対して、俺はリディアが天敵だと知っている。惚れたら破滅すると分かっているのに、それを知らないリディアに負けそうになっている。

 まさか、リディアがここまで強敵だとは思わなかった。


「……少し早いけど、今日はこれくらいにしよう」


 拳を握り締めて敗北を認め、苦渋の思いで撤退を決断する。

 なのに、リディアが追撃を掛けてくる。


「じゃあ、残った時間はダンスの稽古に付き合ってくれるかな?」――と。


    8


 護身術の座学を終えた直後、私はアルトさんから視線を逸らして胸を押さえた。

 鼓動がうるさいくらいに高鳴っている。

 もう少し授業を続けていたらどうにかなっていたかもしれない。それくらいに真横にアルトさんが座るというシチュエーションはヤバかった。


 って言うか!

 私の理想を体現したアルトさんが、私の選んだ服を着て、隣で囁くように勉強を教えてくれるんだよ? なにその状況、私を落とそうとでも思ってるの!?


 ……なんて、そんなはずないよね。

 そもそも、アルトさんは最初、私のことを警戒していた。私が聖女だと気付いた素振りはいまのところないけれど、私を口説く理由だってないはずだ。

 ……うぅん。もしかして、怪しんでいるから、なのかな? 私を動揺させて、私の正体を暴こうとしている、とか?


 だとしたら――好意的に見えるのは演技!?

 あ、あり得る。

 最近は好意くらいは抱かれているかも――なんて思ってたけど、全部見せかけだった可能性もあるよね。それに、多少の好意程度じゃ、正体がばれたときに手のひらを返される。

 気を引き締めよう。

 そして、必ずアルトさんを私に惚れさせてみせる。

 そう決断した私は、ここで引くのではなく、反撃の一手を繰り出すことにした。


「じゃあ、残った時間はダンスの稽古に付き合ってくれるかな?」


 これが、私のひねり出した反撃の一撃。

 隣に座るアルトさんを意識したとき、異性と向き合ったときは男性が先に意識して、異性と並んだときは女性が先に意識するって話を思い出したんだよね。

 もちろん、そういうケースが多いってだけで、絶対にそうという話じゃない。ただ、私に限れば、正面に立たれるよりも横に立たれる方が意識するのは事実だ。


 だから、アルトさんにはダンスの稽古に付き合ってもらう。正面から向き合えば、私よりもアルトさんの方が先に意識するはずだから。


「アルトさん、お願い出来る?」

「……え、いや、その。俺はダンスなんてしたことがないから」

「なら、私と一緒にしよ?」

「え? あ、あぁ、練習の話か。いや、練習なら上手い人とした方がいいだろう?」


 アルトさんはなにかと理由を付けて逃げようとする。

 でも、他の人だと意味がない。


「ダンスが苦手な人と踊る練習もしたいと思ってたんだよね。だから、ね?」


 アルトさんと反対側の腕をテーブルに突いて身体を捻り、斜め前からアルトさんを見上げる。いまの位置はきっと、アルトさんのパーソナルスペースに入り込んでいる。

 その予想は正しかったようで、彼の視線は私の顔から下へ、そのまま周囲を泳ぎ始めた。


「リディア、その体勢は、その……」

「アルトさんは、私と踊るの……嫌?」

「い、いや」

「……嫌なの?」


 誤解した振りで、ちょっぴり悲しそうな表情を作ってみせる。


「いやいやいや、嫌って分けじゃなくて……その。あぁもう、分かったよ!」

「やったぁ」


 思わず演技を忘れて喜んでしまう。

 魔王の名を継ぎし者なんてヤバイ称号を持っているけど、なんだかんだ言って優しいんだよね。……私が聖女じゃなければ、これからもずっと、こんなふうに接してくれたのかな?

 ……っと、いけない。

 ネガティブになってる場合じゃないよ。


「それじゃさっそく、ダンスの稽古場に行こう」


 すっと席を立って、隣に座るアルトさんに手を差し出した。



「とうちゃーく」


 アルトさんと稽古場へとやってきた。護身術を習う野外の訓練所とは別で、ダンスや礼儀作法の稽古に使うこの部屋は板張りになっている。

 扉を開けて部屋に入った私は、そこにダンスの先生がいることに軽く目を見張った。


「あら、ミモザ夫人、ずいぶんとお早いですね」

「わたくしは音楽を奏でる魔導具の確認をする予定だったのですが……そうおっしゃるリディアお嬢様もずいぶんとお早いですね。なにかございましたか?」

「私は彼と練習をしようと思いまして」

「……彼?」


 ミモザ夫人がアルトさんへと視線を向ける。

 こういった場合、私が紹介するのが一般的だ。


「ご紹介が遅れました。彼はアルトさん。私の恩人で、現在はホーリーローズ伯爵家に剣客として滞在しており、私の護衛をも務めてくださっています」

「まあ、貴方が噂のナイト様ね。もしかしてお邪魔だったかしら?」

「い、いえ、そんなことは――ありませんよ」


 アルトさんと接していた名残で、素が滲んでしまっていることに気付いた私は慌てて取り繕った。でも、それが丸わかりだったのか、ミモザ夫人は微笑ましそうな目で笑った。

 私は恥ずかしさにスカートの裾を握り締め、コホンと咳払いをした。


「ええっと、アルトさん。彼女はリーヴィル子爵家のミモザ夫人だよ。ダンスがとても上手だと評判で、無理を言って私の先生をしてもらっているの」

「そうなんだ。なら、俺はいなくても平気そうだな」


 あっさりと。本当にあっさりと、そう言って踵を返してしまった。って言うか、一度は了承したのに、こんな風に逃げようとするなんて酷くない?

 そう思った瞬間、私はアルトさんの腕をぎゅっと摑む。


「……アルトさん、私の練習相手になってくれるって、いったよね? それにミモザ夫人は魔導具の確認中だっていったよね?」


 笑顔で問い掛けるけど、その笑顔はちょびっと引き攣っていたかもしれない。

 私から不穏な気配を感じ取ったのか、アルトさんが気圧されたようにこくこくと頷く。っていうか私、天敵相手にこんな態度をとって……危なくない?

 なんて、今更かな。

 惚れた弱みを作るには、少しくらい踏み込まないとダメだ。そしていまは踏み込むべきところだ――と、アルトさんの真正面、四十センチくらいの距離に詰め寄った。

 そうして上目遣いでアルトさんを見上げる。


「それじゃ、さっそく、ダンスのお相手をしていただけますか?」

「わ、分かったよ」


 私の顔から視線を落とし、そこから視線を泳がせる。さきほど、勉強部屋でもやっていた仕草。やっぱり、アルトさんは正面から詰め寄られるのに弱いみたいだ。

 さあ、反撃開始だ――と、私はアルトさんの懐に飛び込んだ。


 でも、私は完全に失念していた。

 正面で向き合った場合、男性の方が先に意識するのはたしかだけど、ダンスをするくらい密着したら、女性のパーソナルスペースにだって完全に入っちゃう、という事実に。


     9


 リディアのダンスの稽古に付き合う。それはつまり、リディアを自分のパーソナルスペースへ引き込むことだ。だからドキドキさせられてなるものかと警戒をしていた。

 でも、リディアはそんな俺の警戒を軽々と飛び越えてきた。


 具体的に言うと、前屈みで俺を見上げる仕草を多用してくるのだ。

 肩出しのブラウスを身に着けているのに――だ。


 もちろん、先にも言ったように、リディアが身に付けているブラウスは、決して胸元が大きく開いたようなデザインじゃない。肩が出ていることを除けば、比較的大人しいデザインだ。


 でも、だけど、いくらなんでも前屈みは危険だと思うのだ。

 実際、服の隙間から胸元が見える――なんてことにはなっていない。でも、見えそうにはなっている。少なくとも、俺がそう思う程度には。

 しかも、リディアの上目遣いが可愛くて、そこから目をそらすと胸元が視界に入ってしまう。もうなんというか、もし狙ってるのならあざとすぎると思う。


 いや、さすがにそれはないと思うけどさ。

 なんにしても、リディアの反撃には凄まじい破壊力があった。

 っていうか、隣り合うように計算して攻めたら、正面に立って攻めてくる。この世界にパーソナルスペースなんて概念があるとは思えないんだけど……偶然なのかな?


 ……いや、もしかしたら、偶然じゃないかもしれない。隣に立たれるとパーソナルスペースに入られて警戒するから、無意識に正面に立つようにした。

 そんな可能性ならあるかもしれない。


 ――とか、色々考えていたのはダンスの稽古が始まるまでだ。


「ほ、ほら、アルトさん。そこは私の動きに合わせて」

「あ、ああ、分かっては、いるんだけどさ」


 ダンスの種類はワルツだった。

 ゆったりとしたテンポに合わせ、互いの身体を密着してステップを踏む。


 そう。互いの身体を密着させるのだ。

 具体的には、互いの背に腕を回すような体勢。


 ――って言うか、近すぎるだろ!?

 パーソナルスペースがどうのってレベルじゃない。抱きしめ合っているよりはまし――レベル。当然、リディアからいい匂いがするし、温もりだって伝わってくる。

 なんなら、俺がステップを覚えていないせいで、互いの身体がぶつかったりする。


 しかも超至近距離で、俺はリディアを見下ろしている。その視界の下の方には、リディアの胸元が必然的に映り込む。なのに、視線を外すと、いまの俺はステップが分からなくなる。

 こんなの、どうしろって言うんだよ!


 しかも、なんかリディアも恥ずかしそうだ。

 なんなの? そんなに恥ずかしそうにするなら、なんで俺を稽古相手に選んだ?

 意味が分かんない。まさか、俺とダンスが踊りたかった……なんてことはないはずだ。なにか、他に理由があるとしか思えない。


 たとえば……そう。

 俺が逃げられないよう摑んで、いままさに殺すタイミングをうかがっている、とか。

 いや、さすがにないな。俺を殺す機会ならいくらでもあった。少なくとも、現時点では俺を殺そうとはしていない。そもそも、俺の正体には気付いていないはずだ。


 だとしたら、俺が落とそうと頑張ったあれこれが効いている? その結果がこの稽古だとしたら……リディアは俺に惚れている?

 俺の好みを体現した彼女が……俺に? もしそうだとしたら、それはなんて……い、いや、そう判断するのは時期尚早だ。落ち着け、冷静になれ。


 そもそも、これは命を懸けた戦いだ。

 ちょっと好意を抱いた――程度ではダメだ。俺がリディアの天敵、魔王の後継者であると知ってもなお、命を奪えなくなるほどの恋心を抱かせなくちゃいけない。


 でも、それがどの程度の恋心なのか分からない。分からないなら、ただ全力で惚れさせるしか方法はない。だから――と、俺はリディアに笑いかけた。


「ダンス、思ったよりも面白いな」

「……ほんと?」

「ああ。相手がリディア、だからかな?」

「~~~っ。わ、私も、アルトさんと踊るの楽しいよ」


 強烈なカウンターを喰らった。やっぱり真正面から戦いを挑むのは無謀だ。ひとまず、いまはこの状況を切り抜けるのを優先してダンスに集中しよう。

 そうしてしばらくステップの練習に集中する。


「だいぶ様になってきたね。次はアルトさんがリードして見る?」

「え? いや、俺はまだちゃんとはステップを覚えてないぞ」

「大丈夫、私がアルトさんに合わせるから」


 リディアがなんの気負いもなく言い放った。

 ダンスの基本はリード&フォロー。つまり、男性のリードを女性がフォローする。男性がどんなステップを踏んだとしても、それに追随するのがフォローする、ということ。


 でも、そこまで踊れる人はまずいない。決まったルーティーン、あるいは決まったステップを踏む。リード&フォローは、その大枠にそうのが一般的だ。

 なのに、リディアはステップの踏み方すら知らない俺に合わせるといった。


 本当にそんなことが出来るのか?

 俺はいきなりバックステップを踏む。ダンスのステップとは言えない、ただのバックステップ。だけど――リディアはそれに遅れることなく付いてきた。

 マジか――と驚きながらもターン。サイドステップを踏み、それからさっき覚えたばかりのナチュラルスピンターンをおこなった。

 リディアはそれらに完璧に合わせてきた。


 すごい――と、心の中で喝采を上げた。

 同時に理解する。これ、たぶん、剣での戦いと基本は一緒だ――と。

 相手の動きに対応した動きを返す。それは、剣で斬り結ぶときの動きと変わらない。違うのは、あくまで合わせることが目的で、相手の動きを潰す訳ではない、ということだ。


 でもこれならいける。

 近接戦闘や身体能力を司るスキルレベルが軒並み6。――聖女には遠く及ばないけれど、超一流の域に達する能力を持ついまの俺なら合わせられる。


「なんとなく分かってきた。次はリディアがリードしてくれ」

「分かった。じゃあ――行くよ」


 リディアが俺に変わってリードを始める。

 大きな一歩、きゅっとフローリングの床をならして半回転。いきなり俺の知らないステップだ。しかもワルツのリズムは一定だから、一歩が大きい分だけ動きが早くなる。


 一歩を踏み込んだと思ったら、サイドステップを踏む。反応に遅れそうになったそのとき、リディアが俺の腕を軽く引き、それに合わせて重心を移動させた。


 そうか――重心や視線を見ればいいんだ。近接戦闘のようにフェイントはない。素直に、リディアの動きを読み取って――ここ。


「……え? アルトさん、いまのは……?」


 リディアが目を見張った。

 知らない順序――ルーティーンに組み込まれた、知らないステップ。次になにが来るかまったく分からない状態で、俺がリディアと同時にステップを踏んだからだ。


「さすがアルトさん。そこまでフォローできるのは一流の人でも珍しいよ」

「リディアのリードが上手いからな」


 素人の動きは逆に読みにくかったりする。近接戦闘のスキルが低いにもかかわらず、リディアのリードがここまで分かりやすいのは、ダンスのスキルが高いからだ。

 でも、それは俺がキャラメイクで習得したスキルじゃない。


 努力家――なんだな。今更ながらに、俺がこの屋敷に来てからもずっと、リディアが様々な習い事に打ち込んでいることに思い至った。

 聖女として習得可能なスキルがすべて10。上限を突破する能力を秘めているとはいえ、人類的には伝説のレベル。そんな能力を持ちながらも努力を怠らない。


 ひたむきな努力家で、明るい性格のリディアが、本当に俺を殺そうとするだろうか?

 もちろん、俺が魔王の後継者として覚醒――というか、悪事を働いたのなら分かる。でも、俺が魔王の後継者という称号を持っている、なんて理由だけで俺を殺そうとするだろうか?


 ……しない気がする。

 もしかしたら、読まなかった説明になにか書いてあったんじゃないか? 聖女が天敵で、序盤から俺を殺す可能性がある。その一文を見た俺が、誤解しているだけかもしれない。


 分からない。

 でも、いまだけは――


「リディア、もっと難易度を上げてくれ」

「言ったね? じゃあ――試してあげる」


 いたずらっ子が顔を覗かせた。リディアは『どこまでついてこれるかな?』とばかりにステップを踏み始める。それは大胆で、だけどとても優雅なワルツ。

 いつしか、俺の中からリディアに対する恐怖が抜け落ちていた。同時に、自分の理想の女の子と密着しているという意識も抜け落ちた。

 そうして残ったのは、ただ純粋に楽しいという思い。リディアのリードに合わせて踊る俺は、たぶんこの世界に来てから初めて、心から笑った。


     10


 リディアのリードに合わせてステップを踏む。言葉に出さずとも、二人の意志が一つになる一体感。その心地よさに身を任せていると、不意に音楽が止まった。

 それと同時、パチパチと拍手が鳴った。


「とても情熱的なダンスを見せていただきました。ですが、いくらなんでも連続で踊りすぎです。そろそろ休憩をなさってください」


 口を開いたのはミルザ夫人、リディアのダンスの先生だ。そういえば、彼女が同じ部屋で音楽を奏でる魔導具のチェックをしていたんだった。

 ダンスに夢中になるあまり、彼女の存在をすっかり忘れていた。それはリディアも同じようで、ミモザ夫人の言葉を聞いて我に返ったのか、慌てたように俺からその身を離した。


「す、すみません、ミモザ夫人。さっそくレッスンを始めましょう」

「まあ。リディアお嬢様は気付いていらっしゃらなかったんですか?」

「え、気付く、ですか?」

「ええ。わたくしの授業時間はとっくに過ぎていますよ。十曲以上踊っていましたから」

「え、そんなに!?」


 リディアが素の声で叫ぶ。

 ……って言うか、そんなに踊ってたんだ。リディアに合わせるのが楽しくて、どれくらい時間が経ってるかとかまったく気にしてなかった。


「という訳で、今日はアドバイスだけにいたしましょう」

「は、はい。お願いします」


 リディアは気まずそうだ。でもミモザ夫人は気にした素振りを見せずに総評を口にする。


「感情のこもった素敵なダンスでした。ただ、リディアお嬢様は、視線やリードを意識するあまり、予備動作が大きくなりすぎですね。特に視線はもう少し自然にしてください」

「分かりました。気を付けます」


 あぁ……なるほどな。たしかに、リディアの重心移動や、視線誘導は分かりやすかった。

 でも、ミモザ夫人の指摘はもっともだ。

 リディアはダンス中に、視線をあちこちへ飛ばしていた。俺をリードするという意図では完璧だったけど、ダンス中にそんなキョロキョロするな、と言われても仕方ない。

 そんな感じでリディアへの指摘を終えると、ミモザ夫人は俺に視線を向けた。


「それからアルトさん。とても初めてとは思えない素晴らしいダンスでした。ただ、知らないステップだから無理はありませんが、正確性や優雅さが足りませんでしたね。もしダンスに打ち込むつもりがあるのなら、ただしいステップを覚えることは重要ですよ」

「ご指摘に感謝し、精進するようにします」


 リディアの練習に付き合っただけだけど、彼女とのダンスは面白かった。またあんな時間を過ごせるなら――と、俺はちゃんと練習することを決意した。



 ――と、既に気付いた人もいるだろう。

 ダンスを境に、俺の心境に変化が訪れたのだ。

 リディアを惚れさせるという目的自体は変わっていない。でも、惚れた弱みをリディアに作って、自分が殺されないようにするためという意識は薄くなった。

 そんなことをしなくても、リディアなら分かってくれるかもしれないと思ったから。


 もちろん、現時点で、自分が魔王の後継者だなんて名乗って無事に終わるとは思えない。でも、惚れさせなくても、俺のことをちゃんと知ってもらえれば大丈夫だと思うようになった。


 かもしれないであって、絶対じゃない。だから、リディアを俺に惚れさせる作戦は撤回しない。それでも、以前のような必死さはなくなった。

 なにより、俺の仲の警戒心が薄れることで、リディアの警戒心も薄れたように思う。


 俺はリディアの護衛として行動をともにして、護身術を教える代わりに、ダンスの稽古に付き合ってもらう。みたいな日々を送る。



 そうして一週間ほどが経ったある日。

 エリザベスさんに呼び出された俺は彼女の執務室に足を運ぶ。ノックをして部屋に入ると、エリザベスさんとリディアが話をしているところだった。


「タイミングが悪かったようですね。出直します」

「いいえ、リディアのことでアルトさんを呼んだのです」


 そう言われ、俺は部屋に入ってリディアの横に並ぶ。

 リディアのことってなんだろう?

 ……もしかして、リディアと仲良くしている件か? いまさらだけど、リディアは伯爵令嬢だ。そんな彼女と、どこの馬の骨ともしれぬ俺が仲良くするのは外聞が悪い。

 でも、距離を取れと言われたら……嫌だな。

 そんな想いを抱く俺に、けれどエリザベスさんは思いもよらぬことを言った。


「もうすぐリディアの誕生日なんです」

「それはお祝いをしないとですね」


 リディアと仲良くしていることを咎められなかったと安堵すると同時、なにをプレゼントをしたらリディアは喜んでくれるかな? なんてことを思い浮かべる。

 そこに、リディアを惚れさせるため――という意識はなかった。

 そんな自分の心変わりを自覚して心の中で苦笑する。


「実は毎年の恒例として、付き合いのある者達を屋敷に招いて、リディアの誕生パーティーを開催します。そこに、リディアのエスコート役として参加してくださいませんか?」

「……はい?」


 ……エスコート役って、つまりパーティーのパートナーだよな? 詳しいことは知らないけど、ああいうのって、家族とか恋人、あるいは婚約者が務めるものなのでは?

 そんなふうに困惑する。

 リディアも知らなかったのか、彼女もまた驚いた顔をしていた。


「あの……なぜ俺にそのようなことを?」

「理由はいくつかあります。ですが一番の理由は、パートナーとして側にいて、リディアを護って欲しいからです」

「……護衛ですか? 招くのは付き合いのある者達だけなんですよね?」


 一体誰から護るのか? という疑問。それに返ってきたのは、ある意味では予想通りの、だけど、俺が考えないようにしていた答えだった。


「娘を狙っているのはおそらく、魔王を崇拝する教団の者達です。なぜなら、娘は――」

「――お母様っ!」


 リディアが鋭い声で遮った。それを受けて、俺も気が付いた。エリザベスさんが、リディアが聖女であることを明かそうとしたのだと。


 ……そうか。

 エリザベスさんは知っているのか。

 だとすれば危なかった。リディアは俺には聖女であることを隠している。もしその事実を聞かされていたら、ややこしいことになるところだった。


 だけど……ああ、そうだよな。リディアを取り巻く魔王関連の問題は現在進行形だ。なのに俺はどうして、終わったことのように考えていたんだろう?

 彼女は聖女で、魔王の天敵だ。俺が天敵である聖女に殺される危険があるように、聖女もまた魔王や、その関係者に殺される危険をいまも抱えている。


 たしかに、いま現在のリディアには、俺が魔王の後継者だからという理由だけで、俺を殺すほどの動機はないのかもしれない。


 だけど、今後はどうだろう? リディアはまた魔王を崇拝する教団に攫われるかもしれない。家族や知り合いが、魔王の関係者に殺されるかもしれない。

 リディアはそれでも、魔王の後継者である俺を殺さずにいてくれるだろうか?

 そんなことはあり得ない。


 考えが甘かった。

 他人から見れば、魔王を崇拝する教団は、魔王の後継者である俺の身内みたいなものだ。彼らの悪事を止めなければ、いつか俺が報いを受けることになるだろう。

 それを防ぐためには、知らぬ存ぜぬで押し通すだけじゃダメだ。

 俺が自ら、魔王を崇拝する教団を止めなければならない。


 だから――


「事情は分かりました。リディアのパートナー役、謹んでお受けいたします」


 俺は生き延びるため、新たな決断を下した。


     11


 やはり、惚れた弱味を作ることは重要だ。

 その上で、リディアがこれ以上、魔王に敵意を抱かないように気を付けることも重要。そんな結論に至った俺は、リディアのパートナーとしてパーティーに出席することにした。

 でも、護衛のためとはいえ、そんなことをして本当に大丈夫なんだろうか?


 農村出身で、身寄りを失って旅人になった俺に、社交界の常識は持ち合わせていない。ただ、俺としての知識によれば、パートナーを務めるのはごく親しい者だ。

 それこそ、家族でなければ恋人や婚約者が一般的だ。


 なのに俺がパートナーを務めるなんて、周囲から、俺がリディアの恋人と勘違いされるのでは? いや、俺の目的を考えるとありなんだけどさ。

 エリザベスさんは、どうしてそんな選択をしたんだろう?

 ――ということを、廊下で出くわしたエリスに聞いてみた。


「エリザベス様が、リディアお嬢様のパートナーに貴方を選んだ理由ですか?」

「そうそう。普通、家族か恋人が選ばれるだろ?」

「それはもちろん。エリザベス様が、貴方をリディアお嬢様の伴侶にと考えているから――とか言われるのを期待しちゃってますか?」


 ニマニマと聞こえてきそうな顔で言われた。

 明らかにからかおうとしているエリスに、俺は仏頂面になった。


「期待してる――と言うとでも思ったか? 俺じゃ、明らかに身分が足りないだろ」

「まるで身分以外は不足なしと言いたげですが……まあその通りですね。もしもアルト様が貴族の家に生まれていれば、令嬢という令嬢が熱を上げたことでしょうから」

「揚げ足を取るなよ。俺が知りたいのはエリザベスさんの思惑だ」


 俺はリディアを惚れさせたい。そういう観点で、リディアのパートナーになるのは望むところだ。だけど同時に、正体を隠すために目立ちたくない、という事情も抱えている。

 エリザベスさんがなにか企んでいるのなら、警戒するのは当然だ。

 変な期待をして聞いている訳じゃないと示すため、俺はエリスに詰め寄った。そうして壁際に追い詰めて、逃げられないように壁に手を突いた。


「もう一度聞くぞ。エリザベスさんはなにを考えているんだ?」

「ア、アルト様、リディアお嬢様がいらっしゃるのに、私にこのようなまね……どうかお止めください。修羅場になっても知りませんよ?」

「だから、そうやって言い逃れを――」


 するなと、最後まで言うことは出来なかった。背後から言いようのない殺気を感じた俺は反射的に振り返る。そこには、なぜか満面の笑顔を浮かべたリディアが立っていた。

 いや、笑顔って言うか、目がぜんぜん笑ってないんだけど。


「リ、リディア?」

「なんですか、アルトさん」


 笑顔を貼り付けたリディアが怖い。な、なんで、こんな殺気を纏ってるんだ? ……って、まさか! 俺がエリスを襲おうとしていると勘違いしているのか!?


「ち、違うぞ?」

「あら、なにが違うんですか?」

「俺はエリスに話を聞いていただけだ」

「へぇ、それはそれは。今夜の予定とか、恋人の有無とか、色々と聞きたいことはおありでしょうからね。ええ、まったく、エリスは私よりも美人だし、胸も大きいですからね!」


 いきなり、エリスが咽せたように咳き込み始めた。

 ……風邪か?

 というか、なんか思っていた反応と違う。


「もしかして、俺がエリスを口説いてると誤解して怒ってるのか?」

「な、なななっ! そ、そんなはずないでしょう!?」

「そ、そうだよな。変なことを言って悪かった」


 ヤバイ、またエリスに、変な期待をしてるのかとか揶揄される。

 俺にとってのリディアみたいに、俺がリディアの好みを体現した外見をしてる――とかなら話は別だろうけど、伯爵令嬢が一介の旅人である俺にこんな短期間で惚れるはずがない。

 まあ……惚れてくれたら楽なんだけどさ。


「わ、分かればいいのよ。それで、実際はなにを聞いていたの?」

「俺がリディアのパートナーに選ばれた理由だよ。護衛をするだけなら、使用人のフリをするとか、他に方法はあるだろう?」

「あぁ、それは虫除けを兼ねているから、じゃないかしら」

「……虫除け? あぁ、リディアが可愛いからな」

「かわっ!? もう、からかわないでっ!」

「からかってるつもりはないんだけど。まあいいや。とにかく、言い寄る男がいて、そいつを近付かせないためには、手頃なパートナーが必要だった、ってことだろ」


 使用人として同行しても、言い寄ってくる男は止められない。でも家族以外の異性をパートナーに連れていれば、言い寄ってきた男を牽制するのに使える、ということだ。


「まあそういうことね。アルトは格好いいし、虫除けには最適だもの」

「かっ!? か、からかうなよ」


 たしかに、俺の容姿は整っている。自画自賛という訳じゃなく、俺という意識が感じた客観的な感想だ。だけど、それをリディアにそう言われるのはくすぐったい。


「からかってるつもりはないのだけど……まあいいわ。とにかく、お母様は虫除けのつもりで貴方を私のパートナーにしたんだと思う。お母様は身分とか気にしないから」

「なるほどなぁ……」


 エリザベスさんは、婿養子を迎えて当主になった前当主の娘だ。女性蔑視が強いこの世界で当主になるくらいだから、そういう偏見を嫌っているのだろう。

 そう考えれば、虫除けに俺をというのは、納得できる理由ではある。もちろん、それがすべてかどうかは分からないけど、そういった思惑があるのは事実だろう。

 だとすれば、リディアを口説くために許容できる範囲のリスクだ。


「事情は分かった。でも、リディアはそれでかまわないのか?」

「……どういうこと?」

「いやだって、俺と恋人だって勘違いされるだろ?」


 問い掛けると、リディアはハッと目を見張って、それから頬を朱に染めてはにかんだ。次の瞬間、彼女は後ろ手に手を組んで前屈みになり、俺の顔を見上げる。


「――アルトさんとなら、勘違いされてもかまわいよ」


 絵になりそうな仕草。

 リディアの可愛らしさに、思わず意識を持っていかれそうになった。って、だから、俺はリディアを惚れさせたいのであって、リディアに惚れる訳にはいかないんだって。

 落ち着け、俺!


 深呼吸を一つ、俺はリディアに視線を戻した。


「そういう冗談は勘違いする奴が出てくるから止めておけ」

「……うん、そうだね」


 リディアは小さく笑う。その表情がどこか寂しげに見えたのは……まあ気のせいだろう。彼女はすぐに上半身を起こすと「とにかく、パートナー役をよろしくね?」と笑った。


「ああ、任せておけ」

「うん、ありがとう。それじゃ、私は礼儀作法のレッスンがあるからもう行くね」


 リディアはそういって踵を返す。

 廊下の突き当たりを曲がると、角の向こうへと消えていった。だけど俺が視線をハズそうとした瞬間、角の向こうから上半身だけを覗かせる。


「アルトさん、私、誤解されて困るような冗談は言わないよ」


     12


 誕生パーティーの当日。パートナーとして、リディアをエスコートすることになった俺は、エリスが選んだ礼服を身に付けてリディアを迎えに行った。


 部屋の前で待っていると、上品に着飾ったリディアが姿を見せる。

 彼女が身に付けるのは、ノースリーブ&スカート部分がアシンメトリーになったAラインのドレス。ドレスでありながら、俺の好みを見事に反映したデザインだった。


「お待たせ、アルトさん」

「いや、いま来たところだ。それより、その……似合ってるぞ」

「あ、ありがとう。アルトさんも似合ってるよ」

「……そっか」

「うん」


 本来なら、褒めちぎってリディアを俺に惚れさせるチャンス――なんだけど、先日のリディアの言葉が脳裏から離れず、まともにリディアの顔を見ることが出来ない。

 っていうかさ? 誤解されて困るような冗談は言わない――なんてまるで、リディアが俺を好きだって、俺が勘違いしても困らない――って、言ってるみたいじゃないか。


 だとしたら、リディアは既に俺に惚れている?

 いや、そうとは思えない。

 そもそも、勘違いされて困らないというだけで、ほんとに困らないだけかもしれない。たとえば、俺が魔王の後継者だと知らないから、これからも護衛にしようと思っている、とか。


 ……いや、いまはそのことを考えるのはやめよう。

 今回のパーティーで最重要なのは、リディアをちゃんと護ることだ。リディアに惚れた弱みを作るよりも、魔王の関係差に対する敵愾心をこれ以上植え付けないようにするほうが先だ。

 だから――と、俺はリディアに右手を差し出した。


「リディア、お手をどうぞ」

「ありがとう、アルトさん」


 呼び方はそのまま。だけど俺は、礼儀作法の先生から教えてもらった通り、エスコート役らしく振る舞う。それが伝わったのか、リディアもまた令嬢らしい雰囲気をその身に纏った。


 こうして、俺のエスコートによって、パーティー会場へ続く扉の前に立つ。係の者が扉を開けると、リディアの入場を知らせる声を上げた。


「アルトさん、準備はいいですか?」

「ああ、もちろん」


 リディアをエスコートしながら、会場へと足を踏み入れる。正面にある一階へと続く階段。その手すりの向こう側に、リディアを祝うために集まった参列客が詰めかけている。


 俺は事前に打ち合わせしていたとおり、階段の中程にある踊り場にまでリディアをエスコートする。彼女はそこで足を止めて参列客を見下ろした。


「本日は私の誕生パーティーにお集まりいただき、心より感謝申し上げます」


 リディアは凜とした声を会場に響かせ、それからぺこりと頭を下げた。それから会場を見回し、今度は柔らかな微笑みを浮かべる。


「心ばかりのお礼に、我がホーリーローズ家が抱えるシェフによる料理や、音楽を用意させていただきました。どうぞ、最後までお楽しみください」


 わずかに首を傾げて微笑する。その可愛らしい仕草に秘めた妖しい物腰。おそらく、意図的にやっているのだろう。さすが伯爵令嬢と、思わず妙な感心をしてしまう。


「それでは、皆さんのところへ行きましょう」

「……分かった」


 パートナー役として上手く振る舞えるかという心配はもちろん、リディアを外敵から守らねばという緊張もある。わずかな緊張を抱きつつ、俺はリディアと共に階段を降りていった。


 そうして会場に足を踏み入れれば、すぐに参列客達が集まってきた。

 多いのは、リディアと同じ年頃の子供達だ。ホーリーローズ家は、伯爵の中でも力を持っている家柄なので、親交を得たい者が多い、という話は聞いていた。

 でも、そう聞いて思い浮かべた予想よりもずっと多い。このままだと囲まれるのでは――と警戒するけれど、俺が危惧するような状況にはならなかった。

 子息子女はリディアを中心に一定の距離を保ち、遠巻きにしているような状況だ。それを疑問に思った俺は、リディアに小声で問い掛ける。


「……詰め寄ってきたりはしないんだな」

「社交界には、こういった事態を想定したマナーがあるからね」

「というと?」

「声を掛けるのは目上から、とか。礼儀作法の先生から聞いてるでしょ?」

「……あぁ、なるほど」


 たしかにそういった話を聞いた覚えがある。付け焼き刃で暗記して、理由までは考えてなかったけど……そうか、こういうケースを想定しているのか。


「とはいえ、それが適応されるのは親交のない相手だけ、なんだよね」


 リディアが小さく息を吐いた。その横顔はどこか嫌そうに見える。


「……親交がある相手ならかまわないのでは?」

「親交と言っても色々あるんだよ。……同じ派閥だから仲のいい振りをしてるけど、実はライバル心を剥き出しで面倒くさい相手とか」

「えらく具体的だけど――」


 モデルでもいるのか? という言葉は途中で呑み込んだ。

 視界の端に、揺れるピンク色の髪が目に映った。視線を向けると、リディアと同年代くらいの女性が、ワイングラスを片手に歩み寄ってくるところだった。


「ご機嫌よう、リディア様。三ヶ月と三日ぶりですね」

「そのように細かい数字は覚えていませんがご機嫌よう。ヴィオラ様」


 リディアがその整った顔に笑顔を張り付かせた。そう、自然に笑ったのではなく、作り笑いを浮かべたのだ。その時点で、面倒くさい相手が誰を指しているのかなんとなく察した。


「アルトさん、彼女はヴィオラ。スフィール子爵家のご息女ですわ」

「――リディア様のご紹介にあずかりました、ヴィオラですわ。我がスフィール家は、リディア様のご実家と以前から取引をさせていただいておりますのよ」

「俺――いえ、私はアルトです」


 そう名乗った瞬間、ヴィオラの表情がぴくりと動いた。


「あら、家名はございませんの?」

「はい、私は平民ですから」


 隠すことなく打ち明ける。このパーティーには、ホーリーローズ伯爵家と付き合いのある商家なんかも参加している。平民がいること自体はおかしいことではないからだ。

 もっとも、貴族の中には平民を見下す者も少なくない。平民だと知れば、態度を豹変させる者もいるかも知れないとは事前に聞かされていた。

 だから――


「まぁ、なんてことかしら! ホーリーローズ家のご令嬢ともあろうリディア様が平民の男をパートナーにするなんて、恥ずかしい真似はおやめになった方がよろしいのでは?」


 ヴィオラがそんなふうに豹変しても驚かなかった。でも、驚かなかったのは、ヴィオラの豹変にまでだ。その言葉に対し、リディアが過剰に反応するのは予想外だ。


「あら、平民だからというだけで、私のパートナーの相応しくないとおっしゃるの? それは我がホーリーローズ家の当主が女性であることを、遠回しに揶揄しているのかしら?」

「なっ!? どうしてそのような話になるのですか!」


 ヴィオラは意味が分からないと言わんばかりに動揺した。


「お母様も、女性に生まれたから、という理由だけでずいぶんと苦労しています。ですから私は、アルトさんが平民だから、という理由だけで見下したりはしませんわ」

「そ、それとこれとは話が別でしょう!?」

「本質的に同じだと申し上げているんです」

「また、貴方はそうやって屁理屈を……っ」

「理屈で負けそうになったら、屁理屈だというクセ、おやめになったらいかがですか?」

「こ、このっ! 人がせっかく忠告してあげているのに――っ」


 ヴィオラが怒りにその身を震わせる。刹那、彼女の身体が誰かに押されたようにつんのめった。瞬間、踏みとどまろうとした彼女が振り上げた手にはワイングラス。

 半ばまで注がれたワインが、弾みでグラスから飛び出した。


 おそらく、意図した行為ではないだろう。

 その証拠に、ヴィオラの顔は驚きに染まっている。


 だけど、理由がなんであれば、グラスからワインがぶちまけられたのは事実だ。

 そして、ワインの飛沫が向かう先には俺の身体があった。このままだと、ヴィオラが怒りにまかせて、俺にワインをぶちまけた――と、周囲の者は思うだろう。

 だから、俺は身体能力に任せてさっと身を翻した。

 だけど――


「……え?」


 呆けた声は、誰の口から零れたものか。俺が飛沫の行き先から退避するのとほぼ同時、とっさに割り込んだリディアのドレスがワインの飛沫を受け止めていた。


     13


 俺の身代わりとなって、リディアがワインの飛沫を受け止めた。

 最悪の事態だ。

 近くで見ていた俺は、ヴィオラのそれが故意でないと分かる。でも、離れていた者にとってはそうじゃない。ヴィオラがリディアにワインをぶちまけたと思うだろう。


 招待客の子爵令嬢が、主役の伯爵令嬢にワインをぶちまける。

 自殺行為もいいところだ。


 リディアは大聖女の称号を持っている優しい女の子だ。

 でも、それほど付き合いが長い訳じゃない。自分に楯突いたヴィオラに対し、伯爵令嬢としての彼女がどのような対応をするか俺には分からない。

 それはヴィオラも同じだったのだろう。強気な顔が恐怖に染まり、その唇が震えている。


「わ、わた、私は……っ」

「――黙りなさい」


 リディアはヴィオラの弁明すら許さなかった。

 そうして畳み掛けるようにヴィオラを責め立てる。


「さきほどから聞いていれば、私の客人に対する無礼な振る舞いの数々。許されるとでも思っていたのかしら? これ以上の醜態をさらすまえに退席なさい」

「ま、待ってください。私はただ――」

「おかしいわね。私の声が聞こえないのかしら? 私は退席なさいと言ったのよ?」

「……う、うぅ……っ」


 そのあまりの苛烈さにヴィオラは泣き崩れてしまった。その令嬢らしからぬ反応は予想外だったのか、リディアは思わずといった感じで右手で顔を覆った。

 そうして溜め息を吐くと、俺にちらりと視線を向けた。


「アルトさん、大丈夫?」

「え? ああ、リディアが庇ってくれたから大丈夫だよ」

「……そっか。じゃあ、私は少し着替えてくるね。それと……」


 彼女はそう言って、ちらりとヴィオラに視線を向けた。


「大丈夫、上手くやっておくから」


 俺がそういうと、リディアはなぜか引き攣った笑みを浮かべて退席していった。


     ◆◆◆


 ヴィオラの持つグラスから零れたワインの飛沫が、アルトさんに向かっている。

 それを見た瞬間、私は血の気が引く思いをした。


 一連の行動を見ていたから、それが故意じゃないことは分かる。だけど、世の中には事故で済ませられないこともある。魔王にワインを浴びせるとか自殺行為もいいところだ。

 怒りで本性を露わにした魔王が、パーティー会場の人間を皆殺しにする――なんて最悪の事態を思い浮かべた私は、反射的にアルトさんのまえに飛び出していた。

 翻ったドレスの裾が、ワインの飛沫を受け止める。

 しぃんと、パーティー会場が静まり返った。


「わ、わた、私は……っ」

「――黙りなさい」


 ヴィオラの弁明を遮った。

 彼女はさきほどから、アルトさんを侮るような言葉を口にしていた。ヴィオラの弁明が『ワインをぶちまけるつもりなんてなかった』ならまだいいけど、『リディア様に掛けるつもりじゃなかった』なんて言われたら、アルトさんの怒りの火に油を注ぐことになる。


 というか、ワインを掛けられそうになったアルトさんがどう思っているかが問題だ。

 アルトさんの性格を考えれば怒ってないと思う。

 でも、彼は魔王の名を継ぎし者。無礼な振る舞いには相応の仕返しをする可能性もある。というか、以前ゼルカが鑑定をさせて欲しいと言ったときも、アルトさんは怖い顔をしていた。


 だからさっさと退席させようとしたのに、ヴィオラはその場に泣き崩れてしまった。なにをやっているのよこの子は――と思わず顔を覆う。


 そして、そうこうしているあいだにも周囲の視線が集まりだしている。

 早めに着替えに退席しないと面倒なことになる。そうして色々な問題を天秤に掛けた結果、私は直接アルトさんの機嫌を伺うことにした。


「アルトさん、大丈夫?」――と。


 その答えは「リディアが庇ってくれたから大丈夫」というもの。

 どうやら、怒ってはいなさそうだ。たぶん、きっと。

 だから――


「じゃあ、私は少し着替えてくるね。それと……」


 私が席を外しているあいだに、ヴィオラを殺そうと思ったりしてない? ――とは口に出さずに探りを入れる。返ってきたのは「大丈夫、上手くやっておくから」という答えだった。

 ……それ、バレないように上手くヴィオラを殺すって意味じゃないよね?


 一抹の不安がよぎるけど、たぶん大丈夫。

 そう、たぶん。十中八九は大丈夫。十中一二は危ないけど、それをたしかめる術はない。お願いだから大丈夫であって! と祈りつつ、私は身を翻した。


 移動先は、パーティー会場の近くに用意した休憩室の一つ。

 エリスが着替えを用意するまで少し時間を潰し、ワインに濡れたドレスを脱ぎ捨て、その下に来ていたキャミソール姿になった私はエリスに着替えを催促する。

 だけど、いつまで経ってもエリスの反応がない。


「……エリス?」


 振り返ろうとしたその瞬間、視界の端にシステムメッセージが浮かび上がった。


『メインストーリー【魔王を崇拝する教団】が開始されました』

 

 

 お読みいただきありがとうございます。

 昨日から投稿を開始した『悪逆皇女は黒歴史を塗り替える』もよろしくお願いします。

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