墓守と死霊遣い ⑨
「いい加減諦めたら?」
ボディーガード要員の死体一体と共に太い木の枝に腰かけ、フレーダは腰かけた木の下で残りの美男子三体に切り刻まれるヒマツを眺める。
先ほどからどうにかしてヒマツを拘束しようとしているフレーダだったが、不死身のヒマツは自身の体がどれだけ傷つこうと抵抗をやめない。
「ねぇー、一緒に来てくれたら気持ちいいことシてあげるからさぁー」
タイトなドレスのスカートからセクシーな下着が見えるのも気にせず、いや、むしろ見せつけるように、木の上で足をバタバタさせるフレーダだったが、実を言うとこれは必要な動きでもあった。普通の死霊遣いは、アイダがそうしていたように、腕を動かすことにより死体を操るのだが、フレーダは指だけで死体を操ることもできれば、足で操ることもできる。そのほかにも口の動き、一つ一つの呼吸、胸の上で踊る髪の毛なんかの動きでも死体を操ることができる。つまるところ、フレーダの身動き一つ一つが死体の操作と直結しているのだ。これは代々死霊遣いの研究を生業としてきたフレーダの一族の技術の結晶であり、今となっては一族唯一の生き残りのフレーダにしか使えない特殊な技術である。
「がはぁ……うぐっ……」
何度も何度もナイフとフルーレで突き刺さされ、肉体に限界はなくとも精神にいずれ限界が来るだろうと考えていたフレーダだったが、どれだけむごたらしく攻撃しようと、ヒマツが抵抗をやめることはなかった。
「なによ、ちょーっと研究に協力してほしいだけなんだけどなぁー。お礼もたぁーっぷりシてあげる」
色っぽい笑みで誘惑するフレーダだったが、ヒマツは浮かない顔で必死の抵抗を続ける。
「リビング、がはっ……デッドの、研究?」
「そうそう、ていうか誰があんたをリビングデッドにしたわけ?」
「がぁっ!」
答える間もなく、フルーレがヒマツの肺を貫いた。
口から血を吐きながら、ヒマツがぐったりする。
とうとう諦めたかと思い、フレーダが三体の美男子にヒマツを抱えるよう指示を出せば、腕を抱えられたヒマツが再び暴れ出す。その際体に突き刺さったフルーレやナイフが傷口をぐちゃぐちゃにえぐったが、ヒマツがそれを気にする様子はなかった。
「はぁ……もっとたくさん死体持って来ればよかった。あと拘束具とか」
ヒマツは何度も死体の包囲網を潜り抜け、木の上から見下ろすフレーダのもとへ向かおうとしていたが、そのたびにフレーダは死体に指示を出し、ヒマツの足の腱をナイフで正確に切断して地面に叩きつけた。
「体中血と土でいっぱい……醜いったらありゃしない」
退屈そうに頬杖をつき、もはや人間の解体ショーとすら形容できそうな残虐行為をただひたすらフレーダは眺める。
だがそんなフレーダにも、懸念事項はあった。不死身のヒマツに対し、フレーダの操る死体は決して不死身というわけではないのだ。いや、死んでいるのだから不死身も何もないのだが、そういうことではなく、いつまでも動かせるわけじゃないということだ。ヒマツが暴れるたびに死体にダメージが蓄積され、いずれ壊れてしまうだろう。初め、フレーダは自分が操る死体が壊れるよりも先にヒマツが音を上げるだろうと予想していたが、フレーダの予想に反してヒマツは中々諦めなかった。
これ以上消耗戦を繰り返してもしょうがない。一緒に来た二人のうちどちらかが戦いを終えこちらへ駆けつけてきてくれれば話は変わるが、それはヒマツの方も同じだ。墓守サイドとマクートサイドに別れ、三つの戦いが行われているが、それぞれどちらが勝つかなんてフレーダには見当もつかない。もっとも、自分に関しては負けるはずなどないが。
「シンビーのジェイソン君が来てくれれば全部解決なのに」
あんな美しくもないでかいだけの死体なんて使いたくないと思っていたフレーダだったが、パワーに欠ける線の細い美男子の死体ではヒマツを力任せに連れていくこともできず、一体くらいなら用意した方がいいのかとやや真剣に考え始める。
そんなことを考えつつ、腰かける木の下で行われるスプラッタショーを眺めていたフレーダだったが、ここで墓地の方角から援軍が現れた。
しかしそれはフレーダではなく、ヒマツのものだったが。
「おいおい、最近の子供は加減というものを知らないのか? ヒマツ君が人体模型のようになっているじゃないか」
「アイダのやつ、なーにやってんのよ」
「彼女なら今、墓での永眠体験中だ。よかったら君もどうかな? 死霊遣いフレーダ君」
「いやよあんな汚い場所。イケメンが一緒ならちょっとは考えてもいいけど?」
余裕の笑みでにらみ合う二人。
ヒマツはヌビアの登場により安心したのか、その場に崩れ落ちた。
「遅いですよヌビアさん……あー、なんかもう口の中が血だらけで気持ち悪い」
そんな言葉は視線だけでバチバチと火花を散らすヌビアとフレーダには聞こえていない。
「あにゃ? 全員しゅーごーにゃ?」
そんな二人の間に割って入るように、うっそうと生い茂る林の中から、血だらけのさび付いたチェーンソーを携えたテトが登場する。
「テト、一応聞いとくけどなにそれ?」
やたらごつごつとしたチェーンソーを一度「ブイィィン!」と鳴らし、テトが満足げに答える。
「戦利品だにゃ」
「僕を見捨てて何やってたんだよ……」
「まあ色々あったのにゃー」
意気揚々と再びチェーンソーを肩に担ぎあげ、テトはギラリとした視線を木の上のフレーダに送ってくる。
「で、こっちも狩っていいわけ?」
テトの物騒な表情と言葉を、フレーダは冷ややかな視線で受け止めた。
「ネコ風情が調子乗ってんじゃないわよ」
「ああん?」
挑発に乗ったテトがヤンキーみたいな声を出してチェーンソーを振り上げ、フレーダに飛び掛かった。チェーンソーはかなりの重量のはずなのに、獣人であるテトは軽々と五メートル以上はあろうかという高さに跳躍する。
フレーダは無言で軽く指を動かし、隣で待機していた死体に、テトめがけて刀を投げつけるよう指示を出す。
「んにゃっ!? それ投げんのかよ!?」
予想外の攻撃にテトは一度空中でバランスを崩しつつも、なんとかそれを躱した。
その隙を利用し、フレーダは刀を投げ捨てた死体に自分を抱えさせ、木から飛び降りた。
「とはいっても、三対一じゃ流石に分が悪いかしら。死体も今日は四体しか持ってきてないし、おさらばさせてもらうわね」
その台詞と共に、フレーダを抱えた死体が逃げるように走り出す。
「あっ! 待つにゃ!」
テトが逃げるフレーダを追いかけようとしてきが、フレーダがヒマツめがけて投げキスをした瞬間、美男子の死体三体がその行く手を阻んだ。
「それじゃあヒマツ君、またさらいに来てあげるわよ」
その言葉を最後に、フレーダは薄暗い森の闇に消えていったのだった。
かくして、墓守達に被害はなく、マクートはメンバーの一人を失うという形を持って戦いは幕を閉じた。結果だけみれば墓守サイドの勝利だが、リビングデッドの発見はフレーダ個人にとっても、マクートという組織にとっても大きな収穫だろう。