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X次元の墓守  作者: さとー
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墓守と死霊遣い ④

「はぁ……流石に舌がちぎれたのは初めてだったけど、口の中が血だらけで気持ち悪かったなあ……」

 墓石の一つに腰かけながら、ヒマツはそんな独り言を漏らす。ヌビアが墓石を枕にしているのを注意したヒマツだったが、墓守という仕事にそこまで誇りを持っているわけではない。むしろこの仕事に誇りを持っているのはヌビアのほうで、だからこそああ尋ねたのだ。

 墓の上でぼんやりしていると、森のほうでカラスが大量に飛び立った。きっと次元の穴が開いたのだろう。

 次元の穴とは、その名の通り次元と次元をつなぐ穴のことで、ずっと開きっぱなしだったり、周期的に同じ場所に開いたり閉じたりする。この穴を通ることで次元と次元を行き来することができるのだ。

「そういえば、僕がここに来てから墓荒らししか来たことないな……今どき墓参りに来る人っていないんだ」

 寂しい話だ、なんてヒマツが思っていると、次元の穴が開いた方角から、タイトなドレスを身に纏った金髪の少女が現れた。十代に見えるが、大人顔負けの色香を振りまく不思議な少女だ。

 ヒマツはそそくさと立ち上がり、森と墓地の境界線にたたずむ少女のもとへ駆け寄る。

 墓地に来た客の相手をするのも墓守の立派な仕事だ。

「お墓参りですか?」

「いえ、人に会いにきたの」

 少女は若々しくもねっとりと絡みつくような声でそう言って、乳房の上に垂らしたツインテールをなでる。

 ヒマツは当然知り合いじゃないので、人に会いに来たとなるとヌビアかテトだろう。そう考え、とりあえずハウスに案内しようとしたが、今ハウスの中はヒマツの舌がちぎれたせいで血だらけということを思い出す。しょうがないので、ヌビアとテトのどちらに会いたいのか尋ねると、少女は、

「たぶんあなた」

 そんな謎の台詞を吐く。

「たぶん……?」

「あなた、最近ここで働き始めたっていう男の子でしょう?」

「はい、そうですが……」

 なにがなんだか分からないヒマツをよそに、少女は値踏みするような目でヒマツの周りをぐるぐる回る。

「うーん、素材としては悪くないと思うんだけど……髪型と服装が残念すぎていまいちわからないわね」

「えーっと、なんの話でしょうか?」

 戸惑うヒマツに、少女はずいっと顔を近づけ、耳元で囁いた。

「ねえ、ちょっとそこの森まで行かない? イイこと、シてあげる」

 顔を離し、勝ち誇ったように妖艶な笑みを浮かべる少女。

 ヒマツは至って冷静に言い放つ。

「いや、勤務中なので」

 少女が顔を引きつらせる。

「そ、そう、照れてるのね」

「いや、全然」

 全く表情の変わっていない顔のヒマツに、プライドの傷つけられた少女はショックを通り越して怒りの様相を呈し始めていた。

 こめかみをぴくぴくと動かしながら、それでも余裕を見せつけるように腕組みをして少女は言う。

「ね、ちょっとそこの森まで行きましょうって言ってるだけなの。こんな美人のお誘いなんて、めったにないわよ?」

「いや、でも勤務中ですし」

 照れるどころか面倒くさそうに頭をかきだしたヒマツの鼓膜に、ブチィ、と何かの切れる音が聞こえた。

「……ここまでコケにされたのは初めてよ」

 ここで初めて、少女の笑顔が消えた。

 その瞬間、ヒマツの背中にぞぞぞ、と虫の這うような感覚が走る。ずいぶんと忘れていた、死の感覚だ。

 ヒマツに背を向けた少女と入れ違うように、森の木陰から、二人の男が現れた。

 そのどちらの瞳にも生気はなく、化粧を施して誤魔化してはいるものの、明らかに肌は血の流れている色をしていない。

 ヒマツは遅まきながら気づいた。

「死霊遣い!」

「私の名前はフレーダ。黙って私の言う通りにしていれば生きたまま味見してあげたのに、残念だったわね」

 フレーダの台詞が終わるやいなや、操られている二つの死体が懐からナイフを取り出す。

 ヒマツは慌ててハウスへ走り出そうとしたが、振り返るヒマツに、何か毛におおわれたものがぶつかった。

「うわっ!」

 見れば、体長二メートルを越える巨大なクマの死体だった。そしてその後ろから、陰気な顔に似合わない虹色のワンピースを着た女が現れる。

「私はアイダ。ごめんなさいね、これもあの人と私のためなの」

 意味の分からないことを呟き、アイダが軽く手を振る。

 それと同期するように、クマの死体が巨大な爪の生えた腕を持ち上げた。

 逃げようと後ろを振り返ればそこにはやはりナイフを振りかぶる二体の死体。

「あ、これ避けられないやつだ」

 襲い掛かるクマと美男子に挟まれ、完全に諦め脱力したヒマツに容赦なく攻撃が繰り出された。

 ドスン! という轟音と共に、クマの巨大な腕が地面に突き刺さり、土埃が舞う。

「ちょっとアイダ、手加減しなさいよ! 死体に無駄な傷がついたらどうするのよ! ていうかこれ私の攻撃意味ないじゃない」

「大丈夫……どうやら助かったみたい」

 土煙の向こう、ちょうどフレーダとアイダと正三角形をなす位置に、地面に押し倒されたヒマツと、体の土を払いながら立ち上がる猫耳少女の姿があった。

「間一髪だにゃ」

「ありがとうテト。助かったよ」

「嗅ぎ慣れない臭いがすると思ってきてみれば、こいつらなんにゃ?」

「墓荒らしじゃないかな、多分だけど」

 墓荒らしと聞いて、テトの猫耳がピクリと動く。瞳が、少女から狩人の目に変わった。

「じゃあ、やっちゃっていいわけだな」

「ああうん、やり過ぎない程度に――」

 テトはヒマツの言葉を最後まで聞かず、まずはナイフを構える美男子の死体二つのほうへ襲い掛かった。

「あら獣人? なによ可愛いじゃないの。私の方が可愛いけど」

 フレーダが余裕の表情を浮かべる。美男子二人の死体は俊敏な動きでテトの攻撃を躱し始めた。

 しかし、テトの狙いは初めから美男子二人ではないようで、テトの攻撃を躱して開いた美男子二人の隙間から、一気にフレーダまで詰め寄る。

「死霊遣いは本体をやるのが一番手っ取り早いッ!」

 気合を入れて拳を握り、フレーダ向けて振り下ろすテトだったが、フレーダはここでにやりと口元を歪めた。その瞬間、フレーダの後ろからテトの顔めがけて細長い針のようなものが放たれた。

 テトが大きな目を見張り、すんでのところでそれを躱す。

「さすが獣人といったところかしら」

 フレーダの後ろから、二体の美男子よりも一回り小さな少年の死体が姿を現した。

「三体目……」

 フレーダは少年の死体の後ろに回る。少年の死体はフルーレと呼ばれるフェンシングで使われる剣を持っており、その顔はやはり中性的な美しさを携えていた。

 フレーダはゆっくり後ろに下がりつつ、逆に三体の死体にはじりじりとテトへの距離を詰めさせる。

 流石のテトもこれでは分が悪い。そう判断したヒマツが助けに入ろうとしたが、アイダの操る巨大なクマが行く手を阻んだ。

 そんな、絶望的な状況の中、歌うような声が聞こえた。

「そろそろ寝ようかと墓地に出てみれば……私の墓地で何をしている? 死霊遣い共」

「寝ようかと思って墓地に出てこないでくださいよ……」

 ヌビアの登場に、ヒマツがほっと胸をなでおろす。

 年齢不相応の可愛らしいパジャマに身を包んだヌビアがゆっくりとアイダに近づく。

「三人目……」

 アイダはぼそりと呟くと、腕を振るい、クマの死体をヌビアめがけて突進させた。

 ヌビアは大きく跳躍し、クマの突進を躱す。

「ヒマツ君はテトと一緒にフレーダを頼む! 私はこいつを――おおっと」

 クマの腕をひらりと躱し、余裕の笑みでウインクするヌビア。

 ヒマツは、三人の美男子に取り囲まれピンチのテトを無視して、フレーダめがけて駆け出した。

「え? こっち来るの!? あそこの猫耳娘がピンチなのに!?」

 美男子三人に囲まれ、明らかに劣勢だったテトが笑いながら叫ぶ。

「にゃははははは! それいけヒマツ!」

「ちょ、なんなのよこいつら!」

 死霊遣い自体は戦闘能力を持っていないのが普通であり、それはフレーダとて例外ではないのだろう、フレーダは慌てた様子で森の中へ逃走した。しかし、慌てている様子とはいえ、テトへの包囲網を崩し、美男子三人を、ヒマツを追いかけさせるように走らせるのも忘れていない。

 ヒマツは美男子の陣形が崩れた時にテトが一体くらい破壊してくれることを期待していたが、テトはお腹を抱えて笑っており、死体を追いかけることすら忘れている。

「ちょ! テト何やってるの!?」

「あ、しまったにゃ」

 我に返ったテトが慌てて美男子の後を追い、前から順にフレーダ、ヒマツ、美男子の死体三体、テトというよく分からない追いかけっこが始まった。

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