墓守と死霊遣い ②
「見周りご苦労。コーヒーでも飲むか?」
尋問が終わるころを見計らい、結果を聞きに戻ったヒマツに、ヌビアはそう言ってコーヒーを淹れてくれた。
暖かいコーヒーを受け取りつつ、ヒマツはその結果を尋ねる。
「ありがとうございます……それで、どうでした?」
「あの二人組を雇ったのはアイダとかいう死霊遣いだそうだ」
死霊遣いとはその名の通り、死んだ者に精霊を宿らせ操る者たちのことだ。彼らはその特性上死体を必要としており、たびたび今回のように墓荒らしに頼んで死体を手に入れようとする。
「アイダですか、聞かない名前ですね」
墓守は職業柄、危険な死霊遣いは顔と名前を把握しているのだが、新人であるヒマツの頭にはアイダという死霊遣いの名前は入っていなかった。
「知らないのも無理はない。死霊遣いであるということすら最近知られた奴だ」
「へえ、どんな死霊遣いなんですか?」
死霊遣いと一口に言ってもそれぞれが様々な特性を持っており、同時に操れる死体の数や操る死体の種類が異なる。
「人間の死体を使わないそうだ」
「それはまたヘンテコな」
死霊遣いは元々死者の蘇生を目的としていたことから、使うのは人間の死体が一般的だ。
「なにか理由があるのかは知らないが、とにかく動物の死体を操るとか」
「なんでそんな死霊遣いが人間の墓に専門家を送り込んできたんでしょうね? うちには動物の死体なんて埋葬されてないのに」
「さあな、私には死霊遣いの考えていることなんて分からんよ……が、もし噂が本当なら少々厄介だな」
分からないなどと言いながら、もしかすると何か心当たりがあるのか、どこか遠い目でコーヒーを口に運ぶヌビアが少し気になったヒマツだったが、それよりも『厄介だ』という言葉の方が気になった。
「どうしてです? 野犬退治なら十八番でしょう?」
墓を掘り返そうとする野犬の撃退は墓守の基本だ。当然ヌビアも野犬程度簡単に追い払える。まあ、野犬と野犬の死体は厳密に言えば異なるのだろうが、厄介さではさほど変わらないだろう。
しかし、『厄介だ』などという台詞とは裏腹に、長い足を組むヌビアの表情は楽しげだった。
「ふふっ、野犬ですめばいいんだがな」
ここでヒマツはヌビアの言いたいことを理解する。
「ああ、なるほど……」
墓を荒らす動物は野犬だと相場が決まっているためヒマツは忘れていたが、なにもアイダが操るのが野犬だとは限らない。野犬以上に恐ろしい動物などこの世にはたくさんいる。ヒマツは実際に目にしたことはないが、聞くところによればドラゴンが空を飛び回る次元も存在するのだとか。
「まあそんなことはどうでもいい。本当に厄介なのはアイダが属している組織だよ」
「どこですか?」
死霊遣いの中には単独で行動している者もいるが、そのほとんどは何かしらの組織に属している。組織の目的は様々であり、単に快楽を求めて行動するところもあれば、死霊遣いの悲願である死者蘇生を目指すところもある。そんな中でも、ヌビアの口にした組織は最も有名なものだった。
「マクートだ」
ヒマツの表情が目に見えて疲弊する。
「マクートですか……」
「人数だけで言えば少ないが、危険度は間違いなくトップクラスだろう。なによりメンバーがやばい。たった一人で何千人もの守備隊をかいくぐり、ロメ次元の王子の死体を盗んだフレーダ。水生生物、焼死体、植物、三つの属性をそれぞれ極めた三兄弟、オグ、アグ、グラン。そしてなによりリーダーとされるサムディ男爵は、歴史上最大の死霊遣いフランソワ・マッカンダルの後継者とも名高い大物だ。ほかにも有名どころがいくつかいるが、まあめぼしいところはそんなものか」
「フランソワ・マッカンダルの後継者ですか……」
フランソワ・マッカンダル――その名を聞いて良い顔をする墓守なんていないだろう。歴史上最大の死霊遣いにして、なにより死者蘇生を成功させるために数多の次元で非人道的実験を行った大犯罪者だ。歴史上では実験の事故に巻き込まれて死亡したとされているが、未だその死は謎に包まれている。
「まあ、そうは言ってもマッカンダルのように大量の犠牲者を出しているわけではない。だが、死霊遣いとしての実力は本物だ。『燕尾服と怪しい仮面を身に纏い、ステッキ一つであらゆる死体を操る死のカリスマ』、なんていつぞやの新聞には長々と書いてあったよ」
「ヌビアさんって新聞とか読むんですね。なんか破天荒なイメージだったんで意外です」
「情報は武器だぞヒマツ君。いつの世も悲劇を呼ぶのは無知と不運だ」
「前者ともかく、後者はいかんともしがたいですね」
「そうかもな」
残ったコーヒーを一気に煽り、ヌビアは席を立つ。そろそろ見回りの時間らしい。ヒマツの番はまだだが、交代ということは今見回りに出ているテトが帰ってくるということで、料理のできないテトに代わり食事の準備をしなければならないということだ。
「たっだいーま、だにゃん」
勢いよく扉を開け、墓の見回りついでに墓の清掃までしてきてくれたらしいテトがバケツと雑巾を持って帰ってきた。
「ご苦労テト。おおっと、その汚れた体で抱き付くんじゃないぞ。この服高かったんだから」
「ヌビアさんは破天荒に見えて意外と俗っぽいにゃ」
「はっはっは、さっきも似たようなことを言われたよ」
高らかに笑いながら、テトからバケツと雑巾を受け取ったヌビアさんは外へ出て行った。
「さーて、ヒマツくーん、ご飯をつくるにゃー」
ごろごろと喉を鳴らしながら、ヒマツに抱き付くテト。猫はあまり構わない人間と食べ物をくれる人間に懐くと言うが、気付けばヒマツは思いっきり二つの条件を満たしていた。
「今から作るから先にお風呂入ってきなよ。ていうか墓の清掃と見回りでどうしてそんなに汚れるのさ……」
「ヒマツは服が汚れるのは気にしないのかにゃ?」
「聞いちゃいないし……うん、僕の服は元からボロボロだからね」
「新しい服は買わないのかにゃ?」
「うーん、なんとなくだけど、あまりこの次元から出たくないんだ」
この次元には墓地とハウスと、あとは薄暗い広大な森しかない。
「案外ヌビアさんよりヒマツの方が変人なのかもしれないにゃ」
「あの人より変人扱いとか勘弁してよ」
「にゃっはっは。まあ、そんなわけで、おいしいご飯期待してるにゃー」
ぱっとヒマツから離れ、その場で毛皮のような衣服を脱ぎ捨てながらお風呂場に向かうテトに、ヒマツは呆れた様子で脱ぎ散らかされた服を拾いつつ、
「あー、またそうやって……って、あれ? テトってブラジャーしてるの?」
子供な見た目の割にセクシーな黒い下着をまじまじと見つめる。
「当然だにゃー」
「でもテトの胸にブラジャー必要ないんじゃ――」
「なんか言った?」
風呂場に向かったはずの猫耳少女が全裸でヒマツの前に立っていた。テトは獣人という珍しい種類の人間で、身体能力が普通の人間の比ではなく、さらに猫の獣人であるテトは足音を立てることなく、さながらハンターのように獲物の近くまで接近できるのだ。
「テト、語尾に『にゃ』つけるの忘れてる」
テトは肉食獣の瞳をギラリと光らせ、肉をかみ切ることに特化した鋭い歯をのぞかせた。
「ていうかいっつも疑問に思ってたんだけど、なんでヒマツは私が抱き付いたり服脱いだりしてもそんな冷静なんだよ。もっと思春期らしくあたふたすればいいと思うんだけど?」
「おーい、テトさーん、口調が変わってますよ――ぶはっ」
全裸で怒る猫耳少女を前にして全く動揺の色を見せないヒマツに、テトの怒りのアッパーが炸裂した。
衝撃で噛みちぎってしまった舌から血を噴出しながら、空中で三回転し、ヒマツは床に仰向けに落下する。
「ふんっ!」
テトは鼻息荒く風呂場へ立ち去った。
仰向けに倒れるヒマツの上に、はらりと下着が舞いおちる。ちょうど胸の位置にブラジャー、下半身にパンツ、という風に落下してきた。
「おいテト、このバケツ壊れてるじゃないか。新しいやつはどこに……って、え? いや、ヒマツ君、流石の私でもそれは引くぞ……」
ハウスの扉を開けたヌビアさんが引き気味にヒマツを見る。
「ふぃふぁいふぁふ」
一応弁解しようとしたヒマツだったが、舌がちぎれていて上手くしゃべれなかった。