08 繁華街
遺体の発見された森林公園よりも駅に近い繁華街。
防犯カメラの映像記録から、誘拐事件の容疑者と思わしき人物が度々訪れるのがこの場所だと判明した。
過去にもわいせつ行為による逮捕歴があり、住居も特定されているが、その住所とは離れたこの第1区カトルのどこを拠点に犯行を行っているかは定かではない。
被害者たちには街で声をかけて連れ去ったようだが、カメラの設置が無かったり、公共ドローンの侵入が禁止されている私有地などを選び、渡ってどこかへ消えている。
魔法使いばかりを警戒し、魔力の無い前科者を野放しにしていることが、今回の事件の長引く主たる原因だ。
現在この近辺で行方不明として捜索願いを出されている女と、おそらくはそれ以外にも被害者がいると考えていいだろう。
すでに発見されている少女の死亡推定日時と、最後に自宅周辺で目撃された日時から、誘拐してすぐに殺害するのではなく、ある程度生かしておく傾向にあることも判明している。
つまり、被害者の中にはまだ息をしている者もいると考えるべきだ。
下手に目立つ捜査を行うと、現在捕らえられている被害者が危険な目に合う可能性もある。
そこでタレント活動などを行っておらず、知名度が著しく低い研修生たちが路上でパトロールをすることとなった。
名の知れたプロの教官も私服に着替えることで正体をわかりづらくし、犯人が新たなターゲットを求めて街を彷徨いているところを確保するといった任務で、ヒーラー故に無名なヒューゴが適任であるとされた。
カナタ、クライヴ、ヒューゴはタワーで運動着からカジュアルな私服に着替えて、もともとワンピースを着ているシャロンも含め、はたから見れば、まるで学生が呑気に遊んでいるようにしか見えない。
「この前のスリみたいに、どこかの誰かが犯人を見つけるかもな」
クライヴの言葉にシャロンは頭を傾げる。
シャロンには、その誰かというのが誰なのかわからない。
「どこかの、誰か?」
繰り返すと、クライヴがあからさまに不機嫌な顔でシャロンを睨みつけた。
「お前のことだよ。言わないとわからないのか?」
「ああっ、そっか、そうだったね……えへへ、でも本当に犯人を見つけたら、どうしたら良いのかな……攫われて、拠点まで行った方が良いのかな?」
シャロンの言葉にクライヴの形相がさらに鋭く変わり、カナタは青褪める。
ヒューゴは自分の後頭部の髪をくしゅっと掻いて、苦笑した。
「縁起でもねえし話題変えようぜ。シャロンは何食いたい? パスタとかどう?」
「わあっ、わたし、パスタ好き!」
「お前らは?」
食べ物の話を聞いて一度瞳を煌めかせたカナタだったが、不機嫌なクライヴをちらりと見ると、困ったような笑顔で首を横に振った。
「今日は交代制にしましょう。俺たちはもう少しここらを見て回ります」
「そっか。じゃ、俺とシャロンの二人きりの初デートってことだな〜」
「違いますよ! この4人でチーム分けしたら自然とこうなっちゃう気がしたんです! 俺はクライヴともっと仲良くなりたいし、先輩は一応プロなのでシャロンも安心かなと思っただけです!」
「一応ってな……じゃ、後でな。さてシャ〜ロン! 今日も俺が奢ってやるからな〜!」
「な、仲良く……僕と、仲良く……」
少し価格が低い代わりに量が少ないメニューを平らげ、食後の紅茶を飲む。
正面で始終にこにこ……ニヤニヤと笑っていたヒューゴが立ち上がったので、シャロンは一度飲み物をテーブルに置いて見上げた。
「あ〜、わりィ……ちょっともう我慢できねェからさ、便所行ってくるわ」
「うん」
ヒューゴはなぜかもじもじとしていたが、腹痛だろうか。しかし良いタイミングだ。
席を外したヒューゴの姿が完全に見えなくなると、シャロンは財布からランチの分の現金だけを取り出して、注文や会計の確認のできるタブレットの下に隠すように置く。
飲みかけの紅茶は置いたまま、支給品である小さなインカム型通信機のスピーカーを停止させ、ハーフアップに髪を結んだ髪飾りの下に挿し込んで隠した。
シャロンは相変わらず柔らかい表情のまま、店を出ていく。
店員には支払いは今しがたトイレに行った連れがすると伝え、一人で外に出ると、店や景色を見ながら大通り、そして路地裏へとゆっくり歩いて回った。
シャロンは事前にジェラードから被害者に共通した特徴を聞いていた。
年齢や髪の色と長さ、背格好など、その特徴はシャロンとも共通している。
私服かつ、1人で警戒地域のパトロールを行えばおびき寄せることができるかもしれない。
通勤や通学の時間を避けた、この昼の時間。
ビルとビルの間に潜むネズミや野良ネコを見て歩く。初めて来た都会に戸惑うような、そんな顔で。
「あの、ちょっと良いですか?」
店を出た少し後から、しばらくシャロンの後ろを付いてきていた男に声をかけられる。
シャロンは少し驚いたような顔で振り返った。その顔を確認しながら、訝しげに眉をひそめて顎を引っ込める。
「えっと……なんでしょう?」
「道を、教えてほしくて」
そこで、シャロンはいつものように、顔に柔らかな笑顔を貼り付けた。
警戒を解いたようなシャロンに男がさらに近付く。
一日で、それもこうもあっさりと出会えた僥倖。シャロンはにこやかに男の接近を許した。
「どちらに行かれるのですか?」
「バラムテレビの放送局なんですけど……」
「えっと……それなら、少し、ここから離れていますね」
「そうなんですよね。もしお時間あったら、案内して貰えませんか? あそこに車を停めてあるので」
男の指さす方へ顔を向ける。人影はない。防犯カメラやその代わりになるような物もない場所を選んで移動した。
シャロンは男の案内に従って、車の近くまで行く。そして共に乗ることまでは無理だと断りながらも、男の脅し文句と包丁に服従を強いられて、その場を後にした。