17 セントラルタワー
シャロンは穏やかで幸せな夢を見た。
教官のヒューゴと同期のカナタ、クライヴと街をパトロールする夢だ。
行方不明になっていたウドムも、シンイーやエリオット、ボドワンと一緒にいて、すれ違い様に手を振り合った。
街は平和で、市民も楽しげに暮らしている。
秋は街路樹も赤や黄色に染まって、冬は雪で白くなる。変わりゆく街は、シャロンの育った庭園よりもずっと広く、人がたくさんいる。
シャロンは幸せだと思った。外を自由に出歩けるからというのもあるが、少し前を歩くヒューゴの背中が愛おしいからだ。
振り返ったらいつも彼は笑っていて、シャロンを仲間に入れて、面白い場所へ連れて行ってくれる。
秋、冬、そして春、次の夏……次はどんなところで、どんなものを見せてくれるのだろうか。
期待に胸を馳せ、シャロンはその背中を追いかける。
追いかけていくうちに、いつの間にかセントラルタワーの前へと景色が変わっていた。
ヒューゴはあのヒト型モンスターによってヒーローや警察官が襲われる様を見て笑っていた。
(これは、夢?)
夢と気付いたシャロンは、もっと楽しい夢を見れないかとも不満を抱きつつ、とても上品とは言えない笑い方をしている想い人を見つめていた。
「おっ、ジェラードさ〜ん、チーッス! バケモンの種は無事に取れました〜? ヒャハハッ」
「何を言っているのか理解できない……私はこの街を守るヒーローとして、君を必ず確保する。本当に残念だよ、ヒューゴ。君は立派なヒーロー、仲間だと信じていたのに」
「アア〜? ウ〜ッゼェ〜! なァ、もう全部終わりにして、地獄で二人仲良くしようぜ〜?」
戦闘が始まる。人々は正義のヒーローを応援して、たくさんの声援に、さらに協力者も現れた。
エリオットや、他にも見たことのあるプロのヒーローもいる。
カナタやクライヴは呆然としているようだった。目の下に隈を作り、やけに蒼白いクライヴは満足に睡眠も取れていなさそうだ。
ヒューゴとモンスターは協力関係ではなかった。モンスターは奇声を上げながら、ヒューゴの方へ向かっていた。
これではヒューゴはたったの一人で、大勢によってねじ伏せられてしまう。
ヒューゴのポケットからスマートフォンが落ちた。彼ははっとして手を伸ばす。それを拾うか、もしくは破壊しようとしたのだろう。その隙をつくように、ヒーローたちによって彼は確保された。
モンスターも一度ジェラードが凍らせて捕縛したが、なぜか既に現場にいた警察らによって回収されていった。
取り押さえられたヒューゴはシャロンの視線に気付いたのか、少し驚いたような顔をしてから、目を瞑る。観念したと諦めて、その後一切抵抗をしなかった。その顔は、少し安堵しているようにも見えた。
ゆらり、ゆらりと視界は振り子になったように揺れている。
ジャラ、と金属の音。それはペンダントチェーンの音とよく似ていた。
夢から覚めたシャロンは病室にいた。
初めて見たその部屋は、拘置所の病棟の一室だった。
事情聴取を受けることになったのは、目が覚めた翌日のことだった。
拉致監禁やモンスターの作成に関わったという容疑でヒューゴが。クローン作成の容疑でジェラードも共に逮捕されたらしい。
シャロンは自分の産まれた経緯や生い立ちについて、知っている範囲で語った。
クローンやモンスターに関する内容で厳しい尋問を受けると思っていたが、物腰の柔らかい女性警官はシャロンを被害者として見ているのか、妙に丁寧な言葉遣いで時折雑談を交えて話をした。
科学技術を用いてクローン、および人工的に生命体を作ることをバラム市では禁止している。許可なくその装置を所持していること自体が罪に問われる場合もある。
ジェラードの犯した罪を認めると、シャロンは自分が生まれてはいけない存在であるということも認めざるをえない。
生きていること自体を咎められても仕方がないシャロンに、警察官は慰めるような、憐れむような笑みを浮かべた。
「監禁されていた時のことをお聞きしますね。とても、怖かったでしょうが……わかる範囲で、ゆっくりで大丈夫です。お答えくださいね」
タブレット端末をテーブルに置いて指をさす。
液晶には正方形のサムネイルが並んでいた。
「彼のスマートフォンに入っていた画像データです。彼は確保される前にスマートフォンを落として、咄嗟に壊そうとしていたのですが、データが無事残っていました……この写真に心当たりはありますか?」
シャロンは表情を変えないまま、タブレットを見下ろした。
サムネイルをタップし、画像の全体像を出す。壁や家具がぶれたような、妙な画像だった。スワイプして次のデータ、また次のデータと順番に表示する。ピントの合っていないブレた画像ばかりが続き、ようやくシャロンの写真が出てきた。
ヒューゴの作った料理や買ってきたコーヒーゼリーを食べている写真、鍋の中を覗いている写真、ネイビーのワンピースを着ている写真、ぼーっと映画を見ている横顔や、写真を撮られていることに気付いてカメラ目線になっているものも、全てシャロンは服を着ていて、誰かに見られて困るような物は無い。むしろ綺麗に、よく撮れていた。
他の写真は全てシャロンが映っておらず、床や壁がぶれたりぼやけているものだった。それを眺めているうちに、シャロンは自然と涙腺が熱くなっていくのを感じた。
目隠しをしていたから、カメラのレンズがどこに向いているのか気付いていなかった。
ヒューゴは一枚も、シャロンの尊厳を奪うような写真は撮っていなかった。
「大丈夫ですか?」
「……はい」
「あなたの写真と……他のブレた写真に心当たりはありますか」
「はい……彼は、写真をよく撮っていました。これは、私が恥ずかしがって……じゃれ合った際にぶれて撮れたものだと思います」
「……彼に暴力は受けましたか?」
「いいえ」
「お二人でいた時、どんな話をしていましたか?」
「……その時の食事の話や、映画、ドラマのことなどを……」
「あなたと彼の関係について、お聞きしても良いですか?」
「教官と研修生です。私が彼に一方的に好意を持っていました」
警察官は液晶の中で幸せそうにしているシャロンを一瞥し、その後もいくつか質問をした。
最後にヒューゴが言った、シャロンを突き放す言葉をもちろん忘れたわけではない。だが、それでもシャロンの想いは変わらなかった。
ヒューゴは嘘をつく時、少し、怒ったような口調になる。
取り調べやカウンセリング、食事や入浴などで1日は終わる。それを数回繰り返すと、シャロンは拘置所の隔離病棟を出てセントラルタワーにあるラボへと移送された。
その間にも捜査は行われ、ジェラードには殺人未遂の容疑も加わった。
そしてジェラードは危険な力を持った魔法使い専門の特殊な拘置所で禁固刑、ヒューゴは観察処分とされた。
ジェラードがモンスターの材料として傷付けた人々は、傷の断面をヒューゴが塞いで、シャロンと同じように廃ホテルで匿われていた。
監禁状態ではあったものの食料は十分に用意してあり、彼らは体の一部を失っていること以外に肉体に不健康な部分は無かった。
魔法によってモンスターを作ること自体を罪には問われない。そのモンスターに人を襲わせることが罪に当たる。そうでないと、生まれながらに土や植物、肉などで動く人形を作る魔力を持った者が、罪もなく罰せられるためだ。
とくにヒューゴは、生き物を作ったり操ったりしたのではなく、治癒という方法で肉体を繋げただけにすぎない。
それも天涯孤独の回復魔法士が、明らかに立場が上のジェラードに命令されてやったということになれば、当然罪は軽くなった。
何より、シャロンや他の犠牲者を死なせずに匿ったことは称賛に値する。
情状酌量もあり、彼は刑務所ではなく司令部で2年の禁錮、その後は生涯その身を捧げて働く事を命じられた。
とはいえこの判決は、セントラルタワーに一生幽閉され続ける、ある意味での終身刑だった。
ジェラードが部下を脅してモンスターを作らせていたと判明したことでヒーローへの信頼は一度は失われたものの、犯罪行為に手を染めた魔法使いに立ち向かえるのは、同じ力を持つ魔法使いだけだった。
もうこの世界にヒーローは無くてはならない存在で、彼ら無しに平和は保てない。
ただ、それまで独立した組織であったバラムのヒーロー司令部は、警察組織の内部に置かれて管理されることとなった。
新たに総司令として就任したリュウ・ユウロンは、魔力の無い警察出身の男だった。
しかし魔法使いの娘がいることを公表した彼は、すぐに司令部に馴染んだ。
ヒーローたちの職務内容、貢献度、市民からの人気などから評価基準を改め、それまで日陰にいたヒーラーやサポート役にも活躍の場を与えたことで、彼は多くの魔法使いに支持された。
やがて2年の月日がたった。
利き手を失ったウドムは、自身の細胞から作った腕の移植ではなく、あえて義手を選んだ。今はそれが彼の個性となって、第一線で活躍している。
カナタとクライヴとウドムは、その同期3人組での活動が多く、ビジュアルの良さから女性に人気がある。
カナタにはその自覚があまりないようだが……。
ボドワンはヒーラーだが、中性的な見た目と明るい性格で茶の間を沸かすタレントヒーローとなり、シンイーも格闘技と魔法を組み合わせた派手な戦闘スタイル、そしてそのルックスで、多くのファンを獲得した。
終身刑となったジェラードは、その環境においても美貌や人を操る才能を活かして刑務官を丸め込み、模範囚として生活している。
魔法使いだけでなく、未だに一般市民にも熱狂的なファン……もとい信者がいて、文通、面会などの希望者が後をたたない。
一方、司令部の方で実質終身刑となったヒューゴは、禁錮が解ける日を目前にしていた。
2年もの間、一度も女を抱かずにいたというのに、彼自身が想像していたよりも苦痛は無かった。そして不思議と、何かをめちゃくちゃに壊したいという欲求も今はまだ無い。
ヒューゴは気だるげに髪をかき上げて、今日もため息をついていた。