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随分前に廃屋となったホテルが、今も尚その秩序を保っているのは、力ある者が管理をしているからだ。
彼は警察機関の上層部に属している。表社会での彼はリュウ・ユウロンと呼ばれていて、魔力の無い一般市民である。
しかし彼の愛人に魔法使いがおり、その女との間に産まれた娘をそれはそれは溺愛している。娘はヒューゴもよく知る研修生の一人で、ルックスだけでなくヒーローとしての才能に正義感まで兼ね備えた完璧な女だった。
リュウは研修生時代、違法なアルバイトをしていた頃に出会い、時々ヒーローの情報を渡すことで関係を築いてきた仲だった。
あまり他人へ信頼など寄せないヒューゴだが、ジェラードに立ち向かうための武器としては、彼は最も使える人物だ。
この廃ホテルの従業員室であった部屋にある旧型の電話の受話器を持ち上げ、彼の溺愛する一人娘の生年月日を打ち込み、決まった言葉の挨拶をする。
すると無言でいた相手側の者が、彼へと繋いだ。
「お久しぶりです。おたくの娘さんのお友達……ウドム、まだ息してますよ」
力あるヒーローの活躍の場を設けるためのモンスター騒動。その自作自演を叶えたジェラードの次の目的は、若い肉体の作成だった。
その新しい肉体という器に自分の大脳の一部を入れて、子孫のふりをして寿命を伸ばすことが目的だ。
生殖機能に欠陥のあるジェラードのクローンは皆、オリジナルと同じように子を成せない性質を持っていた。
解剖したクローンや素材を元に、乳児期を介さずに作り上げた人工生命体の中で生殖機能を持っていたのは、Y染色体を持たないシャロンだけだった。
しかし、ジェラードは女性の体になることを受け入れられなかった。よって器は、シャロンの子にすると決断した。
当初は有能なヒーローとの間に子を産ませて、その子供に成り代わるつもりだったようだが、ヒューゴに出会い、モンスターを作るうちに欲深さが出てきて器の条件を変えてしまった。
複数の魔法使いの遺伝子を濃く持つモンスターと、己の血を引き継ぐ男。それが条件となっていた。
ヒューゴの回復魔法を駆使して作ったモンスターは、生殖活動の面で欠陥が多かった。
その結果、性的なものに対しての執着の強い脳が必要となり、誘拐犯の男の頭部を持った今のモンスターが出来上がった。
良質な種を作る能力があり、ヒューゴの体の一部である毛髪を食わせたことで寿命の引き延ばし、さらに肉体の強さも加わった。
ジェラードは汚らわしい性犯罪者ではなく、誇り高く、ルックスも整っているウドムの下腹部を使うようヒューゴに言っていた。
だがヒューゴはそれには応じず、こっそり、肝心の器官も性犯罪者のものを使うことにした。ヒューゴ自身も突発的にやったことで、その理由ははっきりとしない。ただの嫌がらせのつもりだ。
死んでしまっては移植ができないので、生きたままの状態でウドムや他のヒーローたちは体を素材にされた。
ヒューゴは、なんとなく彼らを治癒させて素早くこの廃ホテルへ運び込み、数日はジェラードのことも欺いていた。
だが流石にいつまでも騙し続けられそうにもなく、身を案じて自らも行方不明者となることにした。
そこでヒューゴは同時に、シャロンを連れて姿をくらませるという選択をした。
それはあのモンスターの頭部に使った人物のように、利己的な欲求による行動であったはずだ。性的欲求を満たし、胸くそ悪いジェラードへの憂さ晴らしも兼ねていた。
好きなものを壊す、その一瞬の快感のため。同時に、同じ顔をした男への復讐心から連れ去り、シャロンを乱暴に扱った。
思うがまま遊び尽くして愛欲が冷めたら殺すか売り飛ばすか……そんな風に思っていたのに、ヒューゴの抱く感情は冷めることなく、むしろ大きくなる一方だった。
本性を剥き出しにしてシャロンを辱めても、彼女はヒューゴを好きだと言った。
魔法を使って拒みもせず、それどころか笑顔すら見せる。
その笑顔がもっと見たくて、変わらぬ関係でい続けたいという欲求から優しくもした。己を律したりせず、快楽のまま好き勝手振る舞う自分が、自分にもわからない。
ヒューゴはシャロンのために、いつのまにか自分が『ヒーロー』のようなことをしていると気付いて、苦笑する。
腐った人間のはずなのに、シャロンを少しでも悲しませぬよう、人の命をいくつも救ってしまった。救い出した者らは皆、ジェラードに体を切断され、それをヒューゴがモンスターの材料にしていると知っている。
彼らを救うことで証拠や証言が揃い、自分が犯罪者として捕まるともヒューゴは理解している。
死ぬのは良いが、拘置所、刑務所で生きながらえるのはきっと退屈だし不愉快なことばかりだろう。
それでもなぜか、その方が良いと思った。己の快楽のために、ヒューゴは思うままに動いただけだ。
理由など、単に気持ちがいいからとか、楽しいから。それだけだ。
「俺の髪を警察さんとマスコミに少しずつ。司令部には多めに送りたいんです。報道規制はしないで、むしろ司令部にたくさん髪があると報道してください。そうすりゃ、あのモンスターは司令部に来る。ジェラードに片付けられる前に、モンスターごと、首の辺りに縫い付けた俺の髪も回収してください。俺がモンスターを作った証拠になります。あともう1つ、カプセルを送ります。ジェラードさんと同一の遺伝子を持つ女の卵子が、氷結魔法で、新鮮なまま入ってます。違法にクローンを作った罪で家宅捜索して、地下室を見つけてください」
電話の向こうにいるリュウという男は、ヒューゴの言葉にふうんと鼻を鳴らす。
大事件の解決という手柄を警察側が立てられる。ヒーロー司令部の信用も失墜し、そうなれば警察組織の傘下に組織をまるごと取り込んで乗っ取ることができるだろう。
だが、それでヒューゴに得になることはない。片方にしか利益がない話を簡単に信用などできないようだった。
「……君も、何か望んでいるんだろう?」
ヒューゴは「はい」と短く返事をし、目を閉じた。
シャロンのいろいろな顔が、瞼の裏に浮かぶ。
もともと人間そのものが好きで誰でも良かったのに、シャロンはその中でも特別だった。
一目惚れか、長い時間共にいたことからの愛着か、自分の助けなしに生きていけない彼女との共依存か……きっかけなど何でもいい。シャロンのことが愛おしい。
「シャロンを……今後も、カナタとクライヴと、一緒にいさせてやってください。もちろん、お宅の娘さんとも」
「おや……君、まるで人間みたいな事を言うじゃないか」
「まあ、人間ですし……じゃ、明日にでもお会いしましょう」
「わかった。楽しみにしている」
翌朝。監禁生活最終日。外はとても良く晴れていた。
ヒューゴはシャロンのために、簡単な料理を用意した。最後に冷蔵庫でしっかり冷やしておいたコーヒーゼリー、そしてホットコーヒーも出してやった。
シャロンはヒューゴを疑うことなく全て食べ、美味しそうに、睡眠薬の入ったコーヒーも飲み干した。
「だから、誘拐犯に出されたもんを簡単に口にすんなよ」
きっともう二度と会うこともないだろう。少しずつ、少しずつ、眠たげに落ちていく瞼を見下ろす。その隙間に見える水色の瞳は、ずっとヒューゴに向けられていた。
もう自分で立っていられないシャロンの体を支え、ベッドに寝かせる。
もう本当にこれで最後だ。ヒューゴはまだ微かに意識のあるシャロンに、昨晩のうちに考えておいた言葉をかける。
「あー、マジでうっぜぇ……お前さァ、もういらねェわ」
自分を憎むといい。ヒーローや警察に、監禁されて酷い扱いを受けたと告げるといい。
可哀想なシャロン。上手く笑顔を浮かべられるようになったのだから、きっとカナタやクライヴ、シンイーたちが大切に守ってくれるだろう。
腕や体に残った傷もない。本当の恋に落ち、愛のある関係を築くといい。
結局ヒューゴは、相手の恋心を壊してしまう存在だ。
「……す、き……」
最後に掛けられたあまりにも優しい言葉に、ヒューゴはもうリュウの手の者に渡してしまったペンダントに触れようと、胸に手を当てる。
もちろん、無いペンダントに触れることなどできない。その代わりに、トクトクと自分の心臓の音を感じた。
「……俺も」
わざとシャロンの髪をぐしゃっと乱し、いつの間にか彼女が整えていた布団も滅茶苦茶にしわを寄せた。
シャロンが無理矢理辱められ、脅されていたと見せかけるために壁を殴って傷を付け、銃痕も、丁度シャロンが座ったら顔の辺りになるであろう高さにつける。
シャロンを縛り付けた椅子も蹴飛ばして半壊させて、その近くに拘束具や猿轡、ナイフ、バーナーに鉄パイプといった拷問器具のようなものもばら撒いた。
これほど大騒ぎしても、シャロンはすやすやと穏やかに眠っている。ヒューゴはその寝顔が愛おしくて、最後に別れのキスを落とした。




