08 ???
シャロンは体の自由がきかない違和感の中で目を覚ました。
顔にある、慣れた感触。瞼を開けても暗く、アイマスクで視界を塞がれていることに気づき、自宅の地下室にいるのだろうと思った。
しかし振り返る直前の記憶からして、それには違和感がある。
シャロンはまだ、ジェラードから何の仕置きも受けていないのだ。
「せん、せい……」
どちらにせよ、アイマスクをしているということは側にヒューゴがいるのかもしれない。まるで当然のようにそう思った。
医師としての彼を呼んでから、自分の姿勢がどうにもおかしいことに気がつく。
両手首は頭上で纏め上げられ、背もたれにでも結び付けられているのか、全く動かぬようになっている。
椅子か何かに座っているシャロンは、逃亡を防ぐためか体を縛り付けられていた。
「おはよ」
「……これ、なに……?」
悪い冗談であってほしい。なるべく平常を装って、相手を責めないような口調で問う。
すると楽しげに笑い出したヒューゴの気配が、すぐ側まで来た。
シャロンが呻き声を上げてもがくと、ヒューゴはヒャハハと更に楽しげに笑い始める。
「ヒューゴ、ほどいて……」
助けてと願ってもヒューゴには全くその気がないのか、のんびりと鼻歌を歌い出し、返事をしない。
――カシャッ
その聞き覚えのある音に、シャロンはぞっとする。
スマートフォンのカメラの、シャッター音だ。
「可愛いからさァ、撮っちまった」
それはまるで楽しんでいるような声で、しかし今のこの状況ではとても残酷な言葉に聞こえる。
「ひっ――」
「おっと、あんまでけえ声出すんじゃねーぞ……いくら防音効いてるつっても、俺にはうっせえんだしさ」
「んんっ、ふぐうっ」
悲鳴をあげようとしたシャロンの口を手で塞ぎ、また衣擦れの音がする。
指でこじ開けられた口に物を噛ませるように、シャロンは口枷を取り付けられてしまった。
噛まされたボール状の物には穴があり、息はできるものの口を閉じることができず、情けないうめき声ばかり漏らしてしまう。
それもまたヒューゴにとっては愉快であるようで、嘲るように笑い声をあげた。
「いつものクールなシャロンちゃんはどこ行っちゃったァ? あー、でもシャロンは好きな男の前じゃ幼児退行しちゃうタイプか……ハーイ、バブちゃん、こちょこちょしちゃおうな〜」
「んううゥーッ!」
いつの間にか裸足にされていた足の裏をひっくり返った虫のようにうごめく指で擽られ、ガクガクと体を揺らす。
ほとんど身動きの取れない中、唯一動く首を横へ振って許しを乞う。口を閉じることができず、唾液がこぼれてしまうのに激しい屈辱を感じ、なんとか拘束を解こうともがいてみる。
擽りと羞恥で頭がおかしくなりそうな中、己に巻き付いたロープが、魔法使いの拘束に使う特殊な加工を施されていることに気付き、逃げ場を完全に失った。
「シャ〜ロン♪ よだれ垂らして喜んでんの、めちゃくちゃ可愛いぜ」
カシャ、カシャとシャッター音が鳴り、屈辱的な気持ちで眉間にしわを刻んだ。
なぜこんなことになってしまったのだろう。
確かに、ヒューゴと一緒にいたいと毎日願っていたが、こんなことをされたいわけではない。
カシャカシャとシャッター音を鳴らされ、泣き声と悲鳴を合わせた情けない声を出して嫌だと訴える。
拘束されたうえ、唾液をこぼしているところを写真に収められるなんて、あまりにも酷い。滑稽な自分の姿を想像し、嗚咽を漏らす。
「ううっ……」
「俺さァ、実は金無くて困ってんだよ。こういう写真って結構高く売れるんだぜ。シャロンのおかげで、心置きなくパチ屋行けそ〜だわ。ありがとな、おつかれさま」
肩で息をするシャロンの脚や手首の拘束を淡々と解いて、ヒューゴはてきぱきと後片付けを始めた。
アイマスクを取られ、眩しさに一度ぎゅっと目を閉じると大きな手のひらがそっと頭を撫でた。ほんの一瞬だけ抵抗感があったものの、撫でられているうちに、どうしようもなく安心感を抱いてしまう。
こんな状況でも、シャロンを助けてくれるのはヒューゴしかいない。拘束されて擽られたが、痛いことは何もなかった。それ故か、体に自由が戻ると恐怖も消えてしまう。
「よだれついちゃったし、風呂入ろうぜ。俺も汗かいたし」
「うん……」
「あ〜、疲れちゃった?」
「ん……」
金が欲しいのなら、初めにそう言ってくれれば良かった。どういう方法で、どんなことで金を稼げるのか。
当然、事前に説明されていたとしても、シャロンはこの方法での金稼ぎは拒んでいたかもしれないが……。
ヒューゴに連れていかれた暗い浴室を覗いてみる。広く、なぜか浴槽が光っている。
シャロンの住む家の浴室は、シャワーの下に浴槽があるタイプで、湯を張って浸かったことはない。もちろん光ったりもしないし、ぼこぼこと水流も生まれない。
「あの写真……どうしても、売るの?」
質問をしつつ、興味が風呂の方へ行ってしまっている。
「おう。パチ屋行って〜、靴も欲しいしアクセも欲しいんだよな〜」
「でも、あんな写真」
「大丈夫大丈夫、バレねえって。目元にはモザイク入んじゃね? まあアイマスクしてっけどさ」
喋りながら、浴室の前で服を全て脱いだヒューゴが、恥ずかしげもなくシャロンの目の前でシャワーを浴び始めた。
「でも、袖捲れて……腕とか、汚いから……」
「あ〜……じゃあ治すか〜」
「……治るの? 癒合した傷は消せないって……」
「へーきへーき、俺に任せとけって」
シャロンは重症を負った際など、素肌を彼に何度か見せている。だがヒューゴの裸を見るのは初めてで、自分と全く違うその体をじっと観察してしまった。
頭上から降り注ぐ湯を浴び、シャンプーにトリートメント、体もガシガシと洗っている。
風呂のドアも開け放ったまま、湯気の中へ注がれる視線に気付いたヒューゴが、にんまりとシャロンへ笑顔を浮かべた。
「シャロンも来いよ。一緒に入ろうぜ」
「……でも」
少し悩み、こくんと頷く。
両親と一緒に入浴したことのないシャロンは、幼い子供と親が背中のあらいっこをするといった内容の書籍を思い出す。
その内容に抱いた妙な気持ちは、心を眠らせていた頃に忘れてしまっていた。しかし今になって、あれが憧れであったと思い出す。
シャロンは湯気の中のヒューゴを見上げた。
「おいで。頭洗ってやるから」
シャロンはもう一度頷くと、己の服も脱いだ。
頭を撫でられるのと同様で、ヒューゴに頭を洗ってもらうと幸せな気持ちになる。それに胸が高鳴って、ふにゃふにゃにとろけてしまいそうだった。
初めての光るジャグジーバスも気持ちがよく、シャロンは大満足の入浴に機嫌を直した。
日本国外に出た経験が、ほんっとに小さい……園児の頃以来でですね……ネットでいろいろ調べて海外にはこういう休憩できるホテル無いんだろうなぁと思いました。でもモーテル行ったことないし、モーテルでもないような気もする……だって光るジャグジーバスって楽しいじゃん!?
そもそもバラムの賃貸は靴脱いで上がるって設定にしましたし、都庁みたいな食堂でさばの味噌煮食えますし、日本人の作者と読者は日本っぽいバラムの方が居心地いいですよね!




