07 セントラルタワー
ラウンジにはヒューゴ班だけでなく、別の班のメンバーも集まっていた。
約束の10分前に到着したシャロンと、さらにそれよりも早く到着しているクライヴ。シャロンのすぐ後に、別のエレベーターからカナタが降りてきて3人は揃ったが、集合時間になってもヒューゴが現れない。
エリオットという土属性の魔法士である教官が、渋い顔でタブレットパソコンを見ながら側まで寄ってきて、3人の顔を確認した。
出欠席を確認しているのだろう。
「君たちは、ヒューゴの班だな」
「はい」
ヒューゴがいないことで、本来彼のものである罪悪感を身代わりに背負ったような顔をしているカナタと、もう集合時間を過ぎた時刻を示している腕時計を見て、バツの悪い顔をするクライヴ。
その2人とは対照的に、シャロンはエリオットに臆すことなく微笑みかけた。それから目を伏せて、わざと時間を稼ぐようにゆっくり、長く時間をかけて話し出す。
「あのう、エリオット教官……ヒューゴ教官は……昨晩も、遅くまでお仕事があったのでしょうか? あっ……教官はとてもお優しい方なので……もしかしたらどこかで、困ってる方のお手伝いをなさっているのかもしれませんね」
のんびり、穏やかなシャロンの言葉にエリオットは少し困ったように笑って、視線を泳がせた。
上官に対して、部下が注意をしないのはごく当然のことだ。むしろカナタもクライヴもしっかりと遅刻を指摘していた。カナタやクライヴに非はなく、エリオットの不機嫌な態度を研修生に向けられるのは間違っている。
こちらの様子をうかがっている同期たちや、他の教官たちまで気まずそうにしているのも気にかかった。
シャロンもシャロンなりに都合があるので、この場の空気が悪くなるのは避けたかった。何より、チームメイトの2人を庇うことは、シャロンにとってはメリットしかない。
「あっ……エリオット教官は、何か、ご存知なのでしょうか?」
「え、ああ、いや、そうだな……実は君の担当になったヒューゴという男はかなり……いや、実に時間にルーズというか……とてもマイペースなんだ。君も振り回されて、大変な思いはしていないか?」
「ふふ、ヒューゴ教官は、とってもお優しくて、本当に丁寧に指導して下さいます。ですから、わたしは全然大変ではありません」
「そうか……も、もし今後何か困ったことがあったら、今後俺にも相談してくれて構わない」
初対面の頃から真面目で近寄りがたそうな雰囲気を醸していたエリオットの親切な言葉に、シャロンは両手のひらを合わせ、指を組んで瞳を輝かせる。
どうやらエリオットはやや几帳面そうな性格ではあるものの、決してコミュニケーション自体を嫌うタイプではないらしい。
無益に、理不尽に後輩を叱りつけずに済んだエリオットはシャロンの顔を見つめて、改めてその顔だち、容姿の良さに気付いたようだった。
ピリピリしていた彼の雰囲気が和らいで、カナタや他の同期たちも少しほっとしたように緊張を解いていく。
「別の班なのに……お気遣い頂けて、とても嬉しいです。ありがとうございます。やっぱり、エリオット教官は頼もしくて……素敵な方です。尊敬します」
「い、いや、指導者としてこれくらいは当然だ」
ふわりと微笑んだままシャロンは、エリオットの班員の方へ視線を投げる。
炎の魔法士ウドムと目が合ったので、ぺこりと頭を下げて挨拶をした。
「ヒューゴ教官がいらっしゃるまで、他のチームの皆さんにもご挨拶してよろしいでしょうか?」
「ああ、それは良い提案だ」
「親睦を深める機会を頂けて、とっても嬉しいです」
シャロンの提案に頷き、エリオットは他の研修生、指導員の方へ向いた。
「良い機会だから、皆別の班の同期や指導員と親睦を深めよう。俺はあのバカに電話をしてくる」
エリオットの声に一同が承諾の返事をし、各々ばらけて談笑が始まる。
ラウンジからエリオットが見えなくなるとほぼ同時に、シャロンは同期も教官も含めて、男たちに囲まれた。
皆必死にシャロンに名や顔を覚えて貰おうとしている。その様子に、シャロンは映像で見た鯉という魚類を思い出した。必死に水面に顔を出して仲間と押し合い、餌を待っているような、そんな映像だった。
「ええと……ふふっ、皆さんこんにちは。わたし、シャロンといいます。どうぞ仲良くしてくださいっ」
顎を引いて、恥ずかしそうに言う。
その様を微笑ましく眺めてから、自分も他の者と話し始めるカナタと、憎悪を滲ませる鋭く冷たい一瞥をくれたクライヴ。
シャロンは微笑んだまま、集まった男たちとたどたどしい手付きでスマートフォンを操作し、連絡先を交換した。
クライヴの他にも数人分の鋭い視線を感じる。
本来ヒーローならば、いつだって笑顔で他人に好かれなければならないというのに、憎悪をはっきりと感じる目がいくつもあった。
それでもジェラードと同様、シャロンは常に笑みを絶やさない。
なぜそのように表情を歪ませてこちらを見るのか、シャロンには意味がわからなかった。
明るくて優しくて、世間知らずの箱入り娘で、成績はそこそこ優秀だが少しおっちょこちょい。甘いものや可愛いものが好きで、いつもふんわり広がるスカートやワンピース、アンクルストラップの可愛らしいラウンドトゥパンプス。
長い髪を下ろすか、もしくはハーフアップにして、髪飾りも忘れない。だが、化粧は控えめで、丸く整えた爪は艶出しのトップコートだけを塗り、余計なアクセサリーはつけない
そんな形をしているシャロンには、自分が嫌われる理由などわからない。
「シャロンちゃんって、本当に可愛いよね」
「恋人はいる?」
「……そんな、わたしなんて全然、普通ですよっ! 恋人は、まだ……でも、とっても憧れます。皆さんには、もういらっしゃるのでしょうか?」
シャロンがしっかり周りの男全員、一人ものけ者にしないよう会話をしていると、どこからか一人、のしのしと近付いてくる気配があった。
「おいコラ! ちょっとちょっと! 俺のシャロンにお前ら〜! 離れろ! シッシッ!」
急に乱入して来た男は、外側に跳ねるようセットされた髪に、わざと着崩した制服が特徴的なヒューゴだ。彼は遅刻したことを特に悪びれてもいない様子で笑っている。
シャロンは「あ」と声に出して、それからまた微笑した。挨拶をする時は必ず笑顔を浮かべなければならない。
「おはようございます」
「おっはよー! つうか、朝からモテモテかよ! 嫉妬で狂うー!」
「わたし、全然モテてなんか……」
「うんうん、そうそう。シャロンのことを心から愛してるのは、この俺、ヒューゴ様だけだぜ〜」
ウインクをするヒューゴに、シャロンは微笑んだまま頭を傾げる。
彼の後ろには殺気立つ男の姿があった。それも2人分。
「先輩……」
ヒューゴの背後から、ぬうっと顔を出す般若のような顔のカナタ。
みるみると青くなるヒューゴの後ろに、さらにもう一人、エリオットも加わる。
「ヒューゴ……」
「ひゃははっ、は……わりいわりい、髪のセットに時間が……はは、すまん……ごめんなさい……」
一番に怒りそうなクライヴは女子研修生に取り囲まれ、こちらへ来てまで怒る余裕も無い。
シャロンはにこにこと、正座して怒られているヒューゴを眺めていた。
魔法使いたちが主人公なので、舞台のバラムは悪魔の名前からとりました。
本編にはあまりに出てきませんが、カトル、シープ、ホーク、グリズリーの4つの区域に分けられています。(覚えなくて大丈夫です)