表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンラヴドヒーローズ【全年齢版】  作者: トシヲ
▼後編(ヒューゴ)
69/80

07 旧市街

 ここのところ、ヒーロー内で行方不明者が相次いでいる。

 その人数は短期間のうちに5人へと増え、そのうちの1人にはウドムも含まれていた。


 モンスターの出現に同胞の失踪事件とが重なり、プロとして活躍中のヒーローたちにも危機感や疲労感といったストレスが蓄積されていく。

 不安感に耐えきれず、引退する者、夢半ばに研修を辞退して元の場所へ戻っていく者もいた。


 一度実戦訓練で理性を失ったものの、並外れた力を持つシャロン、成績優秀なカナタとクライヴの属するヒューゴの班は、特例的に戦闘の伴うモンスター関連の任務にも出動要請を下されることが決定した。


 そしてとうとう初となる任務。

 人の気配すらなく、古びた警報機から不明瞭な音質のサイレンが鳴り響く旧市街・第3区の街道へ4人は出動した。

 この場所でモンスターなど、目撃する者も少ないだろうに一体どこの誰が通報したのか。その詳細も不明であった。


 サイレンの音以外何も無い街には劣化した看板や倒壊寸前で蔦まみれの空き家、最近まで浮浪者が暮らしていたのであろう痕跡として、食品の容器や飲料の缶などのゴミくらいしかない。

 工場の跡地は鉄や油のような匂いだけが取り残され、二度と使われることのない機械が滅びの時を待っている。


「あ、あれ? このインカムどうなってるんだ……」


 カナタが右耳に取り付けた新型のインカムのボタンをカチカチと鳴らす。

 モンスターの討伐任務に参加するため、研修生として使っていたものではなく、事前にヒューゴから渡されていた新しいものだ。


「カナタの声は聞こえてるけど……」

「私も、聞こえる」


 シャロンにもカナタの声はもちろんクライヴの声も聞こえている。


「いや、なんか司令部からの指示とかが聞こえてないっていうか……」

「言われてみれば妙だね」


 本来ならばドローンや設置した監視カメラの映像などから、モンスターの位置や作戦などをインカムで指示されるはずだが、まだそれが無い。ここまで来たのも、監視ドローンから鳴った警報音とヒューゴの指示に従ったためだ。


「あ? 俺普通に聞こえてんだけど……権限がまだ研修生だからかもな。とりあえず今回はいつも通り、俺がちゃんと指示出すから」


 ヒューゴの言葉に一同は頷く。

 普段は遊び人のような男だが、近くで見てきた研修生の3人にとって、彼は信頼できる上官でもあったのだ。



挿絵(By みてみん)



 警報は続いているが、モンスターは中々見つからない。

 ヒューゴの指示を受けて廃工場で待機していたが、やがてサイレンも止んでしまった。


「……1区の大通りにネズミ型のモンスターだとよ」


 己のインカムを指でとんとんと叩いたヒューゴに3人は緊張を解く。

 確かに、他のヒーローがいつまで経っても姿を現さないし、あまりにも周囲が静かすぎることへシャロンは違和感を持っていた。


「ここのサイレンの誤作動で、勘違いした奴が通報したのかもしんねぇな。あれ、めちゃくちゃ昔に設置された旧式だし……とりあえず念の為パトロールしろってさ」

「了解」


 ヒューゴに従い、日々の訓練のとおり周りを見て回る。

 茂る雑草や選定されていない木々、壊れたドローン、片方だけ落ちている靴、不法投棄された旧型の自動車……

 廃工場を囲むフェンスはところどころ破れ、有刺鉄線も錆びて脆そうだ。


 ふと視界の隅を何かが素早く動いた。

 それに気付いたのはシャロンだけでなく、4人はそれぞれの背中を合わせるように構える。


「第3区にてモンスターらしき生命体を――」


 ヒューゴが本部へ報告したのを合図にでもしたかのように、その何かが大きな音を立てた。

 積み重ねてあった鉄の残骸のようなものが崩れ、砂塵の奥からヒトのようなものがゴキゴキと骨を鳴らしながら顔を出した。


 ニィ、と不気味に笑顔を浮かべるその顔に、シャロンは忘れもしない、ある男を思い出す。

 あれは紛れもなく、多くの女性を拉致しては殺害し、シャロンにも手を上げたあの男だ。

 白っぽい髪色の若い女を好み、未成年者に対しても容赦なく暴行を加えていた、あの異常者だ。


 しかし彼はヒーローによって捕縛され、タワー内にある留置所および拘置所などの役割を持つ独房で、警察に身を引き渡される直前に命を落としたと報道があったはずだ。


 殴られてできた痣を目にして歪んだヒューゴの表情も、今も頭に焼き付いている。

 とても恐ろしい顔で、瑪瑙のような瞳が血の色のようにさえ見えた。あの時、八つ当たりでもするようにシャロンのもたれかかっていた壁を殴りつけた彼は、犯人だけでなく、抵抗しなかった自分(シャロン)に対しても憤っていたのだろう。


 シャロンは足が竦んでしまっていた。

 感情を表に出さないことは得意であったはずなのに、あの顔を持ったモンスターに、本能的に怖気づいている。


 モンスターの右手は炎を纏っていた。

 粘着質な唾液を垂らしながら、モンスターはぐぐぐと首を傾けてより一層笑みを深くする。


「シャロン!!」


 呼ばれて初めて、シャロンは自分が逃げ遅れたことに気がついた。

 モンスターの燃える腕は、可燃物の入っていたと思われるドラム缶を凹ませ、そこから激しい光が放たれる。


 シャロンは遅れて、なるべく厚い氷の障壁を作り出した。そして、名を呼んでくれた男の両腕が自分を少し乱暴に担ぐ感触と共に、息苦しさのようなものを感じる。

 轟音と爆風が、辺り一面に広がっていた。


「シャロンー!! 先輩!!」

「シャロン!! シャローン!!」


 遠くから2人分の声がして、彼らが無事であることを悟ったシャロンは安心する。

 煤、黒煙の中を、シャロンは愛おしい人に担がれて、人の脚とは思えぬ速さで移動していた。

 走っているのではなく、一度の蹴りで遠くへ跳躍したのだろう。


 目の前で爆発のあった衝撃で、シャロンの意識は朦朧としていたが、安堵からそっと目を閉じる。

 いつもこの男ヒューゴは、シャロンを救ってくれる存在なのだから。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ