06 セントラルタワー
普段から表情の変化が乏しいシャロンがぼんやりしていても、誰も不審には思わない。
じっと微動だにせずラウンジのモニターを眺め、周りからはモンスターに関するニュースを頭に入れているように見えるだろうが、シャロンはずっとヒューゴのことを思い出していた。
「あっ、ねえ、カナタ、あんたタワーの寮入ってるのよね?」
不意に聞こえてきた女の声にシャロンも顔を上げる。
パトロールから戻ったところなのか、運動着姿のシンイーがラウンジに入ってきていた。
「ああ。どうかしたのか?」
「なんかウドムと連絡取れなくって……アイツ、真面目が取り柄なのに……部屋で死んでんじゃないかなって思って」
「ウドムと? そういえば俺も会ってないな……後で部屋に行ってみる」
「助かる。何かわかったら連絡して」
「わかった」
シャロンは二人のやり取りが終わるのをじっと待っている間、シンイーの顔を見つめていた。
その視線に耐えかねたような、怪訝な面持ちでシンイーが視線をシャロンへと移したので、素早く椅子から立ち上がる。
「先日は食堂で、わざと転倒したにも関わらず、シンイーさんに濡れ衣を着せるような真似をしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
腰を直角に曲げて非礼を詫びる。
「あ、あれね……もういいわよ」
「あの日以前にも大変失礼な態度をとっていました。お詫び致します。申し訳ございませんでした」
「も、もういいって……ていうか、喋り方ころころ変わるのね。最近はロボットみたいな喋り方じゃなかった?」
「……事前に頭で文章を考えてからであれば、このようにお話しいたします」
「えっ……じゃあ、ぶりっ子してた時も頭の中で考えてから喋ってたの? 一周回って尊敬するわ……」
少女らしい話し方は常に心がけていたので、どちらかといえば慣れている。
己の行いは尊敬に値するものではないとシャロンは目を臥せる。
頭を垂れ、謝罪しているシャロンの肩をとんとんとシンイーが軽く叩いた。
「ほーら、顔上げなさいよ」
平手打ちを食らう覚悟くらいはできている。
おずおずと顔を上げると、思いの外優しげに笑うシンイーの顔があった。
「最近ちゃんとジャージ着てんのね。似合ってるじゃない。今度それ着て、あたしと本気で手合わせしなさいよね」
「……はい、承りました。シンイーさんがお望みならそのようにいたします」
「敬語もいらないわ。これからはあたしにも、カナタたち相手にする時みたいに話してよ。あっ、あたし、これから父と約束があるの……じゃあね」
手を振り、足早に去っていく笑顔のシンイーを見送り、シャロンはまた椅子にちょこんと座った。
「仲直りできて良かったな」
にこりとカナタが笑いかけてくる。
その向こう側にいるクライヴも興味深げにシャロンの方を見た。
「……というか、本当に頭の中で文章考えてから喋ってるの?」
「ん」
「昨日は帰った後何してた?」
「睡眠」
「あ、これはあんまり考えてないやつだ」
「ん」
いつも通り遅れてくるヒューゴが加わり、4人は組み手の実戦演習を行うためにトレーニングルームへと向かった。
筋力トレーニングを行うジムとは違い、壁に大きな鏡、床にはマットが敷かれている。
希望すれば女性教官のところで講習を受けられるシャロンだが、ジェラードの才能をそのまま受け継ぎ、すでに指導を受けてもいるので、比較的体が小さく腕力の弱い同性と訓練したところで意味がないと判断した。
だが、明らかに手加減をしているカナタとクライヴも相手になっておらず、どちらかというとシンイーと本気で向き合う方が鍛錬になりそうだ。
あまり触れないようにしている2人と避けるシャロンでは一向に決着もつかない。タブレット端末に成績でも書き込んでいるかと思っていたヒューゴが何かの動画を眺め始めたところで一度、3人とも動きを止めた。
「先輩、職務中に何見てるんです?」
カナタの形相が鬼をも超えて、もはや何と言うべきか……シャロンは頭の中で適切なものを考える。とにかく、とても怖いものだ。
「先輩!! なんで職務中に、こんな破廉恥な動画をッ!?」
「いやー、眠気覚ましになるかな〜って」
「眠気覚ましなら、体を動かしたらどうでしょう? ね?」
タブレットを取り上げられたヒューゴが、ぼうっとし始めたシャロンと、腕を組んで怒っているクライヴの間に押し出された。
ヒューゴは気だるげに前髪をかき上げ、錆色の双眸でシャロンとクライヴを交互に見る。そしてため息をついた。
「だって、俺勝っちゃうぞ」
「そりゃ、プロですし教官ですし……でも勝算はあります! 俺は先輩の弱点を知っている」
「へえ、おもしれぇじゃん。よーし、3対1でかかってこいよ」
ギラッとヒューゴの眼光がカナタへ浴びせられた。カナタもにっと笑い、それから素早くシャロンに作戦を耳打ちする。
その内容に、いったいなぜそれで勝てるかわからないが、カナタが言うのだから彼を信じ、試したい。いや、思惟などなく、感覚的に強くやりたいと思った。
同じように作戦を告げられたクライヴも困ったように笑う。それにヒューゴが目を眇めた。
「お前らシャロンを使う気だな」
正解である。
カナタとクライヴがヒューゴを挟み撃ちにするように一斉に攻撃をしかけ、両腕に受け止めさせる。
空いた胴体に、シャロンが低姿勢を保ったままヒューゴを狙う。
その圧倒的な腕力でカナタとクライヴを弾き飛ばし、ヒューゴは正面に飛び込んだシャロンも同じように受け止めようとした。
だが、カナタに指示されていた通りにシャロンは両腕を伸ばして、ヒューゴの腰のベルトの両脇を掴んで彼の動きを止める。
「えっ、ちょっ……」
シャロンの両肩に手を乗せて押しのけようとしていたヒューゴが固まった。そのすきにカナタとクライヴがシャロンの後ろから助太刀に戻って、力任せにヒューゴを押し倒す。
「うおっ! まじかよ〜」
マットの上に押し倒されたヒューゴの上にシャロンはのしかかって、馬乗りになった。先に体勢を戻したカナタとクライヴがハイタッチをしている。
「カナタ! これいつもお前が怒ってるセクハラだろ!」
「違いますよ! 相撲です! れっきとした格闘技ですよ!」
「嘘! ぜってぇセクハラ! マジでズボン脱がされるのかと思ったぜ……」
脱がすつもりはなかった。むしろベルトを掴んで、ヒューゴの体を持ち上げて投げる……投げられるとは思っていなかったが、そのように動くつもりでいた。
その拍子に抱擁のような体勢になることへ期待があったことを否定できず、自分にとっては愉快な出来事であったが、ヒューゴが不安を感じたのならば謝罪をすべきかもしれない。
「ヒューゴ、脱がして、ごめんなさい」
「いや、脱げてない、脱げてないぞ!」




