02 セントラルタワー
後書きにラクガキがあります。
水泳や格闘技など、講習によって男女で別れるものもある。今日は丁度その格闘技講習の日で、男子はタワーの外の武道場へ行ってしまった。
1人で過ごす空き時間、ラウンジでシャロンがぼんやりとスマートフォンでモンスターに関する記事を眺めていると、人差し指でくるくると車の鍵のついたキーホルダーを回しながらヒューゴが寄ってきた。
「そこの可愛いお嬢ちゃん、今から買い物付き合ってくんね?」
「……買い物」
「そ。備品の買い出し」
「行く」
ヒューゴとは午後にパトロールもあるので、共に行動した方が効率的だ。シャロンが時間に気を付けていれば彼も遅刻をしないだろう。
セントラルタワーの地下駐車場で、シャロンは黒い自動車を見つめる。
ヒューゴが車を持っていて、出勤などで使っていることは知っていた。だが彼のこの愛車を間近でじっくりと見るのは初めてだ。
それほど安い車ではないと、車の知識の少ないシャロンにも見てわかるような材質の座席シートが見える。わざわざ手入れのしにくいだろうレザーのシートは、高級志向の者しか選ばないだろう。
魔法使いの中ではかなり高給取りと言えるヒーローだが、ヒーラーはそれには含まれない。いくら教官に抜擢されたからといって、メディアに取り上げられず、わざわざカメラを避けているような彼にこの車は違和感があった。
「これ、ヒューゴの車?」
「んー、借り物」
「レンタカー?」
「いや、友達が使わねえから貸してくれた」
そんなことがあるのだろうか。一体誰が車などという高価なものを貸すと言うのだろう。
なぜだか胸がきゅっと締め付けられるような気持ちになる。
助手席に座ると、座席に落ちていた小さく硬い何かが尻に当たった。指でそれをつまんで見てみると、キラキラと光を反射して輝く宝石のようなものが埋め込まれたピアスだった。
金属の種類はわからない。しかしポストの部分のみアレルギー性のないだろう素材になっており、恐らくそう高価なものではなく、安価で手に入る流行り物だろう。装飾が揺れるその華やかなデザインから、ヒューゴのものではないとシャロンは結論づけた。
いつもヒューゴの耳についているのはシルバーか、もしくは黒色でシンプルなものだ。
「ヒューゴ……これ、誰の?」
「あ? 誰だろう、わかんね。そこのゴミ箱に捨てちゃって」
シートベルトを装着すると、今度は足元に口紅が落ちているのを見つけた。これもまた、ヒューゴのものではないだろう。腰を折って拾い上げると、口紅以外にも何か落ちていることに気が付いた。
自分以外の女性がヒューゴの車に乗っている。この車も、その親しい女性から借りている可能性がある。
シャロンはもやもやとした感情に怒りのようなものを見出して、うまく言葉が出ない。
そんなシャロンのつまみ上げた口紅をヒューゴが一瞥し、呑気に声をかける。
「それも捨てちゃって」
「うん……ねえ、これは?」
「ん?」
動き出した車の中で、再びちらりとヒューゴの視線が一瞬だけシャロンの指先を見た。円状の何かが入っている包装は透けない素材で薄く、一瞬ゴミのようにさえ見えた。
すぐにフロントガラスの方へ向いたが、ヒューゴの横顔は困っているような表情だ。
見られたくないものを見られたということだろう。
シャロンはついつい邪推して、女性のものかとため息をつく。
「……これも、女の人のもの?」
「え? いや、俺のもの! 俺が使うやつ。シャロンとイチャイチャする時に使い方教えてやるよ」
イチャイチャというものが何なのかピンとこないが、これは自分と関係するものとわかったので少し心が軽くなる。
なぜだろうか。ヒューゴが女性相手に見境がないのはいつものことなのに、一喜一憂してしまう自分がいる。
感情に流されてはいけない。
シャロンは口を引き結び、フロントガラスを眺めた。
ショッピングモールは人で賑わっている。ヒューゴは非常食や救助活動などに使うのであろうロープや毛布などを購入したが、手伝いに来たはずのシャロンに持たせた荷物は軽くて小さなビスケットの箱だけだった。
最後に寄ったスポーツ用品店では、それまで購入品を素早く決めていたヒューゴが明らかに悩んでいるのが見えた。
女性用のサイズの運動着が並ぶ売り場に何の用があるのかと様子を伺っていると、どうやらシャロンがパトロール中に着る衣服を見ているようだった。
「でも」
「俺の腕回収してくれたお礼な。タワーのシャワー室のあたりに洗濯機もあるから、そこでささっと洗濯すりゃ良いんだ。乾燥機もあるし。別に持って帰らなくて良い」
シャロンの言いたいことを即座に理解したヒューゴに少し驚きつつも頷く。
シャロンはヒューゴの選んだ白や水色を基調とした運動着を試着室で纏い、鏡を見つめる。短いパンツの下にレギンスを履いて、いつものスカートよりも動きやすいのに下着も見えないことに安堵を覚える。上はもちろん長袖だから、何の心配もない。
だが、鏡に映る自分を見て、少し残念な気持ちになった。
「着心地はいかがでしょうか?」
カーテンの向こうから聞こえた店員の声に口ごもってしまう。
「……別の色は、ありますか」
「はい。同じサイズのものをお持ちしますね」
足早に店員が去っていくと、カーテン越しにヒューゴがシャロンの名を呼んだ。
「おっ、シャロ〜ン、とうとう服に関心を持ったか! 何色が好きなんだ?」
好きかどうかはわからない。わからないが、ヒューゴがよく身に着けているのはカーキや深緑、そして黒色だ。
コーヒーキャンディーも、コーヒーゼリーも黒っぽい色だ。
「黒……黒いの、着てみたい」
「あ〜黒か。黒ならシャロンのツルツルのお肌も髪も映えそうだよな〜。ぜってぇ可愛いぞ」
何が、どう可愛いのだろう。黒色は可愛いとはかけ離れているように思う。少なくともシャロンはそう教育された。
それでもヒューゴが可愛いと言ってくれるのならば、やはり黒が良い。
胸がとくとくと早く鼓動を打つのが何なのかわからず、不安な気持ちになってしまうが、店員が持ってきた黒色の運動着を目にした瞬間にそんな憂いは消えた。




