06 自宅
『輸血で息子が魔法使いに……病院に損害賠償を請求』
『昨日の午後5時頃、バラム市内にてまた謎の生命体が出現しました。爬虫類の体を繋ぎ合わせたような姿で、バラム市ではその生命体を、魔法によって作られたモンスターと断定し、捜査が行われているようです。それでは、現場から中継です――』
『止まらない魔法使いの暴走……事故で我を失った少年、車を破壊。更生プログラムは果たして機能しているのか――』
『本日お伝えするニュースですが、また痛ましい事件が起こりました。第1区カトルの森林公園で女性の遺体が――』
『ここで速報です。バラム市での連続誘拐事件について、本日未明発見された女性の身元が――』
いくつかのチャンネルを少しずつ見て報道されている内容を確認し、そしてテレビの電源を消す。
支度を再開したシャロンはストッキングを履いて、スカートの裾のしわを払って直した。
そしてぼんやり、一度玄関で振り返って、誰もいない屋内を眺めてからパンプスを履く。
オーダーメイドの靴のサイズはピッタリで、重心移動で簡単にバランスを崩すこともないが、アンクルストラップの当たる部分に少し赤みがあった。
靴擦れだ。
しかしシャロンにとってそれは気にするほどのものではなく、すぐに視線を外した。
研修が始まって数週間が経った。
今日は第1区、カトルと呼ばれる地域のパトロールだ。ここ最近街を騒がせている連続誘拐事件について、ヒーローたちは警察の捜査に協力を要請された。
プロのヒーローは戦闘が予測されるモンスター出現事件の方に出動しており、新人ヒーローやシャロンたち研修生が、誘拐事件に関連した地域のパトロールに駆り出される。
誘拐事件の被害者は全て髪色の明るい女性だ。10代〜20代前半の女性のみを狙った犯行で、見つかっている被害者は皆、暴行を受けた末に亡くなっている。
テレビでははっきりとした表現を避けているが、暴行の内容には性的なものも含まれていると資料にあった。
シャロンはその、性的な暴行というものを全くわかっていないが、到底許されるべきではないものと認識している。あのジェラードでさえ資料に表情を歪めるほどなのだから、本当に惨たらしい有様の遺体が出てきたのだろう。
「……暴力……」
呟く声は誰の耳にも届かず、まるで粉雪のように空気の中へ溶けて消えた。
集合場所はバラム市のヒーロー司令部の置かれる、セントラルタワー内のラウンジだった。
司令部だけでなく、ヒーローに関するものはだいたいこのタワーに集約されており、専用のトレーニングジムや医療施設、研究施設から居住階、食堂、ランドリーにシャワールーム、スタジオ、美容サロンまで兼ね備えている。当然講義室や会議室も複数あり、研修生の座学や講習のほとんどはこのタワーで行われる。
昔は他の地域のヒーロー司令部と同様に、バラムの司令部は警察署の裏にひっそりとあったらしい。当時ですら時代遅れにも見える3階建ての建物で、古びた公民館を改修したような作りだったと聞く。
今のセントラルタワーが建てられたのも、ジェラードの功績の一つだ。
それまでの魔法士はヒーローとは名ばかりの都合のいい戦闘員、あるいは医療スタッフだった。それを一気に人気者に変えた。
ヒーローとして、観光大使として、アイドルやファッションモデルなどの広告塔、小説のモデルや、ドラマ、映画の俳優として……。
彼が救った人命と、何より産み出した経済効果はまさに伝説的で、ジェラードはこのバラム市の英雄だ。
バラム市をモデルに、別の地域でもヒーローをタレント、あるいはスポーツ選手のように扱い始めた所もある。
ジェラードは魔力を持って生まれた異端児たちにとっての一番星だ。そしてシャロンもまた、その血を体に流して生きている。
裏門から屋敷の敷地を出て、自動で閉まる門の音に施錠されたことを確認する。
車の出入りする表の門の前にはジェラードをカメラに収めようと待ち構えるパパラッチがいるので、こうして緑が生い茂ってずっと使われていないように見える、暗い裏道から出るのだ。
雪と絹でできたような長い髪をさらさらと揺らしながら、セントラルタワーに向かって足を進める。
徒歩圏内なのでバスなどの乗り物は使わずに歩き続けていると、タワーを中心に栄えた一帯が見えてきた。
企業のビルや飲食店、アパレルショップ、アミューズメント施設だけでなく、フラワーガーデンといった自然を感じられる公園もある。
バラムのほぼ中央、4つすべての区域を見守るシンボルタワー。
街には今日も多くの人が生命活動をしている。