09 クライヴの部屋
クライヴの手付きはシャロンを愛でて、慈しむものだった。
ベッドの上で向かい合って抱きしめられ、ワンピースの背にあるファスナーがじりじりと落とされていく。
ああ、しまったとシャロンは目を見開く。
身を固くしてクライヴにしがみつき、いやいやと首を振ると温かな手が背中をさすった。
「腕、痛いの?」
「痛くない」
「……先に、僕、脱いでもいい?」
「うん」
シャロンはしがみつくのをやめ、目の前でインナーまで脱いでいくクライヴを見つめる。
色素の薄い肌が晒されていき、傷一つないその美しい体に、思わず目を潤ませた。
こんなに綺麗な人が、自分のような醜い傷を持つ者を愛してくれるだろうか。いいや、そんなはずがない。シャロンにすら、自分の腕は見苦しく醜悪であるのに。
「僕、学校でたくさん怪我したんだ。今はこの通りなんだけど……卒業前に肌の表面をわざと削ったりとかして全身治される……虐待を受けていたなんて、世間に知られるわけにいかないからね」
「……学校で?」
シャロンの知っている『学校』の知識とそれはあきらかに違う。
学校には年齢の近い子供が集まり、共に授業を受け、遊び、交流を深めていく場だと思っていた。この講習のように、楽しく学んでいるものとばかり思っていた。
「僕はたくさん火傷して……今思うと笑っちゃう話なんだけど、髪がちりちりに焦げたり抜けちゃったりして、一時期は坊主頭だったりしてさ。だから傷跡なんて見慣れてるし、ちっとも汚いとか嫌いとか思わないんだ」
「……顔まで、仕置きを、されるの?」
「仕置きって……シャロンは、誰にされているの? まさか、ジェラードさんが……」
「父親は、娘や妻を叱るものなんでしょう?」
クライヴもいずれシャロンのことも躾けるのだろう。ジェラードの優しいというイメージを崩さぬよう、そのことに関して口外することを避けてきたものの、一緒に暮らしたこともあるクライヴが驚くとは思いもしなかった。
「……シャロン、腕を……見せてほしい」
クライヴの言葉に不安になりつつも、彼の言葉を信じる。
毛髪が抜け落ちるほどの傷を負ったのなら、シャロンの腕も彼にとっては日常的で、見慣れたものなのかもしれない。
袖を引っ張り、腕を引き抜く。
クライヴの手が、シャロンの醜い二の腕から手首にかけてをそっと撫でた。長いまつ毛を伏せたクライヴに傷を見つめられ、とくとくと心臓の鼓動が速くなっていく。
ケロイドを放置し、蚯蚓がまるで蝟集したかのような傷跡と、所々上からできた傷を回復魔法で治した綺麗な皮膚がでこぼこして、色も斑模様のようになっている。
その腕に、クライヴが顔を顰めた。
「一人で、我慢していたの?」
「……何も、考えてなかった」
痛みにはもちろん苦しんだが、我慢していることすら考えないようにしていた。
ただ時間の流れる中でぼんやり、視界に入ったものの名前すら思い浮かべたりもしない。
シャロンは人生の長い時間を、生きているようで死んでいた。
思考することは苦しかった。だから逃げていた。クライヴに会えなくなって寂しかった時間もほんのわずか。医者に出会うまでは、自分が生きて、クライヴと共にいたことも忘れていた。
クライヴの手が温めるようにシャロンの傷痕だらけの肌を撫でる。
一部が凹み、そして別のところは不自然に隆起していて、ガサガサだったり突っ張るような張りがあったり……触り心地の悪いところを撫で、そして唇で触れた。
まるで汚くないとでも言うかのように、大切そうに口付けを落とされる。
「シャロン……君を愛している。君は綺麗だよ。姿、形がどうであろうと、僕にとっては君が一番……何よりも」
クライヴの唇が両腕とも睦んで愛でて、それから再び物寂しかったシャロンの唇に重なる。
離れてはくっつき、角度を変えては繰り返される。まだ愛されることに慣れないシャロンは、耐えられずに鼻から声を漏らした。
その声に釣られたように、クライヴも喉を鳴らす。
いつも衣服の下に隠していた別の傷にも、クライヴは優しくキスをする。
ちゅ、ちゅ、と余すことなく口付けをしたクライヴは、やがてシャロンの醜い肌を美しいものでも前にしたかのように愛おしげに見つめた。
「あまり見たら、やだ……」
「ごめん……でも……君が、可愛いから……」
いつの間に汗をかいたのか、顔周辺の髪もしっとりと濡れてしまった。
恥じらうシャロンが返事もできないまま熱くなった頬を冷まそうとしていると、クライヴが優しく抱きしめてくる。
「すき……」
そう呟くシャロンの頬を撫で、おねだりしようとしていたキスをクライヴが再び繰り返す。
それが幸せで堪らず、一粒、涙が目尻から落ちていった。