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アンラヴドヒーローズ【全年齢版】  作者: トシヲ
▼後編(クライヴ)
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03 セントラルタワー

 パトロールが終わるとシャロンは更衣室で元の服に着替え、運動着を抱えてランドリーへと持ち込んだ。

 専用の自動販売機にICカードをかざして1回分の柔軟剤入り洗剤を購入し、たどたどしく洗濯の準備をした。

 それからゴウンゴウンと回る洗濯槽の音を少し聞いていたが、ほんの気まぐれにランドリーを出る。


 もしかしたらカナタやヒューゴが自分のことを待っていてくれるかもしれない。時間潰しに会話をしたり、カフェか、またあのゲームセンターに誘われることへ淡い期待を抱いていた。


 ひょこっとランドリーを出てみると、そこには同期の女性研修生が3人ベンチに座っていて、1人、シンイーだけが彼女たちの前に立っていた。

 その中で唯一会話をしたことがあるシンイーは、何やら同期の女性たちを叱りつけて、シャロンには気付くことなく足早にその場を去っていく。


 シャロンの存在に一番に気が付いたのは、ベンチの一番手前に座っていた研修生だった。

 ミリエルと言っただろうか。シャロンと同じ白っぽい髪をしていて、丁寧な言葉遣いが特徴の活発な女だ。


 ミリエルはシャロンのように、異性に対してあからさまなアピールはしていない。タワーまでスカートやパンプスを履いてきても、講習の始まる前に必ず運動着に着替えているし、長い髪も後ろで結って束ねている。

 シャロンに近寄らなくなった男たちにとっては、そういうところが良いのだそうだ。良いところは学び、自分の言動にも取り入れたい。


「おつかれさま……です」


 好かれるためには自分からも好きになる。ヒューゴの教えを胸に、シャロンはミリエルの方を見つめた。

 シャロンもミリエルに対して敵意は無い。なんとなくだが髪色も髪型も、顔つきも似た系統で、親近感があった。


「……え? 今の、誰に言ったんですかねぇ?」


 ミリエルの言葉にくすくすと小さな笑いがおきた。ミリエルの肩を隣りにいた者が小突く。


「ちょっと、今のは失礼でしょ……ふふっ」

「ええっ、だってシャロンさんって男の子にしか話しかけないでしょう? だから絶対ミリエルにじゃないです! ミリエル、男に見えますか?」


 シャロンははっとして、ミリエルの正面まで歩み寄る。確かにシャロンはこれまで男にしか話しかけなかった。ミリエルを含め、女性に話しかけられたことも何度かあったが、あまり相手にしなかった。

 だから彼女が誤解をしても、何らおかしいとは思わない。全ての非が自分にある。


 まずは相手の名前を呼んでから、しっかりと目を見て挨拶をすべきだろう。それは男に好かれるためにもやっていた、非常に簡単なことだ。

 挨拶もまともにできない浅はかな自分を反省し、シャロンはミリエルの目をじっと見つめた。


「ミリエルさん、おつかれさまです」


 はっきりと言えたことにシャロンは達成感を抱く。声の出し方も、柔らかくしたつもりだ。

 ミリエルはぽかんとしていたが、やがて手で口元を隠して、すぐ隣の女の耳に口を寄せた。


「ねえ、この人、なんで話しかけてくるんですかね? ミリエル、また何かしちゃいました?」

「何かって……決まってるじゃん、ミリエルちゃんが最近モテるから」

「そんなぁ……ミリエル、好きな人にだけ愛されてたら、それで満足なんですよ。あっ、誤解しないでくださいね。私、別にシャロンさんみたいにハーレム願望無いので」


 好きな人にだけ愛されてたらそれで満足と、その言葉にシャロンは目を瞬かせる。

 シャロンは今、多くの人に愛されたい。たった1人だなんて、ミリエルはなんと欲が無く、孤独に対して強く勇ましいのか。


「私は、ミリエルさんとは違うみたい、です」

「は?」


 例え魔法が他の人よりも強力で、簡単に人を傷付けられても、シャロンは自分が脆弱な存在だと思う。ピストルの訓練を受けようが、体術を学ぼうが、シャロンはミリエルのように人々から愛されるような本物ではない。だから少しでも多くの人に、生きている時だけでもいいので好かれたい。


 シャロンはやはり、子を産まねばならない。そうしなければ、自分を生み出した親の役にも立てないただの肉の塊だ。

 だからミリエルとは違う。余計なことをしなくとも愛される、愛されるべきミリエルとは。


「はううっ……それどういうことですか? そりゃ、シャロンさんに比べたら私、髪は染めた色だし、魔力も及ばないですけど……ひどいですっ、どうしてそんなこと言うんですかぁ!」


 急に涙声になるミリエルに、シャロンはぱちりとまた瞬きをする。自分とは違って、素晴らしい存在と褒めたつもりだった。

 何が気に入らないのだろう。どの言葉が彼女を傷付けたのだろう。


「シャロン!」


 頭を傾げるシャロンの名を、後ろから呼ぶ者がいる。

 それも聞き慣れた怒鳴り声だ。

 えぐえぐとしゃくりあげていたミリエルが勢いよく立ち上がる。


「クーくーん!」


 ミリエルが走り、クライヴの背中に身を隠す。ぎゅっと彼のシャツを掴んでしがみつき、横から顔だけ出してじろりとこちらを観察し始める。

 そのあまりにも不可解な行動が何なのか、シャロンは自分の行いと当てはめて、ようやく気が付いた。


 ミリエルは今、クライヴに好かれようとしている。そして彼女からは、はっきりと自分へ敵意が感じられる。

 シャロンがシンイーを貶めて利用したように、ミリエルもシャロンを利用しようとしているのだ。


「シャロン、ミリエルに何かしたのか?」


 クライヴの後ろへ隠れて顔だけこちらを覗くミリエルは、余裕のある笑みを浮かべてシャロンを見つめる。それから、クライヴに見えないところで舌をべえっと突き出して、シャロンを威嚇した。


「答えろ。ミリエルに、何をしたんだ?」


 シャロンは『物心』がついた頃の事を思い出す。

 あの頃はとにかく外が気になっていた。言語を覚えて、すぐにそれを確かめたいと願ってもいた。外に出て、ランダムな誰かの言葉を理解してみたい。

 そうしてようやく抜け出した外で、シャロンは太陽という天体のような、キラキラと眩しい金髪の少年に出会った。それがクライヴだ。


 あの時のシャロンにはクライヴしかいなかった。クライヴだけがシャロンをシャロンとして尊重し、微笑みかけてくれた。シャロンは彼の笑顔を真似して表情を作った。


 クライヴはいつもシャロンを好きだった。何の努力もせず、無条件に愛してくれたはずなのに、今のクライヴのシャロンを見る目には軽蔑の色が滲んでいる。

 シャロンの言い分など聞かず、ミリエルだけを信じてこちらへ怒りを顕わにしている。


「……クライヴの赤ちゃんは、ミリエルさんが産むの?」


 シャロンはトップヒーローになる可能性のある男全員に好かれるようにとしてきたが、クライヴはやはり自分のことを嫌いなようだ。

 失敗したのも、ほとんどクライヴにも原因があるというのに。


 わけがわからない。胸に理解のできない痛みがある。


 クライヴはシャロンの計画を知らないのだ。

 シャロンはジェラードの後継者を産まねばならない。その後継者を新たな平和のシンボルとして君臨させ、魔法使いがいかに優れたヒトであるかを示す。


 この地域を含め、ありとあらゆる場所において魔法使いの地位は低い。魔法使いはヒトの中では極めて優れた種であるのに、未だ残る偏見や差別に晒されている。それらを無くし、改め、全ての魔法使いが何不自由無く健やかに暮らし、か弱い無能なヒトたちが恐れることなく守られる世界へと導かねばならない。


「お前には、ミリエルが結婚をしようがしまいが、その相手が誰だろうが関係ない。僕にもそうだ」

「クライヴはミリエルさんに子を産んでほしくはないの?」

「……それは、僕とミリエルを侮辱しているのか? それとも意味もわからず言っているのか? どっちだ?」

「侮辱をしたつもりはない。クライヴの繁殖の条件が気になっただけ」


 クライヴは眉間にしわを寄せたまま、己の背後にいるミリエルの方を向く。


「シャロンは世間知らずなんだ。代わりに僕が謝罪をする。すまない。それから君も……そのクーくんというあだ名はやめてくれないか」

「あっ、そうでした……クライヴくん、ごめんなさーい」


 ミリエルが可愛らしく顎をひっこめて上目遣いで謝罪の言葉を告げる。だがあまり反省をしている様子ではなく、クライヴに向かってにこにこと微笑みかけている。

 シャロンはなるほど、と感心した。怒らせて気を引く方法もあるのだ。

 ミリエルはシャロンに対して敵意を剥き出しにして嫌っているようだが、それはそれとして勉強になる。


 だが、やはりよくわからないのは、侮辱したと思われたことだ。

 子供ができることは素晴らしく、めでたいとであるはずだ。意味をわからずに言っているのかと問われたが、その意味とは何か。


「にしても、本当にシャロンさんはひどいです! ミリエルが地毛じゃなくて、ブスでスタイルが悪いからって、だからクー……クライヴくんに相応しくないなんて……それはクライヴくんが決めることじゃないの? シャロンさんは意地悪です!」

「……毛? ブスデスタイル?」


 頭上にぽこぽこと疑問符が浮かんでいく。

 んーと小さく唸り、シャロンは脳の活動を活発化させて考えに考え、考えて考えて考えても、自分がそういった話をした覚えがない。

 だが思案に思案を重ね、熟考したのちにシャロンはそれが全て事実であると結論づける。


「容姿やあらゆる能力など、遺伝して良い要素が私には多くある。より優れた子供を作るには、確かにクライヴに相応しいのは私の方……」


 シャロンにとってはそれが事実だ。だからそれを認めただけなのに、ミリエルの目がみるみる大きく見開かれ、憎悪が増していく。


 比較したことが、彼女にとっては気に食わなかったのだろうか。改めて事実を述べたことを不快に思ったのだろうか。

 シャロンはミリエルをじっと見つめる。

 しかしシャロンは何も、シャロン自身とミリエルを比較したわけではない。シャロンがミリエルと比較したのはジェラードの血だ。シャロンがミリエル優れているのではなく、ジェラードが優れているというのは周知の事実だろう。


「私にはパパ……ジェラードの血が流れている。だから優秀な子供を作るには――」

「いい加減にしろ!!」


 突然大きな声を出したクライヴにシャロンは驚き、動揺した。

 クライヴの怒りの矛先が自分だとわかると、ものすごい勢いで叩かれたような衝撃を感じ、動けなくなる。小言には慣れているが、ここまで大きな声で怒鳴られては驚いてしまう。

 硬直するシャロンの手首を痛いほど強く握り、クライヴが強く引っ張った。


「来い!」


 クライヴが怒りのままに出した低い声に、シャロンは抵抗することを諦める。

 こちらを睨みつけているミリエルを、他の2人の女が宥めようと背を撫でたりしているのを見ながら足を前へと出す。


 彼らが遠のいていく。そして見えなくなる。

 シャロンは顔を前に向け、ひどく怒った様子のクライヴを見上げた。

 嗚呼、これから彼も自分に仕置きをするのか。クライヴが今掴んでいる腕が既に醜い状態と知ったら、どんな顔をするだろうか。気持ちが悪いと、踏み潰すかもしれない。きっと、もっと嫌われてしまう。


「引かなくても私、自分で、歩ける」

「……僕はお前を信用できない。手でも繋ごうか。逃げようとしたら容赦しない」


 シャロンはこくっと頷く。

 いつの間に大きくなったのだろう。クライヴの手は硬くて大きくなっていた。今はそんな空気ではないが、シャロンは手を繋いで貰えることを僅かながら心地よく思った。



ミリエルは名前を付けない予定のモブだったのですが……悪役令嬢っぽくしちゃお!! 超好き!!! となって急遽とにかく可愛い感じの名前を付けました。

考えうる限りで最もムカつくタイプのキャラにしたつもりでしたが、なぜかお気に入りのキャラです。

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