02 第1区
実戦では男女など性別は関係ないが、万が一の事故に備えて性別で別れる講義もある。その講義を終えると、クライヴは香り付きの汗拭き用ウェットシートで体を拭いて、汚れた運動着から予備の清潔なものへ着替えた。
更衣室のベンチに座って、魔法で濡らしたタオルで体を拭いているカナタを待ちながら、クライヴはスマートフォンを眺める。
これまでアカウントを所持してはいたものの、あまりSNSを確認することが無かった。だが最近はシャロンの投稿内容が気になって、つい見てしまう。
肝心の男たちに白い目で見られ、あからさまな男漁りをやめたシャロンは、最近なぜか食べ終わった後の皿の写真をアップロードする。それが少し、クライヴは気になるのだ。
シャロンは変わった。力を暴走させたあの日から、爆発したことで残滓のみとなったような乏しい感情、表情を見せてくる。
不特定多数の男から、ターゲットをカナタのみに絞ったのかもしれないが、その真意はわからない。
それにしても、あのお世辞にも上手くない写真と食べたことの報告のみの投稿は何なのか。何かを企んでいたりするのだろうか。
ヒントでも探すようにSNSのアプリを起動し、クライヴは目に飛び込んできたシャロンの投稿に苛々と眉間にしわを寄せた。
(あいつ、また……)
クライヴが気になっていたあの投稿は全て消され、本人が撮ったとは思えない小綺麗なスイーツや、いかにも彼女が着ていそうなコーディネート、淡い色のコスメの写真が投稿されている。
また男漁りを再開するつもりなのだろうか。人の心を玩び、自分の身も省みず。
クライヴは裏切られ、あっけなく捨てられたことが悔しくて憎くてたまらない。
強い子を産まねばならぬとか、そんな愚かな理由でヒーローを志す者たちの邪魔はして欲しくない。
人の心を弄ぶなど最低の行いだ。
あれほどまでに恵まれた魔法の才能を持っていて、なぜ己の手で一番になろうとしないのか。
苦しみ、もがいて、死にそうなほどの激痛に耐え続け、ようやく魔法士としてヒーローを目指す段階へ進めた凡庸な自分が馬鹿みたいだ。
パトロール研修の集合場所にはクライヴとカナタの2人しかいなかった。クライヴはカナタと共に、昨晩のテレビ番組の話題で時間を潰す。
いつもならば5分前には必ずシャロンも来ているが、彼女が来ないままもう残り1分――
「おお、シャロン! その服!」
クライヴから視線を外したカナタの妙に明るい声を聞き、クライヴも振り返った。白っぽい運動着姿のシャロンがまっすぐこちらへ歩いて来ていた。
てっきりいつものようにふんわりとしたスカートと走りづらそうなパンプスで来るものと思っていたので驚いたが、珍しく時間丁度にシャロンと共に現れたヒューゴが自慢気に笑って胸を張っているので、その経緯を察する。
「ヒューゴが買ってくれた」
その言葉がちくりとクライヴの胸を刺す。
「クライヴも可愛いと思うだろ~?」
シャロンがまた男の気を引こうと、素晴らしい女性であるとアピールをし始めた理由がヒューゴだったら。ヒューゴに好かれようとしているのなら……
(……いや、問題ないだろ。ヒューゴのことをちゃんと好きで、それで小さな、可愛い嘘をつくくらい……)
「……ああ、そうだね」
肯定すると、それが意外だったのか、カナタが眩しい笑顔を浮かべて肘でつんとクライヴの二の腕あたりをつついた。ヒューゴもぴゅうと口笛を吹いて、にやけ面でシャロンを見下ろす。
ヒューゴもかなり女性に手を出してきたタイプだ。相手を傷付けたかというより、そういう同じような価値観の女性と戯れに体を重ねたりしたのだろう。
クライヴは、シャロンと彼はお似合いではないかと自分へ言い聞かせる。
しかしシャロンは魔法使いの、アタッカーと呼ばれる炎や水、風、土などを自在に操るタイプに拘っていたはずだ。強い子供……稀に産まれる、2つの属性の魔法を使いこなす子を求めているものと思っていた。
ヒューゴは回復魔法士で、確かに並外れた力を持ってはいるもののシャロンの求めた能力とは違う。
(子供の能力とか関係なくて、ヒューゴのことが……心から?)
自分には関係ない。そう己に言い聞かせ、クライヴは愛想笑いを浮かべる。
「せっかくヒューゴが時間通りに来たんだから、パトロールも時間通りに終わらせよう」
「自分もその考えに賛同いたします、クライヴきょーかん」
「お、俺もです」
ヒューゴは本当に教官としての自覚が無いのか。
呆れてため息も出てしまうが、そのノリに合わせてきたカナタが可笑しくて、クライヴはやっと心から微笑んだ。
クライヴは結局のところ、今という時間を楽しんでいる。カナタとヒューゴに出会ってから、クライヴの中の嫌な記憶が日に日に薄れて、楽しそうな明日へ期待をしてしまう。
その薄れ始めた嫌な記憶にはシャロンのことも含まれていて、つい、血も涙も凍っているようなあの氷の魔女に笑いかけたくなる。仲間として認めてしまいそうになる。
だがクライヴはそれを許さない。
自分が抱いている憎しみももちろん大きいが、カナタや他の人がシャロンに玩ばれる様を見たくなかった。