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アンラヴドヒーローズ【全年齢版】  作者: トシヲ
▼後編(クライヴ)
47/80

01 回想

■前編のあらすじ


 ヒーローを目指してチームで研修を受けるシャロンは、チームメイトであるカナタとクライヴ、教官のヒューゴと共にパトロールの研修中、誘拐事件に巻き込まれてしまう。

 しかしそれは男の気を引くためのもので、その後もわざと転んだり、買ったクッキーを手作りと偽ったりと嘘のシャロンを演じ続けた。


 クライヴの妨害により嘘が発覚し、男たちに嫌われたことで【優秀な子供を作る計画】が頓挫する。

 シャロンは蓄積されたストレスから、実戦演習で理性を失い暴走してしまった。

 だがその暴走をきっかけに、チーム内での絆を深め、シャロンは凍っていた心を溶かし始める。


 つらくて寂しい夜、シャロンはある人物を想う。その時口にした名は【クライヴ】だった。

 クライヴの両親はヒーローだった。電気の魔法士の母と、浮遊魔法でサポートをする父。彼らに憧れ、幼い頃からクライヴもヒーローになるのだと決めていた。


 クライヴも受け継いだその美貌で人気を集めていた母と、公私ともに母を支える温和な父。彼らが命を落としたのは10年ほど前。

 魔法を異端とし、魔女狩りと称して魔力を持った人々を殺傷するカルト的テロ組織との抗争の中だった。


 クライヴの両親が殺害されたという報道は、テレビでも日夜取り上げられた。

 端審問協会と名乗るテロ組織は魔法使いへの暴行や拷問を異端審問、魔女裁判と呼び、それらを総称するように、マスコミも市民たちも『魔女狩り』という言葉を使い続けた。


 クライヴの両親の遺体は帰ってくることがないまま焼かれて、灰となった。

 幼いクライヴは両親の眠る墓すら無いまま、彼らの死を受け入れざるを得なかった。


 協会組織は、その当時から爆発的な人気でアイドルと同じように扱われ始めていたジェラードに指導者が捕縛されたことで解体された。

 残党も殆どが逮捕または自決し、今服役していない者は皆命を落としたとされている。


 市民に献身的に尽くしていたヒーロー、ジェラード。彼を化け物のように呼ぶ協会組織の残虐行為に一般市民も辟易していたのだろう。

 美しい氷の魔法で、敵を殺さずに捕縛した清く正しいジェラードは、魔法使いの地位向上に大いに貢献した。



 クライヴは天涯孤独の身となった。

 両親の死を何度も何度も聞かされ、心を閉ざした幼い魔法使いを引き取りたいと願い出る親族はいなかった。


 当時のヒーロー司令部に併設されていた託児所からも出され、その後しばらく保護施設で過ごしていたクライヴを迎えに来たのは、両親の同僚であるジェラードだった。

 そしてクライヴは多くの人々に祝福され、ナンバーワンヒーローの養子となった。


 だが、クライヴの孤独は決して癒やされなかった。



 人気ヒーローの息子になったからといって、両親への恋しさが消えるわけではない。

 もちろんジェラードへの感謝の念は溢れるほどにあったが、多忙を極める彼と親子らしいことは何もなかった。


 クライヴは教員免許を持つ優秀なシッター、カウンセラーに世話をされ、心が落ち着いた頃に小学校へ再び通いだした。だが、友人のような存在ができても心は一向に満たされず、日に日に募る孤独感に苛まれ、酷い時には幻覚さえ見た。

 両親がいる妄想をし、夢と現実の境目を見失いかけていた。


 そんなある日、悪夢から這い出たクライヴは、夜中に外の空気を吸おうと窓を開けた。窓を開けたらまるで何事も無かったかのように、笑顔を浮かべた優しい両親が迎えに来てくれるような気がしたのだ。


 しかし眼下に広がる庭に会いたい大人の姿はない。その代わりに、ガーデンライトの照らす石畳の先、鉄の丸いテーブルセットに月のような少女がいた。


 クライヴは思わず息を呑んだ。同い年くらいのその少女は月明かりで咲く花か、夜にしか会えない妖精のようだった。その美しさに、クライヴは強く惹かれてしまった。


 クライヴは踵を返し、急いで部屋を出る。照明の消えた廊下も階段も駆け抜けて、テラスへと飛び出した。


 ガーデンライトの連なる道を行き、薔薇のアーチをくぐってテーブルセットまでたどり着くと、そこにはちょこんと椅子に腰掛けた少女が、静かにただ存在していた。


 少女はクライヴに視線を向けたが、何も言わない。

 声が聞きたいクライヴは、夜風にすら冷やせないほど熱い瞳で彼女を見つめて、走り疲れてあがる息を整えるために一度空気を大きく吐き出した。


「……あのう……僕は、クライヴ……クライヴっていうんだ」


 クライヴの聖女は、にこりと微笑んだまま何も言わない。

 さらさらと風に髪やフリルのついたスカート、リボンが揺らめいて、その様は湖面に輝く月のようだった。


「君の名前は?」

「……わたしは、シャロンっていうの。あなたは、わたしの夫になってくれる?」


 あまりにも唐突すぎる言葉だったが、シャロンが家族になってくれたなら、どれほど美しい日々を過ごせるのだろう。寂しさなど忘れて、彼女のために生きていきたいと強く思い、穢を知らない少年だったクライヴはこくりと頷いた。


「うん、僕で良ければ」


 変わらぬシャロンの微笑を、クライヴは都合よく解釈した。クライヴにとっての運命の出会いが、彼女にとってもそうなのだと。



 その日から時々、クライヴはシャロンと同じ時間を過ごした。

 ある時は月明かりの下、ある時は午後の書庫で、ある時はジェラードと3人で食事をし、停電した嵐の日は、同じ部屋で長時間一緒にいたこともあった。


 同じ屋敷に住んでいるはずなのに、クライヴとシャロン、ジェラードは別々に暮らしていた。

 それでもクライヴは家政婦や家庭教師、学校の友人や教師にも恵まれて孤独感も次第に消えていき、前を向いて生きるようになった。


 両親が惨たらしい死に方をさせられたことは許せないが、それでも前を向いて、ヒーローの道を歩もうと決意したのはシャロンのためだ。シャロンが口にした願いがそれだけだったのだ。


「クライヴ、この街で一番のヒーローになってね。そうしたら、わたしのこと、あなたのお嫁さんにしてね」


 だから、クライヴは努力をしたのだ。ジェラードを説得してまで寄宿舎のある中高一貫校を受験したのは、生活の全てを魔法士としての技術向上に捧げられる名門校がそこだったからだ。


 家を出て再び一人になることを選んだのも、電気への耐性、コントロール力をよりつけて強いヒーローになるため。拷問のような訓練にめげずに励んだのも、全てシャロンへの想いからだった。


 シャロンが応援してくれている。

 ヒーロー活動の活発なこの街で一番のヒーローになった時、シャロンの本当の家族になれる。


 シャロンを守るための力が欲しい。


 そのためならば、クライヴは電気椅子に拘束されて、自分の力以上の電流を浴びせられても良かった。クライヴは逃げなかった。


 両親に比べたら自分の受けた苦しみなど大したことはない。両親を失った悲しみから救い出してくれたシャロンを想えば耐えられる。そう自分に言い聞かせ、6年間、クライヴは全寮制の学校という牢獄での日々を耐え続けた。



 薄々、シャロンが外界との関係を断ち切って生活をしているということには気付いていた。


 ナンバーワンヒーロー、ジェラードの娘だから、普通に生きていくことすらままならないのだろう。

 何者かによって人質にされぬよう、どこかで息を潜めているかもしれない敵に危害を加えられぬよう、姿を隠さざるを得ないのだろう。


 シャロンには自分しかいないのだ。だから早く会いに行きたい。

 触れたい。ひんやりと体温の低い体を抱きしめ、永久の愛を誓いたい。


 シャロンを生涯守り続ける。もう二度と寂しい思いはさせない。怖い思いだってさせないまま、ずっと守り続けたい。


 ――そう、そのはずだったのに……





「クライヴ、わたしもね、ヒーローの研修を受けるの。そこで、赤ちゃんを作る相手を見つけるんだ。えへへ、楽しみ。どんな人がいるのかな。だからね、あなたのお嫁さんになるかはわからないけど、一緒に頑張ろうね」




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