15 二人の家
カナタは夏がくると、かつて廃ビルや廃工場、空っぽの倉庫などの並んでいた旧市街の景色を思い出す。
ようやく解体が行われ、新たに整備されたこの地域には、ジェラードの悲願であった外傷専門の治癒院の建設が決定している。
治癒院は医師免許の取得ができず、事故現場や災害地、介護の場へ低賃金で派遣されてしまう回復魔法士を適正な賃金で雇うことを目的としている。
手術や投薬による治療は法的に認められていないので、怪我をした人や動物が魔法で傷を塞ぐだけの施設だ。
疲労回復、魔力のタンク的な役割を持つタイプのヒーラーにはあまり関係ないとボドワンは苦笑いをしていたが、明るい性格とファッションセンスから、癒やし系アイドルヒーローとしてメディアへの露出が多い彼は困っている様子もない。
あの時、ヒューゴはたしかにモンスターを自分が作ったと言っていた。
1人で快楽のためにモンスターを作った。その材料として複数の魔法士を誘拐し、腕や脚を切除したと捜査結果も出ている。
彼らの遺体は廃墟となっている旧市街の食料品店内、業務用冷凍庫に遺棄されていた。
主電源が落とされているはずの廃墟にも関わらず冷凍庫が使用可能であったのは、旧市街で違法薬物などの売買を行う組織が関わっていたためであった。
不自然なことに、腕や脚を切除された被害者の傷口は魔法によって丁寧に塞がれており、死因は冷凍庫へ閉じ込められたことによる低体温症や、魔力の枯渇による衰弱とされた。
なぜヒューゴはわざわざ殺す相手の傷口を治したのだろうか。
罪滅ぼしのつもりだったとでも言うのか。
なぜ彼は急に正体を明かしてシャロンを襲ったのだろう。
インカムに細工をして、わざわざカナタとヒューゴ、クライヴの3人だけでやり取りできるようにしたことも、シャロンの元にすぐに戻るよう指示をしたことも、シャロンのインカムだけ通信不能としたことも、最期に自分ではなくシャロンの傷を治したことも、結局研修生3人を救ってモンスターと共倒れになったことも……今となってはその理由を知る者はいない。
(本当に、ヒューゴは殺人を楽しんでいたか? ヒューゴは、俺たちを殺したがっていたのか? 違う、なにか別の目的があったんじゃないか? あのモンスターは本当に一人で作ったのか?)
カナタには答えを導き出すことはできない。
ヒューゴは結局、カナタの前で誰かを殺したりはしなかった。それどころか、すぐに死に至ることはなかっただろうシャロンの傷を治して死んでしまった。
ヒューゴは何か大切なことを隠している。隠したまま死んでしまった。それは単なる気まぐれや、気の迷いであったかもしれないが。
カナタは、今ではレシピを見なくてもいくつか料理が上手く作れるようになった。
もともと食べることが好きだったカナタにとって料理という家事は苦痛にはならなかった。
好きなものをたくさん作って食べられるようになったことを、心から楽しんでいる。
シャロンとコンビでやっているヒーロー業務もかなり順調で、玩具メーカーからサンプルとして送られてきた彼女のフィギュアが人気度をよく表している。
(確かに、確かにシャロンのフィギュアは可愛い! 可愛いし、俺だって欲しい! だが、なんで……なんで俺まで……)
実物のシャロンよりも妙にセクシーな気がするフィギュアと一緒に届いた、やけに美青年に作られた自分と思わしき何かを退けて、シーザーサラダとハンバーグを乗せたプレートをテーブルに並べる。
「シャロン、このフィギュア、飾るの恥ずかしいからしまってくれないか……」
何でもぴっちり所定の場所に戻し、向きや角度に至るまで整えるシャロンが、なぜかフィギュアを飾ってしまう。
それも目立つところに置いて、時々そのカナタのような何かを大切そうに抱えて目を輝かせる。
ぬいぐるみが好きと言っていた気がしたのに、シャロンはジェラードから送られてきたぬいぐるみは全て福祉施設へ寄付してしまった。
その代わりだろうか。たまにカナタのフィギュアを持ち歩いてしまい、先日はとうとうメディアの取材の時間にも持ってきていた。
「このカナタ、かっこいい」
「ああ……だからさ、この前もネットで俺の写真とフィギュアの比較画像が拡散されて」
「うん、本物のカナタ、一番かっこいい」
「ん゛〜〜!! シャロンも実物が一番可愛い! すごく可愛い!! わかった、ご飯冷める前に食べるぞ!!」
我ながらかなり上手く作れたハンバーグを食べながら、テレビをつける。
ジェラードの娘ともあってシャロンはプロになってからテレビに引っ張りだこだ。
『今週一週間のヒーローたちの活動に密着し、独自に取材! その中でも興味深い映像を厳選し、視聴者の皆様にお届けします!』
この番組は数あるヒーロー番組の中でも特に人気のものだが、ドローンで度々仕事の邪魔をしてくる。
正直鬱陶しいこと極まりないのだが、視聴者目線だと確かに面白い。面白くてついつい文句を言いながらも見てしまう。
最近では他のヒーローも皆、この番組のドローンを見つけるとわざとらしく面白いことをするようになっている。誰か一番ウケたか、ミーティングで揉める日もあった。
妖精の王子のようだと言われているクライヴが度々ボドワンのドッキリの標的にされているのが、カナタのお気に入りでもある。
『こちらは月曜日、ある湖での水難救助の映像です。助けを求めているのは小学生の男の子……この窮地に駆けつけたのは……』
「あ! これ、シャロンがぶつかられて落ちたやつか?」
月曜日、通報があってすぐ、近くにいたカナタとシャロンが対応したものだ。
水難救助はカナタの十八番だ。
カメラに映ったカナタは何のトラブルもなく子供を救出し、怪我がないことも確認する。
そこまでは本当に何の問題も無かったのに、最後の最後でシャロンを正面から撮ろうとしたドローンが接触しそうになった。それを避けた拍子に、シャロンがそのまま湖に落ちてしまった。
泳げないシャロンを、慌ててカナタが魔法で水面に浮かばせて救助する。そしてつい今しがた助けた少年にも気遣われ、今度はシャロンがタオルをかけてもう。そんな姿に番組司会者と出演者たちが大笑いした。
『それでは巻き戻してもう一度……クールアンドビューティー、我らがシャロン様の泳ぎにご注目ください』
シャロンは真顔のままバチャバチャと水飛沫をあげて、これでは泳いでいるのか溺れているのか……いや、確実に溺れている。
そんな様子を面白おかしく拡大、巻き戻して再生するといった内容に、カナタはぐっと拳を握った。
(面白おかしく編集して……溺れてるのに何が面白いんだ。何が……たしかにちょっと可愛いというか……可愛いけど、だからってこんな……シャロンは一生懸命泳いでるんだぞ!)
「……海なら、もう少し泳げる。この湖には、浮力が無かった……から……」
「そうだな、海には浮力があるし……なんか、懐かしいな、海」
ヒューゴに誘われて4人で遊んだ。思えばあの蟹のモンスターも、一度別行動をした時にヒューゴが作ったのだろう。
『ほら、怪我して足らなくなったとこ、魔法で塞ぐと増えんじゃん?』
ふと、ヒューゴの言葉が耳に蘇る。
(あれ? なんだかおかしくないか……だってあの時、先輩は腕を新しく作らないで……)
クローンを作れると言うなら、海で失くした腕も生やすことができたのではないか?
あの時、ヒューゴはそうはしなかった。
(いや、考えすぎか。あの事件はもう解決したんだ。モンスターも、あれから全く出てきてない。新しい腕作るより、元あるやつをくっつけた方が楽なんだろう)
『お次にお見せする映像は、おめでたいあのニュース。ヒーロー界の永遠の王子様、ジェラード様の第二子フレッドくんの初お披露目がありましたね! なんとフレッドくんはお母様似ということで、少し髪色が違うんですよね……本当にお人形さんみたいに綺麗な方ですね』
『いやいや〜ずるいですよね、この一家、美男美女ばっかり……ていうかこの人、まだ隠し子いたのか〜』
『隠し子って言い方〜』
『何よりすごいのが彼、氷とは別の魔法も――』
カナタも、シャロンに弟がいたと知ったのはほんの数日前だった。
シャロンの家庭環境があまり良いものではないとは知っている。だからなのか、シャロンも弟のことはよくわからないようだ。
クライヴも変な声を上げて驚いていたが、別居している妻と一緒に暮らしていたという話を聞いて納得したようだった。
画面の中の美少年は愛想よくにこにこと笑い、カメラに向かって手を振ったりする。
シャロンによく似たその少年とはまだ会ったことはないが、カナタはなんとなく漠然と親近感を抱いて、
「会ってみたいな」
そう呟いた。
【カナタルート】をお読みいただきありがとうございました!
カナタはクセモノ揃いの本作でも安心して読めるキャラクターにしよう! と生まれました。
明るくてお利口さんな優等生だけれど、真面目すぎず親しみやすいスポーティな男の子です。
さて、勘のいい方々は「もうわかってるぜ!!!!」という感じかと思いますが……これは【カナタルート】……つまり【カナタじゃないルート】があります。
ストーリーは【前編の続きから】になります。
カナタと結ばれた後の話ではありませんので、ご注意くださいませ。
ブクマや評価、いいねなど、本当にありがとうございました!
とっっっても励みになりました!
実は挿絵の方のストックが全く無いので、とても焦っています。このままではカナタ贔屓みたいになってしまう……。
※挿絵は右上の方にある「表示調整」から非表示にもできます!
引き続きどうぞよろしくお願いいたします!