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アンラヴドヒーローズ【全年齢版】  作者: トシヲ
▼後編(カナタ)
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12 旧市街

 魚介類、小動物から、モンスターはとうとう猫の姿のものまで現れた。

 同時にヒーローの失踪事件も相次ぎ、7人目がいなくなったところでようやく警察とメディアが動き始めた。


 もちろん一般市民でもヒーローファンを名乗る人々は姿を消した者を心配し、悲しむ者もいる。まるで道連れにされることを望んだように、自ら死を選んだ者もいた。

 だが多くの一般市民からするとはた迷惑な話のようで、ヒトに迷惑をかけるなど言語道断、ヒーローを名乗る資格もないと怒りを顕にする者さえいる。


 ヒーローの癖に負けるな。負けるような者はヒーローではない。何のための魔法か。社会を守っている立場のモノがヒトを巻き込むな。もっと強いヒーローはいないのか。魔女狩りの復活……そういった言葉に心を病み、引退を決めた者まで現れ始めると、バラム市のヒーローの弱体化を危惧した一般市民は更に騒ぎを大きくする。


 そんな中で、事態は大きく動き出した。


『モンスターらしき生命体が出現。特徴はヒト型……ヒトの形で魔法を使う可能性あり……』



 研修は全て中止となり、アタッカーの研修生は自宅待機となった。

 そして戦闘に参加せずサポートを行うヒーラーの研修生のみが、任務へ駆り出されることになった。


 ヒト型のモンスターは、この一連のモンスター発生事件の主犯格の可能性もあるため、生け捕りにする必要がある。

 ヒーローは市議会からの指示に従い、言われた通りの場所に待機、配備された。しかし目撃情報の中にはヒーローへの嫌がらせ目的での虚言も数々見られ、ジェラードはそれを危惧して数回に渡って別の場所にも配備を行うように市長へ問い合わせたものの、全て跳ね返されたようだった。


 ヒーローたちの不満の声が上がる。

 デマに流され偽物の爆弾の処理をせざるを得なくなったり、モンスターに仮装した反魔法使いグループに催涙ガスをかけられたりしている間に、本当にモンスターに遭遇して傷付く者がいる。

 その被害者を守れなかったことを責められ、指をさされ、更に反魔法使いたちの活動が活発化していく。


 10年ほど前、バラムで反魔法使い活動が激化した末、不法に市内に入り込んだテログループと一体化した組織が生まれたことがある。あの日の惨劇を忘れられぬジェラードが、極秘に一部のヒーローへ独自の指示を出すことは必然だった。


 待機を要請されていた研修生たちは、市議会議員や警察とのパイプを持っていない。だからヒーローの独断で出動したという情報が流出する可能性が最も低い。

 ジェラードが秘密裏にモンスターの捜索任務を与えたのは、研修生の中でも最も実戦経験を積み、優れた戦闘成績のあるヒューゴの班だった。



 ジェラードは魔法を持たぬ無能がのさばる世界を壊したいと願っている。信頼を得るためには、強さを示すヒーローが必要なのだと言って、そんな理想論をシャロンへ押し付け、希求し、思い通りに動くように躾、仕置きと言う名の暴力を使った。


 しかし強さの象徴たるヒーローは、ヒーローの中から選べばいい。いつか産まれるかもしれない子供は、愛されて産まれてくるべきである。

 実際、愛のない形で生み出されたシャロンは、子を成す計画どころか、人間関係の構築すらまともに進められなかった。

 何かの目的のためではなく、愛されて産まれてきたら、カナタのように誰かを大切にできる人になれるのではないか。


 人に愛され、愛することを知っているカナタこそが、ヒーローの象徴を継ぐにふさわしい。そして自分も、立派なヒーローとして彼の横に並びたい。

 シャロンはシャロンの生きる道を自らで決めたい。

 運命は決められてなどきっといない。自らで選んだ道のりをそう言うのだ。


(私は、ヒーローになりたい)




 ジェラードはプロのヒーローたちが配備されている街の中ではなく、以前シャロンが誘拐された廃墟の並ぶ第3区の旧市街に出動を指示した。

 シャロンとカナタ、クライヴが指定の場所へ到着するがヒューゴの姿は無い。


 ヒューゴに代わり、通信機の向こうからジェラードが直々に指示を下す。

 カナタはまだ住人の退去しない団地方面、クライヴは浮浪者の住処や、闇営業を行う店舗のある市街地へ向かう。

 シャロンはその場に待機し、人のいないビル群の中、ヒューゴとの合流を指示された。



 二人の姿が見えなくなってしばらくして、シャロンは何やら禍々しい気配を感じた。吐き気を催すような殺気だ。

 視覚や聴覚、嗅覚といった感覚で感じ取れるものではない。酷い悪寒に足が竦んでしまいそうだった。


 シャロンは息を殺し、自分を中心にした360度全体に警戒する。風で揺れた雑草、砂埃から虫まで……動くもの全てに意識を向けて、自分に向かってくる者へ殺気を返す。


 刹那、ヴン、と耳元の空気が裂ける音がした。

 咄嗟にもう片方の耳の方角へと跳ね、小さな氷柱を弾丸のように撃ち出す。


 その先にはどす黒く汚れた大きな何か……斑に肌の色が混ざっているヒト型の何かがいた。それはボタボタと液を垂らしながら、シャロンの放った氷柱を腕を振っただけで弾いた。


 透明な液は粘り気があり、糸を引いている。

 こちらへ振り返ったヒト型のそれの頭部……口から溢れ出た唾液だ。


「ハアァ、白い、髪ノォ、オンナ、アァ……」


 唾液だらけの口をぐちゃぐちゃ鳴らして話すそれの顔に、シャロンは思わず怯懦の感情を抱いて一歩後ずさる。

 てらてらとぬめる液を垂らしているモンスターの顔は、以前この付近にある廃ビルへシャロンをつれ込み、服をひき裂いた男のものだった。


 抵抗できないシャロンに、暴行を受けた女の体の傷を見せつけ、同じようにしてやると言い放ったあの男だ。


 この男は己の快楽のために、その手段として相手へ危害を加えても構わないと思っている。


 あの時、魔法を使えば捕らえることもできたのだが、救うという経験を男たちに積ませることでか弱い自分が好かれると、当時はそう思っていたので抵抗をしなかった。


 心理学者の本にも、人は自分を助けた者だけでなく、自分が助けた相手にも強い興味、好感を抱くと書いてあったので実践した。

 心配をさせるだけでなく、手柄、成功体験まで与えるのだから、必ず愛して貰えると思ったのだ。だから、されるがままに殴られ、服を裂かれたのだ。


 思い出しただけで吐き気がする。

 シャロンはインカムに触れ、皆にモンスターの居場所を伝えようとボタンを押す。

 今目の前にいるものはモンスターであり、人ではない。倒せない可能性がある。いいや、その可能性が高い。何せ生け捕りにする必要があるのだから。


 しかしインカムからは応答がなく、カナタ、クライヴ、ヒューゴ……さっきまで指示をくれていたはずのジェラードの声すらしなかった。


(……繋がらない……)


 任務ごとに、教官かそれ以上の権限を持つ上官がインカムの通話グループを設定する。

 だからボタン一つでジェラードやヒューゴ、カナタ、クライヴに対して発言を送ることができる。そのはずだった。

 まさかこの事態に通話グループから排除されるはずもない。故障だろうか。背筋に冷たい汗が流れる。


(こんな時に……)


「シロい、髪、シロくて、ナガい髪ィ、ノ、女、オンナァ」


 左右で長さや太さの違う脚でドスドスと歩み寄ってくるモンスターを避け、地を駆けながら赤黒いその足を地面と共に凍らせる。

 つんのめって転んだモンスターはイライラしたとでも言うように己の顔を掻きむしって、裂けた口からやたらと長い舌を垂らした。


「スミません、道を……グヒッ……オタズね、ヒヒッ、シたいのです、がァ?」


 モンスターの右手が勢いよく振り上げられ、ブンと降ろされる。すると水蒸気がまるで爆発でもしたように舞い上がった。


「っ!」


 シャロンの氷は火の気のない場所で勝手に溶けたりはしない。この距離でしっかり凝固させた様を見ているのだ。

 シャロンが自ら消さない限りありえない。割られるでもなく、一瞬にして溶かされるわけがない。

 ……少なくとも一般人には。


(魔法……炎の……)


 カラメル色の大きな手が炎を纏い、シャロンの作り出した氷を退けたのだ。

 コンマ1秒……視認することも難しい速度でモンスターはシャロンのすぐ正面へ移動し、「アハァ」と笑うようなため息を吐いて、悪臭のする風で前髪を揺らされる。


「ッ!」


 即座に氷の壁を作って接触を遮断し、その壁を足場にシャロンは後方へ跳ぶ。

 空中で回転して着地し、その衝撃を利用し、脚をバネにして高く跳び上がったシャロンは、爪のように尖らせた小さな氷のナイフをいくつか生成して投げつける。

 しかしその氷もモンスターへ届くことなく、熱の壁のようなものでジュッと溶かされ消滅した。


 飛び道具はきかない。かと言って接近戦は体格差からして勝ち目が無く、一気に一帯を凍らせたとしても、あれはすぐにその氷も溶かして体勢を持ち直すだろう。


 魔法使いの本能を解き放って暴走し、なりふり構わず暴れて、連続的な攻撃を畳み掛けることで殺すことはできても、それでは生け捕りにはできない。


 どんなに鋭い刀を作っても溶かされ、折られ、シャロンはどんどんと追い詰められていった。


 このモンスターの頭部の人物は、女性に拷問をすることを楽しんでいた。

 女の体に興味を強く持ち、破壊をして、殺しても尚その尊厳を奪うことを娯楽としていた。


 白っぽく、長い女の髪を好んでいる男の脳を持つのであろうそれは、シャロンに対しても同じことをするのだろう。そんなことをされるくらいならば、自分で体をバラバラにしてしまった方がずっといい。


 男の左手がシャロンの腹部を殴りつけ、氷の鎧もろともビルの壁へ叩きつけた。

 どろっと口から血が溢れ、シャロンは呻き声をあげる。


 弱ったシャロンが可笑しいのか、モンスターはゲヒゲヒと笑って左手で体にベタベタと触れてくる。その手からは炎ではなく、なぜか植物のような触手が伸びてシャロンの体を這う。


「ううっ……ゔーッ!」


 左手からは木の根のような触手が尚も伸びて体の自由を奪い、ドブのような臭いがする舌がシャロンの顔をベロベロと舐め回す。

 ぬるぬると舌などをなすりつけられ、シャロンの頭に血が登っていった。


(もう……殺しても、いいかな)


 これ以上穢される前に、串刺しにしてやろう。

 シャロンは自分の顔を夢中で舐め回すモンスターの周囲に大きな氷柱を生成すべく意識を集中する。


 まずは自分の体から氷柱を伸ばして突き刺して、ほんの一瞬でもモンスターの自由を奪ったら、自分ごと大きな氷柱でグシャグシャに潰してしまおう。


 しかしその氷柱は、完成する前にカーキ色の上着の男の蹴りによって粉砕された。


 粉々になった氷の粒が降り注いできらきらと光る。ようやく事態を把握したモンスターに開放され、シャロンは邪魔をした上着の男を睨みつけた。


 男が目深に被っていたフードを払い、さらりとオリーブアッシュの髪が雲間から差し込む太陽に照らされる。

 するとふわりと吹いた風に乗って、シャロンの鼻に香水の匂いがかすかに届いた。


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