09 ヒューゴの家
夜中、シャロンが側にいることで眠れないのに、あまつさえ胸に擦り寄ってきた。
カナタはバクバクと高鳴る心臓の音でシャロンを起こしやしないかと、ゆっくり呼吸を整える。
シャロンの向こう側で、ヒューゴも苦笑している。
遅刻魔でセクハラ魔。何もかも適当でいい加減そうに見えて、攻守に長けたプロのヒーロー。拳銃とナイフの扱いも上手く、人の扱いも上手い。彼自身が誰にでも分け隔てなく気さくに接するからか、ヒーラーだからと見下す者はいても彼を嫌う人に出会ったことがない。
「先輩って、優しいですよね」
何があってもあっけらかんとしていそうなのに、実はクライヴよりもその思考が分かりづらい。
遅刻をすることにも何か違う深い理由があるのではないかと疑うくらい、ヒューゴの心は見えない。
「急に来た後輩を2人も泊まらせて、こんな狭いとこで寝てくれる先輩だもんな」
「そうですね。他の教官のところには、さすがに行けませんよ」
声をひそめていたのに、つい可笑しくなって肩を揺らして笑ってしまう。
それでも起きる素振りを見せず、すやすやと胸にくっついて眠るシャロンにほっと安堵し、カナタは再びヒューゴの方を見た。
「カナタ。俺さ、実は結構嫌な奴なんだ」
「そうなんですか? どうしてそんなふうに思うんです?」
「そのうちわかるさ」
ふわーっと大きくあくびをしたヒューゴが寝返りをうってこちらに背を向けた。
「……先輩、俺、シャロンの気持ちがわからなくて」
シャロンはあまり己の気持ちを多く語らない。
手を繋いでくるのは確かに好意だと思うが、それがシャロンにとっての恋かどうかがわからない。
父親に甘えられなかった分、その代わりとしてカナタに甘えているだけかもしれないし、そもそも全てが父親の意思で、シャロンの気持ちでないかもしれない。
自分は今後、シャロンを幸せにできるのだろうか。そんな不安が頭のどこかにいつもある。
「シャロンは、ジェラードさんに言われたから俺に関心を持っているだけなのか、とか、俺と住んだりして……本当に良いのか、とか……」
「俺はお前が一番良いと思うけどな。可愛いとか格好いいとかちゃんと口に出して褒めるし、俺みたいな嫌な奴でもない。自信持てよ。結構お似合いだぜ」
「……先輩だって全然嫌な奴じゃないですよ。俺にとってはめちゃくちゃ頼りがいある、一番尊敬するヒーローです」
カナタの言葉にヒューゴは返事をしなかった。眠ったのか? とカーテンの隙間から差し込む月や街灯の光を頼りにヒューゴを見るが、背中を向けられていてはわからない。
ヒューゴの言う『嫌な奴』の意味がよくわからない。今まで、ヒューゴは確かに軽はずみで性的な発言は多かったが、シャロンがはっきりと拒否をしたり、嫌がるようなことはしなかった……はずだ。少なくともカナタの前では。
女性に対して見境がなく、浮気っぽいことだろうか?
確かに女性からしたら警戒すべき人物で、『嫌な奴』かもしれないが。
考え事をしているうちに、カナタの思考も鈍ってくる。
眠たい。
その自覚を抱いたとほぼ同時に、意識は眠りへと落ちていく。
夢も見る間もなく熟睡して、あっという間に朝は来た。
目が覚めたカナタは、テキパキと昨晩コンビニで買った朝食をテーブルに並べ、勝手に電気ケトルで湯を沸かして、インスタントコーヒーの顆粒を溶かす。
「おっ、コーヒーどっから発掘した? サンキュー!」
「冷凍庫に入ってましたよ」
いつも遅刻ばかりしているくせに目覚めの良さそうなヒューゴに拍子抜けしつつ、うつらうつらとしているシャロンの肩を軽く揺さぶる。
「シャロン、シャロン、おはよう、朝だぞ」
「ん……」
「って先輩! なんでパンイチになってるんです!?」
「着替えんのにパンイチにならない奴がいるかよ」
「隠れてやってください! シャロンもいるんですよ!?」
半分寝ているとはいえシャロンの前だと言うのに、口笛混じりに着替え始めるヒューゴを叱りつけ、ようやく食卓についたカナタは軽くため息をついた。
「コーヒー」
やっと意識のはっきりとしたシャロンが瞳をキラキラと輝かせて、ミルクも砂糖も入れていない黒い飲み物に口をつけた。
ミルクも砂糖もたっぷり入れるカナタは少し驚いたが、シャロンが苦いものや酸っぱいものを好んでいて、とくにコーヒーゼリーに喜ぶことを思い出して納得する。
「家じゃ飲まないのか?」
「紅茶しか、飲んではだめ」
たかがインスタントコーヒーを、それはそれは美味しそうに飲むシャロンが可愛いと思うが、同時に哀れにも思う。
カナタが朝食の後片付けをしている間、ユニットバスで着替えを済ませたシャロンの髪を、ヒューゴが手際よく梳かして結んでいた。
さすが異性に慣れているというか、慣れすぎのようにすら思えるが、髪を結んだシャロンも愛らしいのでカナタにとっては僥倖だ。
「洗濯をしてない服を着るのは初めて」
コーヒーの時とは違い、シャロンの表情から感情が分かりづらい。単純に驚いているのか、新鮮だと思っているのか、不快なのか……不快に決まっている。
3人でアパートを出ると、ヒューゴの車に乗ってセントラルタワーへ向かった。
シャロンは安心しきってすやすやと二度寝をしていたが、カナタは何故か座席に落ちていた避妊具のパッケージに絶句して、眉間にしわを寄せたまま外を眺めていた。




