06 大通り
モンスターを研修生の身でありながら倒してしまったことを、ヒューゴもクライヴも責めはしなかった。その後駆けつけたプロのヒーローたちもカナタの肩を叩いて頭をぐしゃぐしゃに撫で回して褒め称え、叱責することはなかった。
シャロンあっての功績であると伝えると、やはりジェラードの娘であると皆が瞳を輝かせて彼女を称賛する。
上官から褒められるのは嬉しいが、シャロンが褒められるところを見るのも幸せだ。
しかし、それにしても血なまぐさい。
命の危険に晒されたことを、改めて実感する。
瞬きをする度、今しがた目にしたグロテスクなモンスターの映像まで蘇り、カナタは一度深呼吸をした。
「すみません、手を洗いに行ってきます」
公衆トイレを出て、ため息をつきながら来た道を戻ると、そこは現場検証と清掃で立入禁止になっていた。
もう解散したのだろうか。
ポケットからスマートフォンを取り出すと、クライヴから先にタワーへ戻ると連絡が入っていた。
了解したとスタンプで返事をし、踵を返したカナタはスマートフォンを再びポケットにしまう。
顔を上げると、そこには何より美しい妖精の雪像が立っていた。
よく見ればそれは雪像ではなく人間で、シャロンだ。まるで人が手を出してはいけない聖女や天使のようで、眩しい。
浴びた血はプロのヒーローの誰かに上手く除去して貰ったのか、道端を歩いても問題ないくらい綺麗になっていた。
「あっ、シャロン……悪い、待っててくれたのか」
「ん」
頷くシャロンに嬉しくなり、カナタは照れたように笑った。
クライヴとヒューゴが先にタワーに帰ったのに、一人待っていてくれた。それが嬉しくて嬉しくて、心の中ではしゃいでしまう。
「出してきたの?」
「ん!? えっと……」
「胃の中身……血をたくさん見ると、気持ち悪くなる人……いるから」
カナタは目を泳がせる。
「えっと……もしかして、俺、変なにおいするか……?」
カナタの問いに、シャロンはこてんと首を傾げ、そしてゆっくりと距離を詰めてきた。
「ん……良い匂いなら、する」
「えっ、い、良い匂いって、良い意味の良い匂いか!? まっ、ちょ、そんな、近っ、ひいっ」
すんすんとカナタの胸に鼻を近づけてくるシャロンに、思わず情けない変な声を出して距離を開けるように逃げ出す。
「どうして逃げるの」
「ちょっと、俺、だめだ! 俺は危ない奴なんだ!」
「待って……」
駆け足でタワーを目指すカナタの後ろを、シャロンがとてとてと小走りでついて来る。
待たせておいて、その上置き去りにするなんて自分はどこまでも最低だ。
足を止めたカナタに、少し息を切らせたシャロンが追いついて、捕まえたとでも言うように手を握った。
ひんやりしていて小さくて、さらっとしていて、なんだか柔らかい。
女の手の感触に心臓が跳ねる。
「うわああああっ!!」
立派なヒーローになるため、いつも冷静でいよう。そんな思いも忘れて、シャロンの手を勢いよく振り払ってしまった。
「っ!?」
冷静じゃないのはカナタだけでなく、シャロンも同様であった。
珍しく驚いたのかビクッと肩を跳ね上げ、はくはくと口を動かしている。目を丸くして、カナタの顔を仰ぎ見て固まっていた。
「あ、ご、ごめん、シャロン、あのう……」
「……カナタは、私に触られるのが嫌い……なの?」
「いやいやいやいやいやいや」
「そんなに、嫌なの」
「いやっ!? いいやっ!? 今の『いや』は否定の意味だ! シャロンに触られるのが嫌かという質問に否定をしているということで、俺は、シャロンに触られると嬉しくなるんだ。人体の不思議だな! ハハハ」
「……嬉しい? 本当?」
「ああ。嬉しすぎてびっくりしたんだ。悪かった。いきなり大きな声を出して」
ふるふると顔を横に振るシャロンにほっとしたのも束の間、ちょんと細い指がカナタの指先をつまむ。
カナタはやましい心による脳の支配を阻止すべく、なるべく遠くを眺め、しかし小さく滑らかなその手はしっかりと握り返した。
心の中で歓喜の雄叫びを上げながらも、冷静を装って前を見て歩く。
シャロンは手を繋ぐことが思いの外嬉しいのか、時々カナタを見上げてきゅうっと手に力を入れた。
それがカナタを悩ませていることに気付いているのかそうでないのか、シャロンは少し目を細めて淡く微笑んでいるように見えた。




