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アンラヴドヒーローズ  作者: トシヲ
▼後編(カナタ)

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04 セントラルタワー

「シャロンもとうとう夏服か。その……すごく、すごく可愛いと思う」


 カナタがそう口にしたのは、講義が終わって、資料や筆記用具をカバンにしまっている時だった。

 シャロンは俯いて、自分の衣服を確認する。それは今朝、目覚めた時に部屋に置いてあった半袖のワンピースだった。


「ありがとう……カナタも、いつも似合う服を着ているから、着替えが上手……だと思う」


 半袖の衣服などほとんど着たことがなかった。

 どうやら腕は、他人の目から見ても何の違和感もなく綺麗に治っているのだろう。


 カナタに褒められるならば、痛い思いをしたかいがあった。……だが、必要以上に痛めつけられ、死の恐怖さえも感じさせられた、あの時間は本当に必要だったのか?

 はたして、何のために。


 ジェラードがシャロンに仕置きをするのは自分の出来が悪いからだと思っていたが、カナタもヒューゴもシャロン自身で考えて行った言動を非難して正そうとはしない。

 ショートケーキではなくコーヒーゼリーを選ぶシャロンを彼らは笑って見つめてくれる。クライヴも、シャロンが自分で選んだものにはあまり怒ったりしない。


 そんな生活をしていると、だんだんとジェラードよりも彼らの喜ぶ顔を見たいと思うようになり、必ずしも彼に従うことが正しいとも思えなくなってきていた。


 それにしても、カナタに褒められたことが純粋に嬉しい。

 なんとなくじっとしていられず、居心地が悪いような気分だが、それも決して不快なものではない。

 心臓がやけに音をたてて、視線をついカナタから逸してしまう。


 視線を向けた先には、同じく講義を終えて荷物を片付けているシンイーとボドワンの姿があった。

 シャロンは自分がシンイーに対して、あまりにも無礼で不誠実な態度で接したことを思い出す。


 あの時は、手段を選んでいる余裕が無かった。焦って、関係ない人まで巻き込んでしまった。それも悪い方向に。


 すでにシャロンは人望を失い、シンイーへの誤解は全て解けたようなものだが、それでも彼女は嫌な思いをしただろう。


「シンイーさん」


 シャロンの声に、シンイーの肩がびくっと跳ね上がった。

 振り返ったシンイーの表情はあまりシャロンを好ましくは思っておらず、それどころか懐疑的で、探るような目をしている。


「謝罪します。以前、食堂でお会いした時に、私はわざと床を凍らせて自ら転倒しました。それを大勢の前であなたのせいにしてしまい、大変申し訳ありませんでした」


 シンイーにも、隣でそわそわしているボドワンにもしっかりと聞き取れるようにはっきりと発声する。

 シャロンは椅子から立って、腰を直角に負って頭を下げた。

 ざわざわと講義室の中で声がしたが、シャロンはもう周りの男たちの反応など気にもならなかった。

 今気になっているのは、シンイーの心だけだ。


「……もう、いいわよ。ほら、顔上げて」


 呆れたような声に、シャロンはおずおずと顔を上げた。


「後日、お詫びの品をお持ちします」

「いいって。お詫びとかいらないし……あんたもお父さんが大物で大変よね。ああ、そうだ。本当に悪いって思ってんなら、今度の実戦演習、手を抜かないで本気で来なさいよね。あたし、自分より強い女の子に会ったことなかったの」

「……シンイーさんが、それを望まれるなら」

「あとその呼び方。シンイーでいいわ。敬語もいらない。それじゃあね、絶対次はそのヒラヒラの下にズボン履いてきなさいよ」


 名前を呼び捨てにして、親しげに話して良いと言った背の高い同性に対して、シャロンは目を瞠る。

 心が広くて人柄もよく、『格好いい』と敬慕の感情を抱いた。


 手を振ってその場を去って行ったシンイーの背中をしげしげと見つめる。

 男に愛されやすいらしい『可愛い』の要素がシンイーにはほとんどないのだが、シャロンにとって彼女は明々と煌めく星のようにさえ見えた。

 シャロンの中で、おそらく女に対して初めて抱いた『好き』にあたる。


「シャロン、仲直りできて良かったな」


 このような罪深い自分に対して優しい声をかけたカナタにも感謝の念が絶えない。

 こくこくと頷くと、カナタの奥にいたクライヴも少しだけ柔らかく微笑んだ。


「ところで今日、ウドム見なかったな」


 カナタの言葉に思い出したようにクライヴが頷く。


「今朝、ボドワンが連絡取れないって言ってたのを聞いたよ」

「ウドムに限って遅刻とかサボりとかでも無いだろうし……風邪か?」

「カナタ、寮のフロア同じじゃなかったか?」

「それが、ちょっと離れてるんだよな……パトロール終わったら桃缶持ってピンポンしてみる」

「桃缶を持って、ピンポン」

「シャロン、念の為言っておくけど、カナタの言ったピンポンはインターホンのことで、卓球じゃないよ」

「……擬音は、わからない」

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