03 自宅
魔法使い――魔力を持って産まれる人間は、ある一時期から減少傾向にある。
かつては血筋など関係なく次々に産まれて、いずれ地球上の人類は皆が魔力を持つことになるであろうと言われたこともあった。
しかしそれはほんの一時的なもので、およそ全人口の20パーセントほどいた魔法士は、現在10パーセントにも満たない。
遺伝という形での継承さえ不確定となりつつある現在、一夫一妻制が主流のこの世界で輸血や移植も制限されては、その数を少なくしていくのはごく自然のことかもしれない。
魔法は異端だ。現に、ヒーローにならなかった者たちも含めて、その魔力を危険なことに使わぬよう、徹底したID管理によって生活を監視されている。
普通の人間が肉体、あるいは武器を使って傷害事件を起こして逮捕されるよりも、魔法を使って傷害事件を起こした時の方が重い刑罰を受ける。
人々の安心、安全のために魔法使いたちは管理され、生きることを許されている存在なのだ。
ヒーローの職務は、普通の人である一般市民のために前線へ出て、事件を起こした犯人、武装集団や兵器、天災などに立ち向かうことだ。
街をパトロールし、犯罪の芽を摘み取ること。それから同じ魔法使いたちのために、魔法士が悪人ではないとアピールのため、アイドルのように愛想よくファンを増やすことも含まれている。
シャロンの父、ジェラードはその才能に恵まれていた。
美しい雪色の髪とアクアマリンのような瞳は、人種を問わず多くの者の目を引いた。
まずは美貌の研修生として、そして華々しくプロのヒーローとしてデビューを果たした彼は、その外見だけではなく、かつて全盛期に活躍をしたヒーローと比べてもトップクラスと言って過言ではない力で支持を得ていった。
水や炎、雷、そして氷といった、目に見える魔法は特に人気を得やすい。特にはっきりと形を作れる氷の魔法士であるジェラードは一気に人気ナンバーワンの座に駆け上がった。
年齢についての公表はなく、デビュー当時から衰えることのない年齢不詳の貴公子は、まさに市を代表するヒーローであり、アイドルでもある。
シャロンは同じテーブルで食事をとるジェラードをじっと見つめる。
街でのヒーロー業務に加えてタレントのような活動、司令部での事務的な業務など、ここ最近多忙であったジェラードは、連日帰りが遅かった。
こうして向かい合って食事をとるのは久しぶりの事だ。
「研修はどうだい」
「……クライヴは、私が嫌いみたい」
「あのこが? それは困ったね」
共に食事をとるのは珍しいことだというのに、場の雰囲気を悪くさせてしまった。二人も氷の魔法使いがいるせいか、室温すら下がっていく。
しかし上官でもあるジェラードへの報告は大切なことで、嘘をついたところですぐに気付かれるだろう。
「昔は、あんなに仲が良かったじゃないか。まるで本当の兄妹のように……理由はわかるのかい?」
「わからない……でも」
シャロンはジェラードを安心させようと視線をまっすぐ彼へ向け、ふわりと笑みを浮かべてみせた。
笑顔は人の心を和らげて、親近感や安心感を抱かせることができるというのは、ジェラードに教わったことだ。
「すぐに、仲直りする」
「そうだね。この研修において、チームワークは大切だ」
「はい、パパ」
ジェラードの声は穏やかなものであったが、その表情は浮かない。
娘が同じチームの……それも養子であるクライヴと不仲であることを気にしているのだろう。
シャロンは目を伏せ、小さく切った白身魚のポワレを口に含む。
その手が、少し震える。
「どんな時も、決して忘れてはいけないよ、シャロン。君は私の――」
今日のような寒い夜にはきっと、真っ赤なサルビアの花が咲く。