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アンラヴドヒーローズ  作者: トシヲ
▼前編(共通)

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29/80

29 グリズリービーチ

 ヒューゴと共に現場へ急行したカナタが目にしたのは、大きな蟹のような生命体だった。

 大きいと言っても食用のカニやタカアシガニのようなものとも違う。あまりにも大きすぎる上、何匹かの蟹を組み合わせたかのように歪な形をしていた。


 2メートルほどあるぼこぼことした胴体には顔がいくつもあり、脚の数も普通の蟹とは違う。あまりにも大きくグロテスクなその生き物は、自然発生した遺伝子異常のものではなく、人為的に作られたものと考えて良いだろう。


「うわ、キモいな……」


 ヒューゴの落ち着いた声に、わずかに抱いていた恐怖心が拭い取られ、冷静にカナタはその蟹の動きを観察した。


「足がいろんな向きで生えていて、うまく歩けていないみたいですね」


 脚と脚がぶつかったりもつれてフラフラとしているモンスターは、一体どのようにしてここに現れたのだろう。運ぶには大きすぎるし、移動させていたら確実に目立つ。この場で作られたと考えるのが自然だ。


 捜査のためにも、このモンスターは生け捕りにしなければならない。なんとしても。


「先輩、どうしますか」

「とりあえず、プロが来るまでコイツが市民に危害を加えないよう見とく感じで」

「了解です」


 ヒーローは手柄をあげ、名を売らねばならない。

 それはプロのすべき事で、研究生が出しゃばるのは業界のマナーに反するのだろう。


 正直、カナタはそんなくだらない暗黙のルールよりも、悪を払い、人を守るヒーローでありたいと思うのだが、自分が勝手なことをして教官のヒューゴの名誉を傷付けるのはどうかとも思った。

 今は従うほかない。


「……俺、先輩なら一人で捕獲できるんじゃないかとか、そう思うんですけど」


 蟹の複数ある腕のうち、大きな方の鋏が振り上げられる。


「ま、俺にもいろいろあんだよ。ヒーラーはヒーラーらしくしてねぇとさ」


 まるでギロチンの刃のように頭上から振り落とされる腕を跳躍で避け、次の攻撃に備えて避けやすいよう構える。


 浅瀬にいる蟹の拳が水面を叩き、水飛沫が上がる。ギチギチと蟹の体が擦れたりぶつかるような音、波の音、騒ぐ海鳥の声、警報……それから、市民の悲鳴。

 それらに一瞬気を取られたうちに、再び鋏が空気ごとカナタを切り裂くように迫り来ていた。

 カナタは咄嗟に姿勢を低くし、すんでの所でなんとか避ける。蟹の動きが先程よりも少し早まっている。


「大丈夫かよ、カナタ」

「何とか」

「カナタ、渦って起こせるか? あの脚のいくつか海に引きずり込んで、転ばせて欲しいんだけど」

「はい! やってみます!」


 カナタはヒューゴの言う通り、できる限りの力で海中に渦を起こす。

 魔法の使える範囲ぎりぎりのところで起こした渦だが、蟹の数本の足が上手く巻き込まれてバランスを崩し、よろめく巨体がそのまま横倒しになった。

 それでも海中で無数の脚は蠢いて、モンスターは起き上がろうと暴れる。


 ヒューゴが頷き、片方の足を前に出して重心を下げ、構えのポーズを取った。

 すると次の瞬間、その一瞬のうちにヒューゴが弾丸のような拳を繰り出し、モンスターの脚数本を打ち砕いた。


 いたずらに生物を傷めつけることは、カナタは悪だと思う。脚を数本奪われた蟹は鋏を振り回し、ヒューゴを狙って暴れる。だがそれも数秒すると急に落ち着き、何やら縮こまるようにして動きを止めた。


 カリ、カリ――硬いものに亀裂の入るような音。

 何故か蟹の体が白っぽく色褪せていく。その次の瞬間、蟹の体から大きな物が飛び出た。


「先輩!!」


 カナタにはモンスターが2体に増えたように思えた。

 そのうちの片方がまっすぐヒューゴの方へ飛び出していったので、とっさに魔法で波を起こしてモンスターの勢いを殺そうとする。


 だがその波から逃れるように水面から飛び出したそれは、ヒューゴの体に勢いよくぶつかり、鈍い音を立てた。

 その音が何の音なのかをカナタは察して、全身の血の気が引いていく。

 叩いたとか殴ったとか、生ぬるい音ではなかった。肉の中の骨が幾つも砕けたような酷い音だ。


「せん、ぱい……」


 浅い海の水にじわりと赤色が溶け出す。ぷか、と浮き上がった1本のヒトの腕に、カナタは目を見開いた。


 それは男の腕だ。ヒューゴの腕だ。


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