28 海の家
海の家には客が多くいたが、まだ学校などが夏季休暇を迎えていないからか、席には余裕があった。
結局ここでもカレーライスを食べると決めたカナタを眺めながら、シャロンはヒューゴと一緒に肉や魚介、野菜の串焼きを食べる。
自分の食事を買いに行ったついでに、賞品であるシャロンのおやつを買いに行ったクライヴが戻ってきたのは、丁度その串焼きを食べ終わった時だった。
「ん」
クライヴがテーブルに置いたのは、まるで雪山だ。細かな氷を刃物で削ったようで、ふわふわと綿のようにも見える。
てっぺんからピンク色のソースをかけられたそれは、かき氷というスイーツらしい。
「好きだろう、ピンク色とか甘いものとか」
「ううん」
「……は?」
「でも、ありがとう。頂きます」
色に好みは特にない。味については、最近は苦いものの方が食べやすいように思う。
だが、クライヴが自分のためにと選んでくれたことは純粋に好ましい。
スプーンを手に、雪のようなそれを口に入れてみた。
ふんわりとして、口の中で溶けていく柔らかな氷をシャロンが嫌うわけがなかった。
「クライヴ〜、シャロンはなァ、コーヒーゼリーが好きなんだぜ」
「そ、そんなはず……」
「おいしい」
「おお、良かったな。シャロン、俺にもあーんして」
「先輩!!」
困惑するクライヴを放ってかき氷を欲しがるヒューゴ、セクシャルハラスメントを許さないカナタ。いつも男たちは仲が良い。
自分もその中に入りたい。
シャロンはスプーンの上に山のようにかき氷を乗せて、ヒューゴの口の中に突っ込んだ。
その次はカナタの顔を見る。カナタもかき氷が欲しいのだろうか。あんぐりと口を開けてこちらを見ていた。
かき氷は美味であるため、共感できる。
カナタにも分けてやらねば。
シャロンはまたかき氷が山盛りのスプーンを、隣に座るカナタの口につっこむ。それから素早く同じようにかき氷をすくい、斜め前の席に座るクライヴの方にもスプーンを持った手を伸ばした。
「僕は、いらな……ッ」
シャロンの正面に座っているヒューゴが、その隣に座っているクライヴの背中をバンと叩く。その拍子に身を乗り出したクライヴの口にスプーンを突っ込んだ。
「ひっ、ひぎ、うッ……」
なぜか、クライヴが呻いた。かき氷があまりにも美味しすぎて驚いたのだろうか。
ぎゅっと目を瞑ったクライヴを見て、ヒューゴがヒャハハと笑う。
「頭にキーンってなるよな! それとも知覚過敏か?」
「ど、どっちも、だ」
「歯ァ磨きすぎなんじゃねェか?」
確かに、冷たいものを食べると頭が痛くなるという話は聞いたことがあるが、シャロンにはその経験はない。
じっとクライヴを見つめていると、その視線に気付いた彼が眉を顰めた。
シャロンは彼に睨まれることに慣れてしまったので、そのまま見つめ続ける。するとクライヴは唇を噛むような顔をして目をそらした。
シャロンは謝るべきなのかどうなのかを考えながら、また一口かき氷を自分の口に入れる。
シャロンにとっては少し甘さも強いが、いちごのシロップにはしっかりとその果汁も含まれており酸味がある。その酸味のおかげで爽やかな香りが鼻を抜けるし、胃もたれもしない。すなわち美味である。
一度目をそらしていたクライヴが、再びシャロンを驚いたような顔をして見た。
「拭かないのか?」
「……?」
クライヴの言葉が理解できず、シャロンは返答せずに彼を見つめる。それから彼とは会話が無く、やがてかき氷を完食したシャロンは、空になった皿をスマートフォンのカメラで撮った。
愉快で美味しかった食事は、また思い出せるようSNSに投稿すると決めたのだ。
『かき氷を食べた』というテキストを入力し、投稿ボタンを押した。その直後――
「で、出た、誰か、通報してくれ! 出たんだよ! モンスターが!」
海の家に駆け込んできた一般市民の必死に叫ぶような、喉を震わせた声にヒューゴが静かに立ち上がる。
非番とはいえ、プロのヒーローであるヒューゴは対応せざるを得ない。
海の家の店主が古めかしい電話機で警察に通報し、ヒューゴは大きくガラスの無い窓から海を見る。まだモンスターの存在に気付いた人は一部で、何も知らず、ただならぬ雰囲気だけを感じている人々も多くいた。
「シャロンとクライヴは避難誘導。わりぃけど、カナタは俺と来てくれるか?」
ヒューゴの言葉に3人は了承の返事をする。
シャロンは店内の客を街へ避難させ、クライヴは砂浜へ向かうこととした。
ヒューゴの後を追うようにカナタも、あの駆け込んできた男の報告どおりに海へ走る。
警報が鳴り、店内放送やスマートフォンなどあらゆるスピーカーが非常事態を告げたのはその数秒後。
広告看板や建物の外壁、窓ガラス、標識……様々な形状の液晶や立体投影物が赤く染まり、交通規制が始まる。
その鮮烈な赤色はまるで、幸せな海の青色を上書きして、シャロンの記憶をすべて塗り潰すようであった。




