25 グリズリービーチ
燦々と煌めく太陽の光を反射するように、ビーチの砂は白っぽく輝いて、その眩しさに少しだけぼやけて見える。
まだビーチへ入る手前。公道から続く階段の上にいるというのに、向こうの海はあまりにも大きく果てがない。
その広大さに一抹の恐怖が浮かび上がるも、ビーチへ来る途中で偶然会ったカナタとクライヴの2人が視界にいるだけでシャロンは安心した。
「おーい! お前ら! こっちこっちー!」
砂浜を駆け、階段の下から大きく手を振りながら寄ってくるヒューゴはすでに水着姿だ。上半身は裸で、首にかけたシルバーのペンダントがキラキラと輝いている。
ヒューゴはあのロケットペンダントに何を入れているのだろう。写真かメッセージか、それとも誰かの遺灰だろうか。
そんなシャロンの思考など打ち消すように、カナタとクライヴが呆れたような声を漏らす。
「なんで今日は遅刻しないんだ?」
「遊ぶ日は一番に来るなんて、先輩さすがです」
言われてみればそうだ。一番に到着しているヒューゴなど、まさに不思議な存在だ。幻かもしれない。凝視するが、ヒューゴはしっかりと存在していた。
「さて、僕たちも着替えるか」
クライヴの言葉に、カナタが不敵に笑う。
「クク……俺は下に水着を着てきたから、あとはもう脱ぐだけだ」
「ふーん……ちゃんと帰りのパンツは持ってきた?」
「不安になるようなこと言うなよ! それにまあ、半乾き程度になら魔法で……」
「……私も着てきた。今脱ぐ」
「今!? ここじゃあだめだ! シャロン!」
「おい! 脱ぐな!! 脱ぐなっ、このビッチ!!」
結局海の家と呼ばれる建物の更衣室を借り、衣服などの荷物を預けたシャロンは、外で待っていてくれたヒューゴを見上げて不安な気分になる。
ヒューゴも含め、水着姿の者は皆肌を露出しているのだ。
シャロンは両腕や腹部などの肌を出すことができない。脚はさらけ出しているものの、上半身にはきっちりと水中用のパーカーを着込んでいる。
温泉という施設では、タオルを湯の中に入れてはいけないというルールが存在する。
海に入る服装についても、何かルールがあったりするのではないか。その不安を、シャロンは口に出す。
「私、これ以上脱げない」
「生足だけでも、俺は最高にイイ気分になれるぜ」
「このまま海、入れる?」
「ああ。これ水泳用の素材だろ? 平気平気……あ、髪は結んだ方が良いかもな」
今日のヒューゴは目にかかるほどの前髪をピンで留めて、後ろ髪も縛っていた。
その髪を解き、取り外したゴムでシャロンの髪を器用に団子状にして結ぶ。
ヒューゴは髪を解いてしまって良かったのだろうか。配慮の足りない自分が申し訳ない。
「ヒューゴは髪も結べるの」
「まあ女の子と遊んでりゃあ、これくらいはな。器用でカッコイイだろ?」
「……友人、たくさんいるの?」
「んー、友達っつうか……まあ友達みてえなもんか……でもシャロンたちの方が仲良しだぞ?」
「……私はヒューゴもカナタもクライヴも、コーヒーゼリーと同じくらい良いと思う……好きというやつかもしれない……多分……」
「そりゃ良かった……って、クライヴのどこが良いんだ? 意地悪されてんだろ?」
ヒューゴの言葉に、確かに冷たくされていると改めて思う。
クライヴは自分のことを嫌っているとシャロンは思うし、どこが好きかと問われるとはっきりとは言えない。
「……昔は、優しくしてくれた」
おそらく、それだけのことだ。子供だった時、友達のいないシャロンの側にいて、笑いかけてくれたのが彼だった。
いつしか忘れてしまっていた記憶が蘇って、不思議な感情が胸を暖かくする。
ヒューゴが頭を掻いて上を向いた。何か思うことがあるらしい。
「そりゃあ勝手な男だな。ま、俺も人のこと言えねえんだけどさ」
「ヒューゴも優しくなくなる? カナタも、いつか怒る? 男はみんなそうなるの?」
「あー……俺は優しいふりしてるだけだけど、カナタは大丈夫じゃねえか? 俺がシャロンのこと虐めようとしたら、カナタに助けてもらえよ」
「……わかった」
簡単に嘘をつけそうなヒューゴが放った言葉は意外で、わずかに動揺もあった。
だが、カナタが信頼のできる男だという意見も聞くことができて、良かったのかもしれない。
シャロンは誘拐されたあの日、ヒューゴのある一面を目にしている。
シャロンですら感じ取れた異様な姿が、今でもはっきりと瞼の裏にある。
人にはそれぞれ、本当の姿、隠した感情、考えがあるのだろう。それはシャロンも同じだ。
「カナタはほんと、良いヤツだよなぁ」
ヒューゴの呟きに、シャロンはこくりと頷いた。
海回ですが、そろそろお気に入りのキャラはできましたでしょうか…?
長〜いですが、前編は31話までです…。