22 ゲームセンター
シャロンはヒューゴとカナタから得た経験を元にして、適切と判断した順番で3Dモデルの頭部を撃ち抜いていった。
ヒューゴが次にどのモンスターを撃つか予測をたて、その可能性の低いものから確実に狙う。
生きた標的とは異なり、ゲームの敵には気配がない。魔法の使えない不利な戦いだが、幸い実害もなく、人々にとってこれはただの娯楽に該当するのだろう。
やがて敵が数種類のパターンでしか動かないことがわかり、シャロンはこのゲームというものが、そう難しくないと確信した。
「シャロン、すごいな!」
カナタの声がした時、シャロンの緊張が解けて肩の力が抜けた。
画面に表示されている『100%』の文字に、つい忘れていた瞬きをし、胸がドキドキと温かく音を立てていることに気が付いた。
「やっぱシャロンは天才だな! 最高だぜ!」
ヒューゴに頭をぽんと撫でられる。
かなり集中したからか、その反動でぼんやりと物事をあまり考えられないが、達成感は確かにあった。
「シャロンは射撃訓練もしたことがあるのか?」
きらきらと眩しい目をしたカナタの問いかけに、ゆっくりと頷く。
もう嘘をつく必要が感じられず、素直に肯定した。
「ん」
「すごいな。たくさん練習したのか? 格好良かった!」
格好いいと褒められたのは初めてで、正しいかはわからないが頬が熱くなる。
可愛いという言葉よりずっと耳に残って、頭の中で反芻する。
「オイコラ、お前ら2人だけの世界に入るなよ! 次はあれ行くぞあれ!」
ヒューゴがカナタの襟のあたりを引っ張って、シャロンから距離をあけさせる。
「あれ……」
ヒューゴの指さす方向には、今遊んだ筐体とはかなり違うデザインの機械がずらりと並んでいた。
どれも暖簾のようにカーテンが取り付けられ、中にいる人物は足元しか見えないようになっている。
カーテンの表面には若い女性の顔が大きく印刷されており、その周りにある文字情報からフォトスタジオのようなものと判断した。
「そうそう、これこれ! やっぱ女の子とゲーセンに来たらこれだよなぁ! こっちの機種はSNSに連携できるし、何より盛れるんだぜ〜!」
「先輩、こう……なんというか本当に……炎上とか気を付けてくださいよ」
「大丈夫大丈夫! 俺プロフにヒーローとか書いてねえし、映える写真で、幸せのおすそ分けしてるだけだから」
ヒューゴが筐体を決め、慣れた手付きでカードを翳して支払いを済ませてしまった。また財布を出す暇もなかったシャロンを、カナタがカーテンを暖簾のようにめくって待っている。
「カナタ、やったことあるの?」
「まあ……あっ、彼女とかじゃないからな」
「じゃあ元カノか〜?」
「もう、勘弁してくださいよ!」
「良いじゃねえか。恋の数だけ人は賢くなるんだよ。って、ほら、カメラ見ろカメラ!」
シャッター音を模したような電子音と若い少女のようなアナウンスの声。わけもわからず、シャロンはとりあえず目線をカメラのレンズへ向けた。
画面とアナウンスでポーズや表情を指定され、素直に従う。数回それを繰り返し、やがて撮影終了を意味する言葉を聞いた後は、ヒューゴには手を引かれ、カナタには背中を押されて、何やら太いペンの備え付けられたブースに連れ込まれた。
このペンも、先程の銃の玩具のように紐で台と繋がっている。
『らくがきタイム! 残り時間60秒!』
モニターに映し出されているのは、つい今しがた撮影したと思われる写真と、やけにごちゃごちゃとしたUIだ。
2つあるモニターの1つに、備え付けのペンをすらすらと滑らせるヒューゴに頭をかしげる。
「なにを、書くの?」
「うーん……俺はゴテゴテのが好きだけど、最近はシンプルなのが流行りかな」
ゴテゴテにシンプル……と余計にわからなくなってしまう。
もう1人の経験者であるカナタの方を向くと、彼も困惑したような顔で視線を彷徨わせている。
「ひ、日付とか名前とか……か?」
「それなら、書ける」
ペンをしっかりと握った時にはすでに残り時間が10秒を切っている。
名前を書く時間は取れそうにないので、急いで日付を書いてほっと息をつく。
隣で見守ってくれていたカナタが小さく拍手をするので、強張っていた顔の筋肉がほぐれた。
プリントされた小さな写真の連なる用紙を、ヒューゴが器用に折りたたみ式のサバイバルナイフで切り分けた。
普段からこういった刃物を携帯しているなど、まるで不審者だ。ヒューゴは素早くナイフをしまい、何事も無かったような顔で写真を手渡す。
カナタは苦笑いをしていたが、シャロンはナイフが防犯カメラの視界から外れており、目撃者もいないので平然と受け取った。
台紙にプリントされた自分は、なぜか目が少し大きくなり、頬や唇にもうっすら赤く色が付いている。
らくがきタイムと呼ばれたあの時は時間制限があって深く考えなかったが、レタッチ機能が付いていたようだ。
シャロンの両隣にいるヒューゴとカナタの容姿もいつもとは違い、肌の表面はぼかされてシリコンのように滑らかで、輪郭も目の大きさも違う。もちろん彼らの唇と頬にも化粧をしたように色が付いていた。
「俺とシャロンは超盛れてんのに、カナタだけ宇宙人みたいになっちまったな」
「前に撮った時もこうでしたよ……。先輩はアイドルっていうか、V系バンドとかみたいでカッコいいですね。何かコツとかあるんですか?」
「ああ……なんだろ……髪の長さか? 前髪もっと伸ばしてみたらいいんじゃね? 邪魔なら横に流しときゃいいし」
「なるほど……」
アイドルやバンドマンというのは名称を知っているだけで、実際に会ったことがない。だが、なんとなく顔立ちが整っているものなのだろうとは思う。
それよりも、「宇宙人」という言葉がシャロンの耳に残った。長いこと人類が広大な宇宙を探し続けて、未だ微生物と甲殻類に似た小型の生物しか見つけられていないというのに、わざわざ見たこともない地球外生命体を例に出したヒューゴの言葉をユーモアと受け取る。
ユーモアを普通に受け入れ、前に撮った時もそうだと言ったカナタも、考えれば考えるほど面白い気がして、やんわりと表情がゆるむ。
愉快だなんて勝手に思ってしまったら、失礼かもしれない。カナタが不快な思いをするかもしれない。
だが、ふざけてカッと目を見開いたカナタは特に怒ったりしていないようだ。
「今度、これで撮ったら宇宙人にも勝てますね」
「眼力勝負じゃ、俺も負けちゃいられねぇな」
「……」
シャロンは顔を緩ませたまま、折り目や皺がつかないよう、大切に小さな写真の並ぶ用紙をバッグにしまう。
そして急に会話をやめて、こちらを注視している2人に気付いて頭を傾げた。
「か、可愛い……」
カナタの呟きを疑問に思い、瞬きをした。
シャロンは可愛いことをしたつもりはない。上目遣いで見つめてもいないし、そういうポーズをとってもいない。跳ねて喜んだり、白色で上下を統一している下着を見せつけたりもしていない。
「ひゅ〜、カナタも大胆になったな。俺と一緒にナンパ伝説を作るか?」
「あっ、いや、今のはつい……ていうかナンパじゃないです」
「にしても、ほんとにシャロンは可愛いよな。笑った顔見れて、俺も幸せ」
やはり笑うと好かれるのだ。笑顔は大事だ。
しかし、なぜだか以前のように、上手く口角が上がらない。
「……でも、笑い方、忘れた。私、もう上手には笑えないの」
「そんなのは、そのうち勝手にできるようになるぜ。なあ、カナタ」
「ああ。俺たちがたくさん笑わせる」
カナタとヒューゴの微笑みは優しくて、空気は柔らかい。
騙していたことに、ちくちくと胸が刺されるようだ。考えないようにしていた罪悪感が芽生えていた。
もっとこの人たちをよく知りたい。好きという感情を知ったら、そう伝えたい。今日のように、ずっと一緒にいて欲しいとさえ願ってしまう。
そんなことは、きっと叶わないのに。




